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前編

僕達3人は、放課後、裏山の秘密基地にて、秘密の儀式をしていた。

僕達の秘密基地は、裏山の麓にある小槍神社の裏手にある防空壕跡を整備したシェルターだ。

何代か前の町長が恐怖の大王の降臨に備えて作ったシェルターを、有事のために開放されたままになって放置されてるものだ。

備品用の倉庫にさえ触れなければ僕達が何をしようが黙認して貰えている。

そういう点では秘密の基地では無いのだが、僕達は大人に秘密でなにかをする基地として、ここを秘密基地と呼んでいる。


今、僕達はこの秘密基地で、小槍神社の倉庫から借りてきた旧い本を開き、描かれていた魔方陣を再現してみている。


小槍神社は、裏山こと、小槍ヶ丘という小高い山に棲むとされる神様の使いを崇めている神社だ。

日本神話における国産みの際、混沌とした地上をかき混ぜた際に矛に残った一滴が落ちてできた山であるなどと言う壮大な逸話が残っていたが、その逸話が後付けであることは、町に住む全員が知っていた。

明らかに神社に祀られているものが別のものだからだ。

毎年行われる祭りでは、黒い木の幹のようなものを小槍様と呼び、子たる我等を今年もお見守りくださいと騒ぎながら願うのだ。


神社の家の息子である僕は、神社の脇にある古い倉庫の大掃除の際に見つけたこの魔法のようなことが書かれた本を、こっそりと持ち出していた。

本のタイトルは「小鑓神儀」。小槍神社の古い名前である小鑓での神儀、つまりは祀り方が書かれた本だ。

この本には、小鑓の神への供物の捧げ方、また、願望成就の祈りの方法が、古い字体で書かれている。

やり方を簡単に言うとこうだ。

1.必ず3人以上で行うこと。

2.願いは文字に起こしてまとめておくこと。

3.小槍様の欠片を用意すること。

4.儀式を行う人数分の陣を1枚の紙に1つにまとめて間違いなく書き写すこと。

5.小槍村で取れた野菜、肉等を、儀式を行うものの体重と同等用意すること。

6.上記を7尺の内にまとめ置くこと。

7.必ず眼を閉じ、小槍様を讃える御言葉を唱えること。百度繰り返すことにより、小槍様へ礼賛が届く。この際、御言葉はなるべく想像の容易い言葉に訳しておくこと。

8.上の手順により、小槍様は願いをお聞きくださる。

9.小槍様はお優しい方であるが、決して小槍様を見てはならない。


僕達は、半ば面白半分でこの儀式を行おうとしていた。

なにもないとは言え、自然豊かなこの村は好きだったが、同時に、僕達はこの村から離れたいと願う同志でもあった。


故に、僕達の願いは、こうだ。

「小槍村とは別の場所へ行きたい。」


勝手に村から出ていけば良いではないかと思うかもしれないが、僕達にはそれぞれ村から出ることができない理由があった。

僕の理由としては、小槍村の中で使うことがないからと小遣いも貰えず、小槍村の最寄りの村まで行ったとしても、小槍神社の跡取りとして育てられた僕は、祭りの度に顔を見せているため、顔が知られていて、見つかったら連れ戻されてしまうからだ。

7回程逃げ出してやろうと試みたが、4度は勘の良い父に家から抜け出そうとした瞬間に見つかり、2度は最寄りの村で捕まり、1度は最寄りの村を通らず山を抜けようとして、遭難していたところを救助された。


事実上この村に囚われている僕は、もし本当に願いが叶えばラッキーくらいの気分で、本を倉から持ち出し、協力者の農家をやってる(たける)と、八千代(やちよ)と共に儀式を始めたのだ。


健と八千代がそれぞれ採れた野菜を少しづつ持ちより、ついでに事前に仕掛けておいた罠にかかっていた兎の肉を添えて、ついに100キロを越える小槍の恵みを集めたのだ。


そして、僕が「小鑓神儀」の古語で書かれた呪文を分かりやすいように翻訳し、準備が整った。


「聖なるかな、我等を産みし、黒き小槍よ!」

「小槍の子、神授の民、豊穣の地に生きる私が願う!」

「神たる貴方に、地の宝物を捧げ、恵みをもたらした大地の母に感謝を!」

「地に満ちる獣、そして、豊穣を願う我等は皆、小槍の先の一滴。」

「天に満ちる雲たる母よ、我等の願いをお聞きください!」


一縷の希望をかけて、当たるも八卦当たらぬも八卦くらいの気持ちで挑んだ儀式は、奇跡のいたずらか、成功してしまっていた。





108度目の礼賛の言葉の後、僕達は、辺りの空気が明らかに変わっていることに気づいた。

僕達が儀式をしていた秘密基地ことシェルターは、換気扇があるとは言え、風通しが悪く、軽く汗ばむくらいには湿気ていたのだが、今、僕達が居る場所は、明らかに涼しい風が通っている。


明らかな変化に僕達が戸惑っていたところ、健が声をあげた。


「も、もしかして儀式…成功したのか?」


軽く震えた声に、八千代が応える。


「明らかに空気が変わったよね?もう眼を開けても良いのかな?」


「駄目だよ!成功したってことなら、小槍様が居るはずだし、小槍様が居るなら見ちゃ駄目だって書かれてたんだから!」


僕は、眼を開けたい気持ちをぐっと堪えて、八千代を諌めた。

そんなことをしていると、四方八方から同時に話しかけるような声が聴こえた。


『愛し子よ、貴方の願い、叶えよう。』


『剣に盾、生き残るための、技を手に。』


『子等に剣を。』


いつの間にか、僕の右手にはずっしりと重い何かが握らされていた。

話し掛けてくる声もあるが、何故だか僕には理解できた。

これは銀の剣だと。


『子等に盾を。』


またもや、僕の左手にはずっしりと重い何かが握らされていた。

直ぐに僕は理解する。

これは銀の盾だと。


『そして、子等に、身を助く技を。』


身体の内側から何かが溢れだしてくる感覚がした。

この力があると、僕は何処にでも行ける。

そんな確信を持てるような感覚だ。


『私は子等に自由を―――――』


その言葉が発し終わるまでよりも早く、何かが僕の横を、前を、後ろを、上を、股下を、あらゆる場所を横切るような風音と共に、声が途切れた。


そして、

『ガハッ!』

という空気を吐き出すような音に遅れて、血の滴る肉を棒で叩くような音が何度も響く。


先程までの神聖さも感じる声と変わって、全身を殴られていると錯覚してしまうような音は、肉を叩くような音から、固い床を叩くような音に変わるまで、何度も、何度も繰り返された。


僕は、儀式が成せたのだという先程までの達成感すら忘れ、がくがくと震えていた。


どうかこの叩かれるような音が僕に届きませんように、健が、八千代が、無事でありますように。


歯をガタガタと撃ち鳴らしながら、僕は儀式を始める前とは別に、村に戻りたいと、強く願い始めていた。





音が無くなった時、僕の手に握られていたはずの剣と、盾が消えていた。


そして、身体の奥底から、言いようもない吐き気が僕を襲った。




そうして、感じていた不快感を堪えていると、先ほどから周囲にある、『声』の主をつらぬき、叩いた何かが、僕を絞め殺すように、力強く、ゆっくりと、締め付けてきた。


何故だか僕には、それが、小槍神社に祀られていた、黒い木の幹と同じもののように感じられた。









気が付くと、僕は、薄暗い森の中に居た。

どこか、小槍町の側の森に近い雰囲気を感じる森は、薄暗く、空を見ると、黒い雲が、雨一つ降らさずに鎮座していた。


僕が倒れていた場所に、健と、八千代は居らず、そこには何故か、黒髪の少女が僕を見つめていた。

そして、立ち上がろうとして気付いたが、右手には黒い鉤爪、左手には赤黒い木の盾を握っていた。


その少女の目には、遥かなる深い闇そのもののような感想を覚えた。

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