ジェイソンゲームー2
飛び散る火花と、響く金属音。
俺の声が聞き届けられたのか、ジェイソンの鉈と俺の頭の間に見慣れない武器が差し込まれていた。
おそらくトンファーという武器だろう。だが、右手にしかもっていない。
虚空から現れた女性は、まるでヘアトリートメントの映像広告に出てくるような艶やかな黒髪をなびかせ、華奢な細腕で何倍も大きなジェイソンの巨躯から振り下ろされた鉈を見慣れない武器で支えていた。
「君は」
「私のことは契約者と呼べ。受契者、今は退却を。今ここで怪物を撃退するほどの戦力は、私にない!」
意味も分からず呆けている場合ではないらしい。
急いで立ち上がり、教室の後ろの出口に向かって走る。
契約者は鉈の軌道をトンファーで逸らし、素早い動きでジェイソンの膝にトンファーを打ち込んだ。
ジェイソンが痛みを感じるかどうかは分からないが、膝への衝撃も相まって動きが鈍る。
そしてその隙を見逃す彼女ではない。
膝に打ち込んだトンファーを天井に向け、常人離れした身体能力を以って体を反転させ、トンファーの先端をジェイソンの顎に打ち込んだ。
のけぞったジェイソンを端に、契約者は姿を消した。
そして、瞬時に俺の目の前に現れた。
「疑問に思うことは多々あるとは思うが、今はこの大学を脱出することが先決だ。夏季崖の実験次第ではここで命を落とすぞ、ついてこい!」
「あ、ああ」
ひとまず契約者を名乗る彼女が味方であることだけは信じてよさそうだ。
だが彼女は瞬間移動や桁外れな身体能力など、普通ではないことが多すぎる。
味方っていうだけですべてを信用してはいけない。
彼女の後をついて走る。どこの教室も立ち上がっている生徒はいない。
どこも夏季崖によるガスが充満している。
「自宅の場所は?」
「大学に属している学生寮が正門を右に出て坂を下りた先、右手に見える」
「ちっ、学生寮か。仕方ない、そこに向かうぞ!」
教室があった校舎を出て、広場を走り抜ける。
ジェイソンが追いかけてくる様子はない。夏季崖の姿もみえない。
「はぁはぁはぁ」
教室から自室まで全力疾走したのなんて初めてだ、多分。
息切れしている俺と違って契約者の彼女は汗一つかいていない。
「……説明を」
「いいでしょう。」
向き合った彼女の顔は思わず息をのむほど端麗で、黒髪に似合わず、その瞳は灰色をしている。顔だちも日本人ではなさそうだ。
「まずは契約内容の確認を。あなたの目的は過去を見つけること。記憶喪失なのかどうかわかりませんが、私はできる限り協力しましょう。対して私の目的は……君を死なせないことだ」
「俺を死なせないこと?」
「ああ。君が死んでしまっては私はこの世にいられない。一蓮托生の仲ってわけだ」
確かに、と納得しそうになったところを一度立ち止まる。
「そもそも、契約者は今生きていると言えるのか? 人間なのか?」
「ひどいな。最低でも今君の前にいる状態の私は人間だ。容姿も人間の中ではそこそこだと自負できると思っていたんだが認識を改めるべきだろうか」
自分の髪の毛を手で少し触ったあと、鏡の前で一回転した。
どうやら鏡に映るということは吸血鬼ではないらしい。
「そうだ。私も心配事が一つあったんだ。服装だがこれでおかしくないだろうか? 私的に結構気に入っているのだが」
彼女が着ているのは日本の女子学生の代表服であるブレザー制服だ。
あまりにも似合いすぎて違和感がなかったが、彼女はそれが私服として使われているかすらも知らない様子だ。
だが、この服装なら変に悪目立ちすることもないだろう。
ここに避難してから疑問を順番に解決するために彼女に質問攻めしているが、いまいち何も解決していないようにも思える。
だが、俺の中で一つ異議を唱えたいことがあった。
「なぁ……契約者って呼び方だけはどうにかしないか?」
俺の記憶に残っている名前は夏季崖しかない。
つまり、人生初の友達になるかもしれない人の呼び方が契約者っていうのは少し悲しい。
そんな事情を察したのか、関係なくか、少し考えた後口を開いた。
「……スミレ、そう呼んでくれ。君の名前は私も君も知らない。受契者はいやか?」
「さすがに、嫌だな」
受刑者と音が同じだからさすがに嫌だ。
「なら、カイと呼ぼう。この国では一般的な名前だろう?」
「カイ……そうしよう」
違和感はない。思っていたよりもすんなりと胸に入ってきた。
スミレというのも一般的な名前だ。彼女の本名ではないのかもしれない。
今の彼女はただの協力関係だ。
だから、俺がほんとうの名前を教えれるようになったときは友達として本名を聞きたいもんだ。
「スミレ。俺はこれからどうすればいい? あの化け物、ジェイソンと戦わないといけないのか?」
「戦うとしてもすぐではない。私たちの存在が知られれば接触してくる組織があるだろう。だが、まずは脳外科に行くべきではないか?」
……失念していた。
確かに脳外科に行くのが一番の手段のはずだ。
超常的なことが起こりすぎて現実的な手段を見失っていた。
「保険証あるのかな?」
この時の僕らはまだ、部屋に名前が記載されたものがあるはずということにも気づかないポンコツぶりであった。