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掌編~短編集  作者: MolI
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芋虫フレンズ

ある物体が、それとは別の顔や動物に見えることをパレイドリア現象という。

 同級生の天野が芋虫になったのは、五月二十七日の火曜だった。

 僕はその日、珍しく寝坊をした。急いで支度をして学校に向かう。遅れて教室に入った瞬間、目に飛び込んできた巨大な芋虫の姿に、僕は凍り付いた。

 人間サイズの芋虫が、高校の制服を着て、椅子に座っていた。全身緑色で皺だらけだ。

 全身がうねうね、ぶよぶよと波打っている。なぜか、制服が左右にピンと張られている。よく見ると、赤子のように太く膨らんだ短い足がわき腹から何本も生えているのが制服越しに分かった。体を直角に曲げることができず、体を椅子と机の間に挟んでいるようだった。

 芋虫は、天野の席に座っていた。

「あ、えっと、え」

 僕は入り口で、呆然と立ち尽くした。

「おい、座れよ。もう授業始まってるぞ」

 先生の窘める声に何とか頷き、ギクシャクと手足を動かしながら席に着いた。

 僕以外、教室の誰も芋虫のことを気にしている様子はなかった。

 前の日の月曜、天野はいつものように脂ぎった顔に笑顔を浮かべ、数人の仲間と放課後の教室で居残って、学校への持ち込みが禁止されているゲームをしていた。その天野が、ああなってしまったのか……。いや、そもそもあれは何なのだ。もしかしてドッキリか何かなのでは。そもそもあの良く分からんものが天野と決まったわけではない。それに、芋虫に変身してしまったというよりも、着ぐるみを着ているという方が圧倒的に信じられる。そう思って、避けていた視線を巨大な緑の塊に向けてみる。

 しかし、芋虫の動きは着ぐるみとは思えないほど現実的だった。体の表面は、鼓動のためか細かく脈打っている。樽のような体にちょこんと小さな顔が乗っかっていて、その上につぶらな瞳が張り付いていた。芋虫が天井を見上げる仕草をしたとき、その目と僕の目が合った気がして、慌てて俯いた。芋虫は時折、体をうにゃうにゃと動かして、天井をぐるりと見渡すような動作をしていた。

 体の大きさは、肥満体の天野とほとんど同じように見えた。他よりは長い脚が四本あり、それぞれ手足の役割を果たしているのだと分かった。

 その後の休み時間に、いつも天野とゲームをしている仲間が、芋虫のことを天野と呼ぶのを聞いた。芋虫も、天野の声で答えた。

 天野は翌日も、その次の日も芋虫の体で登校して授業を受け、弁当を頬張り、友達とゲームをして遊んだ。誰も天野の体が芋虫であることに触れる者はいなかった。

 僕は頭がおかしくなった、と思った。いや、実のところ僕はいたって正常で、天野は芋虫になっていて、僕以外の奴ら全員がいかれている、とも考えられる。そう考えると、なんだか心が落ち着いてくる。僕は大丈夫、僕は健康だ、僕は正常だ、そう自分に言い聞かせるたび、僕は安堵した。

 僕は、病気ではない。ネットで調べると、あるものが別の生き物に見えたりすることは、実際にあるらしい。精神の病、というようなことが書いてあった。しかし、僕は病気ではない。なぜなら、僕が病気ならば、僕には他の人間だって芋虫に見えるはずだから、天野だけが芋虫になるなんてことはあり得ないのだから。

 僕は毎朝、天野に話しかけることにした。僕は、天野の正体が芋虫であることを確かめることで、皆が病気だという事を確かめなければならない。僕が話しかけるたび、天野は怪訝な目で見てきたが、芋虫なのだからしょうがない。人間に話しかけられることに、そもそも抵抗があるのだろう。ならばなぜ、他の友達が触っても天野は平気で笑っているんだ。それは天野の友達も、天野自身もいかれているからだ。皆同じ穴の狢なのだ。ひょっとしたら、天野から見ても、あいつら同じクラスの連中は芋虫に見えているのかもしれない。だから天野は仲間だと思って笑うのだ。でも、僕は知っている。僕だけが知っている。天野一人だけが芋虫で、他は頭のいかれたただの凡人であることを。

 ゼラチンの塊みたいな腹をぷるぷると震わせて、天野は今日も笑っている。


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