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5章-3.茶番(1) 2021.11.29-2021.11.30

 すっかり秋も暮れて冬が近づいた頃。ユミはオーブンの前でしゃがみ、鼻歌を歌いながらオーブンの中を見ていた。隣には六色家の5人の子供のうちの1人である、紅葉モミジという名の少女もいる。年齢は8歳だという。

 小柄な体型で可愛らしい。レース状の白色のシュシュで黒く長い髪を緩くふたつに縛っている。ザンゾーと同じ赤い瞳を持ち、一重の瞼だ。ただ、モミジの目の下には酷いクマが出来ている。心配になるほど濃く、しっかり眠れていないのかもしれない。

 モミジもユミの鼻歌に合わせてリズムを取っている。2人で焼き上がるクッキーを楽しく待っていた。


 ユミ達がいるのは、フクジュの研究施設がある戸建住宅の2階である。六色家の子供たちとザンゾーはこの建物の2階に住んでいるようだ。それぞれ部屋を割り振られており、キッチンなどの設備は共用で使っているらしい。シェアハウスのような状態だ。

 このキッチンもそこそこ優秀で、一通りの料理ができるようになっていた。キッチンだけは高水準で完備しているあたり、シュンレイの趣味だろうと推測できる。キッチンセットにはオーブンが備え付けられていたため、ユミはそこでお菓子作りをさせてもらっているところだ。

 間もなくして、クッキーが焼き上がった。ユミはオーブンを開けて天板を取り出し、ダイニングにあるテーブルの上に置いた。うっすらとムラなく綺麗に焼き色が付いて美味しそうだ。粗熱をとったら食べられるだろう。


 モミジという少女とは、運動場で仲良くなった。自主練をよく行う子で、口数は少ないものの一緒に体を動かすうちにコミュニケーションを重ねてきたような感じだ。また、ユミが歌う鼻歌が好きなようで、隣で体を揺らしながらリズムを取っていることが多い。


 今日はなんとなくお菓子作りをしたくなり、このキッチンを使わせてもらっている。ユミがキッチンに居ることに気がついたモミジが興味津々で近づいてきたため、一緒にクッキーを作っていたという経緯だ。


「もう食べられる……?」

「食べても大丈夫だけど、ちょっと待ってね」


 今日作ったのはロシアンクッキーだ。噛むとほろっと崩れて消えていくような丸いクッキーで、見た目も可愛い。最後に粉糖を振りかければ完成だ。ユミは粉糖を全体に薄く掛ける。まるで雪を降らしているような気分だ。その様子をモミジが興味津々で見ている。


「食べても大丈夫だよ。ちょっと熱いかもだから気をつけてね」

「うん」


 モミジはロシアンクッキーを1つ手に取りかじる。サクッホロっと崩れる食感に驚いているようだ。ユミも1つ手に取り食べてみる。昔母親と一緒に作った時と同じ味だ。甘くて美味しい。完璧だ。


「おやつタイムにしよっか。モミジちゃん、来られそうな人いたら呼んできてもらえる?」


 モミジはコクッと頷くとトコトコと小走りでダイニングを出ていった。ユミはその間に、出来上がったクッキーをお皿に盛り、天板などを片付ける。事前に作っておいたアイスティーのポットとコップをテーブルに出しておく。

 今日は実家の用事で外出しているアヤメの分を取り置き、綺麗な袋に分けておいた。シュンレイやカサネも食べるかもしれないので少し多めに袋に詰めておいた。皆で仲良くクッキーを楽しんでくれたらなと思う。


 少しすると、六色家の子供たちとフクジュがやってきた。自分を含めて7人分のグラスにアイスティーを注ぐ。


「クッキーを焼いたので、良かったらみんなで食べましょう!」

「ユミさんありがとうございます。甘いものに釣られて来てしまいました」


 先頭でやって来たフクジュはニコニコと微笑んでいる。とても嬉しそうにしているのを見ると、ユミもつられて微笑んでしまう。

 

「是非是非! お仕事するには糖分大事ですからね!」


 ちょうど時刻は15時、おやつの時間だ。フクジュには良い休憩に利用して貰えたらいいなと思う。


「あの、ユミちゃん。ザンゾーさんね、ユミちゃんの手作りクッキー食べたがってたんだけど、今手が離せないみたいで……」

「分かった! 取り分けておいて後で持ってくから大丈夫」


 戻って来たモミジによると、ザンゾーは部屋で仕事をしているようだ。

 あとで飲み物と一緒に部屋に持っていけばいいだろう。ユミはザンゾーの分もいくつか別の小皿にクッキーを取り分け取り置いておく。


「少し熱いかもしれないけど食べて大丈夫だよー。どんどん摘んで!」


 ユミがそう言うと、子供たちは一斉にクッキーに手を伸ばし食べ始めた。小さい子たちは可愛いなと思う。美味しそうに食べている姿を見ると癒される。


 六色家の子供たちは皆口数が少ない。受け答えこそするが、近くにいてもあまり話しかけられることは無い。緊張しているだけなのかもしれないが、表情も固いように思う。8歳のモミジが最年少で他の子は10歳から12歳だという。皆黒い髪に、一重の瞼、赤い瞳をしており六色家の特徴なのかなと思う。


「とても美味しいです。ありがとうございます」

「うん。お口にあって何より!」


 子供たちの中では最年長の山葵ワサビと言う名の少年が頭を下げて言う。とても丁寧だなと思う。それに合わせて他の子達も一緒にぺこりと頭を下げた。上から、山葵ワサビ柚葉ユズハ浅葱アサギ千草チグサ紅葉モミジという名前で、ユズハとモミジが、女の子である。


「フクジュさんって今はどんなお仕事をしてるんですか? すみません、アバウトな質問で。あまりイメージが湧かなくて」

「そうですね。基本は今までやっていた研究を続けさせて頂いております。その中で有用なものがあればシュンレイさんに提案し給料になるといった仕組みでしょうか。もちろんこんなものが欲しいなど依頼があれば、その都度精製しております。また、怪我や病気の方がいらっしゃれば薬を出せますし。ユミさんも怪我した時などは遠慮なく私の所へ来てください。傷跡など極力残らないように出来ると思います」

「凄い……」

「ありがとうございます。ただ、私からすると、凄いと言えば、ユミさん達の方だと感じております。ユミさんとアヤメさんとの連携は本当に圧巻でした。隙が一切無いうえ攻撃のレベルも高い。あのフィールドから生きて逃れられるプレイヤーはまずいないかと。実際に戦った私が言うのです。間違いありません。また、ユミさんの切り込みの速さはトップクラスです。もし捨て身の攻撃などされたらSS+ランクですら苦戦すると思われます」

「へ?」


 まさか逆に凄いと言われるとは思わなかった。

 それにしても、捨て身の攻撃か……。被弾をしながら切り込むという事だろう。確かに相手の攻撃を避けることをしなければ、より鋭く早く切り込める。要は自分が死ぬ前に相手を狩り取れれば勝ちなのだ。腕や足など多少ダメージを受けても致命傷にならない場所であれば十分にありなのでは……?


「ユミさん……。絶対にダメです」

「え……?」

「顔に書いてあります。ちょっと試してみようかな等と考えていませんか? 絶対にいけません。そんな事をすれば周りの大人たちがどんな形相になるか……。考えただけでも恐ろしいのですから。最悪の場合、入れ知恵をしたと私が詰められてしまいます……」

「わ、分かりました。ちゃんと躱しますから。心配しないでください」


 確かにそんな事をしたらアヤメから雷を落とされそうだ。アヤメに心配をかけるような事はしたくないなと思う。しっかり自分の身を守りつつできる事をしたいと思う。


 しばらくフクジュと談笑していると、クッキーは直ぐになくなってしまったようだ。子供たちはちょっと名残惜しそうな顔をしている。


「また作るね」


 ユミがそう声をかけると、皆の顔がパッと明るくなったように見えた。


「ユミさん、ご馳走様でした」


 六色家の子供たちはそう言ってぺこりと頭を下げると去っていった。言葉でのコミュニケーションはなかったが、喜んでくれているんだろうなと分かり作ってよかったなと感じた。フクジュも子供たちに続いて研究へと戻って行った。

 ダイニングに1人残されたユミはまったりとアイスティーを飲む。このアイスティーを飲み終わったら片付けをして、ザンゾーに差し入れを持って行ってあげよう。仕事を頑張っているらしいのできっと糖分は必要だろうなと想像する。

 はたしてザンゾーは差し入れを喜んでくれるだろうか。きっと喜んでくれる、そんな気がしてユミは小さく微笑んだ。

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