( 8 )男運が悪いと言われた
幼かったセレナ(アンジェリカ王女)の乳母となったのは、ルウシイという女性だった。王家に長く仕えて、王妃の信頼も厚い。
幼い王女に強い魔力が備わっていると判明した後、自ら志願して王女に付き添い修道院へ入ったくらいだ。
『魔力が失われないようにして、温存させる為には隔離するのが相応しい』
それが、貴族議会での決定であった。王様は幼い王女を母親である王妃から引き離す事を反対したのだが、押し切られてしまった。
そして、人の来ない寂しい場所に有る小さな修道院へと王女は移されたのだ。今の王家には少ない魔力を持った後継者を守る為に。
それから、17歳まで育ったのだが。
さそかし、寂しい思いをして育ったのかというと。実は、そうでもない。
家の中に、濡れた足跡が点々と付いている。ルウシイは、呆れて呼んだ。
「セレナ、何処にいるの?濡れたままで、家の中に入らないでって言ったでしょ!」
頭からビショ濡れの女の子が笑顔で現れて、持っている魚を見せる。
「見て見て、ルウシイ。晩ごはんのオカズ、セレナが取ってきたの。凄いでしょ!」
森にある小川で捕まえたらしい魚は、飛び上がり床で跳ねる。ルウシイは、苦笑い。可愛いすぎて、怒っていられない。
「はいはい、大漁ですね。早く、着替えないと。」
魔法で浮かせた小さなセレナは、バスルームへ直行。着替えの洋服も後を追った。
ルウシイは、魔法が少し使える。王様は、強い魔法使いに内密に頼んで王女の生活をサポートさせていた。
修道院の近くにある小さな村に家を求めて魔力で固め、修道院と二重生活をするように手配したのだ。
「ルウシイさん、湿布薬が欲しいんだけど。腰が痛くて。」
村人が家の外から声をかける。ルウシイは、未亡人の薬師として薬を商いしていた。
育てている女の子は、預り子。村の人達は、誰も疑っていない。セレナは、村の学校へ通い元気に育った。
魔力は封じられていたので、誰もが普通の女の子だと思って接していたのだ。
フィリップスは、睫毛を伏せた。そして、同情するように言う。
「叔母さんと2人きりだったの?お父上やお母上と暮らしたかったのでは。」
「ううん、ちっとも。毎日が楽しくって、村の中を走り回って育ったの。皆、私の友達よ。」
「女の子なら、綺麗なドレスを着てダンスパーティーとかで踊りたくはないの?」
「ぜーんぜん!」
田舎で暮らしていたからといって、楽しい事が無かったわけじゃない。社会体験を乳母がさせていたからだ。
10歳を過ぎると、遠くにある町へ連れて行き色々な物を見せた。14歳になると、町でアルバイトもさせてくれた。
「お洒落するより、働いた方が楽しかったんだもん。」
フィリップスが、笑顔のセレナを見つめる。そして、ホロホロと涙を流した。
「可愛いセレナちゃん、苦労したのですね。」
セレナは、慌てて慰める。だけど、打ち沈んだ様子の若さまはションボリとしてしまった。
どうして、私に同情するわけ?楽しかったって言ってるのに。
貴族はお金持ちだから、理解できないのかな。
今日も、町に市場調査に着たセレナ。挙動不審の人を見つけて、追ってみた。仕事ばかりで、退屈していたのだ。
(何してるのかな。自分が目立ってるのを分かってないのね。)
すこぶる美男子だった。2メートルはありそな背丈に、長い手足。整った顔は小さくて、その肩に流した髪は銀色。
商人のような服を着ているが、そうは見えない。
「やあ、こんにちは。」
不味い、目が合った。慌てて目を反らす。つけて歩いてたのがバレたのかな。
「○○アパートを探しているんですが、知りませんか。スタンレーの都は初めてで、分からないんです。」
「それなら、道具屋で案内地図を買ったらいいと思います。そこが、道具屋ですよ。」
「ああ、そうか。ありがとう。」
礼を言った美男子は、じっとセレナを見つめた。そして、言う。
「君、気をつけて。男難の相が出てますよ。」
「男難て、どういう意味?」
「男の人が君を好きになって、トラブルになる。困るでしょう?」
「トラブルなんて、嫌!」
「じゃ、ならないようにすればいい。それだけだね。」
「あなた、占い屋さん?」
「いいえ、悪魔さ。」
「悪魔!本当?」
「冗談ですよ。じゃ、さよなら。」
手を振って、教えられた道具屋へ入って行く男。その後ろ姿を見送りながら、セレナは思った。
(やっぱり、怪しい。帳簿を見て探してたもの。借金取りかも。)
後ろから見えた名前の並んだ帳簿。それを見ながら、あっちの家から向こうの家へと歩いていたのだ。
(でも、私が男難だなんて困る。オオカミに2度も出くわすなんて、そうなのかしら。)
神さま、もう、2度と会いませんように。「青の王子」というオオカミに。
王子の館で気絶していたジミーさんを治癒魔法で急いで治した。そして、頼んで逃げるように出発したのだ。
だけど、不思議と、会いたくない相手とは再会してしまう。こんな風に。
バタバタ、バンッー。
仕事に戻ろうとしたセレナは、人にぶつかってしまった。
「君、大丈夫ですか!」
転んだセレナを力強い腕が引き起こした。悪いのは自分なので、セレナは謝る。
「ごめんなさい、急いでいたので。」
「いいんですよ。お嬢さんは、そう言って私に近づきたがるものです。気にしないで。」
セレナは、キョトンとした。何を終われたのか理解するまでに、時間がかかる。今まで、そんな言い方をされた事が無いからだ。
その間に、男は立ち去った。近くに居た町の女が羨ましそうに言った。
「あんたが、羨ましいわ。第2王子のアグアニエベ様に助けていただけなんて。私も、青の王子に抱き起こされたい!」
「第2王子」ですって?「青の王子」ですって?また、会ったの、私?
悪縁だわ、何度、会うのよ!
『君、気をつけて。男難の相が出てますよ。』
嫌嫌嫌ーー、本当だわ。当たってる、男難よ!教会に行って、悪魔払いしてもらわなくっちゃ。
でも、美男子だった。確かに、女が好きになるはず。金髪の綺麗な顔をした王子さま。
本性は、オオカミだけど・・・




