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第2話 極悪人クラブ

 次の日曜日、僕は『極悪人クラブ』に行ってみることにした。

 いつものように悪の組織のボスらしく振舞った後、紙袋を持って外出する。


 『極悪人クラブ』がある駅は、僕の家の最寄り駅から40分ほどのところであった。さらにそこから10分ほど歩き、目的地に到着する。

 第一印象はどこにでもある雑居ビル。これが『極悪人クラブ』のある場所だ。


 階段で三階まで上がると受付があった。

 いかにもマフィアという雰囲気の黒服の男が座っている。


「いらっしゃいませ」


「『極悪人クラブ』に入りたくて来た者ですけど……」


「ようこそいらっしゃいました。では入会手続きをなさって下さい」


 書類に名前を書き、入会金3000円を払う。これで僕も『極悪人クラブ』の一員だ。


「部屋はあちらになります。着替えるのでしたらあちらの更衣室をどうぞ」


 着替えを持ってきた僕は更衣室に入る。

 その姿とは――


 まず黒スーツ!

 そして黒マント!

 鏡もあったので顔にも多少メイクを施す!


「……完璧だ!」


 外見上、完璧な悪の組織のボスとなった僕は更衣室を出て、『極悪人クラブ』に入った。


 中に入ると、すでに十数人の先客がいた。

 マフィア風のコスプレをした人、魔王っぽい人、ヤクザっぽい人……さまざまだ。

 そういうクラブだと分かっていても思わず尻込みしてしまう。


 すると――


「おうおうおう兄ちゃん、新入りかぁ!?」


 リーゼントにアロハシャツというチンピラ風の男が近づいてきた。もちろん、あくまで“ごっこ”なのだろうがかなりの迫力だ。


「え、ええ、まあ」


「俺は黒田くろだってんだ! ここではチンピラやらせてもらってる! よろしくな!」


「よろしくお願いします……」


 委縮する僕に、今度は和服でヤクザの大親分といった風貌の中年が声をかけてくる。


「ガッハッハ、また極悪人クラブに仲間が増えたか! いいことじゃ! ワシは岩見いわみというものじゃ!」


「どうも……」


 さらに委縮する僕に、岩見さんは苦笑いする。


「おいおい、ここは極悪人クラブじゃぞ? そんな弱気でどうする。きちんと悪役として挨拶せねば!」


 そういえばそうだった。敬語を使う悪の組織のボスなどいるわけがない。


「フハハハハ! そうだった! 我は片桐優作! よろしく頼むぞぉ!」


 いつも家でやっているように悪の組織のボスになりきる。


「えぇっと、そりゃあ何になりきってるんだ?」と黒田。


「これは悪の組織のボスだ!」


「悪の組織のボス? ハッ、ずいぶん曖昧な設定だな」


 黒田には鼻で笑われた。少し腹が立った。実際曖昧でごった煮なので仕方ない部分はあるのだが。


「まあええじゃないか! ここでは悪人でさえあればどんな役でも自由じゃ!」


 大笑いする岩見さん。


「あら、新しい人が来たの」


 今度は女性が来た。

 美しい人だった。長く艶のある黒髪に、しっとりとした黒いドレスを着ている。


「初めまして……」


「初めまして、私は西条さいじょう理沙りさっていうの。“悪の女幹部”ってところかしら」


「悪の女幹部……」


 いい響きだ、と僕は思った。


「リサって呼んでね」


 悪の組織にリサのような幹部がいたら、華やかになりそうである。


「じゃあ、私が極悪人クラブについて紹介してあげるわ」


「お、お願いします。あ、いや、頼むぅ!」声が裏返った。


「極悪人クラブはご覧の通り、この部屋でみんな悪人になりきって社交を楽しむ会よ」


 僕も見回すと、色々なエリアがある。

 装飾のある玉座があったり、世界地図があったり、和室のようなスペースもあり、西部劇に出てくるような酒場のようなエリアも見受けられる。


 僕は悪のボス口調で聞く。


「ほう、色々なスペースがあるようだな」


「そうよ。ここには色々な悪人になりきりたい人たちが集まってるから、色んなシチュエーションでなりきれるようにさまざまなスペースが用意されてるの」


「へぇ~。あ、いや、ほう……なかなかの施設ではないか」


 ここまでするのかと感心してしまう。


「あと、あそこにドリンクバーがあるから、好きな飲み物をいつでも飲めるわ」


 ソフトドリンクが飲めるドリンクバーが設置されている。飲み放題なのだろう。

 ただし酒はないようだ。昼からやっているクラブだし、トラブルの元になるだろうから正しい判断といえる。どうせ僕は酒に弱いし、そこに不満はない。


「それと、ごっこ遊びの範疇を越えた異性を口説いたりする行為もNGよ」


「それは聞いている」


 つまり、この部屋にいる間はナンパのような行為はダメだということだ。

 このように色々制約は多いが、みんな楽しんでいるように見える。

 整えられた舞台で、大っぴらにできる趣味とは言い難い“悪人ごっこ”を堂々と楽しめる健全なクラブ、それがこの『極悪人クラブ』なのだろう。


「じゃあ、私たちも楽しみましょうか」


「うむ、そうだな」


 僕たちはワイングラスにぶどうジュースを入れて、いかにも悪の同志っぽく、


「世界を我らの手中に収められるよう、乾杯だ」


「ええ、乾杯」


 リサとグラスを鳴らす。

 これがなかなか楽しい。本当に悪の組織のボスになった気分だ。一人でも十分楽しんでいたが、やはり仲間がいると違うなぁというのを実感できる。


 玉座に座って、偉そうに世界地図を眺める。


「フハハハ、次はどこを滅ぼそうか……」


 と僕が言うと、


「南極を全部溶かしてしまうというのはどう?」


 などとリサは答えてくれる。


「それはいい! 全世界を水没させてくれるわ!」


 僕はノリノリで叫ぶのだった。


 この僕の演技に周囲も「なかなかやるじゃねえか」「すごい計画じゃな」などとそれぞれの役で応じてくれる。

 楽しい、楽しすぎる。


「フハハハハ……世界は我らのものだ!」


 手を広げ、僕は叫ぶ。


「世界を水没させたら、手に入れるどころじゃねえだろ」


 黒田がツッコミを入れてくる。まさしくその通り。

 これに他の人間も笑い出す。調子に乗りすぎて、大恥をかいてしまった。


 しかし、リサは――


「あら、水だらけになった地球を支配するのも楽しいんじゃない?」


「西条さん……」


「西条さんはやめてよ。リサでいいわ」


「うむ、フォローしてくれて助かったぞ、リサ! フハハハハ!」


「お褒め頂いて光栄ですわ、ボス。オホホホホ……」


 リサのおかげもあってこの日、僕はみんなとだいぶ打ち解けることができた。

 それから夕方頃までクラブを楽しんだ僕は、服を着替えて帰宅する。

 家に戻ってからももちろん悪の組織のボスを演じるが、やはりクラブでの楽しさは敵わない。僕は仲間がいることの楽しさを知ってしまったのだ。

 帰ってきたばかりなのに早くも次の日曜が待ち遠しい。


「フハハハ、来週が楽しみだ!」



***



 月曜になり、出社した僕は加藤と挨拶を交わす。


「おはよう!」


「おっす、極悪人クラブには行ったのか?」


 加藤が聞いてきたので、


「ああ、行ったよ」


「どうだった?」


 僕は昨日の楽しさを思い出し、満面の笑みで答えた。


「最高だったよ!!!」


「うおっ!」


「あんな素晴らしいクラブを教えてくれてありがとう!」


「お、おう」


 さすがにここまでの反応は予想外だったのか、加藤も引き気味になっていた。


 さあ、仕事が始まる。次の日曜を楽しむため、頑張らねば。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 黒田さん。マジチンピラ?と思ってしまいました。 (演じているわけではなくて) [一言] 1週間、いや最低3日は我慢しようと思いましたが、1日待てませんでした(笑) 悪の女幹部って、決ま…
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