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( 25 )私を捨てた家族のはずなのに

悲鳴を上げるウサギの心臓。会いたく無かった人から逃げ出した。それが、セレナにできる唯一の事だったのだ。


その後、どうなったかは知らない。



「ヒヨコちゃん。こんな高い処で何してるのかな。オジサンに教えて?」



高い幹の上に座っているセレナを見つけたアグアニエベ。ふわふわと浮きながら話しかけてきた。




「あっちへ、行って。1人になりたいの!」

「セレナちゃん。披露宴に押し掛けて新郎を拐ったんだろう。今頃、ラブラブかと思ってたのに。」

「ラブラブなんかじゃないの。違うのよ、フィリップスはお友達!」

「そうなんだ。じゃあ、私が話を聞いてあげますよ。お茶しよう。」

「いや、行かない。ほっといてよ!」




いやいやと言ってたのに、上手く言いくるめられて町のパブのテラス席に座る。目の前の悪魔のオジサンは口が上手い。




「私は、オジサンに付き合ってあげてるんだからね。来たくなかったのよ。」

「はいはい、ありがとう。嬉しいよ。おや、カエルレウム様だ。ご婚約、おめでとうございます!」

「カエルレウム?婚約?え、えー?」




町を出てテムプルムの神殿で暮らしているので、情報が入らない。第2王子が婚約していたのは、知らなかった。


第2王子は、2人が座っているテラスのテーブルに歩み寄る。



「こんにちは、アグアニエベさん。セレナさん。祝福を、ありがとう。マルガリータ姫もご挨拶を。」



一緒に来たマルガリータ姫が、2人に挨拶をするではないか。彼女と婚約したのだ。王子は笑顔だが、セレナに目をくれようともしない。



「婚約式を行います。その時は出席してください。招待状を送付しますよ。では、失礼します。」



2人が仲良く肩を並べて歩いて行くのをセレナは見送った。どうしてだろう。何か、寂しい。



「カップが空だよ。はい、おかわり。」



アグアニエベが新しいお茶に変えた事さえ気がつかない。おかげで、何杯もお茶を飲んでしまった。



(私、変ね。大嫌いなはずなのに、気になってる。婚約した人を。)



本当に、変だ。今日、カカ国まで飛んで行って新郎を買い取り披露宴を台無しにした。そして、今は、人の婚約者を想ってる。










何日も立って、テムプルム神殿は客を迎えた。神殿の正面玄関には、セレナが待っていた。



「セレナちゃーん、お待たせ!」



笑顔のフィリップスが、走り寄って来る。セレナは、ジロリと睨んだ。




「こんにちは、フィリップスお兄さん。」

「そうだよ、兄上だ。愛する妹姫よ、堂々と言える!」

「何時から、分かってたの?」

「最初から。あの町へ人をやって探させてたんだ。さあ、会いたがってた人に会ってくれ。母上ーー!」

「え、母上ですって?」




何と、王妃も一緒に来ていたのだ。あの披露宴に行く前にベリィが手配してくれた旅の支度。


息子に付いて来た王妃は、また、逃げられるのではと警戒しながらセレナの前に立つ。あの時は、魔法で姿を消し去ったのだ。



「アンジェリカ、会いたがったのですよ。ずっと。」



美しい王妃は涙ぐみながら、セレナを抱き締める。「会いたかった」と言われるのは、嬉しい。許せなくても。


フィリップスは、もらい泣き。



「僕はお城へ帰ってはセレナの事を母上に話して聞かせていた。母上は会いたがっていたから、何とかして会わせたくて。」



だから、母親に会ってくれと言っていたのか。だけど、王妃が旅に出たらお城は大丈夫なのかしら。



「お城?大丈夫だよ、第2妃が居る。沢山の側女(そばめ)も居るから、父上は困らない。母上が居ないのも気がつかないよ。」



それって、おかしくない?何だか、母親が可哀想になってくる。自分を捨てたと思っていても。











考えた事も無かった。自分が、家族で暮らすなんて。アグアニエベは、考え込んでいるセレナにお茶をすすめる。




「フィリップスは、いいお茶の葉を使っておますよ。」

「んー。」

「どうですか、お母様との暮らしは?」

「んー。」

「どうですか、お兄さまと暮らしてみて?」

「んー。」




セレナにとっては予想してなかったから、戸惑う事ばかり。あっさりと馴染んで生活してるのは、母親の方だ。


何もしないでいるのは退屈だからと、町の女性たちに刺繍やお花教室を始めている。その作品が、神殿を飾っていた。


兄だった、フィリップスはというと。




「フィリップス兄様は、商売が上手い。見て下さい、繁盛しています。」



2人は、お茶しながら店の2階から店内を見下ろす。ここは、あの時にセレナに調査させた資料から開いたフィリップスの店だ。


今では、客の切れない店になっている。主な商品は、外の国からの珍しい輸入品だ。衣服や装飾品に薬品と豊富。



「商いをしている元花嫁の家に子供の頃から出入りしてたから、商売のやり方を覚えてしまった。頭の良い人だ。」



アグアニエベは、褒める。セレナも、フィリップスは、苦労知らずの貴族の育ちだと思っていた。


カカ国の王子の待遇は、冷たい物だったらしい。教育も、ろくに受けさせないそうだ。

できるだけ、王家の財政を使わない。出される人たちだから。



「ほら、セレナさん。お茶のお代わりですよ。」



どうして、この悪魔オジサンはお茶を飲ませるのか。この人とお茶すると、お腹がパンパンになる。




「え、それは何?」

「それとは?」

「お茶を混ぜてるのが、矢じりに見えるの。」

「ああ、これ?可愛いでしょ、恋の矢みたいで。マドラーです。」

「マドラー?ふうん。」




アグアニエベはセレナのお茶に砂糖を入れてくれて、丁寧にハートの付いた矢じりで混ぜてくれた。


本当は、恋の魔法。「恋の刷り込み術」は、恋の矢で混ぜたお茶を飲みながら見た人を好きになる。


アグアニエベは、見えない第2王子の顔の仮面を付けていた。さあ、魔力で感じて恋しなさい。




「もしかして、オジサンを好きにさせようとしてる?」

「私が?好きになってくれますか?(効果てきめん)」

「やだー、うふふ。」

「あ、第2王子だ!」

「えっ!ゲホゲホー。」




驚いて咳き込んで、アグアニエベが背中をさする。それを、めざとく、第2王子が見上げた。


目が、ギラッと光る。鋭い殺気だ。アグアニエベは、おかしそうに笑った。フィリップスが、無邪気に第2王子に声をかけている。



「こんにちは、セレナも来ているんですよ。皆で、お茶にしましょう。」



セレナは、狼狽。どうしよう、帰りたい。



(そうだ、帰ろう。神殿に帰る魔法!魔法?魔法が、効かない。どうして!?)



魔法が働かないのに、あたふたしているセレナ。2階に上がって来た第2王子に、ぎこちなく挨拶。



「あの、こんにちは。私、帰るところなの。」



立ち上がるセレナをアグアニエベが腕を引いて、座らせた。セレナの魔法を無力化させたのは、彼だ。



(帰られると困ります、ごめんなさい。第2王子とお話して下さいね。)



第2王子は、同じテーブルに座った。セレナを見ようとしない。でも、感覚で見ているのが分かる。


何も知らないフィリップスが、新しいお茶とカップを持って来た。




「王子さま、人気のお茶です。味見をして下さい。」

「フィリップスさん、教えてくださいませんか。」

「はい、何でしょう?」

「あなた、セレナと結婚するんですか?町で噂ですよ。」

「セレナと、結婚。ですか?」




驚いたのは、セレナだ。空いた口が塞がらない。


元から準備していた店を開店したフィリップスと一緒にいるセレナは、町の人に注目されていた。


あっという間に、結婚するという話が真実のように囁かれていたらしい。



「私は、この子を知っている。だから、幸せになって欲しいんだ。本当なんですか?」



第2王子の美しい顔立ちの中で、両眼がギラギラと燃え立つ。あれは、嫉妬の炎だ。


胸には、撃ち抜かれた恋の矢。完全に、恋に囚われていた。


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