( 16 )神殿の森で恋をして
私の名前は、マルガリータ・ディクソン。父は公爵で、私は二女です。誘拐されたのに、帰りたくなくて。
だって、あの人が私を呼ぶんです。とても、優しい声で。
「マルガリータ姫、マルガリータ姫?」
私が目を開くと、可愛いお花を持った銀髪の美男子が側に膝をついていました。
「おはようございます、アグアニエベ様。」
「眠れましたか、着替えを持って来ました。気に入るといいけど。」
自信の無さそうな顔に、私は笑顔で礼を言います。
「いえ、何でも嬉しいです。」
だって、ここは洞窟の中。誰も来なくて。食事も、パンと水を1週間ぶんを置いていっただけですから。
バタバタと、土に住む妖精が現れて。私の世話をしてくれます。
「お風呂にお入りになりたいと思って、バスタブも持って来ました。お昼に、参ります。」
粗末な毛布だけの洞窟の奥の牢が、普通に暮らせる部屋へと変わりました。
途方にくれていた夜に訪れて壁に穴を空けて下さって。寝具や家具を運び込み、快適な部屋が出来ました。
救いの神は、魔法使いなのです。食事も届けて下さって。感謝だけです。
「出してあげるのは簡単ですが、連れ戻されますので。もう少し、我慢して下さいね。」
もの柔らかい話し方をする人を、私は心待ちにするようになっていました。
「あの犯人達は、あなたの様子を見に来るでしょう。身代わりを用意しておきますから、隠れていて下さい。」
アグアニエベ様は、私の肩に軽く手を触れました。本当に、ほんの少しだけ。それなのに、顔が赤らみます。
ドキドキ・・・
困ります、心臓が高鳴り出して。聴こえてないでしょうか。
「この程度の人形が作れる程度なので、許してください。姫の可愛らしさは、再現するのは至難の技です。」
まあ、「可愛いらしい」ですって。他の方に言われても、子供あつかいされてるようで嬉しくありません。
どうして、私を喜ばせるのか。まるで、心が読めるようなのです。
「人形で、大丈夫ですか?」
「まさか、入れ替わっているとか考えませんよ。」
「とても、魔法がお上手なんですね。」
「はい、悪魔ですから。」
「また、冗談をおっしゃって。」
そうやって、私を笑わせる。楽しい人です。ここで顔を合わせても警戒しなかったのは、以前に出会っていたからでした。
「あの?」
「はい、何でしょうか。」
「今も、ロリコンとやらは趣味ではありませんか?」
「ハハハ、覚えていましたか。」
だって、初めてお会いしたパブで私に言われましたから。私を見て、「ロリコンじゃない」と。
だから、私、帰宅してから図書館で調べましたの。
「ロリコン」というのは、子供のような女性。傷つきました。
「失礼な事を言いました、お詫びします。あなたは、大人になりつつある。もう少したてば、美しい姫になられるでしょう。」
アグアニエベ様は、私の前に膝をついて私の手を取り口付けました。私は、息を飲みます。
口付けされた場所から、何かが身体中に広がって身を燃やす感覚を覚えたから。何なのでしょうか。
「天使なような姫のお姿は、大人になれば変わります。私は、寂しく思えますよ。」
嬉しい、ここから出たくないとさえ思う。ここに閉じ込めたのが、この方なら良かったのに。
私は、一生を囚人として一緒に過ごしたでしょう。
「では、また、明日に参ります。」
お昼に来られて、私に読みきれない沢山の本を残し、シャンデリアを付けた部屋から姿を消す人。
私は吐息をつき、残り香を楽しむ。
ああ、明日が待ち遠しいのです。心配してるであろう父や母の事より、アグアニエベ様だけで頭がいっぱい。
もしかして、これを恋と呼ぶのでしょうか。
「テムプルム」
かっては、神殿の町として栄えた場所だ。国の衰退と共に滅びた後、何百年も時が過ぎ、木が生い茂ったジャングルと変わり果てていた。
今やモンスターが多数も生息する地となり、旅人も近づかない危険な一帯となっている。
隣りの国から来たセレナは、その事を知らなかった。
夜の明けきらぬ町を城から走って来た馬車は、ジミーの家の前で止まる。セレナは、手荷物を手にジミーと待っていた。
「じゃ、ジミーさん。行ってきます。」
「気をつけて行くんだよ。怪我しないように。」
馬車に乗って来たセレナをジロッと第2王子は見た。
「仕事の内容を話してないだろうな?」
「当たり前でしょ、資質採取に行くって話してます。」
「石ころセレナ。何日の仕度をしてきた?」
「1泊2日、明日には帰れるわよね。」
「甘いー。」
「え、まさか!」
「山越えして、ジャングルの中の捜索だ。いつ、戻れるか。おい、何してる?」
「飛び降りて帰る!」
窓を開けて馬車から飛び降りようとする無茶な娘を片腕で王子は引き戻す。後悔しても遅い。セレナは逃げられないのだ。
暇な「何でも屋ジミー」に、久しぶりの上客。ジミーは、嬉しくなって愛想笑い。
「これは、フィリップスさま。お久しぶりです。」
笑顔の美青年は、青い瞳を耀かせて尋ねた。
「こんにちは、ジミーさん。町に腰を据えて会社を作る事になりました。お手伝いをお願いしたいのですが、セレナさんは?」
「セレナは、仕事で出かけています。」
「そうなんですか。夜には戻られますね。」
「明日には戻ると思いますが。」
「明日?どこへ。」
「ちょっと、待って下さい。聞いた事の無い場所でして。王子さまの依頼だから大丈夫ですが。あった、テムプルムです。聞いた事のあるよな?」
「テムプルム!?」
フィリップスは青ざめて、卒倒した。ジミーさんは知らなくて、フィリップスは知っていた。
テムプルムが、盗賊の根城として悪名高い事を。




