ジェイソンゲームー3
ガスが充満した中で老人とジェイソンは立っていた。
そしてもう一人、パーカーを羽織った女子生徒も向き合って立っている。
「おめでとう。君が最初で最後の適合者だよ2号」
「2号? そこの巨人に続いてってことか」
「ほぅ? 明確な自我と思考力があるのか! ……いや、量産型製造用ガスでは人間から進化していない可能性もあるか」
つまらなさそうにしているパーカーの女と、軽く思考の海にダイブしている老人、そして巨躯の男は微動だにしない。
「ジェイソン、2号、説明をしてやるからついてこい」
思考に没頭していた老人が先頭を取り、教室を出る。
パーカーの女もため息を吐いてその後をついていく。
「2号じゃねぇ、私の名前は竜胆 花だ」
名前を伝えた彼女に応える声はない。
しばらく歩き、実験棟の夏季崖研究室につく。部屋の入り口の古びた看板に夏季崖と書かれている。
夏季崖がその看板を裏返し、元の場所に戻すと、看板とは明らかに年相が異なる液晶画面が現れた。
「これは私専用の生体認証用液晶だ。瞳の虹彩を確認して、この研究室を裏返してくれる」
「裏返す?」
「大学用から個人用へとだ。十年後くらいにはこの技術も一般的に確立されるだろう。まぁ、私が論文を公表すればの話だが」
現代にはそんな便利な技術は浸透していない。かなりのオーバーテクノロジーだろう。
「ジェイソンは霧化しておれ。2号は座れ」
「だから竜胆だっての」
ジェイソンの巨躯は夏季崖の言葉一つで消えた。
竜胆はそれを見てたいして驚くことなく、指示通りに示された椅子に座った。
金属製の椅子に座るとピピっと電子音がなった。今度はどんなオーバーテクノロジーが飛び出てくるのだろうか。
「竜胆花、20歳。いたって健康、属性は中立、ニゲラウイルスはしっかりと定着しているようだな。ニゲラ値は、レベル4! なんと、平常時でジェイソンの励起状態と同等とは! とんだ逸材がいたものだ、おもしろい」
夏季崖は実験を重ねた末に生み出した適合者1号、ジェイソンが完成品だと思っていた。
実際、今回の大規模実験はジェイソンレベルの個体を生み出すためではなく、量産を視野に入れた実験だったのだ。そのため、ニゲラウイルスの摂取量もジェイソンより少ないはずなのだ。
「ひとまず情報パックを送る」
夏季崖は机の引き出しから一つのリモコンを取り出し、竜胆の頭に向かってボタンを押した。
「あっが」
竜胆は一瞬白目をむき、ショートしたかのような反応を見せた。
「やはり、神経系は人間のままか。まあいい、自分の状態は理解しただろう? お前に自由がないこともな」
脳内に情報がいきなり送り込まれたというのが正しいのだろう。
・自分が心臓か脳を破壊されない限り自己再生能力で死ななくなったこと。
・正しく不死ではないが不老になったこと。
・いくつかの超常的な能力が扱える仕様になったこと。
・主人である夏季崖の命令には逆らえず、生殺与奪が自分にないこと。
「ひとまずお前にはジェイソンとの模擬戦の中で能力の使い方を覚えてもらう。ジェイソン、地下まで連れていけ」
虚空から無言でジェイソンが現れ、私を担ぎ上げる。
「ちょ、自分で歩ける!」
ジェイソンからの返答はなく、ジェイソンの腕を振りほどく腕力はない。
私はなすすべなくジェイソンに連れられ、地下の訓練場に放り込まれた。
「まずはその身に宿った身体能力になれることから始めようか。自分だけの武器の具現化ができたらそこからだしてやろう。始めろジェイソン」
上の管制室のような場所のマイクで支持を出す夏季崖は実に楽しそうだ。
向き合うは巨躯の男、ジェイソン。具現化する武器は鉈。だが、今は私の状況に合わせて、素手で構えている。
構えていると言っても、両手は脱力し、ダランと下げている。夏季崖に格闘技などは仕込まれていないようだ。
「2号、ジェイソンに格闘技は仕込んでいないが、身体能力は君の倍近くあり、君と違って神経系はニゲラウイルスの支配下にある。痛覚は基本的にないことを念頭に入れて戦いたまえ」
夏季崖が話し終わると、ジェイソンが走り始めた。
広げられた両手に抱きかかえられるだけで全身の骨がボキボキになる熱烈なハグを受けることになるだろう。
私には全身の感覚がある。つまり、痛覚もあるだろう。
一度死ぬほどの痛みを味わえば立ち直れない自信がある。
そもそも私はとある組織の一員から依頼を受けてこの大学に潜入していた。
この夏季崖扇というじじいの詳しい情報も知らない。金払いがいい依頼人だったから何個か依頼をこなしてきたが、それがどういう結果を生んできたかは知らない。
どうやら手を引くタイミングを間違ったようだ。
だが、ここで後悔しても仕方がない。
タイミングを見計らって、地面を蹴り、一飛びでジェイソンの顔面に膝を蹴りこむ。ジェイソンの首が90度折れ、そのまま以下移転してジェイソンの背後に回り込む。
首が折れ、視界は前後上下逆、になったh図だが、ジェイソンに動揺は見られない。
「これが本物の化け物か」
今まで技術的に化け物のような戦闘能力を持つ者は何度か見たことがあったが、これほど奇妙な人間はいなかった。
「牙拳」
右手の5本の指に全力を込める。
右手の血管に流れる血が加速し、筋肉が肥大する。
ジェイソンと比べ、圧倒的にひ弱な体の私がジェイソン上回るには壊すしかない。
竜胆の右腕はジェイソンの皮膚と筋肉に抵抗を許さず、いくつもの層を貫き、強化した指で目標のものを引き抜いた。
白くて長いソレは外気に触れるとともに鮮血をまき散らし、巨躯を砕いた。
「こんな長い背骨は初めて見たぜ」
右手でつかんだソレを手放した竜胆は手を一振りして、血を払い、崩れ落ちるジェイソンを見下した。
「天才、か」
天才科学者である夏季崖にそう言わしめる結果。
圧倒的な戦闘センスを前に自身の元最高傑作は無残に敗れた。
この日、主人公とその契約者が知らぬところで事態は本格的に動き出すことになる。