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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第七十五話 後処理なのである




 雨上がりの森は不愉快だ。


 地面がぬかるんでいるせいで足が取られるし、頭上を覆う樹木からは絶えず水滴が落ちてくる。これが落ちきるまではまだ雨が降っているようなものなのである。

 むしろ不規則かつ地味に落ちてくるあたり、雨が降っているときより不愉快まである。


 これで魔物の索敵と討伐までやらなければいけなかったのなら、僕はきっとストレスで禿げていただろう。


 幸い先ほどの異常事態を受け、鶯の森に住む程度の雑魚魔物どもはビビって出てこない。索敵の必要はないのである。

 ここまで想定していたわけではないがピスケスにはいい仕事をしてもらった。



 ただ歩いているとイライラしてくるのでこの後の処理について考える。


 僕が森から出て集合地点に戻る頃には、ケシ村の騎士団が駆けつけていることだろう。そうなると僕は当然事情聴取される。



 …むむむ。じつにめんどくさい。



 別に今日は疲れたからと言って先延ばしにしてもいいのだが、それは文字通り先に延ばしてるだけで何の解決にもならない。

 それに疲れたと言ってしまえば僕が何かしたと言ってるようなものである。



 ここは適当に話をでっち上げて片付けてしまうのがいいだろう。

 


 ――が、要注意なのは以下の点は伝えないといけないということである。



 ①本件が魔族ピスケスの犯行だということ

 ②ピスケスの脅威は取り除かれたこと

 ③すでに魔族の国からの侵攻が始まっていること

 


 特に重要なのは③である。


 魔族の国はトールマリス大陸の南西の大陸にある。

 フォンドタール領が行っている外交は上手くいっていると風の噂で聞いていたのだが、侵攻されているあたり実態はそうではなかったのだろうか。


 答えはNOである。


 今回のピスケスはたまたま小魚を落としただけだし、他の奴らも特に目立つようなことはしていない。向こうとしても外交がうまく行かなくなった時用の布石なのだろう。



 で、あるならば僕は非常にまずいことをしたかもしれないのである…。


 急にピスケスがいなくなったことで魔族の国との関係が悪化なんてしたら、僕の自己保身のせいでトールマリス王国が危険に晒されることになる。



 …いやいやでも、ピスケスを排除しなかったら僕は死んでいたのである。


 そもそも矢尻魚をスルーすれば良かったのかもしれないが、あの時点ではその選択肢は危険と判断した。実際ピスケスが他の生徒を見つけて殺していたかもしれない。そうなれば死んでいたのはその生徒の班員の複数名になるだろう。


 だが、たかだか数名の命と魔族との戦争を天秤に掛ければ前者の方が軽いのは言うまでもない。僕が変にピスケスを殺せるだけの力があったせいでこんなことになってしまったが、本来は誰かが殺されておくべきだったのだろう。



 …イライラ緩和のために頭を回してたのに逆にイライラしてきたのである。



 ここは一旦ポジティブに考えてみよう。



 ポジティブ要素① 『全員無事』


 とりあえずこれは間違いない。生徒教員含め誰1人死ぬことがなくって本当に良かったのである。


 ポジティブ要素② 『魔族の侵攻がわかった』


 これもプラスと言えるはずである。

 外交が悪化し、いざという事態になる前に、王国に魔族が来ていることがわかってよかったのである。


 ポジティブ要素③ 『魔族の精鋭を1人排除できた』


 戦争になるかどうかはわからないにしても、魔族の精鋭を1人排除できた事実は大きい。ピスケスだのリブラだのタウラスだのの名前からして、精鋭はきっと12人程度のはずである。1/12排除できたと思えばかなりの戦果である。



 さて、いい気分になったところで元の話に戻る。


 問題はどうやって魔族の侵攻が来ている事実を明かしつつ、僕が聞き出したわけではないという風に嘘をつくかである。


 まずは魚人を見たことを伝える。これで今回の犯行の犯人は特定されるだろう。

 次にその魚人は死んだことを伝える。どうやって死んだかはまた後の話として、不必要にピスケスの捜索をさせるのは避けたい。

 最後に他の魔族も数人来ていることを伝える。これは適当にでっち上げて『羊っぽい魔人と牛っぽい魔人』を見たとか言えばいいだろう。ピスケスの証言で牡羊座と牡牛座が来ていることはわかっているし、捜索させても無駄ではないのである。



 ――いい案を思いついたのである。



 上手くいけば一石二鳥はおろか三茄子まで行けそうだ。




――――――――――――――――――――――――




「事実はどうだったの?」



 隣に座ったトゥリーが問いかけてきた。



 ケシ村での生徒の待機場は大公園だった。

 森とは打って変わって晴天なので不愉快な感じはない。夏休みのあの日と違い、夕方にもなれば涼しいくらいの季節だし。


 僕が帰ってきた直後はみんな黙って怯えていたが、僕が起こったことの説明(嘘)をしたらみんな仲良しグループに別れて雑談を始めた。


 不安そうに震えたり、僕を心配して駆けつけてきた子たちの対応をひと通り終えると、遠くからずっとタイミングを伺っていたトゥリーがやってきた。


 真面目な顔をしていたのでサリア達には席を外させたのである。



「なによ事実って。隠れて見てたら牛の魔人と魚の魔人がものすごい戦い始めたから死ぬ気で隠れてそれを見てたら魚の方が殺されて終わったって言ったじゃん」


「それは兵団の人にした話でしょ」


「それが事実だよ。何も隠してない」



 集合場所に戻るとケシ村兵団(ケシ村の騎士団)副団長であるベスのお父さんだけが待っていた。他のみんなはケシ村の方まで先に避難していたようだ。

 僕がそこであったこと(嘘)を伝えると、副団長は一安心したのでケシ村まで一緒に帰ったのである。


 その後の流れは僕が思っていたよりとんとん拍子に終わった。僕の話した内容を副団長が兵団や学校側に伝えてくれたので、僕は生徒の待つ場所に合流したのである。



 幸い、誰も僕の話を嘘だとは疑わなかった。


 魔族が王国に既に来ているという可能性は昔からあったらしく、副団長もやっぱりといった反応をしていた。


 そういえば副団長は「よくやった。娘の同級生に勇敢な戦士がいることを私は誇りに思う」と言って褒めてくれたのである。

 てっきり「子供1人でそんなことするなんて危険だ!」みたいに怒られるかと思っていたからびっくりしたのである。



「すぐ嘘だってバレる嘘をつく」


「どうして嘘だっておもうのさ」


「話し方」


「じゃあトゥリーにしかバレないから安心だ」


「多分国の偉い人にも事情聴取されるんじゃない?そうなったら嘘ってバレるかもよ」


 確かに国にとっての一大事だし、王都に呼び出されてもおかしくない。めんどくさくならずに済んだと思ったが、まだ早計だったかもしれないのである。


「王都かぁ。冬にはどうせラファの試験を受けに家族旅行いくしその時じゃだめかな」


「ダメでしょ。帝国からの斥候が王国にきてるんだとしたら少しでも情報が必要だろうし」


 帝国というのは魔族の国のことである。

 なんか人間では発音できない感じの音だったので正しくはないが『ルゥムュア帝国』みたいな感じだ。


「…武闘祭に被ったりしたらどうしよう。ラファにいいとこ見せるチャンスなのに」


「確かにやる気だったね」


「ついに私の本領を見せる時がきたからね」


「銃の方も使うの?それも剣だけ?」


「うーーーん。今回の遠足でライフルちゃんたちは使ったし、武闘祭はブレイドくんたちでもいいかなぁ」



 そういえば途中になってた僕の可愛い武器ちゃんたちの紹介を続けよう。


 僕の可愛い武器ちゃんたちはみんな合わせて『銃剣十二支じゅっけんじゅうにし』という。厨二臭いのは分かっているがこれがかっこいいんだから許してほしい。


 前6人が銃で、後6人が剣である。


 ライフルちゃん

 麗鼠れいそ餓牛がぎゅう天虎てんこ独兎どくう矮龍わいりゅう騒蛇そうだ


 ブレイドくん

 貫馬かんば包羊ほうよう潰猿かいえん斬鳥ざんちょう咬犬こうけん穿猪せんちょ


 各性能に差は全くない。使い方を変えるのはただ僕の気分の問題である。


 ライフルちゃんたちが白銀なのに対して、ブレイドくんたちは黄金である。そして彼らはただ魔力の伝導効率が死ぬほどいいだけの頑丈な剣である。コストも手間もライフルちゃんたちに比べるとミジンコ程度しかかかってない。


「せっかくなら一本ずつにしたら?」


「それあり」


 どっちもお披露目するのは悪くない。片手に銃で片手に剣というのはかっこいいし。


 ただ、ブレイドくんたちの本来の使い方は手に持って振るわけじゃない。魔導による遠隔操作で6本使ってこそが本領なのである。


 僕の非力な体を補うための遠隔操作六刀流。

 魔力の伝導効率が死ぬほどいい素材のため、魔導で動かしてもかなりの速度で振るうことができる。防御方面にはほとんど使えないし、盾で受けられてしまえば簡単に止められるが、6本ありゃ誰かは当たるだろっていう発想である。


「まあなんにしても出れなきゃ仕方ないか」


「ねー。私の話せることなんて全部副団長に話したし、副団長から聞いて欲しいんだけど」


「トラウマになってるから話したくないってのはどう?」


「それこそすぐ嘘だってバレる嘘じゃん」


 小賢しい発想自体は悪くないがバレたら国賊である。


「呼ばれたら諦めるしかないかなぁ…」


「まあそうなったらそうなったで家族旅行の下見だと思って行って来なよ」


「どうせ先生か騎士つきで囚人の輸送みたいな旅行だよ」


「うーん、呼ばれる立場だしvip待遇してもらえそうだけどな。それに国の英雄なわけじゃん」


「たしかに。超豪遊のお姫様ごっこも悪くないかも」


 なんだか呼ばれるのは呼ばれるので全然悪くない気がしてきた。王様や本物のお姫様に謁見できたりもするのだろうか、武闘祭の代わりに舞踏会なんか行っちゃったりして、「あのとてつもなく可愛い子はどこのご令嬢!?」みたいになったりして。


 なんだか楽しくなってきたのである。


「でもまあ呼ばれても話すことないんだよね」


「そんなに本当のこと言えないの?」


「いや、割と副団長にした話が9割真実なのよ。魚と牛が戦う前にちょろっと魚とお話ししたくらいでさ」


 流石に真実はトゥリーにも話せない。

 というのも説明できないディティールが多すぎるのである。一度嘘ついたあとにちょっと真実っぽい嘘をつけばそれが真実だと思ってもらいやすい。

 トゥリーも疑っている様子はない。


「なんて話したの?」


「なんか抜けてるやつでさ。身の上話ペラペラ話してきた。そしたら牛がやってきて戦闘が始まったって感じ」


「ふーん。情報漏洩を避けたかった的な感じなのかな」


「そうなのかもしれないしそうじゃないかもしれない。身の上話って言っても故郷の友達にお土産見つけたーとか、友達はあんまりいないーみたいな」


「牛じゃなくて魚に勝って欲しかったね」


「ね、ちょっとかわいくていいやつだった」


 ピスケスはかわいくて、優しそうで、真面目で、ばかで、たぶんいいやつだった。出会い方、あるいは生まれさえ違えばきっと本当に友達になれていただろう。


「牛の方はどんなやつ?」


「それがよくわかんないんだよね。牛っぽい感じだったんだけど、やばい空気がしてきたからすぐ逃げちゃった」


「正解だったね。あのとんでもない戦いに巻き込まれなくてよかった」


「外から見てても凄かった?」


「すごかったよ。世界の終わりかと思った」


「そうなんだ。内側にいると規模感がわからなかった」


 トゥリーは地面に絵を描き始める。

 トゥリーの絵はかなり上手だ。先ほどの騒動を外から見るとこんな感じだったのかと感心するのである。


「森の真上だけ雨雲が広がって竜巻とか起きてさ、挙げ句の果てに化け物みたいな鮫が飛び回ってるし」


「あ!」


 話し終えると絵を消してしまう。勿体無いのである。


「ん?てかそれだけの話なら全部話しちゃってもよくない?」


「せっかく上手だったのに勿体無いと思っただけ。…うーん、なんか魔族と話したってだけでこっち側の情報漏洩を疑われたり、生き残るなんておかしいし洗脳されたんじゃないかってなりそうじゃない?」


「あーたしかに下手なこと言わない方がいいね。聞いた話も割とどうでもいいことだしね」


「そうそう」


「そういえば遠足自体はどうだった?深層行くの意外だったし俺は結構驚いた」


「ね。みんな結構大変そうにしてたよ。トゥリーの班はボスとヨアのとこだよね」


「あとレノドミンドとキタカだね。キタカとレノはビビってたけど、ドミンドは終始楽しそうにしてたよ」


「クロハはドジしなかった?」


「レグディティア兄が完璧に仕切ってたからなんの問題もなかったよ。俺も適当に剣振り回してるだけだった」


「恐鬼とは出会わなかったの?」


「出会わなかったね。アーニャたちは出会ったんだ。羨ましい」


「理性では全く怖くないって分かってるのに、なんかこう、不思議と怖いんだよね。あれは結構おもしろい体験だったよ」


「サリアは漏らさなかった?」


 トゥリーはくすくす笑いながら地面にありし日のサリアの似顔絵を描く。トゥリーは人を馬鹿にしたりなんて基本的にしないがサリアだけは別だ。本人の前では言わないが僕と話している時は度々サリアが初学校の入学式で漏らしたことを馬鹿にしている。

 てかロリサリアうますぎて可愛すぎるんだけど、これ持って変える方法ないのだろうか。トゥリーの意外な才能を垣間見たのである。


「サリアは漏らさなかったよ」


「え、アーニャ?」


「そんなわけないでしょ!なんの含みもなくサリアが漏らさなかったって言っただけ!」


「わかってるよ。さすがにね」


 ……実は漏らした子がいるなんて口が裂けても言えないのである。


「……まあ漏らしたとしても仕方ないとも想うんだけどね。あれは結構怖いよ」


「え、アーニャ?」


「違う!私ではないから!!!」


「ストップ。それ以上はアーニャの班員の沽券に関わる」


 …は!トゥリーに嵌められた!ごめんキリシア!

 キシリアの肩を持つつもりがいつのまにか投げ捨てていたのである。


「キシリアには秘密ね」


「もうわざとじゃん」


「だって名前出さないといつまでも私が漏らしたって疑われそうだし…」


「別に最初から疑ってないよ」


「あ!待ってその絵消さないで!」


 笑いながらロリサリアを消そうとするトゥリーを止める。このロリサリアはなんとかして保存しなくてはならないのである。


「こんなんでよければ帰ったら適当な紙にいくらでも書いてあげるよ。ケシ村の公園にサリアの絵保管するのは意味わからないし消すよ」


「わーい約束!私も絵が上手な自信あるんだけど、トゥリーの絵の方がかわいい」


「アーニャの苦手なことなんて地図読むのくらいじゃない?」


「そうでもないよ。苦手なことなんて探せばいくらでもあるし」


 とは言っても苦手なことか。

 もしかしたらこれといって特にはないかもしれない。強いていうなら人の話をじっと聞いておくことくらいだろうか。



「ねー!大事な話終わったら呼びにくらいきてよ!」


 笑い声に釣られてお漏らし少女②が帰ってきた。

 もう見た目にロリ要素は全くないが、相変わらずかわいいにはかわいい。


「あ、サリア。お疲れ様ー」


「俺がサリア呼ぶ理由ないでしょ。いない方が平和だし」


「はー!?トゥリーがどうしても2人で話したいって言うからどいてあげたんじゃん!!終わったなら呼びにくるのが普通でしょ!?あーもうしーらないっ!リーシャに言いつけてこよーー!!」


 きたばかりのサリアがドタバタと去っていく。

 相変わらず騒がしいのである。


 ーーいや、出会った頃と比較すれば驚くほどに騒がしく成長したともいえる。




「ちょっとは元気出た?」


「私、元気なかったかな?」


「帰ったらお墓でも作ろっか」


 トゥリーは優しく微笑むと頭をポンポンしてくる。

 リーシャがこのタイミングで到着していたらなんの言い訳の余地もなく修羅場なのである。


「お墓はいいよ。私の自己満足にしかならないし」


「そっか。まあ気にしすぎるなよ。殺さなかったらアーニャの方が殺されてただろうし、誰もアーニャを責めたりなんてしない」


 トゥリーは頭に乗せてた手を肩に回して抱き寄せる。


「…まったく、私ってそんなに嘘つくの下手かな」


「地図を読むのの次に苦手かもね」



 ドタバタと足跡が聞こえてきたのでトゥリーからそっと離れるのである。


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