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天使殺しの契約者  作者: ヒナの子
8/12

エンジェルー2

 粉塵の中で男は腹をさすった。


「俺に傷を付けれる適合者がこんなところにいたか!」


 男の腹は筋肉の隆起で割れているのではなく、もっと物理的に割れていた。

 抉れた腹の傷は再生の兆しを見せてはいるが、どうも時間がかかりそうだ。


 こんな大傷を負うことはどいつぶりだろうかと過去戦った強敵たちを思い出す。


「さすがに魂装なしで戦ったのは手を抜きすぎたかねぇ」


 魂装なしの肉弾戦。

 持ち前の瞬発力を信じ、こめかみに銃口を押し付けてやろうと思っていた。


 適合者でも脳を破壊されて生きている者はそういない。

 零距離で弾丸を打ち込めば適合者の頭蓋を砕き、脳汁をぶちまけることになるだろうと確信していた。


 おそらく戦闘センスがいいのではなく、洞察力と組み立てが上手い。

 天性の戦才というよりは天賦の知的能力。

『唯一の武器である鉈を戦いの初手で投げ、拳銃相手に素手で戦う』という判断を二、三回言葉を交わしている間に下したのだ。たった昨日に適合者となった男が、だ。


 あの判断の目的がなんだったかのか、自分の行動のどこまでが想定範囲内だったのかは分からないが、負けだろう。

 今からみっともなく追いかける気にはなれない。


 だが、刑事として、第無課としてしなければならないことはある。


「あーもしもし? そうそう、あの青年を登録しておいてちょーだい。そうだな、あいつは今後脅威になるぞ。適合者名は『梟』。まったく、脳筋ゴリラみたいな方がよっぽどやりやすいぜ。ああ、詳しい情報と戦闘データは帰って教えるよ」


 電話を切り、ふうと息を吐く。


 第無課の戦闘員一人を超えた戦闘能力を持つ適合者はブラックリストに載せられる。

 今後はあの青年が『梟』として討伐隊が組まれることもあるだろう。

 そうなった時に、再び戦おう。


 男は再び瞼を閉じ、疲労回復に入った。


 ◇



 開が脳外科で精密検査を受けている頃、午後12時すぎ。

 大学の大広間にはスミレと、ジェイソン、そして一体の天使が三すくみの状態で向かい合っていた。


「アア、ああ。コれで調整デキタ」

「言語を扱うような知能があるとは聞いていないが、やることは変わらない!」


 天使が顕現し、言葉を発したのと同時、スミレは天使に襲い掛かった。


 広間の地面にヒビが入るほどの踏み込みから生み出された速度は、まるで突風のようで、常人では視認できなかっただろう。


 しかし、スミレと天使の間を遮る影が横から現れた。


「あんたの相手は私だってよ!」


 パーカーからおかっぱ頭と竜のような迫力を思わせる瞳がスミレに刺さる。


 スミレは躊躇なく、その速度を保ったまま右手に持ったトンファーを振り下ろした。

 その判断は決して間違いなく、瞬時にその判断を下したスミレはさすがだった。


 しかし、相手はジェイソン相手に何時間も戦わされて、フラストレーションがたまりにたまった、天才少女だ。

 彼女は攻撃が自分に向かってきているのを見て、喜んだ。

 竜胆華の命の楔を握った夏季崖が下した彼女に対する命令はただ一つ、天使以外の敵を皆殺しにしろ、だ。


 そして彼女は、スミレに襲われた。


「敵だなぁ!」


 嬉しそうに両手に力を込め、流水に手を添えるかのように左手でトンファーを受け流し、その勢いを右手に乗せて、スミレの腹に打ち込んだ。


 肉体に衝撃を受けたスミレは声を出すこともできず、心に衝撃を受けても冷静に現状を分析していた。


 まず第一に、彼女は同類ではなく、適合者であること。

 次に、適合者でありながら、契約者の私よりも速度とパワーが強いこと。

 最後に、ジェイソンの仲間であり、ジェイソンが天使に襲い掛かったこと。


『今の私の手には余る』


 これが結論だった。


 奥の手というか、契約者の私としての力は双対である開がいなければ使えない。


 だが、奥の手を使うまでもなく、適合者としての力を惜しみなく発揮すれば、勝負にすらならないだろう。


 彼女の中の最低装備、最低限の力だけで戦うという考えが消える。


「初めから本気で行くぞ」

「今ので始まってんだよ!」


 スミレは両手の指を強化し、追撃をかける。牙拳ではなくても、威力は人の肉を断つには十分だ。

 スミレは襲い掛かる牙を前に、トンファーで手の甲をたたき割り、足裏で蹴り飛ばすことで距離を取らせる。


「魂装解禁、穿つ武なる弓(ラスト・アーチャー)


 トンファーが光を帯び、変形する。

 スミレの魂装は、形を変える弓だ。

 過去の戦いの中で、弓だけでは力不足と感じた彼女が編み出した全距離対応型の形にとらわれない武器。

 彼女が放つ矢は、彼女自身の心が作り出す攻撃のイメージだ。


 魂装に対する圧倒的な才。


 それが、彼女が契約者にまで上り詰めた故である。


 弦を引いたと同時、光の矢が生成される。

 光熱の矢は、音を置き去りに発射される。


 スミレに蹴り飛ばされた竜胆の腹に矢は突き刺さったかのように思われた。


「おいおい、なんだよこの矢」


 矢は竜胆の腹にぶつかり、消えた。


 見た目の派手さとはかけ離れた威力。

 血は一滴も流れていない。

 ただ、肉が少し焦げた匂いがしていた。


 竜胆はまだスミレの意図を理解していない。


 スミレは攻撃を受けた竜胆を観察して痛覚の有無と再生力を測ったのだ。


「私は契約者、根本的には同じでも君たち適合者を超越したものだぞ? 油断できる立場にあると思わない方がいい」


 そう。彼女は適合者の中でも頂点に近く、契約することでさらなる力を得るという制約を結んだ世界の守護者だ。

 いくら戦闘の天才である竜胆であろうと、油断できる相手ではない。


 格上の彼女はそれ以上言葉を発しなかった。


 弓の弦を引くと彼女の上空を埋め尽くす、数重の光の矢が展開され、指を放すとともに一斉に掃射された。


 対する竜胆の視界は、矢に対する構えを取る前に、光に埋め尽くされ、一瞬で一身に数重の矢を受けた。


 悶絶する声も出せない状態の竜胆に対して、スミレは攻撃の手を緩めない。


 契約者の光で構成される矢の攻撃が、成り立ての適合者の身体に致命傷を与えられないわけがない。

 スミレにとって初めに打った矢の質は煙幕の煙と同義だ。

 熱を持った煙幕程度の効力しか期待していないのだ、もちろん攻撃用ではない。


 そして、再び彼女が弦を弾く。

 その弓に装填された矢は、もはや槍だ。

 超黄熱の槍の先端はプラズマの域に達し、紫電が迸る。


 彼女は無表情に、淡々と、その槍を放った。


 対する竜胆は、全身を光の矢に打ち止められ、白目をむき、一瞬ではあるが意識を飛ばしていた。

 そして、その一瞬の間に次弾は生成、装填、発射、すべての工程を完了している。


 このままならば、竜胆は跡形もなく消し飛び、命もここでついえるはずだった。


「全制限解除、恐怖の具現者(ジェイソン)


 この声が届いたのは、その本人と実験体だけだった。


 しかし、その高言を思わせる一言は天使を攻撃していたジェイソンに極大の変化をもたらす。


 その化け物は命令通り、すべてもの制限を取り外し、魂装すら変化させる。

 夏季崖もそれがつい先刻スミレが行ったことと同じだと築いてはいない。


 しかし、過程はどうあれ、スミレが行った魂装解禁と同じギアチェンジがジェイソンの全身で行われた。


 超人的な怪力は音を超える瞬間移動を可能にさせ、ジェイソンの巨躯が竜胆を守る形で槍の前に立ちふさがった。


 しかし、彼にできたのもそこまで、本能的に目の前に迫る脅威に対して魂装を突き出しただけだった。


 槍と鉈が接触し、抵抗なく鉈を砕き、ジェイソンの腕を砕いて肉片にしたと同時に焼き尽くし灰にした。

 それはジェイソンの右肩まで続き、背後の瓦礫を吹き飛ばした。

 そのジェイソンの軽い犠牲のおかげで槍は竜胆に命中せず、スミレは竜胆を仕留めそこなった。


 ここから第二ラウンド、スミレとジェイソン、そして竜胆。

 天使の破壊はかなわず、戦闘の激しさは増していく。


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