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弓彦と異国のテロリストたち  作者: 廣瀬智久
12/12

黒幕

 どれだけ時間がたったのだろうか。1時間以上かもしれないし、ものの3分かもしれない。うずくまっていた弓彦が気が付くと、ジェラルミンの盾で爆風を防いでいた機動隊員たちが少しずつ陣形を元に戻し始めていた。皆、埃まみれである。


 弓彦が起き上がると、父が退職金をはたいてフランチャイズ契約をし、長年育ててきた店が粉々になっていた。看板すらはっきり見えない。辛うじて最大の特徴である看板が確認できる程度だ。史銘陽と鈴木は起き上がったが、千眼美子と前江田さんは伏せたままだった。


 機動隊員があわただしく動き始めた。弓彦は眼鏡を拭いた。


「おいって、父さんは…」

「今、救助します」


 埃まみれの父が機動隊員に引きずられてきた。口には大量のエビせんべいが詰め込まれたままだった。それを前江田さんと弓彦が無言で眺めている。


「命に別状はないようです」

「ここで死んだら飲塚家の名折れよね」

「おいって」

「死んでたら法華経唱えてあげるわ」


 前江田さんがほこりまみれの顔で笑った。爆風でアフロ頭が砂まみれになり、白髪のようになっている山田刑事が機動隊の隊長に尋ねた。


「テロリストはどうなりました?」

「今確認しているところですが、あの爆発に乗じて三人とも逃走した模様です。爆発に巻き込まれていれば死体がどこかにあるはずなのですが見当たりません」

 

 山田刑事の頭が揺れてほこりが落ちる。千手観音美子がふらふらしながら立ち上がった。息子の史銘陽に支えられている。


「私の旦那は…」

「見当たらないのでおそらく逃亡した可能性があります」


 機動隊の隊長が答えた。隣で前江田さんがタバコに火をつけた。


「こんな爆風で死ぬなんてテロリストじゃないわよ」

「そうですね…」


 美魔女はうっすらと笑った。

 その時だった。けたたましく笑う声が聞こえたのは。


「はーっはっはっはっ!!!」

「おいって、どこかで聞いたことのある声って」


 弓彦が振り向くと、黒縁眼鏡のあの男が立っていた。


「加山くん!」

 千手観音美子が叫んだ。ほこりまみれでも気品を感じる。


「あら、主宰もこんなところに」

 加山は眼鏡をクイクイとさせた。山田刑事が尋ねる。


「加山って、加山係長、なぜこんなところに」

「これは山田刑事。私と一緒に特命係という話がありましたね」

「そんなことは知りませんよ。ところで今は確か公安に配属になったとか」

「そうですよ。公安で国際犯罪を担当していますが」

 

 千手観音美子のいう加山の仕事の国際関係とはこういうことだったのか。そうか、と山田刑事はうなずいた。


「ということは、アンロクザンを捕まえたふりをして匿い、ロケットランチャーを持たせてこのコンビニに誘ったのはあなたですね?」

「はははは。そうですよ。私ですよ」

「おいって!!」


 加山のとんでもない告白に弓彦は驚いた。加山は眼鏡をクイクイとさせながら続ける。


「マークしていた東南アジアの二人にこのコンビニで働くよう指示したのも私です。そうすればいつかこのコンビニでひと悶着あると思ってましたから。あとはたまにアンケートでも取りに来ればこのコンビニの実情はわかります」


「おいって!そんなことをやってたってもんよ!」


「私がやったのはそれだけですよ。テロリストに指示だけしてあとは待ってただけですから。私は実行犯じゃありませんから。テロリストの支援で逮捕されようと私は構いません。もう目的は達成しましたから」

 そう言って加山は笑った。


「おいって、どういうことってもんよ?」

「どういうことだと?」


 加山は黒縁眼鏡から弓彦をにらみつけた。


「それはな、学生時代のあの豪雨からだ」

「豪雨といえば、あの年、私が前江田さんと一緒に幸せの学習を立ち上げた年ですわ。あの災害の後、私は至高神と出会いましたの」

 千手観音美子が笑った。


「やっぱり知り合いだったんですね」


 JRの制服に付いたほこりをはたきながら鈴木が呟いた。このJR職員はなぜこんなところに連れてこられているのだろうか。関係者の中でも可愛そうな巻き込まれ要員である。

 

 前江田さんが不本意そうにタバコを吸った。


「あたしは立ち上げには協力したけど、あれは先生と少し喧嘩して離れた時にたまたまあなたが誘ってきたからでしょう?」


「理由はともあれご協力は感謝いたしますわ。きっといつの日かまた一緒に布教できる日を楽しみにしておりますわ」

「誰が行くか」


 前江田さんは地面にタバコを投げ捨てた。千手観音美子は微笑んだ。

 対照的な二人である。


「俺の話を聞け!!」

 加山が叫んだ。この二人にかかってはせっかく真相を語りだした真犯人も形無しである。


「俺はあの水害の後、伊豆弓彦!貴様からもらったびしょびしょのリクルートスーツで面接を何件も受けたが落ちてひどい目にあったんだ」

「洗えばいいじゃないの」


 前江田さんが新しいタバコに火をつけた。

 機動隊員がテントを片付け始めた。商工会の職員らしき男がやってきて「盛大にやりましたねぇ」と機動隊員と話をしている。蚊帳の外に置かれがちな加山が憤った。


「洗っても汚れが落ちないんだよ!何度もクリーニングしても」

「新しいの買えばいいじゃない」


 今度は千手観音美子が言った。前江田さんと美子は実は気が合うのかもしれない。


「金がないんだよ!貧乏学生にはあの小汚くなったスーツしかなかったんだ!おかげで面接に落ちまくったんだ!俺の人生はひっくり返ったんだ!!」

「でも警官、しかも公安配属はエリートコースですよ。仕事はちょっとハードだけど安定しているし。ひっくり返るなんて大げさな」


 さらに山田刑事が畳みかけた。加山はいよいよ地団太を踏んだ。


「俺は警官になんかなりたくなかったんだ!商社マンになりたかったんだ!それを伊豆が!伊豆が!だからお前のやっている店の基幹店舗を破壊して復讐してやろうと思ったんだよ!」


「わかりましたわかりました。まあまあ落ち着いて。今からお話をお聞きしますからここから近い署で」

 山田刑事がほこりまみれで白髪になった頭をかきながら加山を落ち着けた。鈴木が聞く。


「私もですか?」

「全員です。申し訳ありませんがもう少しご協力お願いします」


 まだ続くのか。ため息をつく鈴木をよそ目に山田刑事はどこかに電話を掛けている。


 機動隊は大体の撤収を終えた。マスコミ各社も廃墟となったコンビニの良い絵が撮れたようで機材を持って撤収を始めていた。野次馬ももういない。重機が入ってきて廃墟の撤収を始めている。


 宏明は口にゆかりせんべいを詰め込まれたまま、あおむけに寝転んだままだった。弓彦がふと見ると、目を開けて空をぼんやりと眺めていた。


「おいって、ゆかり婆さんはもういないってもんよ」


 宏明はゆかりを飲み込んでつぶやいた。


「こんだけ食べれれば幸せだ。今日も空が青いな。今日もいい天気だなぁ」

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