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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第七十三話 決戦!恐鬼なのである




「へっくしょーい!!」


 さっきまではあんなに暑かったのに、今は涼しいを通り越して寒くすらある。


 ただでさえ日が届かない深層は真夏でも涼しいというのに、さっきまでの猛暑で汗をかいていたせいで、体が冷えて寒くなりくしゃみが止まらないのである。


 さながら真夏の体育の後の教室といった感じだ。最初は涼しくて心地いいが、汗をちゃんと拭いておかないとすぐに寒くなるのである。それなのに一部の男子生徒のせいでエアコンの温度が狂ったように低くされるというのはよくある話だ。

 まあもっと正確に例えると真夏の遊園地のお化け屋敷である。いきなり寒いし暗いしで感覚がおかしくなるのである。ついでに怖い。


「前、黒犬が3。多分鋭黒狼じゃなくて斬黒狼だと思う。1匹は体が小さめだから子供かな」


「俺とアラアシで大きいの2体、ローラムが小さいの。カユは俺らのサポートと照明をキシリアがカユの警護を」


 とは言うものの、僕以外の5人は集中しているので寒いとか言っている余裕はなさそうである。僕もくしゃみは控えないと迷惑がられそうなのである。


 これまでは大体サリアがカユの警護に入っていたが、今回はキシリアが入る。斬黒狼とキシリアを1vs1させるのは危険と考えたようだ。

 僕的には見えない襲撃に備えてサリアをとっておく方が賢いと思うし、キシリアとて斬黒狼1体なら問題ないと思うのだが口は挟まないでおくのである。


「気づかれたかっ!うおらっ!」


 先陣を切って飛びついてきた父犬をルーンが左手に持った盾で叩き落とす。

 斬黒狼の初速は170km/h、秒速にすると47m/s。これが1秒足らずで最高速の350km/hに到達する。100m先にいた斬黒狼が目の前に来るまでに2秒かからないわけである。


 参考までにうちのクラスで1番足の速いノロは初速200km/hの最高速290km/hである。これは一線級のハンターにも引けを取らない。

 もうひとつ参考までに、現在王国最強と言われているダリア・ヨン・ペグロの最高速度は350m/s、時速にすると1200km/h。いわゆる音速というやつである。雷魔術師である彼女の目指す次の速度は光速だとか言われたりしているが、流石に不可能であることくらいみんなわかっている。


 と、まあ斬黒狼より速い例をだしてもキリがないが、斬黒狼とてかなり速い。チーターとかより速いと言えばわかりやすいだろうか。


 僕であれば飛びついてきたところをライフルで撃ち落とすのも、剣で真っ二つにするのも難しくはないが、ニシドやルーンにはちょっと難しいだろう。

 無理に合わせようとしないでとりあえず盾で受けるというのはベターだ。



「残りの2頭もくるぞ!ローラム、急いでアラアシの前に入れ!」


「わかってる!」


 父犬が飛びついてきてから2秒遅れほどで母犬と子犬がルーンに向かって飛んでくる。予定通り母犬の方はニシドが、子犬の方はサリアが迎え撃つが、ニシドの盾に突き飛ばされた母犬は体制を立て直すと、子犬を庇うようにサリアの方に向かう。


「ローラムきをつけろ!」


「いいよもうっ!2頭まとめて斬り殺してやる!」


 飛びついてきた子犬を右回し蹴りで蹴飛ばしたサリアの背後を狙うように、母犬が右側から噛みかかる。

 台詞とは裏腹にサリアは右肘で母犬の眉間を打つ。実はサリアは片手剣より体術がメインウェポンなのである。


 サリアに弾かれた二頭は体制を立て直すと、今度はタイミングを合わせてサリアに飛び掛かる。母犬はサリアの頭に爪を立てようと、子犬はサリアの足を食いちぎろうと。


 ただ2頭同時に飛びかかったところで、十分な加速距離がなければサリアには牙も爪も届かない。足元にきた子犬の頭を踏みつけながら、母犬の頭に対して垂直に剣を振るう。

 母犬はギリギリで顔を逸らしたおかげで、左目から外側を切り落とされただけで済んだが、体制を立て直す前にニシドに背中を斬られる。


 キシリアだったらこの時点で一気にピンチになっていただろう。ニシドの采配が光ったといえるのである。



「ガウゥゥゥゥゥッッ…!ギャンッ!!!!」


「唸ってんじゃねえよ。お前が挑んできたのが悪いんだろ」


 サリアに横顔を踏みつけられた子犬がジタバタともがくが、爪がサリアの足触れるか触れないかのところで前足を切断される。


「ヴァゥアァッ!!」


 斬黒狼が斬黒狼と呼ばる所以は、その尻尾による攻撃である。長く鋭い毛を纏めた尻尾による攻撃は安物の鎧程度なら真っ二つにするほど鋭い。両前足を失っても、渾身の尻尾攻撃で一気に形勢を逆転できるだけのスペックはある。


 が、そんなことサリアとてわかっているので尻尾を剣で地面に差しつける。これにて子犬vsサリアは勝負アリである。



 父犬vsルーン+カユも一方的な形で終わった。


 攻撃は全て盾で弾かれて、隙を見せるたびに剣で少しずつ斬られる。サリアが子犬の爪や牙を剥ぎ取っている間には決着がついていた。


 1番面白かったのは母犬vsニシドである。


 左顔面と背中に傷を負った状態で母犬側は始まったが、その攻撃は子犬や父犬とは比べ物にならないほど激しく、ニシドの技術では完璧に盾で受け切ることは出来なかった。

 母犬のテクニックがすごいというよりかは、鬼気迫るというか、我武者羅に振り回す爪と尻尾にニシドが終始翻弄されているという感じだった。

 大健闘はしたものの最終的には、顔と背中からの出血を含め、徐々に蓄積するダメージで動きが鈍くなっていった母犬は、ニシドに首を刎ねられることとなった。



 終わってみれば圧勝完勝。やっぱりみんな僕が思ってたよりずっと強いのである。



「もう痛いところない?」


「ああ、問題ねえよ」


「ありがとうだろ?」


「ちっ、うるせえなぁ」


 多少の傷はカユがいればすぐに治る。

 これでニシドも全回復したし、万全な状態で先に進めるのである。


「斬黒狼ってほとんど鋭黒狼と同じだったね」


「そういう油断が危ないんじゃない?」


「でもアラアシもそう思ったでしょ?」


「んー。や、まあどうだろ」


「私が相手したのが子供だからってのもあるか」


「恐鬼相手はこうはいかないだろうし、もう一度気を引き締めて進もう」


 サリア先頭で一行は再び歩み始める。

 犬親子との会敵からここまで10分弱。まあまあ良い手際である。




――――




「へっく、ちょん」


 気が抜けるとまた寒くなってきたのである。


 あたりを見渡しても僕には魔樹の種類なんてわからないからつまらない。なんとなく木の形や葉っぱの形的に3種類くらいの樹がありそうだが、どれがなんという名前なのか、何に使われるものなのかもわからない。

 こういうときドルリッチくんがいたら色々解説してくれそうなのだが、ないものねだりしてもしょうがない。



 足元にある魔花たちも独特の見た目をしていて面白いがそんなに綺麗じゃない。むしろよく見ると気持ち悪めである。


 特に気持ち悪いのが青色の花。綿毛のたんぽぽみたいな見た目なのだが、花弁が全てぬるっとした球体で、ぎっしりと詰まっているせいでめちゃくちゃ気持ち悪い。遠くから見ると綺麗な青い花なのだが、足元にくるたびゾワッとするほど気色悪いのである。



「ロキの花は苦手か?」


「え、これがロキの花なんですか?ジュースの?」


「そうだ。花を見るとジュースを飲むのに抵抗が出る人がいるからあまり街中で見せないようにしてるらしいな」


「うへぇ。私もうロキジュース飲みたくなくなりました」


 ロキジュースとはオレンジジュースくらいポピュラーなジュースである。味のイメージはめっちゃ砂糖の入った紅茶ってイメージである。残念ながらなんの茶葉かと聞かれても僕はコーヒー派なのでよくわからない。


 かといって別にコーヒーの豆に詳しいかと言われるとそうでもない。別に特段好きな豆もないし、利き豆ができるわけでもない。強いて言うならキリマンジャロとか酸っぱいやつは苦手というくらいだろう。

 だがコーヒーは毎日飲む。そんなに詳しくもないし、コーヒー通でもないのだが大好きなのである。世の中に僕みたいな人はたくさんいるのではないだろうか。


 こっちの世界でもコーヒーは似たような感じである。豆の種類もたくさんあるがよくわからないし、酸っぱいコーヒーは苦手なのである。



「先生の好きな飲み物ってなんですか?」


「コーヒーだな」


「あ、同じです!好きな豆とかありますか?」


「ふむ、特にこれといってないな。毎朝飲んでいるのはオディロスだが特に好きというわけでもない」


「あー割とすっきりするさっぱりした感じですよね」


「そうだな。あまり濃すぎないのが好きかもしれない」


 なるほど。逆に僕は濃すぎるほど濃いのが好きだから趣味は合わないのである。

 昔から濃い方が好きだったのだが、どんどんどんどん年を追うごとに濃いのが好きになっていき、最近はもう深煎り豆のエスプレッソとかしかダメってなってしまっている。豆の銘柄以上にそのあたりが重要なのである。


 この辺は塩とか砂糖とかと同じ感覚だろう。昔からしょっぱいものが好きな人は信じられないほどしょっぱいものが好きだし、甘いものが好きな人は信じられないほど甘いものが好きだ。

 うちの父はとにかく塩っ辛いのが好きな人だった。もう味がついてるじゃんってものにもソースをかけて食べていたし、薄味のものにはいつも「味がない」って文句を言っていた。


 僕はいつも味がわからない人だなと、父のことを軽く蔑んでいたのだが、僕もいつの間にか人のことが言えなくなっていたのかもしれない。



 …いやいやいや、僕は人が出してくれた完成している料理にソースをかけて台無しにするようなことはしないから流石にちょっと違うのである。



「ハレアは紅茶は好きか?」


「うーん好きではないですね。先生は?」


「俺は紅茶も好きだな。コーヒーが好きな人は紅茶もそれなりに好きだと思っていたのだが」


「嫌いではないんですけどね。大体紅茶飲むタイミングってコーヒーでいいやってなるから飲む理由がないって感じです」


「俺は朝晩がコーヒーでお菓子の時間に紅茶を飲む」


「え、先生お菓子食べるんですか!意外!」


「糖分は頭に必要だからな」


「私も甘いものめっちゃ好きですよ!」


「そうか。まあイメージ通りだな」


「紅茶といえばロヌスって魔花のお茶でしたよね。この辺にありますか?」


「いやロヌスはもう少し魔力濃度が高い森にしかない。だから少し高いんだ」


「なるほど」


 人間が魔物の森に入らないといけない理由は大きく分けて2つ。1つは移動のため、もう1つは採取のためである。

 魔物の素材を含め、魔樹、魔草、魔花、魔石、魔鋼、魔法石など、魔物の森でしか取れない生活に必要なものというのが数えきれないほどある。だからハンターというのがこの世界で最も需要のある職業なのである。



「先生、ハレアいったん静かにしてください。近くに小鬼の群れがいます」


「はーい」「すまない」


 いかんいかん。流石に緊張感がなさすぎたのである。

 僕だけが緊張感がないのは別にいいのだが、メンバーの緊張に水を刺してはいけないのである。



 さて小鬼の群れとルーンは言ったが、実はこの群れを率いているのは恐鬼である。


 前方に小鬼が4、木の上に3、少し離れた位置に投石を構えているのが2、そして僕らの背後に周りこむように恐鬼が1。


 実はコーヒーの件のあたりから群れに気がつかれていて、陣形を取られている。もう少し進めば向こうが万全の状態で戦闘が始まる。だからこそ僕やガードナー先生がルーン達の集中を乱してはいけないのである。


「小鬼だけとは言っても視界があまりにも悪い。気を引き締めていこう。いつも通り俺とカテロンが先頭を行くからキシリアは俺とカテロンが逃したのを、サリアはカユの警護を。木の上に何体いるかわかる?」


「俺の見える限りでは2だが、自信はねえな」


「何体いても私が対応できるから大丈夫。2人は正面の4体を」


 ふむ。実にまずいのである。

 誰も石を構えている2体に気がついていないし、もう10m近く背後まで来ている恐鬼にも気がついてない。

 そして何より最後尾が僕とガードナー先生なのがまずい。せっかくおもしろい戦いになりそうなのに群れのボスの不意打ちが僕達にきては興醒めだ。


 さて、いいことを考えたのである。

 僕は天才だからすぐに窮地を脱することができる。


「みんな気がついてないけど陸上にもう少し敵が隠れてるよ。木の上のは私とガードナー先生でなんとかするから陸上に細心の注意を払ってみて」


 僕が向かって左側の木の上に登ると、僕の意図を汲んでくれたガードナー先生が右側の木の上に登る。


「ピギャァ!!」「ギュピィッ!!」


 ライフルちゃん達を出すのも面倒なので魔導で頭を握りつぶす。小鬼程度の柔らかさであればりんごのように簡単に握りつぶせるのである。

 向かい側を見ると丁度ガードナー先生が小鬼の首を刎ね落としたところだった。


「とりあえずこれでよしと」


 これで恐鬼が僕とガードナー先生の方に来るというのは避けられた。あとの心配は本当にあの5人でこのピンチを乗り切れるかだが、いざとなったらすぐに助けられるので問題ない。



「ローラム!右のほう少し離れたところに2匹いる!気をつけろ!」


「私が行くよ。サリアはカユを守ってて」


「キシリア!単独行動はだめだ!」


「大丈夫。あいつら石を投げようとしてるし放置する方が危険」


「待って!じゃあ俺が行くから!キシリアとニシドで正面の4体を!」


 ルーンが右側投石部隊に向かって突っ込む。キシリアに甘い気もするが、さっきもその考えでいた僕の方が間違っていたし、念には念をという意味でもルーンが行くのが正解だろう。


 突っ込んでくるルーンに向かって二体は石を投げるが、正面からくる投石なんてルーンからすれば何も怖くない。盾で受けたりかわしたりしながら一気に距離を詰めて、2匹と戦闘を始める。

 今日だけでも小鬼との戦闘は十分な経験が積めているし、ここからルーンが不覚を取ることはないだろう。



 残された側の4人もこれまでと変わらない形で小鬼との先頭を始める。

 先陣を切ってきた1体が一瞬でニシドに首を刎ねられる。カユのバフを受けていれば、小鬼程度ニシドでも一撃で殺せる。


「なんかこいつらビビってねえか?上層の奴らの方がまだ勢いあったが」


「うん。なんかいやいや向かってきてる感じ」


 続くもう1体もキシリアに切り刻まれて息耐える。


「なんか逆に不気味だね。さっさと残りの2体も倒しちゃって先に進も」


 明らかに戦意なく突っ走ってくるだけの小鬼をサリアは不気味に思っているようだ。



 ――これが非常に良くない。



 恐鬼に感じる恐怖は経験による耐性がつかないが、その逆は違う。

 恐鬼に対して、あるいは出会う前の状態で恐怖を感じている状態だと、恐鬼の魔術による恐怖は格段に増加する。


 この恐怖はどれだけ強いハンターだろうと変わらない。例え金階級、魔石階級のハンターであったとしても、光魔術師の補助なしなら確実に恐怖を感じ足がすくむのである。

 ただ、それでもなんの問題もなく討伐できるのは恐怖を感じたところで埋まることのない実力差があるからなのである。足がすくんで、先手を取られたところで問題がないという話なのだ。


 だが、石階級、銅階級、銀階級のハンターは恐鬼に対して先手を取られるだけで致命傷となりうる。












「アばぁ」











「――ひっ」


「―か、かゆ!!」


 誰も気付かぬうちにカユの真後ろに立っていた恐鬼が右手にもった棍棒を振り下ろす。

 かろうじて反応できたサリアが間に入るが、受け身すら取れず吹き飛ぶ。当然カユも棍棒との間にクッションがひとつあったくらいではダメージは避けられない。後方組2人は地面にバウンドして吹き飛び陣形は完全に崩れた。


「――は、ハレア!ハレア!!恐鬼だ!助けてくれ!!ハレア!!」


「アーニャ!アーニャ!!アーニャっっっ!!!!」


 ニシドとキシリアがレグディティア兄妹の真似も忘れてみっともなく喚き散らす。まだまだ戦闘が始まったばかりだというのに情けないったらありゃしない。


 ――いや、魔術のせいで恐怖を感じてるから仕方ないのかもしれないのである。


 仕方ないかもしれないのでアドバイスをする。


「本当にやばいんだったらカユとサリアが殴られる前に助けに入ってるよ。2人とも無傷ではないけど大丈夫だから、もうちょっと5人で頑張ってみな。すぐにルーンも帰ってくるし」



「アばぁぁぁぁぁぁアァぁぁぁ!!!」


 腰を抜かしたキシリアのもとへ恐鬼が棍棒を振り上げ突進する。それに続くようにさっきまで戦意喪失をしていた残りの小鬼2体も突っ込んでくる。


「動けキシリア!!カテロンは正面の小鬼を止めて!」


 カユから『強心』を受けたサリアが一瞬でキシリアの前に入る。左手はひしゃげているが幸い利き手は無事なようだ。


「『雷傘(らいさん)』!!」


 サリアは剣を突き出し魔術を放つ。


 『雷傘』は雷の防御系中級魔術である。

 外側に向かって反発力を発生させる雷の傘を作る魔術であり、汎用性が高く雷魔術のメインディフェンスである。

 ただ、その防御力は使用者の技術や魔力量に依存するものであり、サリアの実力では大怪我している状態で恐鬼の攻撃を受けることはできない。


 サリアは再び地面に打ちつけられる。


 そして非情にも『雷傘』に攻撃能力は全くなく、恐鬼はノータイムで再び棍棒を振り上げる。


「キシリアちゃん動いて!!」


「む、む、無理だよ!アーニャ!!アーニャぁぁあ!!」


 カユがキシリアに向かって叫ぶが、キシリアは動けない。『強心』を受けたところでキシリアの抜けた腰は治らないのである。


「サリア、キシリアを連れてカユの方に!いったん俺1人で相手する!!」


「わ、わかった!カユ、私はいいからアラアシに『強心』をかけて!」


 このタイミングでルーンが合流する。『強心』を受けてない状態で堂々といきなり恐鬼の前に立つとは、さながら王子様である。ちょっと前までモブだったくせに。



「ぐっ!!うぉらっ!!」


 ルーンは恐鬼の攻撃を盾を使って冷静にいなす。力任せに正面から受けるのではなく、ちゃんと技術を使って受けている。ここにきて1番の集中力である。


 右上から振り下ろし、左下から足元への薙ぎ払い、左手の拳骨、再び右の振り下ろし、左足による前蹴り、力任せで大ぶりな恐鬼の攻撃は冷静にさえなれば簡単に対処できる。これが恐鬼の危険度がそれほど高くならない理由である。


「ルーンよくやった!あとは2人で押し切るぞ!」


「私もいるから3人!」


 小鬼2体を殺し終えたニシドと、軽い治療を終えたサリアがルーンに合流する。こうなればもう勝負ありである。



「いやまずいか、これ」


 だが、恐鬼がどうにかなりそうになってきたところで周りに他のモンスターの反応。これだけドンパチやってたらつられてなにかがくるって話である。


 反応の正体は斬黒狼×3。全員が成体である。


「ざ、斬黒狼がきてる!サリアちゃんこっちにこれる!?」


 すぐそこまで近づいてきた斬黒狼にカユが気づく。

 が、『強心』を受けいていないうえに、手負いのサリアはカユの声に気がつかない。


「俺が行く!カテロン、サリアを頼むぞ!」


「任せろ!」


 サリアが気がつかないことに気がついたルーンがカユの方へ向かう。本当にこの東ドイツがどこまでもMVPである。


「キシリアちゃん!キシリアちゃん手伝って!!」


「む、無理だよぉ……っ!!うわぁぁぁぁぁん!!!」


「いい!3頭すべて俺が相手する!カユ補助を頼む!」


「う、うん!!」


 ルーンは飛びついてきた1頭目を横薙ぎに払うと、2頭目、3頭目もそのまま剣で斬り払う。


 首元を斬られた1頭目はかなり深手だったようで、立ち上がってルーンに向かう足取りはフラフラしている。ルーンはピンピンしている2頭目と3頭目のうち、右手側にいた3頭目の方に剣を投げる。

 剣を投げるのは悪手だと思ったのだが、ここで突如何かの才能に目覚めたのか、はたまたもともと投剣技術があったのか、ルーンの投げた剣は3頭目の脳天を貫きそのまま絶命させる。今日は僕の戦略が外れてばかりである。


 それを見て飛びついてきた2頭目を盾で打ち落とし馬乗りになってタコ殴りにする。何度も振り下ろされる右手は斬黒狼の毛が刺さり血まみれになっているが、それでも対象が動かなくなるまで止まることがない。


 1頭目はルーンのもとへ辿り着いたところでそのまま失血死してしまった。



 あまりにもこれまでの戦闘とはレベルの違うルーンの立ち回り。これまで学校でもずっと本当の実力を隠していたというのなら大したものだが、そういうわけではないだろう。


 窮地こそ人を成長させるビッグチャンスなのである。


 向かい側を見るとガードナー先生と目が合った。彼も僕と同じことを思っているのだろう。


「サリア!カテロン!そっちは無事!?」


「ああ、なんとかな」


「まあ、無事とは言えないけどね」


 何度も恐鬼の攻撃を受け続けたニシドの盾はボコボコに凹み、左手はパンパンに腫れ上がっているし、全身いろんなところに擦り傷がある。

 サリアは5人の中で1番ボロボロで、左手はひん曲がったままだし、返り血もあるが頭から爪先まで血まみれだ。多分何箇所か内臓もおかしくなっているだろうし早く帰ってレラーザ先生に見てもらう必要がある。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 キシリアは最初に腰を抜かしてからずっと動けないままだった。役に立てなかっただけでなく、自分のせいでサリアに余計な怪我をさせてしまったというのもあってかなりメンタルにきているようだ。


「レラーザ先生と合流するまでの気休めにしかならないけど、私にできるだけ治すからみんなじっとしてて!」


 カユも今回の隠れたMVPだ。吹き飛ばされた状況からよくすぐにサリアを治療して『強心』までかけたと思う。恐怖を感じている状態で術式を構築するのはかなり難しいはずだ。


「よかった、とりあえずみんな無事ですんだな……て、まあ無事ですまないことになるようならハレアが助けに入ってきてただろうし当たり前か」


「あ、そういやアーニャてめぇ入って来なさすぎだろ!!死ぬかと思ったわ!!」


「でもこうやって何とかなったんだから、アーニャに文句言うのは間違ってる」


「ローラムはアーニャに甘すぎんだよ!お前が1番死ぬとこだったんだぞ!」


「別に私はアーニャに見殺しにされても怒らない」


「いや見殺しになんてしないから」


 何を言ってるんだこの子は。


 もう木に登っている必要がないので下に降りる。

 辺り一面血まみれでお化け屋敷みたいなのである。


「実際ハレアが参加しないのは正解だったな。凄くいいものが見れた」


 一緒に降りてきたガードナー先生が満足気にうなずく。


「ガードナー先生的には何点ですか?」


「120点だな。斬黒狼の対処は流石に私とハレアでしようか迷ったところだった。ハレアは?」


「同じく120点ですよ。MVPはルーンですけど、パーティー総合評価として素晴らしかったと思います」


 僕も本当にいいものが見れたと思う。

 キシリアが何もできなかったのだって、何かのかけ違いで他の誰かがそうなってた可能性だってあるし気にするほどのことじゃない。そうなってしまった誰かを支え合えるからパーティーなのである。


「ちぇーMVPはアラアシに取られちゃったかー。まあ遠足全体のMVPなら私じゃない??」


「まだ遠足は終わってないからね」


「はいはい。お家に帰るまでが遠足だもんねー。じゃあそろそろ帰ろうか」


「うん!いまニシド君の治療も終わったから出発できるよ!」


「仕方ないからキシリアは私がおんぶしてあげるよ」


 僕だけ疲れてないし、腰が抜けて歩けない子のおんぶくらいしてあげるのである。


「あ、ありがと…」「え!?私も腰抜けたかも!」


 それを聞いた変態(サリア)がいきなり地面に座って腰を抜かしたふりをするが、かまってもつけあがるだけなので無視なのである。

 キシリアの元に行って背中を貸してあげると、なんだか少しモジモジしながらキシリアが乗ってくる。


 …なんだかやけに湿っている。

 キシリアは出血もないし、汗もそれほどかいてないのだが…それになんだか僕の腰上の辺りだけが局所的に…



「…あ、あー」


「み、みんなには秘密でお願いします……」



 うへぇ。おんぶなんてガードナー先生に任せればよかったのである。

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