東南アジアの若いバイトたち
1.東南アジアの若いバイトたち
伊豆宏明は最近機嫌がよい。
宏明が脱サラして大手コンビニチェーン店の店長に就任したのは20年前である。近くに息子が店長の店が1店舗、妻が店長で娘が副店長の店がもう1店舗、そして自分は店長兼3店舗を束ねるオーナーとなった。勤務状況が過酷なコンビニ店長とはいえ、『複数店舗を統括するオーナー』という立場はかつて勤めていた旅行代理店の係長という立場よりはるかに上であろう。フランチャイズであるが一国一城の主である。名誉なことである。
店長の宏明と家族以外は全員アルバイト店員である。アルバイトがいなければ宏明の勤務時間が増えるので欠かせない人材である。齢60歳をすぎ、体力的にも夜勤はしんどくなってきた。しかし、人材不足の昨今、主婦パートですらそう簡単に見つからないのが現状である。学生バイトは時々見つかるが、試験時期になるとなかなかシフトが埋まらない月もあり、苦労している。
そんな宏明の店に新しいバイトが入ってきたのは先日のことである。しかも2人。近くの大学に通う留学生であり、年齢は2人とも20代前半だった。
1人はインドネシア人のアイシャ。もう1人はベトナム人のフェイ。2人は本国では有名な美人タレントだと笑いながら語っていたが真偽のほどは確かではない。たしかに顔立ちははっきりしているが、各国によって美人の基準は違う。ただ、宏明は美人だと思っている。
ともかくも一気に2人もバイトが補充されたので店長としては大変助かる。しかも日本語は上手だし英語もしゃべれるので、たまに来店する国籍不明の客への対応もしやすい。
今朝、宏明が出勤すると、タンクトップ姿の二人が駐車場で、コンビニ袋に水を入れ、それをかけながら遊んでいた。いくら非番といえ客がいたら水がかかってしまいクレームのもととなる。若い女の子なので目の保養になるが少々やりすぎである。
「何やってるんだ?お客さんにかかると大変だよ」
外に出てきた宏明が注意した。2人は遊ぶのをやめた。アイシャが笑いながら言う。
「コレは東南アジアで流行っているいたずら番組です」
「インドネシアでもベトナムでも流行っているんですヨ」
「へ?」
「コウして近づいてきて」
フェイが近づいてきて、宏明に向かって袋に入った水をかけた。
「うぇっ。げほげほ」
宏明は驚いた。少し水を飲んだせいかむせてしまった。慌てて一瞬だけフェイの腕を握ってしまったが、妙に筋肉質だった。東南アジアの女の子はこんなものなのだろうか。フェイとアイシャはキャッキャと笑った。
「空港や街を歩いている人にこうしていたずらするんデス。大人気ですよ。ほかにも突然食べ物を突っ込んだりいろいろバージョンがあるんデスヨ」
そういって笑いながら東南アジアの2人の留学生は店に入った。これから仕事である。それにしても変ないたずら番組があるものだ。やられたほうは驚くというか、仕掛け人は怒られないのだろうか。東南アジアはいたずらに対して寛容な国が多いのだろうか。ともかくも若い2人がはしゃぐ姿はほほえましい光景である。
宏明は店の休憩室に入る。休憩室にはパソコンが1台あり、ここでスケジュール表を確認したり本部に提出する書類を作成する。テレビを流しながら作業するのが日課である。
弘明は勤務表を確認しながら、エビせんべいを食べた。エビの風味がしっかり入っていて大変おいしいエビせんべいである。伊勢エビを使っているらしい。伊勢海老を食べたことのない弘明にはよくわからないが、きっとこのエビせんべいのような味がするのだろう。先日近くの店で店長を務める息子の友人が名古屋名物で買ってきてくれた。それをぼりぼり食べながら店長会の資料を流し読みした。おいしいせんべいを食べると機嫌がよくなる。
テレビがニュースを伝えている。
『今朝早く、北九州市のJR小倉駅で爆弾のようなものが発見され、付近住民が避難する事件がありました』
爆弾とは物騒な話だ。今日は店長会だが、向かう先は博多なので方向は逆だ。特に問題はない。宏明はぼりぼりとゆかりを食べながらザッピングする。この時間帯はニュースかテレビショッピングくらいしかなくて困る。
『先日小倉北区で開かれた国際会議でアメリカ政府の要人が事件にあいました。この事件は政府要人の口の中に毒物を入れる事件です。最近東南アジアで流行っているいたずら番組の手口に似たものが多く、各国で同じような事件が多発しています。幸い死には至りませんが、重症の方が多数出ています。犯人は見つかっていません』
たまたま付けたニュースがそんなことを言っている。確か同じ手口で殺された人もいた気がする。この手口が要人暗殺の流行りとなったのだろうか。先ほど東南アジア出身のバイトが遊んでいたのはこのいたずら番組の手口と似たようなものなのだろう。迷惑な番組である。
宏明はぼりぼりとエビせんべいを食べていた。
そのままぼんやりしていると、電車の時間が近いことに気づいた。そろそろ向かわねば店長会に遅刻してしまう。慌ててロッカーの中からスーツを取り出し着替えた。そして、バイトのフェイとアイシャに一声かけて、息子の勤務するコンビニへ向かった。




