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弓彦と異国のテロリストたち  作者: 廣瀬智久
5/12

異業種交流会

 レセプション会場は店長会の開かれたホテルの宴会場で開かれた。奇しくも弓彦がかつて出席できなかった就職説明会の会場だった。


 昼食会は『異業種交流会』とあった。

 

 異業種交流は、商工会議所や青年会議所などが場を提供することが多い。その一方で、経営者や重役・一般の社員などが卒業校の交友関係などを使って、個人的な繋がり・人脈形成の延長で行われる場合もある。交流会で知り合った社員同士が集まり、各々が得意とする分野で技術や人材を供出したり、資材など企業が保有する資源を提供しあうことがおこなわれる。


 こういった活動は社会の分業化が進んだ現在において、逆に極度に進行した分業体制が産業の硬直化を発生させている面での、1つの解決策であり、新商品の開発など多大な恩恵を得ている企業も数多い。一方で、人脈作りとは言っても1回のレセプションに会費1万円を使い、成果がなければムダ金ということも多い交流会である。1万円の会費で100万円の成果が見込まれるのであれば誰しも交流会に出席するであろう。


 弓彦はそんな異業種交流会に出席した。要はもともと主催されていた異業種交流会にコンビニチェーンが乗っかったというだけである。主催者側としては大手コンビニである。箔を付けるにはこれ以上のものはない。もろ手を挙げて歓迎したことであろう。


 交流会は主催者の若干カタコトな挨拶から始まった。200キロはありそうな巨漢である。度の薄そうな眼鏡をかけ、無精ひげが生えている。


 巨漢の男性が挨拶した。目が死んでいる。


「コンニチワ、企業戦士の皆さん。キョウは戦を忘れ、隣国の兵と語らうにあらず、遠国のツワモノと語り合いましょう。そして、何かヒントを得れば隣国との戦で使いまショウ。戦わずに勝てる知恵があればそれを使いまショウ。ソンシイワク、『百戦百勝は善の善なるものにアラズ。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるモノナリ』と。カンペイ!」


 ほとんどの出席者が挨拶の内容を理解できず、一瞬場は静かになった。しかし、『乾杯』の挨拶の後、参加者は何か商機はないかとほかの参加者との「交流」に向かったのである。


 今回は昼食会である。アルコールは基本出ない。ウーロン茶やオレンジジュースで乾杯する姿は日ごろの酒宴で醜態を見せる弓彦にとって珍しいものであった。だが、今回はアルコールなしで自宅では食べることができない新鮮な野菜、温かい魚を食べてやろうとは誓った。


 弓彦がひたすらブロッコリーときゅうりと舌平目のムニエルを食べていると、父が満面の笑みで皿一杯のティラミスを抱えてやってきた。


「おいって。ティラミスなんか店で食えるって」

「そんなことをいうお前は何だ。きゅうりだっておいてあるだろう」

「ブロッコリー食べるのは三年ぶりってもんよ」

「若いころは母さんもティラミスを作ってくれたもんだが」 


 どこか哀愁漂う会話である。異業種交流会はもっと関係のない職種の人間と会話するものだがそんなことはお構いなく2人は食事を続けていた。そんな中、この父子に話しかけてきた風変りな男がいた。


「こんにちわ。店長さん」

「おいって、誰ってもんよ?この会場には店長しかいないってもんよ。そんなことより俺っちはブロッコリーに忙しいってもんよ」


 弓彦は大量のブロッコリーを皿に乗せていた。

「私ですよ。伊豆さん。今村です」

「…今村さんってもんよ」

 弓彦はブロッコリーを食べるのをやめた。今村といえばたしか以前どこかで…。父が満面の笑みで答えた。


「おや、あんたは今村さん、いや、この前の車の中ではいい話を聞かせていただきましたな。私と同じくなかなかの苦労人だそうで」

「それはお互い様ですよ」


 宏明はこの男と面識がある。ずいぶん親しげだ。


 ただ、この男と絡むとろくなことにならないと弓彦の動物的感がささやいている。


「福岡市の異業種交流会に潜り込むのは久しぶりなんですよ」

「そうなんですか、お久しぶりです」

 そういうと父はまたティラミスを取りに去っていった。弓彦と今村がサラダコーナーの前に残された。


 今村は結婚相談所の所長である。


 結婚相談とはいっても婚活パーティに自ら出席し、人数合わせで出席したというやる気のない参加者をかき集めては新たに婚活パーティを自身で企画し、成功させているという。

 婚活パーティの主催者側としては目の敵とされてもおかしくない人物である。最近ではその豊富な情報力から探偵事務所を開いているらしいが、眉唾物である。

 

 今村はニヤニヤしながら弓彦に話しかける。


「私はですね、こういう異業種交流会に出席するのが好きなんですよ。今日も結婚相談所のオーナーですと言ったら喜んで入れてもらえましたよ。さすがに独身限定の婚活パーティでそんなこと言ったら変な顔されますからね」


「おいって」


「こうやっていろんな職種の陰の噂話を収集して後の仕事に生かすのがたまんなくてですね。今日も会費5000円ですよ。高いでしょう?でも経費にすれば税金掛かりませんし。うち一応法人税払ってるんですよ。それはともかくとして、この手のレセプションには会費が高くても参加するようにしているんですよ。だって他業種だったら本音で今の会社の不満をぶちまけるでしょう?」


「ちょっともう少し小声で話すってもんよ」


「さっきも狂気の顔をして部長の悪口を言う受付嬢に会いましたよ。取引先の不満をぶちまける営業マンとか。ほかに漏らすところもないし、私なんか関係ないですからね。だって異業種が集まっているんですから」


 今村はニヤニヤと笑った。


「福岡みたいに若い人がどんどん入ってくる町だと、『交流』なんて空想なんですよ。この手の『交流』が結果的に何も生まなくてお金の無駄って気づく人は少ないですし、それでいて参加者も多いですよね」

「おいって、もっと小声でしゃべるってもんよ。」


「だって異業種って結果的に異業種なんでしょう?関係ないですよ。新しい仕事に結びつくなんてそう簡単にできませんよ。テレビで持ち上げられてるのはほんのごく一部ですよ。だって赤い糸と白い糸を結んだってまだらの糸ができるだけですよ。統一感なんてないからうまくいきませんって」

 今村は会場を見渡した。


「しかも見てくださいよ。参加者なんてただの平社員とコンビニのフランチャイズ店長ですよ。何か生み出せますか?やっぱりトップダウンの交流のほうがまとまるんですよ。いくら忙しいからって下賤の人間がああだこうだ言ったってただの会社への悪口にしか見えませんから」

 今村はウーロン茶を飲んだ。


「私、こういうところじゃお酒を飲まないんですよ。だって人の悪口が一番のつまみですから」

「おいって、やめろってもんよ」


「だいたいの上司が、とりあえず末端の社員に無理矢理『やれ!やれ!飯が出るんだから半分でいいだろ。うちから半分出すから残りは人生勉強だ』って。平社員の貴重な休み時間がこうして消えていくんですよ。会社が出した参加費とともに。基本的に異業種交流なんて成立しないんですよ。成立するのは数パーセントなんですよ。やっぱりみんな宝くじを買いたいんですよね。でも夢を見ることは大事ですよね。夢でみんな強くなれますから。私、今いいこと言いましたよね?」


「おいって」

 弓彦はそわそわした。舌平目のムニエルを食べたいのである。ブロッコリーを腹いっぱい食べたいのである。こんな男にかかわりたくない。


「まあこれくらいにして、今回は青年会議所の開催する交流会に大手コンビニチェーンが少々出費した感じですね。参加者が少ないんじゃ会が成り立たないですから。しかしどこも大したことないですよね」


 今村はニヤニヤ笑った。


 気が付くと遠くで誰とも話さずティラミスをほおばる父の姿が見えた。まだ食べているのか。そこへ最初に挨拶をした巨漢と横に連れそう女性がやってきた。背の高い、モデルのような女だ。年齢は40代を過ぎているように見えるが化粧はナチュラルメイクでそこまで威圧感を感じない。婦人雑誌の表紙を飾るような美魔女だ。満面の笑みでいろいろな人に名刺を渡している。人だかりができている。


「そんなことを言っていると来ましたよ。今日の主催者が。あの最初に挨拶した人は日本人じゃなさそうですね。中国の方かな?そして隣の人は…」

 今村は少し不機嫌な顔をした。

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