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07――追手の可能性について


「あっ、これからの話の前に聞きたい事があった。ミーナちゃんに」


 突然思い出したようにそう切り出したみやは、深刻そうな表情でミーナを見つめた。そんな雰囲気に表情を引き締めたミーナは、みやの方を向き直して居住まいを正す。


「そのクーデターを起こした裏切り者や帝国の人間が、ミーナちゃんを追ってこちらの世界にやってくる可能性はある?」


 みやの質問に、そんな事には全く思い至らなかった私はびっくりしてしまった。そっか、もしかしたらそういう可能性もある……のかな?


「断言はできませんが、おそらくはないと思います。理由としては私をこの世界に送った者は、帝国の人間ではないでしょうし裏切り者の貴族達でもないでしょう」


「その根拠は?」


「ひとつめは私達の世界の魔法に、別の世界へ渡る、もしくは別の人間を渡らせるなどといったものは存在していない事。むしろ自分達が住んでいる世界以外に、このような異なる世界があるなど考えた事すらないのですから」


 普通はそういうものだよね、とミーナの話を聞きながらひとつ頷く。宗教的な話で死んだら天国や地獄に行くという説は誰しも一度は聞いた事があるけれど、詳細な所在地や具体的な行き方は誰も知らないだろう。みやに聞いたのだけれど最近そういう架空のお話がすごく流行っているらしくて、異世界という概念が一般的になってるみたいだけど、私はそういうお話を読まないので全然ピンと来ない。


「私達が知らないところで魔法が開発された場合も考えられますが、そういう可能性を考慮し始めるとキリがありませんからね」


 可能性としては新規に魔法を開発したという事も考えられるけれど、憶測でしかないのでそれがどういう魔法なのかとかそれを使ってこの世界にやって来る事ができるのかとか、正解を答えられる人間はこの部屋の中には誰もいない。正解を答えられないという事は、今求められているこの世界に敵がミーナを追いかけてくる可能性があるかどうかという質問に対する答えにはなり得ない、とミーナは言いたいのかもしれない。


「ふたつめの理由は?」


「ふたつめは、帝国側が私をこの世界に飛ばす理由がわかりません、そんな事をしなくても彼らがやったように私の命を絶って、後は遺体を燃やすなり首を晒すなり簡単に出来るのですから」


 自分が殺された後の話をしているのに、ミーナは平然とそう説明をした。可愛らしい声なのに、大人の男性のような話し方になんだか違和感を覚える。さっきまでミーナが私と同い年ぐらいの男の人で幼い女の子に変えられたという話を、なんとなく理解していたつもりだった。でもこうして幼い女の子が持ち得ない大人の男性の部分を感じた事で、やっと実感とともに心にストンと納得できた気がする。


 それはさておきミーナが理由を上げると、それに納得したのかみやはホッと安堵のため息をついた。多分私とミーナの事を心配してくれたのだろう、本当に優しい親友なのだ。


「私の方の懸念はなくなったわ、ミーナちゃんありがとうね」


「いえ、むしろ私の事情にお二人を巻き込んでいるのは私なのですから。心配して頂けて恐縮です」


 5歳児ぐらいの幼い見掛けなのに、大人のような言葉遣いでお礼を言うミーナ。この中で一番不安で怖い思いをしているのはミーナなんだもんね、私がしっかりしてミーナを守ってあげないと。ちゃんとご飯を食べさせてあったかい寝床を用意して、この世界でミーナがちゃんと自分で歩けるように手助けしてあげたい。


 ミーナとみやの話が一段落したのを確認して、今後の話をする事にした。ミーナにはこちらの世界はおそらく、ミーナがいた世界とはまったく違う場所である事を伝えた。例えば魔法がなくて科学というものが発達している事だったり、前にもちらりと言ったけど一部の人達を除いて全員が平民で身分の差がない事とかね。


 私も大学に通わないといけないから、希望としては魔法を使わなくてもミーナには日本語を覚えてコミュニケーションを取れるようになってもらいたい。空っぽだった魔力がほんの少し回復したという話は聞いたけれど、回復手段がまったく判っていないなら当てにしない方がいいと思う。


 それを伝えると、ミーナは真剣な表情でこくりと頷いた。彼女もあちらの世界では他国の言葉を学んで外交をした事もあり、その土地の言葉でスムーズな意思疎通ができるという強みを理解していたという。言葉が通じるうちに、私にお願いするつもりだったそうだ。


「でも佐奈、ミーナちゃんに合う日本語勉強の本なんて持ってないでしょ。どうするの?」


「図書館で借りて来ようかなって、直接書かずにノートを用意すれば本を汚さずに何度も練習できるだろうからね」


 本当なら小さな5歳児をひとりで日中お留守番させるのはダメな事だけれど、ミーナは18歳の男性でさっきまでの話し合いでも大人みたいに理性的な発言をしていたから、多分ちゃんと留守を守ってひとりで自習できるだろう。もちろんお外には出ない事と、レンジの使い方を教えてお昼ごはんは温め直してもらうなんて約束事を言い聞かせるつもりではいるけどね。


「でもサナさん、本は高価な物ですよね? 私のために高額な保証金を支払ってもらうのは、気が引けるのですが……既にこれだけの立派な衣服や下着を用意して頂いているのに、これ以上は」


「いいの、私が自分の意思でミーナを助けたいって決めてやった事だもの。ミーナは恩や重荷に感じなくていいの、それにこの世界では図書館で本を借りるのに保証金や代金は必要ないのよ」


 ミーナの髪をくしゃり、と撫でながら言った。きっとミーナの世界ではまだまだ本は贅沢品で、平民達には縁遠い物なんだろうね。さっき身分制度がないって説明したから、私には重い費用負担になるんじゃないかと心配してくれたのだろう。本当に優しい子だ、こういう子には幸せになってもらいたいよね。


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