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5章-2.追放(5) 2021.11.18

「後な、よく聞け愚か者。お姉ちゃんからの説教だ」


 ザクロは、今も苦しみながら床に膝をつくザンゾーの前で仁王立ちになった。


「大事なもん守りたいならなぁ、まずはよく自分と向き合え。分かっていると思うが、そんなぐにゃぐにゃの精神状態じゃぁ何にも成し遂げられない。愚かにも程がある。自分も分からん奴が他人なんか分かるわけが無い。幻術は人間への理解から始まる。とことん人間を知らなきゃ、最強にはなれない。()()すらも読み込め。ブレるな。価値のあるものは奪われるんだから隠し通せ。分かったか?」

「あぁ」


 ザクロはパンッと自身の胸の前で手を叩いた。恐らくあの強烈な幻術を解いたのだろうと思う。そして、ザクロはザンゾーの頭をくしゃくしゃと撫でていた。その様子は、いつもザンゾーがユミに対してやっているのと同じような手つきだった。


「それじゃぁ、用事も済んだからぁね。あたしは帰る」


 ザクロは満足そうな顔をしていた。要件を問題なく終えて安堵しているようにも見える。


「番長ありがとう。助かった」

「えぇ」


 ザクロはザンゾーの頭から手を離し、ユミ達に手を振るとbarの出口へと向かって歩いて行った。


 「あっ! お待ちください! ザクロさん。差し出がましいようですが、こちらを……。よかったらお持ち下さい」


 ザクロがbarの扉のドアノブに手を掛けたところで、フクジュが彼女を呼び止めた。

 

「君は……?」

晩翠家バンスイケのフクジュと申します」

「あぁ。薬屋の」


 フクジュは慌てて駆け寄り、ザクロに何かを渡している。


「これは……?」

「痛み止めの飲み薬と傷に効く塗り薬です。炎症を抑える物となっております。その毒素には直接効きませんがかなり良くなるかとは思いますので……」

「君は優しい魂をしているね。ありがとう。感謝する。有難く使わせてもらう」


 ザクロはそう言って、フクジュに渡された物をその場で飲み込んだようだ。


「おい。姉貴。ちょっと待てや」

「……」


 ザンゾーはザクロの腕を掴み引き止めた。


「フクジュ。どういう事か説明しろ」

「……」

「フクジュ君。言わなくていい」

「じゃぁ、姉貴が言うのか? 絶対言わねぇよなぁ? フクジュ言え!!」


 ザンゾーはフクジュを怒鳴りつける。


「ザクロさん。申し訳ありません……。説明致します。ザクロさんの背中に酷い炎症が起きております。毒によってその炎症は非常に酷くなっています。かなり痛みを伴うものと判断できたため、持ち合わせのものですが痛み止めの飲み薬と炎症を抑えることが出来る塗り薬をお渡し致しました」

「姉貴。脱げ。傷を見せろ」

「……」

「いい加減にしろよ」

「そんな強く握られたら腕折れるから……。分かった分かった。降参だ」


 ザンゾーはザクロのブラウスのボタンを丁寧に外していく。


「まさか公共の場所で弟に脱がされるとはな……」

「アホな事言ってると殺すぞ」

「あー。怖い怖い。パパと同じ顔で睨まないでくれ。怖いんだからさぁ」

「好きでこの顔してねぇわ。そもそも怒らせるのが悪ぃだろ」

「へいへい」


 ザンゾーはザクロのブラウスとカーディガンを脱がせた。すると応急処置をされた痛々しい背中が見えた。


「雑すぎんだろ!! ちゃんと処置しろや!」

「だって背中とかよく見えないだもん!」

「だもんじゃねぇわ! 親父にでもやってもらえばいいだろぉ!」

「……」

「おい。何で目を逸らした? もしかしてだが、親父にも言ってねぇのか……? 後で俺から電話しておくから覚悟しろ」

「くっ……」

「1回これ全部とってやり直す。これでまな板隠してろや」

「本当、一言多いんだよな……」


 ザンゾーは着ていた羽織を脱いでザクロに渡した。


「これを使いなさイ」


 シュンレイは救急箱をフクジュに手渡した。フクジュはそれを受け取りテーブルに広げて準備をしている。


「アヤメさん、ユミさん、何か飲みますカ? まだまだ掛かりそうでス」

「りんごジュース!」

「コーヒーをお願いします」

「分かりましタ」


 アヤメとユミはbarカウンターの方の椅子に座る。

 ちらりとザクロの方をみると、怪我の全体が見えていた。背中全体にみみずばれや、線状の内出血、血が滲んでいる場所もあった。痛々しく少し動くだけでも激痛が伴うのではないかと思う。


 ザンゾーはその傷を見て、呆れたように深くため息をついていた。フクジュがせっせと消毒し薬を塗って処置を行っていく。


「解毒剤を作成致しますので、毒の部分を採取させていただきます」

「はーい。ありがとね。お願いします」

「姉貴。誰にやられた?」

「こんなことできる人間なんて限られてると思うが? あたしに傷を付ける事ができる人間なんて、パパかー、そこにいる番長かー、もう1人くらいしかいないんじゃないかー? 傷の形状からも分かるでしょ」

「……。何で鞭使いのラックが六色家にいる……。どういう事だ」

「さぁね。あたし達を外に追いやってる間に、イエロージジイが引き入れちまったんだろ。故意なのか事故なのかは分からないが……」

「殺す」

「やめとけやめとけ。あれこそ本物のバケモンだぁよ。番長クラスにお前は喧嘩売るな。お姉ちゃんとパパで何とかするから、大人しくしてろや。殺せはしないだろうが、追い出すくらいは出来るでしょうよ」

「はぁ……。で? 怪我の経緯は?」

「それは秘密ー」

「身代わりか?」

「まぁ、そんなところだぁね」


 細かい事は分からないが、六色家で何か問題が起きているのだろうなという事はユミにも分かった。シュンレイに淹れてもらったコーヒーを飲みながら、彼等の様子を静かに見守る。


「ねぇ、シュンレイ。どんな取引したの? もちろん話せる範囲でいいんだけど……」


 アヤメはりんごジュースの入ったグラスのストローを、クルクル回しながら尋ねる。ユミも、ザクロとシュンレイが話した内容は気になる。少なくても六色家とは良い関係では無いはずだ。友好的な交渉とはならないだろうと思う。


「全て話す事は出来ませんガ、ザンゾーと六色家の子供5人を私の店の専属プレイヤーにする事で話がつきました」

「何それ。一体どんな交渉したんだか。納得出来る内容ではあったの?」

「えぇ。交渉として成立していますかラ」

「ふーん。分かった。シュンレイがそう言うなら突っ込まないよ」


 ザンゾーは六色家を突然追放され、それと同時にシュンレイの店所属のプレイヤーになったということらしい。かなり急な話だなと思う。見ていた様子から、ザンゾー自身も今初めて聞かされたような状態だろうと思う。

 話をしていると、ザクロの傷の応急処置はどうやら完了したらしい。綺麗に包帯がまかれていた。


「フクジュ、解毒出来る薬はどれくらいで出来る?」

「この毒であれば、明日いっぱい貰えれば可能です」

「分かった。頼む」

「承知致しました」

「フクジュ君、仕事を増やしてしまってすまない。ありがとう」

「いえ。大部分が私の自己満足ですから。お気になさらず」


 ザクロはブラウスを着てカーディガンを羽織った。帰るのだろうか。ふと、ザクロと目が合う。


「あぁ、成程。君がユミ君か。これはまた……、不思議な魂だぁね」


 ザクロはゆっくりとユミの方へ歩いてきた。そして間近まで来ると、静かに耳打ちされた。


「私の愚かな弟を救えるのは君しかいない。私ではダメだ。図々しい事を言って申し訳ないがよろしく頼む。これでもかってくらい使ってやってくれ。君に酷いことをした私達が言えることでは無いが、どうか頼む」

「え……?」


 ザクロはニッコリと笑った。そんな事を言われても困ってしまう。どうすればいいのか分からない。そもそも救うとは一体なんだろうか。一体何から救えというのかすら分からない。


「姉貴! ユミに何を言った!?」

「きゃはははっ! 秘密だぁよ! じゃあねー!」


 その瞬間、ザクロはすぅーっと消えてしまった。いつもザンゾーが去っていく時と全く同じだ。気配も何も無くなり、追うことは出来ない。ザンゾーでさえ捉えることが出来ていないようだった。

 

「ザンゾー。来なさイ。説明しまス」

「あいよ」


 シュンレイは応接室の扉を開けザンゾーを呼ぶ。ザンゾーは溜息をつきながら応接室に入って行った。シュンレイもそれに続いて応接室に行ってしまった。

 扉がバタンと閉められる。一体どんな会話がされるのか、全く知る術は無い。


 本当に嵐のような出来事だったとユミは思う。ザクロは強烈な印象だった。見た目の小動物感とは裏腹にとんでもないエネルギーを持った人だったように思う。


「戻ろっか」

「はい」


 ユミ達はbarを後にし、それぞれの家へと帰った。

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