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プロローグ 2020.8.13

「お先に失礼します。お疲れ様でした」


 半径2メートル程度の範囲にしか聞こえないような、覇気のない声で私は呟いた。

 消灯された暗いエレベーターロビーに出て、何となく、はめ殺しの窓に目を向ける。

 窓の先には都会の夜景にライトアップされた赤と白の東京タワーが見える。

 エレベーターが来るまで何となく見つめていると、突然タワーのライトがパッと消えた。


 そうか。12時か。

 

 途端に暗くなる窓の先から目を逸らして、私は到着したエレベーターに乗り込んだ。


 退社して電車に乗る。そして家に帰る。

 ルーティンだ。

 頭を使わずとも体が覚えている。

 まるで吸い寄せられるように、家を求めて進んでいく。


 改札に入るときのピッという音さえ、今の自分にはどこか遠くの音に聞こえる。

 私は階段を下りてホームで電車を待つ。


 金曜日の夜らしく、酒気を帯びたサラリーマン達が陽気に話している。

 明日は休みだ。休みではあるけれども。

 私はそこで思考を強制的にやめて駅の電光掲示板を見た。

 あと2分ほどで電車が来るようだ。


 まもなくして電車が来て、降りる人を待ってから私は電車に乗る。

 吊革につかまり窓に反射する自分の姿はとても疲れているOLそのものだ。


 何をしているんだろうか。

 何のために?

 これでいいの?

 これが普通なの?

 

 浮かんではすぐに消し去る問いかけにうんざりしながら電車に揺られる。


 しばらく電車に揺られて、私は最寄り駅で下車した。

 階段を上って改札を出て、家に向かって歩く。数分歩けば家だ。

 家に帰ったら何しようか。何もせずに寝てしまおうか。

 そんなことを考えながら歩く。


 1秒でも早く家につきたい。

 私はいつも通り最短ルートで進む。大通りから逸れて街灯の少ない裏道へ。

 長い長いまっすぐな見通しの良い裏道。

 直進して突き当りを曲がれば目的の家にたどり着ける。


 ぼーっと見据える突き当りのT字路。

 

 見えているのに遠いな。

 私はそんなことを感じながらいつも通り歩いていた。


 しかし、しばらくまっすぐ歩いたところで、いつも通りではないものが聞こえてきた。

 

「♪~♪♪~♪~♪♪~~」


 鼻歌?

 

 女性の鼻歌だろうか。歌詞があるわけではなくどこか寂しげなメロディーだ。

 こんな遅い時間に鼻歌を歌う女性がいるなんて珍しいな。等と思いながら、特に足を止めるでもなく歩みを進める。


 しかし。

 

 ブォオオオオン……ブォオォォォォ……

 というまたもやいつも通りではない音が――エンジン音と思われる音が背後の遠くの方から聞こえてきた。


 何の音だろうか。

 バイク? 暴走族でもいるのだろうか。

 

 いつもと違う音を不思議に思うも、特に自分に関係あることではないと、私は振り向くこともなく考えることをやめ、歩き続けた。


 その直後だった。

 鼻歌とエンジン音が、真後ろで聞こえた。


「え?」


 直前までは遠くで聞こえていたはずのいつもと違う音たち。

 それが同時に真後ろで、それも耳元と言ってもいいくらい近くで聞こえたのだ。


 心臓が飛び上がるほどドキリとして、私はとっさに振り返ろうとした。

 したのだが。


 その時にはすでに私は宙を舞っていた。


「なん……で……?」


 視界の端に映る制服姿の真っ赤な女の子?

 その近くに落ちている私のカバン。

 それと、そのカバンについている私の腕。

 あれ、あそこに倒れているのは私の下半身?


 じゃぁ、私は……?


 ぐちゃりと音を立てて落下した私の上半身。

 もう、何も見えない。

 真っ暗な視界。遠のく意識。


「なんでだろ。わかんないよ」


 そんな少女のソプラノの声が聞こえた気がした。

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