テロの応酬
弓彦は目を疑った。
オープンして20年、頑張って頑張って父がここまで育ててきた店に、中国人のテロリストがロケットランチャーを公安から持ち出して逃げ込んだ。
そして、その命を狙う東南アジアの女テロリストがロケットランチャーを構えている。いつぶっ放してもおかしくない状況だ。
対峙してしばらく経過している。いつ何が起こってもおかしくない。父の店は風前の灯である。
ロケットランチャーを持つ女スパイの後ろには機動隊が山を築いており、付近住民や報道陣が固唾をのんでそれを見守っている。機動隊が用意してくれた関係者用の簡易テントには、小倉駅の落とし物センターから連れてこられた関係者たちが椅子に座らされていた。
弓彦はぼんやりとそれを見つめていた。宏明は泣きそうな顔をしてぼりぼりとゆかりせんべいを食べている。『ゆかり婆さん』なんて冗談を言っている場合ではない。
無理矢理連れてこられたJR職員の鈴木と、ぶつぶつ何かのお経を唱えながら憐みの目で店を見つめる前江田さんがいる。
父親が心配で気が気でない史銘陽の唇は真っ青で、ただでさえ白い顔がどんどん青くなっている。その母、美魔女の千眼美子は前江田さんとはまた別の呪文を唱えている。
宏明のコンビニには、代打で母の君子がいた。ところが、ロケットランチャーを持ったテロリストを見て、真っ先に逃走。後に残されたバイトと客も全員避難した。父は何回か母親に連絡したが、全く電話に出る気配はないようだった。しかし、母の友人の前江田さんが電話するとワンコールで出た。
自宅に避難したという母は、とにかく関わりたくない、の一点張りであった。
『関わりになりたくない。弓彦の店の二の舞なんていやだわ』
「あたしはどうするの?」
前江田さんが聞いた。
『そんなこと知るわけないじゃないの。何とかしなさいよ』
「あなたの店じゃないの?」
「知らないわよ。旦那がリストラされるからっていきなり旅行代理店辞めて勝手にはじめた店なのよ。家族はいい迷惑よ」
『それを助けるのが内助の功ってものよ。先生も仰ってるわ』
「先生は死んだわよ」
千手観音美子と同じことを母は言い出した。
『功徳を積んでも死から離れられないのよ。先生のいっていることは本当に正しいのかしら』
「な、なんてことを言うの!いつか大変なことになるわよ」
『そんなこと知らないわよ。もうあたしは嫌だわ。こんなとこ』
「あたしはどうするのよ。このまま店が壊れたら困るのはあなただけじゃないわよ」
『心配する暇があったら法華経でも唱えてなさい』
今後の人間関係に波が立ちそうな会話をして、母は一方的に電話を切った。
弓彦が避難してきた他のバイトに話を聞くと、テロリストから危害を加えられることはなかったという。
テロリストは笑顔で「早く家に帰りなさい、ご了承ください」とよくわからない日本語で話しかけたという。それからすぐに東南アジアの女テロリストが到着した。だが、ベトナム人のフェイ1人だけで、インドネシア人のアイシャはいなかった。
フェイはいきなりロケットランチャーの弾を装填し店に向けて構え、一発を玄関前に打ち込んだ。一時付近は騒然となったらしい。近隣住民から連絡を受けた機動隊は目の前を走っている道路を封鎖。住民を一時避難をさせ、万が一の事態に備えた。それから小一時間が経つが状況は膠着している。
「若松区商工会」と書いてある簡易テントには椅子があり、そこに関係者一同が座っていた。機動隊も長期戦になることを見越して商工会にお願いして借りてきたのだろうか。テントの前には機動隊がジェラルミンのケースで人間の盾を築いており、関係者が状況を見守るだけである。山田刑事の隣には機動隊の隊長と通訳の外国人がスピーカーを持っている。
インドネシア語とベトナム語、英語、中国語で立てこもりの犯人への説得、フェイへの説得をしているようだが当事者たちは一向に動く気配はない。隊長が山田刑事に話しかけた。
「女テロリスト・フェイのRPGの射程内にあのコンビニは入っています」
「一触即発ってやつか。ちょっと前にも同じシチュエーションがあったな」
「あれもこの近くのコンビニでしたね」
二人は平然と会話している。場慣れしているといった感じだ。
「おいって、店はどうなるって」
弓彦が尋ねる。隊長はスピーカーを置いて疑問に答えた。
「なるようにしかなりませんな。アンロクザンが先に攻撃すれば実弾を多めに持つベトナム人女テロリスト、フェイには有利だろうしその逆もあり得る。アンロクザンが店を出ると市街戦という可能性もあります」
「おいって」
「店は跡形もなくなりますな。それ以上に私たちもそれなりのことを覚悟しなければなりません。ロケットランチャーの威力は強力です。付近の民家もただじゃすまされないと思います。ロケットランチャー以外の武器を持っていることも十分考えられます。それを持ってアンロクザンとフェイが応戦すればこの一帯は焼け野原になります。ひょっとするとどこかに彼ら・彼女らの応援勢力がいればなおさらです」
隊長が冷静に分析した。弓彦は泣きそうな顔になった。
「おいって」
「壊れたらまた作ればいいのよ」
「そんな簡単にできないって」
前江田さんがつぶやいたのを、弓彦が否定した。いや、この前粉々になった店は意外に簡単に再建できたじゃないか。そう思うと弓彦は何とも言えない顔になった。
「うちの主人は…」
千手観音美子が隊長に尋ねた。隣には息子の史銘陽が顔面蒼白な顔をして立っている。
「先ほども言いましたけど、血の気が立って応戦すれば大変なことになります。山田さん、コンビニ立てこもり犯から何か要求はあったかい?」
「いえ、外部と全く謝絶しています」
「女テロリストは?」
「一切こちらには連絡をしてきません。見向きもしません。立てこもり犯を倒せればそれでいいって考えているんでしょうか」
「狙った獲物は外さないか。まさにインドシナの猟犬だな。奥さん、旦那さんはかなりの強敵に狙われてます。あんな強烈な大砲を平気で操れる敵ですよ」
隊長がつぶやいた。機動隊の隙間を見ると、女テロリスト・フェイが一人でロケットランチャーを構えて微動だにしていない。
そういえば、宏明の姿が見当たらない。
「おいって、父さんはどこって」
「トイレに行くって言ってたわよ」
前江田さんがこともなげに答えた。機動隊の隊長が驚いた。簡易テントが揺れた。
「トイレって、ここは急ごしらえだからトイレなんてありませんよ。近くのスーパーだってここから15分は歩かないと…まさか」
「表はこの機動隊ですからすぐに目立ちますけど、人目をかいくぐればあのコンビニの裏口からトイレに行けますね」
山田刑事が冷静に分析した。その時だった。
「おいって!あの太っちょって!!」
弓彦が悲鳴を上げた。
「なんで父さんがいるって!!」
機動隊がざわつく。
大量のエビせんべいを口に入れられた宏明が小太りの中国人テロリスト・アンロクザンに首をひっつかまれて出てきた。宏明は気絶しているのか全く動かない。アンロクザンは銃を突き付けて何かをわめいている。
「おいって、『ゆかり婆さん』こんなところにいたって…」
弓彦は泣きそうな顔をした。
「…人質に取られましたね」
「飛んで火にいる夏の虫というやつですな。いやはや、困りましたな」
山田刑事と機動隊隊長がぼんやりとコンビニの正面を見つめながらつぶやいた。
「アンロクザンはそこの女テロリストの武装を解除しろ、そうしたらこの人質をかえしてやってもいい、と言ってます」
隊長の隣にいた通訳が答えた。フェイはアンロクザンの要求はおそらく理解しているのだろう。だが微動だにしない。そこへ、史銘陽が隊長のスピーカーを取り上げて叫んだ。
「父さん!もう帰りましょう!ご了承ください!!」
一瞬だけアンロクザンが機動隊のテントを見た。
その時だった。もう一人の女テロリスト、シテ・アイシャがコンビニの中から颯爽と現れた。店内にずっと潜んでいたのだ。片手に銀色の銃を持ち、もう片手で軽々と宏明奪い取るとフェイのもとへ走った。
そして、叫んだ。
「エクスプロージョン!!!」
「おいって!」
弓彦も叫んだ。
「全員伏せろ!!!」
機動隊の隊長が叫んだ。機動隊員もジェラルミンの盾を上に向けてしゃがんだ。
女テロリストのロケットランチャーが火を噴いた。一発、二発、三発。ロケットランチャーは連続発射できるのか。時間が止まったように感じた。
弓彦がほんの一瞬だけ自分の店を見ると、店が空を飛んでいるように見えた。そして、爆発した。
弓彦は泣いた。




