第六十八話 遠征2日目②
「君はどうしても基本に忠実にあろうという癖が抜けないねえ。いや、悪いことじゃ無いんだけどね。悪いことじゃ無いんだけど、その基本を知る相手からしてみると動きが手に取るようにわかってしまうんだよねえ。もちろん悪いことじゃ無いよ?我々が最も相手にすることの多いこと魔物との戦いに関して言えば、読みだのなんだのなんてのは必要がないことだからねえ。基本に忠実にある君というのはハンターとしてはそれは立派なモノだろう。その年にしてよくそこまでとすら言えるねえ。でも君の話は格上のお友達に勝ちたいということだったねえ。だとしたら基本に忠実なことは裏目になってしまう。そう何度も言っているんだけど、なかなか抜けないねえ。いや、悪いことでは無いんだけど…いやいや、今回ばかりに関して言えば、それは……悪癖だねえ」
今日限りの俺の専属師匠がその癖のある赤髪を掻きながら嘆く。赤髪とは言っても俺のような真っ赤ではない。赤よりの茶髪という表現の方が正確かもしれない。
癖があるのは髪の毛だけじゃない。言動全てに癖があるというのは先の発言だけでなんとなく理解してもらえるだろう。
そんな癖のある師匠曰く、アーニャやおじさん、父さんから徹底的に教えられてきた『基本』がここにきて足を引っ張っているのだという。
だが、本当に幼い頃から体に染み込ませ続けてきた『基本』もとい『癖』はそう簡単に抜けるものではない。
お手をしつけられた犬に今回は手を出すなというのが酷な命令なように、俺からすれば基本を崩せというのは難しいのだ。
「まあ極論、全ての基本を染み込ませてしまうのいうのが力技での解決策にはなるけどねえ。この世界にごまんとあるいわゆる『基本』を片っ端から身につけて、状況に応じて作為的に、あるいはそのセンスがないのなら無作為に選択して見せれば対策は取られなくなるだろう。けど、その方法を取るにはあまりにも時間が足りない。夏休み明けの大会までにものにするためにはやっぱり『ズル』が必要になるよねえ」
その解決方法自体は昔から頭にはある。ラファが古今東西ありとあらゆる武術の教本に興味を持つのはそのためだ。
ただ凡人の俺にはそれらを全て身につけるのも簡単ではない。1つの基本すらまだ完璧にしたとは言えないのに、他のものに手を出す余裕なんてありやしない。
「『ズル』と言うとどんなのがあるんですか?」
「そんなの決まってる。そこら辺の人の知らない『基本』を1つだけ身につけるんだ。それが型にはまっていないものならなお良し」
「そんなものがあるんですか」
癖のある師匠はその言葉を待ってたと言わんばかりにニヤリと笑う。大きく見開いた金色の瞳は、髪とは裏腹に真っ直ぐな光を灯している。
その笑みはどこか少年のようで、今年で40になるとなんて信じられほどに若々しい。20代を自称しても疑う人はいないだろう。
「そのための僕だろう?君みたいに燃え盛る若者は大好きだからねえ。特別に僕の編み出した『トリスマー式体術』をできる限り伝授してあげよう。食べる時間や寝る時間なんてあると思わないでよ?君が帰りの馬車に乗るその瞬間までこれからは僕と2人っきりだ。楽しい遠足は終わりだねえ」
「でも師匠、今日のお昼は食事会の予定です」
「そんなの参加しなくていいよ。カドルテ様はきっと理解してくださる。さ、休憩はおわりだよ。ああ、タオルはその辺に投げておいて。補佐官の子が新しいのに変えてくれるから」
発言の隅から隅まで俺としては受け入れ難いが今日はこの人『パークス領騎士団第三大隊隊長ロスド・トリスマー』に従わないといけない。
まあでも投げておくのは気がひけるからタオルは畳んで置いておくとしよう。
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「うわぁー楽しかったーー!!!」
遠征2日目の終わり。私は今まで人生で感じたことのないほど大きな達成感を味わっている。
飛び跳ねても決して手の届くことがないほど高い天井、水泳競争ができそうなほど広い浴槽、秒単位で肌が綺麗になりそうなほど質の高い濁り湯。
浴槽は石造りになっているのに対して壁には幾何学的な模様が施されているアンマッチ感がまた良い。
さすがはポルメイウス市1番の大浴場、達成感の余韻を味わうのにこれ以上はない。
「声が大きい」
「えーシャローナは楽しくなかった??」
「別にそういう話をしてるんじゃなくて」
「シャローナ先輩はあなたが下品だという話をしてるんですよ。浴場でくらいもう少しお行儀よくできないんですか?」
「いやートゥリーはここにもこれないなんて残念だねー」
「話聞いてますか?」
「トゥリーは多分稽古つけてもらってる方が幸せなんじゃないかな?」
「あーえー?うーーーん、確かにそんなこと思ってなくもなさそうだなー」
トゥリーは夏休みの貴重な休日を返上してまで私に剣を教えてくれと頭を下げるほどだ。騎士に稽古をつけてもらえるのと大浴場に行くのを比較したら前者の方に魅力を感じていてもおかしくない。
「まあ強くなるためなら休日にわざわざあなたに会えるくらいですからね」
「嫌だなぁサリアちゃん。トゥリーも男の子なんだから私と会えるのなんてむしろご褒美でしょ」
「ああ確かに。あなたは頼めば簡単にヤらせてくれそうだって男子生徒が話してました。まったく何をヤらせてくれるのか甚だ疑問ですけどね。いかがわしい」
「その場合いかがわしいのは私じゃなくてその男子生徒くん達でしょ」
失礼な話だ。私はそういったことをしたことなんて勿論1度もないし、そもそも特定の男性とそういう関係になったことすらない。
事実なのか彼女の適当な作り話なのかは定かではないが、1部の男子生徒からそういう風に思われているというのは本当の話だ。
「同じことですよ。そんな男に媚びた体しておいて」
「ひどっ!別に男に媚びてるわけじゃないし!!てか、男に媚びてるっていうならサリアちゃんの方がそういう体つきじゃん!!いやらしーっ!!」
「はぁ!?私のどこを見たらそうなるんですか!!!!」
激昂した彼女が立ち上がる。
立ち上がったのはウケを狙った冗談なのか、彼女の年齢離れしたその圧巻のスタイルが露わになる。
「え!?本気で言ってるの!!?鏡見てから言ってよ!胸、腰、尻、ぜんぶえちえちじゃん!!」
「は、はぁー!!!??!?な、な、なな、わ、わ、私のどこが!!」
この後輩は本当にそんなこと気がついていなかったのか、自分の体を改めて見回すと、恥ずかしそうに手で隠して湯船の中に戻る。
「うぇえ!まじで言ってんの!?私よりずっとサリアちゃんの方がスタイルいいのに!鏡見たことなかったの!?」
「うううううううううううううううぅぅぅう!!!この売女!阿婆擦れ!娼婦!」
「言えば言うほど自分の首絞めてるだけだよサリアちゃん!」
「うううううぅぁぅぅぅぅぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!シャローナ先輩!!アリシア先輩にいじめられました!!!!!」
「だから声が大きいって」
「リーシャはどう思う!!??私ってそんなに下品な体してると思う!?トゥリーからそういう女体についての意見聞いてない!?」
浴槽の角で寝かかっていた子に流れ弾が飛ぶ。
「うぇっ?え、サリアちゃんはとってもスタイルが良くて羨ましいってみんな言ってるよ?」
「え、男子って女子になりたいとかいう願望あるの?」
「え?そうなのかな?トゥリーはそんなこと言ってなかったけど」
「はあ?いまリーシャがみんな言ってるって言ったんじゃん」
「どう考えてもクラスの女の子の話でしょ」
片方は半寝、片方はパニックなせいで会話が成立していない。
サリアちゃんが何か言いたそうに私を睨んでくるが、その瞳にはうっすら涙が浮かんでる。
以前から薄々感じていたが、彼女は肉体の成長に対して心の成長があまりにも進んでいない。
自分が人と比べて大人びた風貌をしているということくらいはわかっているのだろうが、親しい人への振る舞いは初学生低学年レベルで止まっている。今回の遠征ではヨーグ先生に対する態度に顕著に現れている。
私への過度の嫌がらせも心の未熟さを考えれば納得がいく。
……ちょっとやりすぎちゃったな。
彼女の精神年齢を考えるとあまりにも生々しい弄り方をし過ぎてしまった。男性恐怖症になってもおかしくないとまでは言わないが、周囲に対して恐怖を感じるようになってしまうかもしれない。
無理矢理肯定的な側面を挙げるとしたら、彼女がこれを機に自分の見た目の認識を正確にすることで、今後の危険から身を守ることに繋がるかもしれないということだ。
「サリアちゃんも見た目はもう立派なレディなんだからもっと慎みを覚えないとねー!公共の場で大声出したらダメなんだから!めっ!」
「あ、あなたにだけは言われたくありません!!!」
「ねえ、うるさいってば」
「だ、だって!シャローナ先輩はどう思うんですか!」
「サリアちゃんは子供っぽすぎると思うよ」
「ほら!私はそんなに下品な体はしてませんって!」
「体は大人っぽすぎるけどね。全く下品じゃないしむしろ上品な感じだけど」
「――っ!!!………わ、私の体ってそんなにおかしいですか??」
明らかにコンプレックスを感じている。
彼女は早すぎる体の成長に深層心理では気がついていたのだろう。だからこそ、それをかき消すように子供っぽい振る舞いをしていたのかもしれない。
「お嬢ちゃん全くおかしくなんてないから自信持ちな!うちの娘なんてもう16になるのに寸胴だーって毎日わんわん言ってるよ!それだけ立派なスタイルだっていうのは自慢できることだよ!えらい別嬪さんだしもっと自信満々にしてりゃいいのさ!」
「そうそう!男の視線が気になるってなら女の子からも見られるくらい魅力を上げればいいのよ!全人類から見られるってなれば恥ずかしくなんてないでしょ!」
「やだドリスさん!それはちょっと違うでしょ!」
「私も若い頃はそれはもう視線を集めたものよ。巷では『美姫』なんて呼ばれてたんだから!」
「え!おばさん異名持ちのハンターなんですか!」
こんなところで異名持ちのハンターに出会えるなんて。
『美姫』聞いたことはないが相当な実力者に違いないし、是非手合わせ願いたい。
『美姫』はいつのまにか会話に参加していたおばさん集団の中では確かに最も美しい。ほんのり天パ気味のピンクブロンドは若い頃はもう少し輝いていたのだろうし、スタイルも歳の割には維持されている。そこに筋肉がついていた跡は見られないことから魔術系のハンターだと予想がつく。
「やーねーお嬢ちゃんまに受けちゃって!ドリスさんがいつも勝手に言ってる作り話よー」
「あら!作り話ではないわよ!異名ではないけど本当にそうやって呼ばれてたんだから!私も若い頃はあなたたちに混ざってもおかしくないくらい美しかったのよ!」
「それにしてもみんなえらい別嬪さんねえ。あのアイドルパーティーってやつかなにかかしら?」
「いえただの部活のメンバーですよー!」
「私『三美人』に会ったことがあるんだけど、彼女たちと同じかそれ以上に貴方達はかわいいわねえ」
「あーあのペグロ様のところの。最近元メンバーのユアラさんが話題になってたわよねえ」
「あ!私たちそのユアラ様に救われたナスフォ街の学生なんですよー!」
アイドルパーティー『三美人』
ちょっと前に可愛すぎる学生ハンターとして一部の界隈で話題になったグループだ。
彼女達を機に可愛い女性だけでパーティーを組むアイドルパーティーが密かに流行しているが、まだその手の話に興味のある一部の界隈にしか浸透していない。
おそらくドリスさんがその手の話題に興味があるタイプの人で、彼女の友人である他のおばさんさん達も知っているのだろう。
一般的に『三美人』といえば第一貴族であるペグロ家の『麗剣』ラフィト・ペグロ様と偉大なる英雄『戦奏姫』ユアラ・デトミトリ様が所属していたパーティーとして有名だ。
私がアイドルパーティーとして知っているのは私がアイドルに興味があるからだ。
実は高校に入ったらアイドルパーティーを結成しようと思っている。そしてアイドルという文化の知名度を上げるつもりだ。
「へー!じゃあ結構遠くから来たんだねぇ!そりゃ疲れたでしょう、白い子は寝ちゃってるし!かわいそうだけど起こさないとのぼせちゃうよ」
「まあ来たのは昨日で今日疲れてるのは部活の活動があったからなんですけどねー!リーシャ、寝るならもうあがらないと」
隅っこで完全に夢の中に入ってるリーシャのもとに向かう。リーシャは今日テナスさんと一緒に総合的な魔術について勉強していたらしい。知らなかったことばかりで頭を使い過ぎたと言っていた。
ドルモンド様とテナスさんも大浴場には来てるのだが、テナスさんは湯船が苦手らしく、シャワーを浴びてさっさと上がった。土魔術師だから水に弱いのかもしれない。
改めてまじまじとリーシャの裸体を近くで見ると感動した。髪も白いけど肌も真っ白で本当に妖精みたいだ。
「…んん…。まま乾かすのてつだって……」
「!いいよーっ!ママが手伝ってあげる!」
獣人は下半身が毛に覆われてるせいで風呂上がりに乾かすのが大変だそうだ。私は逆に髪を切ったことで乾燥に要する時間が少ない。
「リーシャ!危ないからその人はやめた方がいいよ!私が手伝ってあげるから!」
「サリアちゃんは自分の髪乾かすので手一杯でしょー」
「まあみんなそろそろあがろっか」
「シャローナも満足した?」
「うるさいのだけが玉に瑕だった」
「満足したみたいでよかった!」
湯船から上がってリーシャの毛を絞る。
もふもふのしっぽがほっそりしていておもしろい。
「…んん…トゥリーそんなとこはだめだよ…」
「何考えてんだかこのエロ狐」
「あはっ!1番えっちなのはリーシャだったかー!」
第一回第二魔導部セクシー選手権
優勝リーシャ・ユティ




