( 26 )神さまのお手伝いをする悪魔
どうして、そんな話を信じてるの。そんなわけないじゃない。セレナは、腹が立った。
腹が立って、腹が立って、こらえきれない。
「あんた、何さまなのよ。バカよ。フィリップスは、私の兄さんなんだから!」
気がついた時は、言ってしまっていた。フィリップスもアグアニエベも、びっくり。勿論、セレナ自身も。
一国の王子を相手に、「バカ」と言ってしまったのだ。
「私が、バカだと?」
そう問い返されて、セレナは青ざめる。確かに言いました。怒られても仕方ない。だけど、だけど。
どうしてだろう、目が離せない。見惚れてしまう。
(わー、この人って素敵!好きになってしまいそうー。)
訳のわからない感情が、ぶわっと沸き上がる。目を吊り上げて自分を見据える金髪の第2王子が、ライオンのように見えて。
「は、は、はいっ!(ぎゃあー)」
「フィリップスと君は、兄弟だと言うのか。作り話ではないのか?」
「私たち、離れて暮らしていたので。私も知ったばかりなのよ(ひいー)」
「知ったばかり?フィリップス、本当なのか?」
私が、そうだと言っているのに。疑り深い人って、嫌い。だけど、フィリップスが認めると椅子に沈み込む姿が。
(あはっ、可愛いーー!そんなに、私たちが結婚しないって嬉しいの?)
第2王子は、両手で顔を覆った。そして、深い息をつく。まるで、水中に沈んで息が出来なかったように。
何が、そんなに苦しかったのだろうか。
その夜の事ーー。
第2王子の部屋を仲の良い第3王子のルーフスが訪れた。
「お兄様、大丈夫ですか?あまり、夕食も召し上がらなかったし。」
「ちょっと、食欲がないだけだ。大した事は無い。」
「そう?心配だなー。お兄様が結婚したら、別に暮らすようになるでしょ。僕、寂しくて。」
「そうか、遊びに来ればいいさ。」
「本当?行く行く!」
陽気な弟王子に、第2王子も笑顔になる。塞いでいた気持ちも、少しは気分も晴れた。
明るい弟と話していると、考えも前向きになるようだ。
(そうだ。私には、責任がある。)
男として、自分がやった事は始末をしなくてはいけない。
明くる日、第2王子は訪問していた。婚約者のマルガリータ姫のもとへと。
「マルガリータ姫、実はお話があるのです。」
「まあ、私もですわ。カエルレウム様。」
「姫も、ですか?何でしょう。」
「私との婚約を解消していただけますかしら。」
「婚約・・解消ですか!」
驚いた事に、マルガリータ姫は婚約を無かった事にして欲しいと言う。マルガリータ姫は、王子が贈った婚約指輪を差し出した。
「私、神殿の巫女になろうと思っていますの。」
思いがけない話だった。拐われて神殿のジャングルへ連れて行かれた時に、考え方が変わったというのだ。
「家へ戻っても、何かを残してきた気がしてなりません。私を呼んでいる気がしてならないのです。このままでは、結婚しても上手くいきませんわ。」
「あの場所が、あなたを変えたのですね。」
「そうだと思います。本心は、帰りたくなかったので。王子さまのお話は、何ですの?」
「いえ、姫と同じ物です。私も、結婚は早いかと。」
お互いが同じ事を考えていたという事で、円満に婚約解消となった。神殿の主を紹介すると約束して、王子は城へ戻る。
(これで、セレナに交際を申し込める!)
第2王子の心は、希望に膨らんでいた。こんな気持ちは、始めてだ。これ程、誰かに惑わされるのは。
足取りも軽く、城へ帰る。明日は、テムプルムに旅立とう。
「私の妻になって欲しい・・と、申し込むんだ。ああ、セレナ!」
考えただけで、ときめく。こんな気持ちは、始めてだ。セレナが、知らなかった事を教えてくれている。
「私は、これまでに恋を知らなかったらしい。教えてくれたのは、君だ。神に、感謝しよう。神に・・、何か変だ?」
城の中を歩いていた第2王子は、足を止めた。暗くなる視界。足元から、重力が失われていく感覚。
そのまま、床に崩れおちるように倒れてしまった。
カカ国ーー。
王室付きの魔法使いたちが集まって、呪いをかけていた。
「スタンレー王国の第2王子カエルレウム。その命を消してしまえ!」
遠見の泉は、第2王子が寝たきりになった様子を映し出す。それを見て、ジョセフィーヌ王女は高笑い。
「ざまあ、みろだわ。私との縁談を断るからよ。死んじゃえーー!」
恐ろしい事に、ジョセフィーヌ王女は縁談を断った相手を次々に魔法で殺させていたのだった。
スタンレーの町でお店を開いているフィリップスの店を訪問するのが、セレナの日課となっていた。
今日も、テムプルム神殿から魔法で飛んで来る。アネモネも、一緒に。神殿の町を商業化する為に準備もかねて。
「いらっしゃい。ちょっと、2人に話があるんだ。こっちへ。」
人の居ない場所へフィリップスは、連れて行く。そして、驚く話を聞かせた。
「実は、第2王子のカエルレウムさまが亡くなられたんです。」
セレナは、言葉を失う。頭の中に昨日に会ったばかりの第2王子の姿が浮かんでは消えた。
「詳しい事は、分からない。明日、葬儀だそうです。」
あんなに元気だった第2王子の急死。セレナには、本当の話には思えなかった。
『石ころセレナ?』
からかう声が聞こえてくる。本当に意地悪だから、嫌がる事をしたがる人。ちっとも、いいとこないから。好きになれない。
「嫌い、嫌いよ。あんな人!」
なのに、なのに、涙が出るの。押さえきれないのは、どうしてだろう。
テムプルプ神殿の聖女さまの寝室。そのテラスからは、ジャングルの緑が見渡せる。皆で改装した遺跡の町も、発展していた。
セレナは、寝椅子から眺めている。何をする気にもならないからだ。
「どうされましたか、聖女さま。お仕事の時間では?」
間延びした声が、今日はイラッとする。言っている事が、本当だからだ。
何時もは、町を巡回している時間。問題が起こってないか。
王子の死に動転したのか、スタンレー国からテムプルムの着陸に失敗してしまい落下。アネモネと2人、身体を打ち付けてしまう始末。
「アグアニエベさん、こんにちは。どうして、正面玄関から、入らないの?(私は落ちたせいで身体が痛むのよ!)」
「ご機嫌が、悪そうですねえ。出直しますか。」
セレナは、テラスの外に浮かんだ黒い羽根のアグアニエベレが持っている物に気がついた。
「待ってよ。どうして、子供を抱いてるの?」
「預りましてね。お家に連れて行く処です。可愛いでしょう?」
お世辞ぬきに可愛い男の子だった。5歳くらいだろうか。
毛布にくるまれて、カールした金髪の愛らしい顔が粒羅な青い瞳で見つめていた。お人形のようだ。
「天使みたいーー!」
アグアニエベは、笑う。そうだ。悪魔が抱いている子供を天使というのだから。セレナが気に入ったようなので、テラスに入って来た。
「さあ、よく見て。セレナさん。あなたに関わりのある子供ですよ。」
「関わりがある?知っている人の子供なの?」
「この子の名前は、カエルレウムですから。」
「分かった、王子さまと同じ名前なのね。」
「いいえ、本人です。私が、地獄に迎えに行きました。カエルレウムさまの魂です!」
セレナは、笑おうとした。冗談だわ、こんな時に酷い。怒るから、私。そう罵ろうとしても言えない。
代わりに涙がこぼれ落ちる。
ペタペター。
男の子の冷たい小さな手が、拭いてくれるかのようにセレナの頬を叩いた。ゾッとする程に冷たい手。
その事で、理解した。肌から伝わるのは、死の世界の冷気。本当だったんだ。
「カエルレウムさま。私に抱かせて!」
「いけません。」
「何故よ?」
「魂に触れられるのは、神聖な者だけの特権。生きている者には、毒素でしかない。」
それも、理解できた。遺産として受け継いだ魔力と知識。知識が、そうだと教えている。だったら、どうするの?この子。
「カエルレウムさまの遺体に戻しに行くところです。それで、セレナさんにお願いが。」
セレナは、顔を輝かせた。第2王子は、行き返る。魂を戻せば、いいんだ。良かった!喜んで、頼みを聞いた。
まず、赤ちゃん(魂)を生身の人間が触れられる形にしなくては。魔力で包み込み蘭の花で囲んで封じなくては。
町の外れにあるスタンレーの王国の墓地。町の人々が、第2王子カエルレウムを送る為に集まっていた。
「あ、空から何かが。聖女さまだわ!」
「聖女さまが、いらした!」
まるで、女神が天から降りて来たような光景。人々は、それに見惚れていた。空から差した光の中を花を抱えた娘が降りて来るのだ。
ゆっくりと、ゆっくりと降り立つ。神々しく。
真っ白なドレスの聖女は、哀悼を示して白いベールで顔を覆う。だが、その一足ごとに光の花びらが舞い上がった。
王家の人達の前で、聖女は足を止めて会釈した。
「私の花を第2王子さまに捧げるのをお許しください。」
それを許されて、王子の棺の前に立つ。うやうやしく膝を折り、白い大輪の蘭の花束を王家の胸の上へと置いた。
見守っている人々には見えていなかったが、蘭の花束は魔法が解かれて小さな子供の姿に変わり軍服の王子の身体へと吸い込まれる。
セレナは、他の人に聞こえないように囁いた。
「さあ、起きて。カエルレウムさま?」
「嬉しいな、セレナ。私の名前を忘れて無かったのか?」
棺の中から聖女の身体に絡み付く強い2本の腕。逃れようとするセレナの上半身を腕の中へ封じ込めてしまった。
「ちょっと、やめて。皆が、驚いているじゃない!」
「どうして、驚くんだ?私としては、ウサギみたいに目を赤くしている君が気になる。」
「怒るわよ!」
「怒った君は、可愛い。知っていたか?」
笑う第2王子に、頭上から男の声が話しかけた。
「オホン、君たち。参列者が騒いでおるのだが、説明してくれんか?」
さすが、冷静な王様。亡くなったはずの愛息が棺の中から動き出した衝撃もこらえて、取り込み中の2人に促した。
それは、そうでしょう。葬儀に参列した王家の関係者や町の人々。王子が生き返って倒れた人も。大騒動ですから。
カカ国の次期国王であるジョセフィーヌ王女。只今、午後2時でございますが、就寝中です。パーティーが終わったのが、午前さまでした。
「王女さま、起きて下さい。王女さま!」
寝てしまうと起きない人。召し使いが揺り起こしても、なかなか、目を覚まさない。眠らせない事に怒り出す始末。
「うるさいー、死刑よ。私を誰だと思ってんの、むにゃむにゃ。寝てるのを邪魔するなんて、重罪よ。この者の首を跳ねてしまえー!」
「お許しください、モンスターです。モンスターが出ました!」
「モンスター?むにゃむにゃ。そんなの、魔法使いにやらせなさいよ。何人、雇ってるのよ。」
「その魔法使いが、負けてしまったんです。凄く強いんですよ。王女さまに、倒して頂かないと。この国の1番ですから、お願いします!」
この国の1番と言われたら、私、ジョセフィーヌ王女。仕方ない、行くわ。モンスターなんて、チョロイ。
と、思ってたら。とんでもなく、強い!
いくら、魔法で攻撃しても平気。暴れ放題。町を踏み潰してしまった。これでやられたら、カカ国は全滅になる。
王女さま、小さな脳ミソで知恵を絞り出す。
「みんな、力を合わせて国境へ追いやるのよ。隣のスタンレー国へ行くように、国境へ餌を蒔きなさい!」
モンスターの大好物の食べ物を国境の外へばら蒔く作戦。カカ国から出れば良いのです。隣の国が、どうなろうが知りません。
そして、それは成功しました。酷い王女さまです。




