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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第七十六話 武闘祭開幕なのである




「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 暑苦しい雄叫びと共に、盾を構え突進してくるのは西ドイツことカテロン・ニシド。


 緩急すらない猪突猛進。

 だが猛進というにはあまりに遅く、そして脆い。



「ぐっ!くそ!!」



 鍛えているとはいえまだ中学生。未熟な体では盾で受けたところで衝撃に殺される。


 魔導によって振り回される僕の六刀流になすすべもなく弾き返されるのはかれこれ5度目なのである。



「そろそろ降参したら?」


「…くっ!まだまだぁ!!!!」



 床に転がり続け泥だらけになった体からは出血も見られる。体の節々が悲鳴を上げていることだろう。骨だって折れているかもしれない。


 それでもニシドは僕に挑み続ける。

 この前の遠征を経て彼は大いに成長したのである。



 さて、どうしたもんであろうか。

 


 別に勝つだけなら開始数秒で決められた。

 そのくらいの差が僕とニシドにはある。


 だが、全校生徒や保護者の見守る中、あまりにも圧倒的な蹂躙は僕としても望むところでない。


 両手両足の腱を斬り、地面に転がすことも容易い。

 でもそれじゃあ残酷すぎるし、被ってきた僕の猫が全て剥がれてしまう。


 かといって鮮やかに首を刎ねることもできない。

 これは殺し合いではなく『試合』なのである。



 では力魔術を使ってぶん殴り失神させるのはどうか。


 案としてなしではないが却下である。

 理由は単純。訳わからない方法で決着がついたとなれば観客が冷めるからである。



「ぐわぁぁぁ…!!」



 そして6度目のダウン。

 そろそろ観客席から、「もう決めてやれよ」という空気が流れてくる。諦めないニシドへの応援と半々といったところか。


 別に僕とて好きでこんなことしてるわけでは無い。これで僕がサディストの悪役令嬢みたいな印象になったらどうしてくれるのだ。



「降参することは恥じゃないよ」


 なので降参を促す。

 あくまでも僕としては本意ではないと。

 そう目に見えたアピールするために。

 いや、耳に聞こえたアピールと言うべきか。



「…はぁ、はぁ……いいや恥だっ!!」


「じゃあもう終わらせるけどいい?」


「やれるもんならやってみろぉぉぉぉうおぉぉぉおおお!!!!」



 7度目の突進。


 七転八倒。七転び八起き。

 転ぶのはとりあえず7回と相場で決まっている。


 この試合で初めて盾以外に剣を当てる。

 もちろん刃のついてない腹の部分だ。剣の腹をニシドの腹に当てるのである。


 これで立ち上がるならいよいよ腱を斬るしかなくなる。

 そうなれば実質ニシドの勝ちみたいなもんである。



「本気で振るから覚悟してよ」


 貫馬(かんば)穿猪(せんちょ)で盾を払い上げ、斬鳥(ざんちょう)咬犬(こうけん)で腹を打つ。


「かはっ……!」



 声にならない悲鳴とともに、ニシドの体が吹き飛ぶ。

 盾に2本、腹に2本、全てを全力で振りきった。


 大きく飛んだニシドの体は2、3度バウンドして地面に転がる。右手に持っていた剣は遠くへ吹き飛び、左手に装備されていた盾は大破した。体を守っていた鎧もひしゃげている。

 金属のぶつかり合う音に隠れていたが、人体の壊れる嫌な音もした。


 これで立てたら大したもんなのである。



「どう、続けられそう??」



 ちょっと大きな声でニシドへ呼びかける。


 続いて審判がニシドへ駆け寄り声をかける。


 残念ながら、いや僕にとっては幸いというべきか、ニシドの反応はない。



「1年生1回戦第8試合―勝者アーニャ・ハレア!」



 審判の宣言と共に救護班が駆け込んでくる。



 こうして僕は試合にも勝負にも勝利したのである。




―――――――――――――――――――――――




 運動さえしなければぎりぎり涼しいと言える季節。

 天気は快晴。風はやや強め。

 日向にいると汗が滲んでくる。


 今日は武闘祭決勝トーナメント1日目である。


 校内は生徒とその親族で賑わい。トーナメントに上がれなかった生徒たちの出す出店は全て大盛況である。

 これでまだ一般開放はなし。最終日は学校のキャパシティを大きく超えてしまいそうだ。


 第1、2試合だったトゥリーとリーシャは時間に余裕があったので、1番人気のクレープ(向こうのクレープと比べると生地が分厚い)を始めるとする人気屋台グルメを僕とサリアの分まで買ってきてくれていた。



「リーシャが持ってたから冷えてるよ」


「お役立ち狐だね」


「…ありがと」


「えへへ、どういたしまして!」


 まずは冷えてるクレープからいただく。

 僕の分はバナナホイップである。学校の屋台ではチョコレートをかけることは難しいのだろう。この世界では少々高級なのである。


 僕はクレープが大好きだった。特にアイスとカスタードが入っていると嬉しい。

 色々小洒落たものも食べたが、結局オーソドックスなのが1番好きだ。ホイップもカスタードもバナナもイチゴもアイスも全部詰め込まれているような子供の喜ぶ感じのやつである。



「!おいしい!!」


 1番人気というだけあってクオリティが高い。

 そりゃ物足りない感じはあるが、こっちの世界かつ、学校の屋台ということを加味すれば最高評価に値する。星5である。


 生地こそ厚いが食感はさほど変わらない。

 端っこの方のサクサクした部分はないが、僕はもちもちが好きなので問題ないのである。



 そういえばサリアのテンションが低いのはエディーにボコられたからである。少し気まずさがあったのかエディーはファンの女子生徒たちのもとへ向かった。


 ちなみにいまいる選手控え室に親族は入れない。


 本当はすぐにでもラファに会いに行きたいのだが、僕がボコボコにしてしまったカテロンの治療が終わるまではここを離れるわけにはいかないのである。



「…仇は打ってね」


 サリアが僕の方に顔は向けず、ポツリと呟く。

 仇と言われましても。別にエディーは悪訳でもなんでもないのである。


「そんなに悔しいの?」


 最初からサリアもエディーに勝てるなんて思ってなかっただろうに、なんでこんなに落ち込んでいるのだろうか。

 僕は出番が直後だったので試合をよく見れてないのである。


「あいつの!ファンサービスのために弄ばれたのがむかつくの!!!!」


「サリアがボコボコにされてるのみてレノとドミンドは大喜びだったよ」


「!?嘘だよ!トゥリーが嘘ついてるだけ!なんでトゥリーはサリアちゃんにだけ意地悪なの!?」


「どちらかというとレノとドミンドに対する意地悪じゃない?――てか君たち2人も屋台に並んでたんだからサリアの試合見てないでしょ」


 リーシャはあわあわしているが、よく考えれば嘘だなんてことはすぐにわかる。


 てか、嘘であろうがなかろうがレノとドミンドがサリアに八つ当たりされることは変わらない。

 不憫なのである。



「……」


「何よその目」


 サリアが座ってクレープを食べたまま、じとっとした目で僕を見てくる。上目遣いなのに可愛くもなんともないのである。


「…仇打ってくれないの?」


「別に勝つには勝つけど、必要以上に痛ぶったりはしないよ。エディーも友達だし」


「私を痛ぶったのに?」


 痛ぶったも何もサリアはほとんど怪我なしで降参したらしいし、怪我させないように一生懸命方法を考えてたって説もあるのではなかろうか。

 僕もエディーの性格の悪さはそれなりに理解し始めたつもりだが、友人を痛ぶる趣味はないと思う。

 明日直接話を聞いてみよう。


「日頃の行いが悪いから丁度いいんじゃない?」


「トゥリーはだまってて!!てか日頃の行いって言うならあいつも大概じゃん!!!」


「まあまあ、落ち着けよ。別にここにいる中で負けたのがサリアだけだからって気にすることはないよ」


「そんなこと気にしてないし!!明日になればトゥリーかリーシャどっちかは必ず負け組だし!!!」


 明日はトゥリーとリーシャ直接対決である。

 愛する2人の試合だというのに2人からはポジティブな印象を受ける。

 トゥリー的にはリーシャがボスとかエディーと当たらなくて安心らしい。リーシャ的にも何やら嬉しいらしい。



「トゥリーめっ!!あんまりサリアちゃんいじめるなら私が明日トゥリーのことやっつけるからね!!勝てそうにないけど!!」


 リーシャが毛を逆立ててトゥリーをぽかぽか叩く。

 確かにそんな攻撃しかできないなら勝てそうにないのである。


 今日の対戦結果はざっくりこんな感じである。


 第1試合 

  リーシャ・ユティ◯ カラム・トレバー×

 リーシャの魔術をカラムが突破できず決着。

 観客席が心なしか涼しくなった。

  

 第2試合

  トゥリー・ボールボルド◯ アラアシ・ルーン×

 今日1の盛り上がりを見せた大接戦。トゥリーがアラアシの右手を斬り落とすところで決着(寸止め)。


 第3試合

  ベス・ロティ◯ レノ・テミル×

 終始ベスが速度で圧倒。レノも粘りを見せたが最終的に槍を折られて決着。

 ベスはネトト村のことが嫌いだが故意ではなさそうだった。


 第4試合

  タイグド・レグディティア◯ ドミンド・アンヌ×

 ドミンドが爆発した。


 第5試合

  ヨア・レグディティア◯ ドレッド・ユードリア×

 ヨアが魔術を使うことすらなく圧勝。

 ドレッドは唯一の2組生徒として期待されていたがあまりにも相手が悪かった。


 第6試合

  ノロ・ドゥト◯ クロハ・キタカ×

 ノロの爪がクロハの首筋に当てられ決着。

 ノロのスピードにクロハは反応すらできなかった。本日最速で終了した試合。


 第7試合

  エディーレ・ウヌキス◯ サリア・ローラム×

 サリアの心が折れて降参で決着。

 剣の稽古をするかのように基本的な型で何度も寸止めされたらしい。


 第8試合

  アーニャ・ハレア◯ カテロン・ニシド×

 カテロンの治療は手こずっているようである。



 この結果より明日の試合は以下のようになる。



 第1試合

  リーシャ・ユティvsトゥリー・ボールボルド

 カップル対決である。普通にやればトゥリーが勝つが、問題はトゥリーにリーシャが斬れるかどうかである。


 第2試合

  ベス・ロティvsタイグド・レグディティア

 入学してすぐに戦った2人である。ベスはリベンジと息巻いているが、まあ結果は見えている。


 第3試合

  ヨア・レグディティアvsノロ・ドゥト

 ポテンシャルならノロの方が上だが、ノロは強い相手に滅法弱いメンタル弱者である。1番面白そうなカードだろう。


 第4試合

  エディーレ・ウヌキスvsアーニャ・ハレア

 初学生のときで考えればエディーに勝てるビジョンは見えない。だが今となっては負ける方が難しいのである。



「やっぱり本命はヨアvsノロだよね」


「俺的にはアーニャvsエディーも気になるんだけどな」


「私もそっち!あーあ、あの陰湿クソ男を私のアーニャがどうやってやっつけてくれるのかなーー!!」


 サリアがチラチラしつこくこっちを見てくるので無視する。


「リーシャはどっち派?」


「うーーーん…あんまりひとの試合に興味ないし、私的には目標達成しちゃったのもあるし、屋台周り楽しもうかなーって。あ、でもトゥリーは試合見たいのか」


 リーシャの目標はベスト8だったらしい。

 つまりもう満足しているわけだ。


「明日の試合変わってあげよっか。私がトゥリーボコボコにしてあげるよ」


 そんなルールはありません。


「!だめだめ!明日は2人でお揃いの装備をみんなに自慢するんだから!!」


 リーシャが明日を楽しみしていた理由が唐突に暴露される。そんなアホみたいなことして先生達に怒られないのだろうか。


「え、俺使うつもりなかったんだけど」


 そういえばトゥリーはどっからか入手してきたド派手な白い鎧を今日は使っていなかった。

 家にあるのを見せてもらったことはあるが、まだ着たところは見たことないのである。とんでもなく高価そうなのに勿体無い。

 いいものは使ってこそ価値があるのである。


「だめだよ!せっかくお揃いなのに!!」


「…なんでこんなのがベスト8で私がベスト16なの…」


 こればっかりは仕方ない。そんなこと言い始めたらレグディティア家や僕と当たった子達の方が可哀想だ。

 総当たり形式でやると時間がかかりすぎるし、本当に仕方のない話なのである。



「ま、あんまり落ち込みすぎるなよ。別にサリアが弱くないことくらいみんな知ってるし」


「あ、トゥリーがデレた」


「えーだめだよトゥリー!私はアーニャのものだから!」


「いらないからトゥリーにあげるよ」


 勝手に僕のものになられても困る。

 捨てるのは心が痛むし売るわけにもいかないし、トゥリーにあげるのが妥当なラインだろう。そんなに悪い扱いはされないはずだ。


「!?トゥリーもいらないもんね!!ね!!」


 されるかもしれない。


「この色ボケ狐めっ!!」


「きゃん!?」


 リーシャの忙しなく揺れる尻尾にサリアが抱きつく。


「んーふわふわ!!でも汗くさい!!」


「くさくないもん!!ちょっとしか汗かいてないもん!」


 リーシャが涙目で抗議するが、サリアは聞くそぶりすら見せず尻尾に顔を埋める。羨ましい。


 リーシャは尻尾が弱点なので普段あまり触らせてくれない。僕も撫でたことくらいしかないのである。

 まあ尻尾というか下半身が弱点である。いや、イヤらしい意味じゃなく。

 要するに獣人は毛が生えている部分を他人に触られるのを嫌がるということだ。いや、イヤらしい意味じゃなく。

 毛繕いし合うのはよほど気心知れた相手だけらしい。



 友人とは言え尻尾に抱きつかれるのはあまり気分がいいものではないのだろう。リーシャはサリアを振り払おうとした。


 ――が、トゥリーがそれを無言で止める。

 どうやらサリアは少し泣いているようだ。


 もともとプライドの高い子だ。負けるだけでも悔しいのに、それがプライドを叩き折られるような方法なら泣くほど悔しいはずだ。

 トゥリーの過度な煽りはなにか考えがあってのことだったのかもしれない。


 泣いているサリアを揶揄ったりする人はここには誰もいない。リーシャも少し困ってはいそうだが、優しく微笑んでいる。



 試合があるということは勝敗があるということ。



 勝敗があるということは必ず誰かは悔しい思いをするということ。


 それがわかっていても――いやそれがわかっているからこそ、『試合』というものには価値がある。


 悔しいのはサリア1人じゃない。

 決勝トーナメントに行けなかった生徒達や、今日負けた8人。残された8人のうち7人も敗北を知ることとなる。


 ただその悔しさがあるからこそ、勝利が価値あるものになる。敗者がいるからこそ勝者は名誉を得て、成長できるのである。



 ――そして、敗者とて得るものがある。むしろ敗者の方が得られるものがあるとすら言える。



 サリアの受けた屈辱も、きっと彼女を成長させてくれるだろう。

 今はひたすら痛いだけの傷にも意味がある。正しく治療さえすれば傷つく前より強くなれるのである。




 だから傷が傷のままの今くらいは、周りの人間はそっと優しく見守るべきなのである。

 






「なんだローラムまだ泣いてるのか!」





 ……傷を正しく治療してきたカテロンが帰ってきたところでラファの元へと向かうのである。

 



―――――――――――――――――――――――




 観戦席の家族達のもとへと向かってみると、グループが2つに分かれていた。



 ひとつはハレア家(ママ、ラファ)、レグディティア家(ボスママ、ボス、ヨア)、ローラム家(サリアママ、サリアパパ)


 もう片方はボールボルド家 (カラさん)、ユティ家 (リーシャパパ)、ドルフ家(カユパパ、カユママ、カユ、カユ弟)



 ハレア家の交流のある家はボールボルド家、ローラム家、レグディティア家くらいである。

 ナシアール家やユティ家とは友達の友達くらいのノリである。ドルフ家にいたっては赤の他人である。


 そういう軽い繋がりがママは苦手である。ママは社交的なタイプではないのだ。

 パパは社交的だが、仕事の関係で行事などにはほとんどこれない。


 レグディティア家との交流もそれほどあるとは言えないだろう。子供達は相手の両親と仲良くしているが、親同士で仲良く話をしていることはほとんどない。

 まあこれを機にレグディティア家とは仲良くなって欲しい。


 となると、ママとして心許せる友人というのはカラさん(トゥリー母)とアリアさん(サリア母)くらいだろう。



 対するカラさんは交友関係がめちゃくちゃ広い。


 大親友とも呼べるのはナシアール家。色んな意味で家族のような付き合い方をしているのがユティ家。ユティ家と仲の良いドルフ家とも仲良く、ナシアール家と仲良い2組の生徒の家とも仲が良い。

 子供達はギクシャクしているがレグディティア家とも仲良いし、ローラム家とも勿論仲が良い。


 ただ、レグディティア家とユティ家、ドルフ家は相性が良くない。なにしろリーシャとカユがボスのことを嫌いである。

 ローラム家とレグディティア家の子供達も仲良くはないのだが、そこは親同士仲良くやっている。

 人種的な問題が絡んでいるかどうかは大きな差なのである。



 ――という理由があってグループが分かれてしまっているわけなのである。



 子供達がきたからといって強引に合流させる必要はない。僕とサリア、トゥリーとリーシャに分かれてそれぞれのグループへと向かうのである。


 僕たちがに気がついて真っ先に寄ってきたのはヨアである。

 すぐに立ち上がると飲み物を持って駆け寄ってきた。


 その後を追うようにラファがやってくる。

 生徒ではないラファは私服である。スカートこそ履いてくれないものの、運動着ではなくちゃんとした洋服である。最近おしゃれにも気を使うようになったのだ。


 襟付きの白いノースリーブシャツに髪と同じ濃紺のショートパンツと露出は多いが下品ではない。日に焼けた肌も相まって健康的だ。

 ちなみに今日はポニテである。かわいい。


「お姉ちゃんお疲れ」


 ヨアはタオルで包んだ水瓶を両手で渡してくる。

 長い赤髪が風で広がってラファの方にかかる。


「…姉さんお疲れ様です」


 ラファは片手で渡してくる。

 ラファはこの前から僕のことを『姉さん』と呼ぶようになった。本当は『お姉ちゃん』がいいのだが、『あなた』よりは随分マシなので文句は言うまい。



 2人して僕に飲み物を渡してくる。

 究極の選択である。

 両方受け取ればいいのだろうか。それはそれで顰蹙を買いそうである。


 ①ヨアのを受け取る

 →ラファ不機嫌になる

 →ヨア勝ち誇る

 →「サリアとヨアあんまり仲良くないから」と耳打ち

 →はぁ。とため息をつきながらサリアの元へ

 →Normal!


 ②ラファのを受け取る

 →ラファ若干機嫌良くなる

 →ヨア気にしない

 →ヨア、サリアに渡す

 →サリア不機嫌になる

 →Good!!


 ③両方受け取る

 →ラファ若干不機嫌になる

 →ヨア気にしない

 →僕からサリアに渡す

 →どっちを渡すか

 →結局①か②を選ぶことに

 →BAD



 よし。ラファのを受け取ろう。


「2人ともありがと。サリアも喉かわいてると思うから渡してあげて」


 さりげなく、別にどちらを選んだ風でもなくラファのを受け取る。

 ラファはヨアの髪を鬱陶しそうに払い除けているが、その顔は心なしか満足気である。


「はい」


 ヨアは両手で持ってた水瓶をわざわざ片手持ちに変えてサリアに渡す。


「…煽ってんの?」


 サリアは青筋を立ててヨアを睨む。


 もともと沸点が低いサリアだが、今はさらに低い。

 僕は選択肢を間違えたのかもしれない。


「?私は想いを込めて両手で渡したのに、お姉ちゃんはラファちゃんの方を受け取ったから。片手の方がいいのかなって」


「!?あなたが邪魔くさい髪を結わずにいるせいで私にかかって邪魔だったんです!!」


「ふーん。まあいいや、ありがと」


 ヨアからサリアへの悪意はなさそうなことを確認すると、サリアの怒りは治ったようだ。

 結果的にラファの機嫌はやや悪くなったが、僕の好感度は落ちなかったのでこれこそトゥルーエンドである。



「お姉ちゃんの試合どうだった?て、言っても今日のじゃあんまりわからないか」


 一方的にニシドをボコったくらいではラファから尊敬されるのは難しいかもしれない。


 明日エディーをやっつければ話は変わるだろう。

 なにしろラファにブチギレられた去年の『武道大会6年生の部』の優勝者である。


「ううん、今日の試合でもよくわかったよ。やっぱりお姉ちゃんはかわいい。お姉ちゃんはヨアの試合見てくれた?」


「もちろん見たよー。正直部活の友達ってのもあってドレッドの応援をしちゃったけどね」


 もちろんヨアとドレッドならヨアの方が大切だ。

 でもこのマッチアップなら誰だってドレッド側を応援したくなるだろう。

 ヨアに負けて欲しかったわけではなく、ドレッドに善戦して欲しかったのである。


「仕方ないよ。弱い方応援したくなるのは普通のことだから。ヨアは見てくれただけで嬉しいから大丈夫」


「……私に対する質問じゃなかったの?なんでヨアさんと普通に話進めてるの?」



 ……それはヨアに聞いて欲しい。



「お姉ちゃんは『お姉ちゃんの試合どうだった?』って言った。お姉ちゃんのことをお姉ちゃんって呼んでるのはヨアだから。ラファちゃんは『姉さん』って呼んでるじゃん」


「明らかに私の方向いてましたよね!?」


「さっきラファちゃんもお水渡す時お姉ちゃんの方向いてなかったじゃん」


「あなたの!!髪が!!邪魔だったんです!!!!」



 …2人とも僕のことを無視して喧嘩を始めてしまった。


 僕を取り合ってるはずなのに僕を蔑ろにするのはいかがなものか。これが『私のために争わないで!』の本当の意味なのだろうか。



「明日の試合はエディーレ・ウヌキス、明後日の試合はクソ虎、決勝で俺か。まあ今日は準備運動みたいなもんだったな」


 ボスは座ったまま声をかけてくる。

 試合でも一歩も動いてないんだから、僕をエスコートするくらいしてもいいんじゃないだろうか。


「ボスはヨアではノロに勝てないと思ってるの?」


「俺の予想では、な」


 ボスの予想では、か。


 まあ僕の予想も大体似たような感じだった。

 準決勝は僕vsノロ、ボスvsトゥリー。

 決勝は僕vsボス。優勝は僕。


 言葉にはしてないが、ボスは薄々僕に勝てないと気がついていそうな態度だ。


「ふーん。で、自分は必ず決勝までいけると思ってるんだ。はーやだやだ、これだからナルシストは」


「流石、1回戦で負けたやつの言葉は重みがちげぇな」


「……ちっ!!アーニャこいつも絶対にぶっ飛ばしてねっ!!」


「アーニャが勝ったところでお前が1回戦負けなことは変わらねえけどな」


「あんたねぇ!!デリカシーってものはないの!?」


「なんだそれ?それがあったら1回戦で負けられんのか?」


「………それがあったらもう少しマシな男だったって言ってんの。――あーあ、自分が好きな女より弱くて、自分より弱い女には気が使えなくて、どうしようもない男だね。自覚ないの??あ、あるはずないか。ないからそんなノンデリナルシストなんだもんね。妹がいるくせに女の扱い方もわからないんだ。まあ、妹も女と呼べるかどうかよく分かんないような子だしね。仕方ないか」


「お前よく両親がいる前でそんだけ人のことボロクソに言えんな」


「あんたにだけは言われたくない!!」


「お前が売ってきた喧嘩だろ」



 ……ボスvsサリアまで始まってしまった。


 ヨアvsラファ、ボスvsサリア。

 僕は完全にのけものである。


 それにしてもサリアは人の親の前でその子のことをよくもまあここまでボコボコに言えるものだ。てか自分の親の前だということも忘れていないだろうか。


 ちらりと保護者達を見ると呆れたように苦笑している。

 ボス両親とサリア両親どちらもいい人達なので、このくらいのことで仲悪くなったりしないのである。


 子供達には見捨てられたので保護者達の元へと向かいシートに座る。



 そろそろ2年生の2回戦が始まる頃だ。

 確かアリシアパイセンの出番だった気がする。


 アリシアパイセンは最強である。

 ぶっちゃけこの学校の生徒で僕とまともな試合をできるのはアリシアパイセンくらいのものだろう。3年生と比べてもずば抜けて天才なのがアリシア・テドルである。


 いつか手合わせしたいものだが、アリシアパイセンはメンタルの問題で僕とは本気でやり合えないだろう。



「お疲れ様アーニャ!ママすっごくびっくりしちゃった!!6本もどうするんだろうなって思ってたけど、ああやって使うのね!!」


「!!ママだけだよ私の欲しかった反応をしてくれるのは!!」


 ママは僕の顔や首筋を冷えたタオルで拭きながら褒めてくれる。僕は別にそれほど汗をかいていないのだが、冷たいタオルというのはいいものである。

 


 やはり真の理解者は妹でも、自称彼氏でも、自称彼女でもなく母なのである。

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