ドーン家の娘たち
カロライン・ドーンは実業家ドーン家の令嬢だ。先妻の娘で、正統な相続権を持つ一人である。母が死んだのはカロラインが十歳の時。働き盛りの母は夏の盛りにぽっくり逝ってしまった。
カロラインの父は七年前に結婚し、継母ができた。継母は娘を連れていた。
ミュレル・ドーン。カロラインより五歳年下の、亜麻色の髪に緑色の瞳を持った、可憐な美少女である。
連れ子のミュレルにはドーン家の相続権がない。だからなのか、ミュレルはカロラインの物を欲しがった。ドレスもアクセサリーも使用人も。……そして、男もだ。
「いくら義妹でも違うのではないかと拒否したのですが、そうするとミュレルはずるいと言って暴れるのです。自分には相続権がないのだからわたしが譲るべきだというのがあの子の主張ですわ。母の形見は銀行の貸金庫に入れてあったので無事ですが、わたしの財布からお金を抜きとったり……、ひどいとわざとドレスを汚して戻してきます」
もっともひどい被害は幼馴染の男を寄こせと言ったことだがそれはさすがに言えなかった。臆面もなくそんなことをねだったミュレルもミュレルだが、泣き真似にコロッと騙されてカロラインを非難した幼馴染も幼馴染である。幻滅したカロラインは彼との友好関係を切った。
なるべくやんわり伝えたが、ミュレルが癇癪を起すのは決まってカロラインの部屋だ。おねだりを断られることを承知でやっているのだからたちが悪い。ベッドに花瓶を投げられて水浸しにされたのは一度や二度ではないし、駄目と言ったのに勝手に着られたドレスはやぶかれたり何かの染みを付けられた。通りすがりに足をかけられて転ぶことは日常茶飯事。痕にならないように抓られたり、髪を引き抜かれたこともある。
最近ではついに食事に細工され、それもあってダレンはカロラインを避難させたのだ。
「義妹さんはおいくつなの?」
「十八歳です」
マーテルたちは顔を見合わせた。
年端もいかない子供ならまだしも、十八歳ならこの国では成人年齢だ。カロラインが社交デビューしたのは十五歳だった。十八にもなって分別がないようでは淑女とは呼べない。改めて人に話すとあまりの非常識さにカロラインが恥ずかしくなった。
「相続権がないとはいえドーン家なら結婚の持参金を用意してくださるでしょうに……」
「継母は止めないの?」
「お継母様はミュレルと一緒になって、譲るように言ってきます」
とうとうマーテルがため息を吐いた。
「ドーン家は先代も先々代もしっかりしたお嫁さんを迎えてらしたけど、現当主はそれが嫌になったのかしら」
どうやらマーテルはドーン家の事情に詳しいようだ。母と同年代に見えるけど、実は祖母世代なのかしら。カロラインはちょっぴり失礼なことを考えた。
「……ごめんなさい、お父様を悪く言ってしまったわ」
「いいえ。思えば母も祖母もしっかり者でした」
母はやさしかったが、甘くはなかった。大学へ行けと言ったのは母である。
女の学歴など何になる、という風潮がまだ根強い中、カロライン自身も高等学校を卒業したら社交界に出て、結婚、という人生を漠然と思い描いていた。大学に行けばそれだけ婚期が遅くなる。結婚という市場において若さは女の売りなのだ。
「お母様は、どんな方だったの?」
「あまり贅沢を好まない、質素倹約を旨とする人でした。いつも楽しそうに事業を切り盛りして……針を持つよりペンとそろばんを持つほうが似合っていました」
カロラインも刺繍ではなく帳簿片手に計算を習っていたくらいである。笑顔で言いきったカロラインに婦人方がしみじみと笑った。
「良いお母様だったのね」
「はい」
父が再婚したのはカロラインのためだったのだろう。社交デビューも、嫁入り支度を取り仕切るのも母親の役目だ。子供のいる『母』ならば、母を亡くしたカロラインに親身になってくれる、そう考えたのかもしれない。だが再婚しただけで安心したのか、父はカロラインを放置して仕事に邁進している。継母は経営に口出しするほどでしゃばりでも賢くもなく、黙って夫に従っていればいいと考える人だった。自分の娘を優先させたいのは母親として当然の心理なのだろう。ただ、夫にばれないようにやるところが姑息だった。
もしも母が生きていてくれたら、ミュレルではなくダレンとの恋愛相談に乗ってくれたのかもしれない。そろばんを弾きながら愛とお金の話をしてくれたかもしれない。そう思うとカロラインはせつなくなった。
シンデレラの継母と義姉みたいな。父親があてにならないやつ。