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( 1 )オオカミに出会ってしまった

この国での初仕事は、貴族の侍女になる事でした。依頼主の館で開かれる宴に雇われた侍女が貸し衣装で手伝いに行くのです。


勿論、一晩だけ雇われてるのは内緒です。使用人の数は、その家の主の財力を示しているからでした。その時だけは、見栄を張ます。



(鬱陶(うっとう)しいー。目が、痒いー。)



侍女として客を待ち受けるセレナは、目をパチパチさせる。付け睫なんて、慣れてないから。

オマケに、メークを厚く塗られてしまっていたから落ち着かない。



(貴族の侍女って、こうなのかな。お城では、そうでも無かったのに。カツラも乗せられてるし。早く、取りたいー。)



胸の空いたドレスに金髪の立てロールのカツラ姿の自分を鏡で見る。笑えた。扇子で口を押さえて隠す。


パチパチ、パチパチと瞬きを繰り返す。入って来た客の1人と視線が合った。付け睫の間から、貴族の男だというのは分かる。


顔が、分からないから困りもの。付け睫が邪魔して、よく、見えないのだ。



(あー、何か誤解させたみたい。まずいわ!)



意味ありげに胸に片手を当てて、もったいぶった仕草で挨拶してくるではないか。


ゾクゾク・・・


(何、何、これ。寒気?)


近寄らない方が良さそう。きっと、本能が避けろと教えているような。心臓が、バクバクし出した。緊張してるせいよ。


首を傾げて笑み返しておく。お仕事ですから。でも、付け睫のせいで顔が分からない。不自由だわ。


ザワザワーー。


楽隊が、音楽を奏で出す。お約束の曲が流れると、慣れたもので皆が並んで立っていた。雇われ侍女も指示をする先輩侍女に習って並ぶ。



「楽しい舞踏会になりそうだね。」

「はい、私も思います。」



手を取った知らないパートナーに笑顔を向けて相づちを打つ。侍女のセオリー。お決まりが、「笑顔」「同意」なので。


そして、舞踏会が始まったのでした。




2時間後ーー。




屋敷の中に設けられている化粧の間に、セレナは急いだ。ハーハーしながら、空いている椅子に座り込む。



(つ、つかれる。踊り続けて、足がガクガクだもの。休ませて!)



手当たり次第に口説く貴族の男の多い事。何人から誘われただろうか。お話しようと。乳母の口癖が、耳に甦る。



『よろしいですか。殿方は、オオカミの習性がございます。油断すると、喰われてしまいますから。忘れては、いけません!』



はい、オオカミの餌にならないように注意するわ。心の中で誓いながら、セレナは胸の詰め物のタオルの位置を直す。


側で招かれた貴婦人達が、話に花を咲かせていたのだが。その声が、耳に入った。



「王子さま達が、見えるそうよ。楽しみだわ。」

「花嫁さがしで、主だった舞踏会には顔を出してるみたいだから。3人とも、お出でになるわよ。」

「そういえば、マーガレット夫人がいたわ。」

「ええー、第2王子に会いに来たのかしら。逢い引きも、堂々としたものね!」



あいびき?それって、なあに。家庭教師から教わってない単語だった。後で、誰かに教えてもらおう。






舞踏会は、夜遅くから明け方までが通常。雇われた臨時侍女は、その間に客の相手をしなくてはならないらしい。


(もう、帰りたい。身代わり魔法を使ったらダメかしら。魔力は隠してるから出せないし。困ったわ。)


なるべく、王女だった事は秘密にしたい。何かあったら、目立たないようにして暮らしなさい。それは、乳母の指示だった。


乳母には、魔力が備わっている2人だけの王女で権力争いをするのが見通せられたのだろう。


「ちょっと、あんた。サボったら許さないよ!」


雇われた1日だけの侍女たちの仕切り役。目を光らせていて、セレナも叱られてしまう。


踊って踊って疲れたので、息抜きに庭へ出た。目立たないようにしてれば、バレないかも。


「・・・でしょうが、今は我慢するしか。」

「とても、耐えられませんわ!」


ヤバい、男と女の言い争う声。そっと、見た。あら、抱き合ってる。じゃ、邪魔しないように。


コソコソコソコソ~~~


「もし、お嬢さん?」


セレナは、驚いて飛び上がった。まさか、後ろに誰か居るとは。動揺を押し込んで、平気なふりをして振り返る。


「ふあーい(声がうわずる)、な、何か?」

「何か、見ましたか?」


まあ、単刀直入だわ。背の高い相手を上目遣いで見上げる。付け睫の下から見るので、顔が判別不可能。


パチパチパチパチ(瞬きする付け睫の音)


あ、この青い宮廷着の上着は先程の抱き合ってるカップルの男だ。どうしょう、怖い。男は、繰り返した。



「何か、見ましたか?」

「いい、いえっ。」

「そうですか。」

「きゃあ、何?」

「何とは?」



とぼけている態度。この男、確信犯だ。セレナを筋肉質の腕で自分の胸に封じ込めてるくせに。


ドキドキドキドキ・・・


静まれ、私の心臓。これは、ときめきじゃないわ。恐怖よ、恐怖だってば!


「分かりました、お求めの物を言って。」

「物わかりが良いと助かります。見た事は、他言無用。約束して下さい。」

「しなかったら?」

「私は、何をするか分かりませんよ。」



ゾクゾクゾクゾクーー。


嫌ー、怖い!この人、本気だわ。殺意が漂ってくる。落ち着くのよ、セレナ。



「分かりました。誰にも、話しません。」

「分かってくれて、良かった。これは、感謝の気持ちです。」



男は、素早かった。抱きしめている娘の胸元に、手を近づける。


ススッーー。


ハッとして、セレナは自分の胸を手で押さえる。詰め物の間をコインのような物が滑り落ちていく感触。


もしかして、口止め料?


「では、良い夜を。お嬢さん。」


セレナから離れた男は、汚い物に触れたように袖や上着を払った。それを、セレナはボンヤリと見ている。


男が足早に立ち去ったのを確認して、やっと、詰めていた息を吐いた。



「オオカミよ、あの人。あ、怖かった!」



立ってられなくて、座り込む。両手は、小刻みに震えていた。とんでもない目にあった。気をつけなくちゃ。


気が緩んだのか、涙がこみ上げてくる。泣かない、こんな事で。1人で生きてかないといけないんだから。


大丈夫、ウサギの心臓。私、強くなるから!




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