5章-3.茶番(4) 2021.11.29-2021.11.30
8時近くなると、ダイニングに子供たちが集まってきた。フクジュも現れそれぞれ来た順番に端から詰めてダイニングテーブルの席に座っていく。
ユミとワサビは出来た料理からテーブルに運び配膳した。ダイニングのテーブルは広く、10人掛けになっている。皆でご飯を食べるのに十分な大きさがある。
「ザンゾーさん呼んでくる!」
モミジはそう言って、またトコトコと小走りでダイニングから出ていった。
その様子にユミはクスっと笑ってしまった。本当に元気そうなモミジを見られて良かったなと思う。
しばらくすると遅れてザンゾーが現れた。まさに徹夜明けといった様子で、疲れが顔に出ている。非常に眠そうだ。朝ごはんを食べたらそのまま寝るのかもしれない。
ユミは焼きあがったホットケーキをモミジの座る席の前に置き、全ての配膳が終わったことを確認しエプロンをとった。
「ザンゾー大丈夫?」
ダイニングを入ったところでぼーっと突っ立っているザンゾーに声をかける。完全に頭が回っていなさそうである。座って作業こそできるが、歩いたり別のことをする頭がない状態なのだろう。
「あぁ。問題ない」
ザンゾーはそう言ってゆっくりと動きだしユミの近くまで来た。そしてユミに腕を回し抱きしめた。
「え? は? え?」
「朝ごはんありがとな」
ザンゾーはユミの額に軽くキスをすると、そのまま何事も無かったようにテーブル席に付いた。
「え……。何今の……。寝ぼけてんの……?」
「あぁ。わりぃ。つい。寝ぼけてたわ」
「……」
ユミは深く考えることを辞め、ふーっと息を吐くと静かに空いた席に座った。
正面には何にも動じないザンゾーが座っている。フクジュやほかの子供たちもザンゾーの行動に唖然としているようだったが、誰も何も言わなかった。当の本人であるザンゾーが全く気にしていない様子だったからだ。表情ひとつ変わることがない。本当に何も考えていないし気にもしていないのだろうと思われる。
「皆さん揃ったので食べましょうか。頂きます」
ワサビの声掛けでそれぞれ頂きますと言い食べ始めた。モミジは早速ホットケーキをつまんでいる。ホットケーキは食べたい人が食べたいだけ自由に取れるように、予め6等分に切って複数枚重ねてある。バターやシロップは各自でお好みで掛けられるように別途用意した。
「ユミちゃんのホットケーキ美味しい!」
「ほんとー? よかったぁー」
「私もホットケーキ頂いてよろしいでしょうか?」
「是非是非!」
ユミはフクジュが取りやすいように、ホットケーキの大皿を差し出す。フクジュは、食べたい分だけ自分の取り皿に盛り、バターを乗せた後、真顔でシロップを大量にかけていた。常人からすれば引くほどのシロップの量だ。さすが甘党である。
「ザンゾーさん。ホットケーキはユミちゃんが作ったんだよ。食べないの?」
「食べる」
「どれくらい?」
「モミジとフクジュが食べる分以外全部」
「分かった!」
めちゃくちゃだ。ホットケーキは5人前位はあるのだ。そんなに食べられるわけが無い。ザンゾーは徹夜明けで脳みそがもはや溶けているのではないだろうか。もう、放っておこうと思う。突っ込んだら負けだろう。ザンゾーのフォローはモミジに任せて、ユミは見なかったことにした。
それにしてもモミジは明るくて元気だなと思う。本来はこのように活発な子だったのかもしれない。寝不足のせいで、口数も減り元気がなかったのだと思うとやはり心が痛い。今後も沢山眠れるようにしてあげられたらいいのだが、催眠の幻術のように耐性が付いて効かなくならない事を祈る。
しばらく皆黙々と静かにご飯を食べていると、モミジが突然沈黙を破るように「あっ!」と何かを思い出したような声をあげた。
みんなの視線がモミジに集まる。モミジは思い出したように口を開いた。
「ユミちゃん」
「なぁに?」
「ユミちゃんは朝帰りなの?」
「え゛……」
ゲホッゲホッとフクジュが味噌汁を喉に詰まらせてむせている。
「し、失礼致しました」
フクジュは苦しそうにしながら謝罪する。完全に気管に入ったのだろう。モミジの不意打ちは強烈だなと思う。
「ワサビが言ってたよ?」
「モミジ。それはみんなの前ではシーっだ」
「あ。うん。分かった!」
ここは地獄か。笑顔がひきつっていくのが自分でもわかる。純粋なモミジの言葉はダイレクトに精神を削っていく。
「モミジ。よく知ってるなぁ? そんな言葉。その通りだぁよ。ユミは朝帰りだ。ユミは悪い子だなぁ?」
「ユミちゃん悪い子なの?」
「あぁ。男の部屋で一晩明かしたからなぁ?」
ザンゾーは子供達の前でなんてことを言うのだ。そろそろザンゾーを締めるべきだろう。このまま許してはならない。ただ、殺し合いをしたところで例え相手が徹夜明けだろうと勝ち目は無い。ここは同じ壇上でやり合うのがいいだろう。この茶番には茶番をぶつけてやる。
相手は徹夜明けの鈍りきった脳みそだ。まともに読み合いすらできないに違いない。ユミは覚悟を決める。茶番をやると決めたのだ。全力でやり切ってやる。
「ううっ……。ザンゾー酷いよ……。そんな言い方しなくてもいいのに……。モミジちゃんとダイニングでうたた寝しちゃっただけなのに……。寝ている無防備な所を狙って部屋に連れ込むなんて。酷すぎるよ……。こんなんじゃお嫁に行けない。寝てる間に何されたか分からないもん……」
「なっ……!? ユミ……!?」
ユミは両手で顔を覆い俯き肩を震わせる。思っていた反応と異なったためだろう、ザンゾーは驚き固まっているようだ。きっとユミが怒るか恥ずかしがるかすると思ったに違いない。まさか泣き出すなど予想外であろう。
「ちょ、泣くな。ごめん。悪かった。俺が悪かったから。調子に乗った。傷つけるつもりはなかった。すまない。ただ、ダイニングで寝てたら風邪ひくと思ってベッドに寝かせただけで、何もしてねぇから。誓ってイタズラなどしていない。本当だ。信じてくれ!」
ザンゾーの必死な声が聞こえる。相当焦っているようだ。そんなに焦るなら、そんな意地悪な事を言わなければ良かったのにと思う。
他人を面白がってからかうからそんな事になるのだ。反省して欲しい。ユミはしばらく傷つき泣いたフリをした後、ピタリと動きを止めて、ゆっくりと顔から両手を外す。そしてザンゾーの方を見てべーっと舌を出した。
「ユミ! おまっ! 嘘泣き!?」
「ご馳走様でした。お先にー」
ユミは何事も無かったかのように食器をまとめ席を立つ。そしてザンゾーとすれ違いざまに、ザンゾーの肩に手を置き立ち止まった。ザンゾーは複雑な顔をしてユミを見上げる。
「ザンゾーのせいで、拉致監禁拷問されて全裸で暴れ回った私を舐めないでよ。私がこの程度で泣くわけ無いじゃん。ばーか」
「っ……」
「あー。ザンゾー悔しそうな顔してるー。なんか良いかもその表情。結構好きかも!」
ユミはニヤリと笑ってそう言うと、ザンゾーの肩をポンポンと叩く。そして、そのままその場から歩き出しキッチンへ向かう。
いつも人をからかってきた罰だ。からかわれる側になればいいと思う。深く反省しろ。ザンゾーが悔しがる顔を見るのはなかなか気持ちが良いなと感じた。今後も返り討ちにしてやろう。ユミはそう決意したのだった。