5章-4.共鳴(2) 2021.12.10
barに着くとテーブル席の椅子にユミとモミジは下ろされる。2人ともテーブルに突っ伏しピクリとも動かない。シュンレイはいつも通りbarのキッチンで料理を始めたようだ。間もなくして、barの扉がガチャりと開いた。
「モミジ。やっぱりここか」
ザンゾーの声がする。barにザンゾーがやってきたようだ。
「なんでユミと同じ状態になってんだぁ? おーい。モミジー? ダメだなこりゃ」
ザンゾーはテーブルを挟んで前の椅子に座ったようだ。
「ザンゾーはご飯は食べますカ?」
「いいのか?」
「えぇ。3人前も4人前もさほど変わりませン」
「じゃぁ頼む」
「わかりましタ」
ザンゾーも一緒にご飯を食べるらしい。一体何をしに来たのだろうか。モミジを探しに来たのかもしれない。
「モミジ。今度どこかへ行く時は、ちゃんとワサビに言ってから行けよ? お前がいなくて心配してたぞ」
「はい……。ごめんなさい……」
「ワサビにもちゃぁんと謝る事」
「うん……」
どうやらモミジは誰にも行き先を言わずに運動場へ来てしまっていたようだ。
「ユミの近くに行きたい気持ちは分かるがな。かははっ! 今日はどうしたぁ? ユミと一緒に訓練でもしてたのかぁ?」
「うん……。ユミちゃんと一緒にシュンレイさんと手合わせした……」
「マジかよ……。それで2人共くたばってんのか……」
わしゃわしゃと髪の毛を弄られる。いつものザンゾーの手癖だ。何か考えているのだろうか。突っ伏したまま顔をあげる気力もないため、ザンゾーの様子は全く分からない。
「モミジ。楽しかったかぁ?」
「うん……。すごく楽しかった……」
「そうか」
しばらくすると、シュンレイが料理を持ってテーブルまでやってきた。
ユミとモミジはむくりと起き上がる。ふと横を見ると、隣に座るモミジも髪の毛がぐしゃぐしゃだ。ユミの髪の毛もぐしゃぐしゃにされている。ユミは手ぐしで自身の短い髪を整え、隣に座るモミジの髪も軽く整えた。そしてザンゾーを睨む。
「わりぃわりぃ。つい」
「むぅ……」
本日はパスタだった。ミートソースとタラコのクリームのソースとバジルのソースが用意され、好きなだけパスタを盛って、好きなソースで食べられる形式だった。
モミジは髪の毛のことなど全く気にした様子もなく、目を輝かせてパスタを見ている。ユミはモミジの皿にパスタを乗せた。
「モミジちゃん、ソースはどれがいい?」
「うーんと……。これ!」
モミジが選んだのはミートソースだった。盛ったパスタの上にミートソースをかけて、モミジの前に置いた。そして次は自分の分だ。とりあえずパスタを皿に乗せて、ソースをどれにしようか悩む。全種類制覇するつもりではあるが、どこから行こうかと悩ましい。ユミはバジルのソースに決め、パスタにかけた。
ザンゾーとシュンレイもそれぞれ自分の好みでソースを選んでいるようだ。このパスタの形式はなかなか楽しいなと思う。
「頂きます」
ユミとモミジは声を揃えて挨拶すると、食べ始めた。
「番長。モミジは使えるか?」
「えぇ。体術だけでも十分プレイヤーとして通用するでしょウ」
「姉貴の唯一の弟子だったらしいからな。正直俺は関わってねぇから知らねぇんだ。姉貴のことだから戦闘面は相当叩き込んでいるとは思っていたが……。使えそうで良かったぁよ。それで、共感のほうはどうだった?」
「非常に面白イ……」
「使えるかぁ?」
「えぇ。とてモ」
ユミはおかわりのパスタを自分の皿に追加する。次はタラコのクリームソースをたっぷりと乗せた。こちらもおいしい。色々な味を一気に楽しめるのは素晴らしいなと思う。
シュンレイとザンゾーは難しい話をしているようなので無視だ。今は全力でパスタを楽しもうと思う。
「共感っていう特性を持った人間は稀に六色家には産まれてくるが、謎が多い。上手く噛み合う事が少なかったんだろうな。文献に残っている物だと、特定の人間と共鳴して精度の高い連携が可能となり、レベルの高い戦闘が可能だと。その程度しかねぇからぁよ。色々試せたら良いが……。この様子だとユミにくっつけとくのが1番良さそうだぁね」
「他の人間とは共鳴しなかったんですカ?」
「あぁ。1番懐いてた姉貴とも共鳴は出来なかったらしい。何か条件でもあるのかもな」
「条件ですカ……」
モミジは1皿目のパスタを食べ終わったようだ。ユミはモミジの皿にパスタを追加する。次はタラコのソースが気になるようなので、タラコのソースをかけ、モミジの前に皿を置いた。するとモミジは、また黙々と食べ始めた。
「ユミとの連携はどんなだった?」
「鼻歌のメロディやリズムだけで完璧に意思疎通を行い、非常に精度の高い連携を行っていましタ。ユミさんの感受性の高さもあってこそとは思いまス」
「成程な」
「もっとひねりを加えタ連携まで出来れば、SSランクプレイヤーすらも一方的に狩れル程まで行けルと私は見ていまス。数年鍛えれバ可能でしょウ」
「異常だぁね。信じらんねぇわ」
「えぇ。全ク……」
ユミは2皿目も食べ終わる。次はラストのミートソースだ。パスタを盛り付けてソースを乗せる。シュンレイとザンゾーは話すのに夢中らしい。あまり食べていないようだ。こんなに美味しいのに食べないなんて勿体ないなと思う。だが、残しておいてあげるような慈悲は無い。早い者勝ちだ。
どうやらモミジも2皿目を完食したらしい。まだ食べるようなので、パスタを乗せてあげる。モミジは、まだ食べていないバジルソースが食べたいようだ。たっぷりとパスタにかけてあげるとニコニコと笑っていた。
「なんか、モミジはユミに似てきたな。これも共感の影響かもしれねぇな。寝不足が解消した事もあるだろうが、こんなにニコニコした様子は見たことがねぇ」
「人間は一緒に過ごす人に影響されることもありますかラ。共感力が強いことでその傾向が強いというのは十分に可能性がありまス」
「確かにな。っていうか、パスタもうないんだが……」
「えぇ。7人前茹でましたが、食いしん坊2人がペロッと食べてまス」
「マジか……」
ユミとモミジは3皿目もペロッと食べきった。お腹が満たされて満足である。
「まぁ。良いわ。こんだけ満足そうな顔見たらどうでも良くなる。ごちそうさん」
「ご馳走様でした! 美味しかったです!」
「ご馳走様です!」
モミジも満足そうだ。
「シュンレイさん。さっきのモミジちゃんとの共闘って一体何が起きていたんですか? 私、よく分からないままで……」
「私にもよく分かりませン」
「え……。よく分からないのにモミジちゃんを戦わせたんですか……?」
「えぇ。ユミさんに同調しているなら行けそうだなと思いましタ」
無茶振りが過ぎる。もしシュンレイの言うように同調という物が上手くいかなければ、モミジはシュンレイの殺気にあてられて呼吸も出来なくなっていたのではないだろうか。
そうなれば戦闘を止めるのかもしれないが、恐らく止めないだろうと思う。事実スイッチが入った自分も戦闘を止めないだろう。本当に無茶苦茶だ。
「むしろどんな状態だったか教えてくださイ」
「えぇと……」
ユミは先程の手合わせを思い出す。
「なんて言うか、相棒が具現化したみたいな感覚で。思った所にモミジちゃんがいて。やりたい事が全部伝わってる感じでした。後半はモミジちゃんのやりたい事が伝わってきて上手く噛み合ったなーって印象です。旋律やテンポでやりたい事がイメージとして伝えあえるので動きやすいというか」
「興味深いですネ」
本当に不思議な感覚だった。事前に打ち合わせも何もしていない。ぶっつけ本番だった。初手、ユミは勝手に動いただけだった。すると自分の分身が突然現れた。もはや半身と言ってもいいかもしれない。それがモミジの特殊な能力なのだろうか。
正直良く分からない。しかしながら確かな繋がりがあるなと、感覚的に捉えている。不思議な事に、これが今回偶然起きた事ではないというのも分かる。一緒に戦う事が出来れば、もっと色々な戦略が可能だろうと思うのだ。そう考えると、今後もモミジと一緒に訓練したいなと感じるのだった。