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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第七十七話 雑魚と猫なのである




 会場を見るだけでその試合の猛烈さがわかる。



 観客席に対する被害こそなかったものの、地面は大きく抉られ、まともな足場なんてつま先ほども残っていない。

 対戦した2人の生徒の血肉や装備片はあたりに散らかり、敗者は中心に倒れ、勝者は膝をつき空を見上げていた。


 中学生の武闘大会とは思えないほど激しく凄惨な試合に、観客は熱狂を忘れ、恐怖と憂慮で埋め尽くされている。


 曇り空からは、少しずつ雨が振り始めた。

 観客席の人々は用意してきた傘をさすことすら忘れ、その結末を見届ける。


 雨から逃げるように、試合の勝者は立ち上がると控え室へ向かう。


 決着がついたことを理解すると、審判の宣言を前に多くの救護班が突入する。敗者は勿論、勝者とて無事ではない。



 ようやく審判が勝者の名前を高々と呼び上げる。




「1年生2回戦第3試合勝者――――




 会場でただ1人、タイグド・レグディティアだけはその結果に、雨すら焦がすほどの激情を覚えた。






―――――――――――――――――――――――





 レグディティア家はごく一般的な家庭だ。



 両親は共にネトト村出身。

 ハンターを目指し、15歳で旅に出たシラウド・ヨリスは、才能に恵まれず4年後には帰郷。幼馴染であったティア・レグディティアの婿となりレグディティア家の跡を継ぐ。


 レグディティアの家業はきのこ栽培を主とした農業である。

 シラウド・レグディティアは20歳の頃よりきのこ栽培に従事し、その妻ティア・レグディティアは専業主婦となる。

 2人の間に子供が生まれたのはそれから1年後のことだった。



 ネトト村は非常に小さな村だが、特産品の『ネトトきのこ』はトールマリス王国外にも人気があり、裕福な村である。


 村の子供達は初等教育学校へと通い、中等教育、高等教育まで受けることがほとんどである。

 シラウドとティアは自分たちの子供にもそうさせた。



 子供達は天才だった。


 両親は共に適正魔属を持たないが、タイグドは炎魔術、ヨアは風魔術に適正を持って生まれた。


 3歳の頃にはタイグドは剣を振り始め、ヨアは魔術の勉強を始めた。

 4歳の頃には同い年の村の子供達を集めて教育を始めた。

 初等教育学校に入学すると、瞬く間に学校全体をまとめ上げた。



 シラウドとティアは大いに喜んだ。


 2人がハンターや研究者の道に進んでしまえば家業の後継問題は避けて通れないだろう。

 それでも、そんなことよりも、自分達から優秀な子供達が生まれたことが嬉しかった。


 2人は才能を持たずに生まれた側の人間であった。

 彼ら自身がそれを1番よく理解していた。


 それゆえに、子供を産むにあたり不安を感じていた。


 夢を叶えられない力不足を味合わせたくないと。

 いつの日か、才を持たない体に産んでしまったことを子供達から責められるのではないかと。


 だから、タイグドとヨアの躍進には喜びというより安心の方が大きかったかもしれない。



 2人が望むものは全て用意した。

 2人がやりたいことは全て叶えてあげるようにした。


 非才の自分達が天才の彼等の足を引っ張らないようにと。

 卑屈な想いだったかもしれない。それでも子供達はその愛を真摯に受け止め立派に育った。



 両親から子供達に教えることはほとんどなかった。

 言葉や常識、人として最低限のことを教えて終わると、子供達は勝手に成長していった。


 父の教えはただ一つ。

 『才あるものはそれを活かしなさい。使い方は好きに選べば良い』


 母の教えもただ一つ。

 『信頼されたならそれに報いなさい。裏切って良い信頼は親からのものだけです』


 2人とも道を説けるほどの能力はなかった。

 それらは教えではなく、願いであった。



 タイグドはそんな両親を愛していた。


 恵まれた才能は自分のためだけでなく、愛する両親の愛する村のために使うと決めた。

 村の子供達からの信頼を、決して裏切らないと決めた。





 ――だからこそ、タイグド・レグディティアにとってその結果は心から許せないものだった。





―――――――――――――――――――――――





「ちょっと!!勝手に治療室に入らないでください!!」



 武闘大会用に派遣された若い女性魔術師が喚く。



「ボ、ボス!試合だったんだから仕方ないよ!それにヨアだって同じか、それ以上にノロのこと傷つけてるんだから!!」



 ついてきたアーニャが必死に宥める。



「その子はこの子の兄だよ。静かにしているなら入室くらい許可してあげようじゃないか」



 レラーザが妹の前に椅子を用意する。




 その全てを無視して、ノロ・ドゥトの元へ向かう。





「許さねえぞクソ野郎」


「――ひぃっ!」



 胸ぐらを掴むと、意識を回復する。

 いや、回復したふりをした。




「ちょ、ちょっと!!逆恨みはよしなさい!!」


「ボス!やめときなよ!!」


「…ふむ」



 派遣女や他の救護班、アーニャが俺に掴み掛かってクソ野郎から引き剥がそうとする。だが、止まってやる気はない。

 レラーザだけは状況を理解したように静観する。



「テメェだけは許さねえよ。1番やっちゃいけねえことをした。あの日にぶっ潰しとくべきだった。トゥリー・ボールボルドが正義を吐き違えた…」


「な、え、あ、あぁっ」



 こいつだけは許せねえ。

 俺の前で、俺の妹の目の前で。




「――俺の誇りがテメェだけは許さねえ…!」


 


 これだけ恵まれた人間がわざと負けるなんて。




 あの時、こいつにはまだ意識があった。

 怪我だってヨアの方が重症だった。

 魔力残量だってあった。


 それだってのにこのクソ野郎は、試合を辞めた。


 あの場で気がついていたのはこのクソ野郎の本質を知ってた俺と、間近で見ていた審判くらいだった。


 こいつはまだまだ試合を続けられた。


 むしろ、状況的にはこいつの方が有利だった。



「ひぃぃっ!!だ、だれかぁっ!助けてぇ!!」


「君!やめなさい!それ以上やるならこっちだって容赦しないよ!!」


「手を出す気はないだろう。好きにやらせればいい」


「レラーザ先生!それでもあなたは教師ですか!?」


「教師だから。だよ」



 喧しい外野どもをレラーザが止める。

 アーニャは自分の試合の準備をしに控え室に戻った。



「なんでわざと負けた」


「わ、わ、わ、わわざとなんて…え、え?え?」


「意識失ったふりしたろ」


「い、いや、あ……え、えと……あ、ああ、あ、」


「アーニャと試合するのが怖くなったか?それともその後に控えてる俺にビビったか?ヨアが俺の妹だから仇撃ちされるとでも思ったのか?」


「い、え?あ、え?気絶した、ふりなんて、…え、え?」


「ぶち殺すぞ」


「タイグド」


 怒りに支配されて、周りが見えなくなったところをレラーザに止められる。


 人生でここまでのクズに出会ったのは初めてだ。

 2人きりだったら手が出てたかもな。



「…なんで途中でやめた。答えろ」


 冷静になって、椅子に座りクソ野郎を問いただす。


「と、途中でやめたつもりなんて…」


「でも意識はあったよな?まだ体は動いたよな?」


「っ!え、あ、だ、だって…………」


「なあそこの派遣救護員、こいつの体って動けないほど深刻だったのか?こいつは獣人だぞ。それでいて魔力も高い。気に食わねえがポテンシャルなら俺より高え」


「そ、それは…」


「答えろよ」


「……重症ではありました。でも、多分まだ試合は続けられたと思います…」


 俺が気に食わねえのか、派遣の女は俺を睨みながら渋々答える。


「ほらよ。なんで試合やめたんだ?おい」


「……………き、きみには……」


「あ?関係ないって言いてえのか?あるに決まってんだろ。俺は見させられたんだよ。俺の誇りが許さねえもんをよ」







「君たちみたいな人にはわからないよ!!!!!!」







「はぁ?」



「なんだよ!なんなんだよ!?ほっといてくれよ!!僕はそもそも試合なんてやりたくないんだよ!!いいじゃないか!なんで獣人に生まれたからって戦わなきゃいけないんだよ!!僕は!僕だって!別に生まれたくてこんな種族に生まれたわけじゃない!!」


 クソ野郎の堰が切れた。


「僕は戦うことなんて好きじゃない!!歌を歌ったり、絵を描いたり、花を摘んだり、料理したり……いいじゃないか!!そういうことが好きな獣人だって……雄だって!!……なんでダメなんだよ!?痛いのが嫌い、怖いのが嫌い、傷つけるのが嫌い、なんでそれが普通じゃないんだよ!!」


 ずっと溜め込んできたものは、ちょっとやそっとじゃ止まらない。


「…母上に言ったら『父上には絶対に言うな』って打たれた。花を摘んでたら、村の男の子達にバカにされて踏み潰された。おままごとしたいって言ったらカユに怯えられて泣かれた。料理をしてみたいってリーシャちゃんのとこに行ったら『人は食べちゃダメだからね!』って猛獣扱いされた。…僕のことなんてみんな嫌いなのに…それでもほっといてくれなくて…何度も何度も戦い方を教えられた」


 まるで俺が間違ってるような気すらしてくる。

 才能を活かしたくない。不要な才能だったと泣き叫ぶノロ・ドゥトは本当にクソ野郎なのか?


「…どうせ気持ち悪いと思ったんだろ。似合わないと思ったんだろ。いいよ、理解されたいなんて思ってないんだ。僕のことを理解してくれるのはベスだけだ。それだけで十分に恵まれてると思ってた。…なのに、なのにどうして放っておいてくれないんだよ!!丁度いい負け方だと思ったんだよ!!試合なんてやりたくないんだよ!!確かに意識はあったけど、僕はもう痛くて、痛くて、痛くて仕方なくて、体を動かすことなんてできなかったんだよ!!なんで、なんで、なんでそれが普通じゃないんだよ!?痛くても動かさなきゃいけないの!?苦しくても立たなきゃいけないの!?だって、どうせ次のアーニャちゃんには僕だろうが君の妹だろうが勝てないじゃないか!!じゃあどっちが勝ってもおなじじゃないか!!それなのに、僕なりに頑張ってこの試合だけはやろうって、勝ったらベスが褒めてくれるって言うから、頑張ろうって、覚悟してきたんだよ!!負けたかもしれないけど頑張ったじゃないか!!君の妹をあそこまで追い詰めたじゃないか!!僕だって生まれて初めて本気で戦ったじゃないか!!それなのになんで僕が責められなきゃいけないんだよぉ!!!!」


「…おまえは…」


「僕が君になんの迷惑をかけたっていうんだよ…。僕はただ、普通に……普通じゃないのかもしれないけど、穏やかに、過ごしたいだけ。なのに…」




 入学してすぐを思い出す。



『獣人差別は百歩譲って許してやるが、それを黙って受け止めてる者をなぜ余計に追い詰める?ノロが貴様に迷惑でもかけたか?』


『まじで気に入らねえよ。獣人の男に生まれたってだけでも恵まれてるってのに、それに加えてそれだけの魔力を持っておきながらテメェは全くそれを活かす気がねえ。メスの後ろに隠れてウジウジして、仲間が馬鹿にされても俯いて知らんふり。テメェみたいな糞野郎を見てると腹が立つんだよ』


『ノロ、あんな奴のいうことを気にする必要はない!お前は私が守ってやるから大丈夫だ』



 今日もベス・ロティは言っていた。



『私はノロを守る。村の大人に否定されても、貴様に勝てなかったとしても、それでも私が守る。 ――私しかあいつのことを守ってやれない』


『テメェのせいであいつはあのままなんだよ。さっさと子離れしろよ親にゃんこ』


『…貴様達には一生わからないさ。ノロはあのままでいい。変わる必要なんてどこにもないんだ』



 …俺が、間違ってんのか?


 溜まっていたものを出し切ったノロ・ドゥトは蹲って静かに泣き続ける。

 その姿はあまりにも弱々しく、戦うことは愚か、口喧嘩だってできそうにないほどに。


 その姿に不思議と腹は立たない。


 腹が立つとしたら、その姿に『腹が立つはずなのに腹が立たないこと』に対してだ。





 …もしもヨアが戦いたくないと、母さんのように専業主婦になりたいと言ってたら、俺は、どうしただろうな。


『お前は才能があるんだからハンターになれ』


 なんてことを俺は言ったか?


 泣きながら、身も心も傷ついて試合するヨアに、それでも死ぬ気で勝てと言ったか?



『才あるものはそれを活かしなさい。使い方は好きに選べば良い』



 才能を活かさないヨアを俺は許せたか?




 ……ああ、らしくねぇな。



「…聞きたいことがが終わったなら出ていってください。彼の治療の邪魔です」



「悪かったな。もう行く。そいつの治療は任せた」





――――





 治療室を出て観客席へと向かう。


 ヨアとノロ・ドゥトの残した傷跡はもうほとんど直っている。

 雨はまだ降り続いているが、気にするほどでもない。

 第4試合は予定通り行えるだろう。



「お帰りなさい。ヨアさんは大丈夫そうでした?」


 席に着くと隣に座ったラファが水を渡してくる。

 自分の試合後は戻ってねえから、ちょうど喉が渇いていたところだ。


「ヨアのこと嫌いなのに心配か?」


 蓋を開けて飲みながら話をする。

 タオルを渡して「ふけ」と言ったが、投げ返された。


「…ふん。大丈夫じゃなければいいのにって意味の『大丈夫そうでした?』です」


「そうか。嫌なやつだな」


「……嘘に決まってるじゃないですか。で、大丈夫でしたか?」


「ま、大丈夫だろうな」


 今回派遣されている光魔術師達は一流ばかりらしい。

 ノロの攻撃は打撃がメインだし、傷跡すら残ることはねえはずだ。


「なあ、もし俺が専業主夫になりたいって言ったらどう思う?」


「なんですかそれ?どうでもいいです。自分のお母様に聞いたらどうですか?」


「ハッ!それもそうか」


 本当に聞きたい相手は父さんかもしれない。

 でも今はとりあえず、何か答えが欲しい。


 うじうじと悩むのは俺らしくねぇ。


「なあ母さん。もしも俺が戦うのをやめて、飯とか作って、洗濯とかして、母さんみたいな専業主夫になりたいっつったら、父さんと母さんはどうする?」


 自分の持っている才能。

 せっかく両親が持たせてくれたものを捨てるとしたら、他の人が喉から手が出るほど欲しいものを捨てるとしたら。2人はどう思うのか。


 母さんは珍しく困った顔をする。

 いつも笑ってる母さんが珍しい。何かを考えることだって、飯のメニュー以外はねえような人だ。


「そうねぇ。『勿体無い』と思うし、そう言うでしょうねぇ…」


「……だよな。あぁ、十分だ。満足した」



『勿体無い』


 十分だ。それが答えだ。

 やはり、俺はその生き方を許さない。



「――でも、それはそれでいいんじゃないかしら?やりたいことをやるために必要なのが才能でしょ?別に才能に振り回されてやりたいことを決める必要ってないんじゃないかしら…。ごめんなさいね、お母さんあんまり考えるのとか得意じゃないから…」


「でも『勿体無い』」


「別になくなるわけじゃないじゃない。もしもお母さんが働きに行って、タイグドが家で家事していてくれるとしたら、すごく安心だわ。遠くまで仕事に出かけても絶対に守っててくれる。心配なのはタイグドに家事ができるかどうかだけね」


 使わないならないのと一緒じゃねえか。

 大体家に過剰戦力置いとくくらいなら村の騎士団にでも入れって話だ。


「納得できてなさそうね…」


「……まあ、もう少しくらいは考えるとするか」


「アーニャちゃんはなんて?」


「聞いてねえよ」


「あれ?アーニャちゃんの専業主夫になりたいって話じゃないの?」


「もしもって言ったろ。俺は戦うのをやめてぇなんて思ったことねえよ。ハンターになって、いい歳になったら教師になる。もう決めたことだ」


 俺とアーニャが結婚したら、子供を作るのは2人が年行ってからだな。

 2人ともハンターになって旅してたら子育てなんてできたもんじゃねえ。


「…妄想でも人の姉と勝手に結婚しないで貰えます?」


「暫定お前の義兄だ」


「認めてません。それに姉さんも別にタイグドさんに恋愛感情はありません」


「どうだかな」


 まあねえだろうな。

 ガキみてえなやつだ。

 恋愛感情なんて誰に対しても持ってねえだろう。


「100%ないので安心してください。…ちょっとお手洗いに行ってきます」


「大か?あんまりなげぇとアーニャの試合始まるぞ」


「…サリアさんがいたら殴られてますよ」


「そういやあいついねえな。どこいった?」


「……言いません」


「ああ大か」



 ラファはものすごい顔で俺を睨みつけてからトイレへ向かった。




―――――――――――――――――――――――





 第3試合から一転、第4試合は爽やかな激闘が繰り広げられる。



 身体能力を活かして仕掛け続けるエディーレ・ウヌキス。


 三振りの黄金の剣を器用に動かし捌き続けるアーニャ。


「魔力量、魔導の精度、圧倒的にアーニャの方が上のはずなのに」


 大から帰ってきたサリア・ローラムは両手を胸の前で組み、祈るように見つめている。


 技術面と手数ではアーニャが上回るが、それをスピードとパワーでエディーレが抑える。ここまで攻め手が多いのはエディーレの方だ。


 左右から同時に振り下ろされるアーニャの剣をエディーレが横薙一閃で払いのける。


「魔力がいくら多くても肉体に流せる魔力には限りがある。大して鍛えてないアーニャの肉体じゃあんなもんが限度だろうな。手を抜いてるわけじゃねえ」


 アーニャの肉体に流せる魔力量はエディーレのそれより少ない。単純な身体能力ではエディーレが遥かに上だ。


「あの剣に流せるのもあんなもんが限度ってこと?」


「剣に流せる量の方がアーニャの体に流せる量よりは5倍近くあるだろうな。じゃなきゃ剣を飛ばして攻撃するなんてふざけた真似はできねえ」


 そもそも自分の体を動かしながら剣を動かすなんてこと自体馬鹿げてる。あいつの脳のリソースは常識の範疇を超えてる。


「でもエディー程度に簡単に払われてる」


「程度って言うがあいつの剣技、身体能力、魔導精度は中学生にしては上の上もいいとこだ。剣だけなら俺とだって五分、あるいはそれ以上にやりあえるだろうよ」


「じゃあラファちゃんと同じくらいエディーは強いってこと?」


「それはないな。間違いなくラファが勝つ」


 夏休み中何度も、本当に何度もやり合った俺だからわかる。エディーレ・ウヌキスとラファが戦えば100回中100回ラファが勝つだろう。



 話をしている間にも攻防は目まぐるしく続く。


 予備動作すらないアーニャの投剣(空中からの射出だが)をエディーレが回避し踏み込む。あれに反応できるってだけでもエディーレは十分に強者だ。


 エディーレが右足で砂を蹴り上げ目潰しをする。

 そのまま左下へ潜り込みアーニャの首筋へ向け斬り上げる。


 アーニャはそれを1本の剣だけで受け流す。

 音魔術師に死角からの攻撃なんて通じない。


「例えば今の。2本を攻撃に使った直後だったから1本しか使う剣はなかった。相手がラファなら今ので決着してた」


「ラファちゃんの攻撃なら受け流せなかったってこと?」


「受け流したところで続く一手への対応ができねえ。エディーレ・ウヌキスは受け流されてバランスを崩した。技術や力というより経験とセンスの差だな。ラファ、お前ならどうした?」


「まず目潰しなんてしません。今までの試合を見てた感じ、目潰し前の踏み込みで首を斬り落とせます」


「アーニャが反応できないってこと?」


「いえ。姉さんの反応速度は私より速いです。でもまだ姉さんの剣を動かす速度は姉さんの中のイメージに追いついていません」


「練習不足ってことね」


「ですね。自分の体と剣に流せる魔力量の差をまだ完全には把握できていないんだと思います。剣が壊れるのを恐れているのもあるでしょうね」


「じゃあ本当はもっと早く動かせるんだ」


「あの人の馬鹿げた魔力量ですからね。それこそ本気で振れば逆にエディーレさんの方が反応できないと思いますよ」


「だ、そうだ。剣にどんだけ魔力を流せて、どんだけ速く動かせて、どんだけの衝撃に耐えられるかなんてやってみねえとわかんねえからな。あいつはあれを隠してたし大して練習できてねえんだろ」


 アーニャは試合の中でコツを掴んでいく。


 徐々に攻め手はエディーレからアーニャへと移り変わる。

 剣を振るたびアーニャの剣は速く、重くなる。


 エディーレの攻撃を剣で受けず避けることが多くなってきた。剣は全て攻撃へと回される。


 剣の挙動は『振る』から『突く』へと移り変わってゆく。先の投剣(仮)の手応えが良かったのだろう。


「昔からアーニャは練習するタイプじゃないもんね」


「いえ、そんなことないですよ。時間さえあれば何かしら考えているような人でした。もっぱら、他のことに夢中だったんで剣や体術に回す時間がなかったんだと思います。身体の動きもどんどん良くなっていってますしね」


「あーあのライフルちゃん?たちか」


「それです」


「なんだそりゃ」


 ライフルちゃん?俺の知らねえのがでてきたな。


 魔術師がライフルを使うのか?

 威力も使い勝手もかなり悪いはずだ。

 そんなことするならナイフを浮かべて射出する方がアーニャなら遥かに強いだろう。


「タイグドさんが思っているよりとんでもないですよ。猟銃なんかとは比較にすらなりません。一撃で魔獣を撃ち殺せる威力が出ます」


「ハッ!イカれてんな!そりゃ『試合』には使えねえわ」


 ライフルで魔獣の皮を貫通できんのか?

 不可能に思えるが、あいつのふざけた魔力量ならできんのか。才能のゴリ押しだな。


 だがその話を聞いてあいつが攻め方を変えた理由がわかった。あいつは直線での攻撃で相手の動きを封殺していくことを想定して練習してたんだ。



 エディーレが回避した先へ剣が貫くように落ちてくる。

 それを回避した先には今度は胴を貫くように直線が、剣で受けると今度は両足を狙うように2本の剣が。


 剣の速度もいよいよエディーレでは捌けない速度へと到達する。


 エディーレ・ウヌキスはアーニャに近づくことすら出来なくなり、アーニャは腕を組んで棒立ちし始めた。


「勝負ありましたね」


「ああ」


「ええ!?まだ私物足りないんだけど!!」


「残念だったな。性格的にエディーレ・ウヌキスは降参するだろ」



 エディーレが大きく後方へ距離をとる。

 アーニャはそれを追撃しない。


 そのままエディーレは剣を腰に納め両手を上げる。




「1年生2回戦第4試合勝者アーニャ・ハレア!!」



 「「「「「「ワァァァァァァ!!!!!」」」」」」



 観客席からは今日1番の歓声が上がる

 見応えがありつつ、爽やかで武闘大会らしくいい試合だった。

 ラファは満足そうに、サリア・ローラムは不満足そうに拍手をしている。

 


「やったやった!!ラファ!!お姉ちゃん勝ったね!!」

「サリアが惚れるだけあってアーニャはかっこいいねぇ」

「すごいなぁ…サリアを圧倒した子をこうも一方的に…」

「うちの天才双子達が揃って惚れるわけね!!」


 アーニャ母、ローラム母、ローラム父、母さんが立ち上がって拍手する。


 アーニャ母は飛び跳ねて喜んでるあたり、自分の娘の強さをあまり理解してなかったらしい。

 正直俺やラファは勝って当たり前、最後こそ圧倒的だったが、エディーレ・ウヌキスが思ってたより強かったなという感想の方が強い。


 まあトリシア・ハレアは戦うことに興味がない。

 穏やかで料理が好きな、うちの母と気が合う理想の義母だ。



「タイグドさんは姉さんに勝てると思いますか?」


「どうだろうな。剣3本なら勝てると思うが、まあ6本持ってこられるだろうしな」


「4本か5本にしてって頼んでおきましょうか。いい試合が見たいですし」


「ハッ!余計なお世話だっつーの」


「2人とももう決勝はアーニャvsタイグドだと思ってんだー。私はトゥリーもいい線行くと思ってるけどね!!」


「…まあ、タイグドさんが手を抜くなら可能性はあるんじゃないですか?」



 これで準決勝のメンツが決まった。


 準決勝第1試合

 トゥリー・ボールボルドvsタイグド・レグディティア


 準決勝第2試合

 ヨア・レグディティアvsアーニャ・ハレア



「ハッ!手なんて抜かねえよ。…抜けるはずがねえ」



 トゥリー・ボールボルド。

 間違いなく今試合をしていたエディーレ・ウヌキスよりも格下。俺となんざ比べるまでもねえ。



 比べるまでもねえが、あいつにだけは手が抜けねえ。



 この学校に入って唯一、俺が対等と認めた相手。


 初日から突っかかってきた正義のヒーローもどき。


 誰もが無謀な喧嘩だと笑った。

 だが俺は、あいつが自分の実力を理解していないとは思わない。


 あいつは正しく理解した上で俺に勝とうとしている。


 そういう奴が1番怖い。

 なりふり構わず、取れる手段全てをとって勝ちにくる。想いだけじゃない、ちゃんと頭も使って、知恵を振り絞って、そのために努力をして。


 手なんか抜こうものなら、一瞬で刈り取られる危険があいつにはある。それはアーニャにもないものだ。



「悪いなラファ。お前の想い人俺がぶちのめすぜ」


「――!?は、はぁ!?な、なにを。な、なに言って……もうっ!!ほんとデリカシーってものがない!!」


 ラファは一瞬遅れて顔を真っ赤にする。

 隠しても無駄だと理解すると握り飯を顔めがけて投げてきた。


 俺が避けたらどうすんだよ。


 受け取ったそれを食う。

 中身はひき肉。大当たりだ。


「あいつにだけは勝ちてえからな。しっかりぶちのめして、俺の方が上だって雄としてわからせてきてやる」


「……勝手にしたらいいじゃないですか。別に試合に勝ったところで雄としてどうこうとは思いませんけどね」


「私的にはトゥリーもお前もどっこいどっこいだしね」


「ハッ!!楽しみになってきやがったな!!明日は俺に惚れさせてやるよ!!」



 俺の対戦相手はこれまで雑魚と猫だった。

 これからはライバルと想い人。


 前菜はしけてたが、メインディッシュは十分に楽しめそうだ。




 ハッ!いよいよ武闘祭らしくなってきやがったな…!







――――




「お、揃ってるね!みんなどうだった私の試合は!」


「お姉ちゃんかっこよかった。ヨアがご褒美のちゅーしてあげる」

 

「え!?ちゅ、ちゅーはいいよ!妹とはいえそれはちょっと…」


「遠慮しなくていいよ。ほら」


「!?ちょっと何してるんですか!!姉さんももっと嫌がって!!」




 ……男が燃えてるってのにアホどもが帰ってきたせいでしまらねぇ。

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