第六十六話 カサディン授業
授業only
「とりあえずの目標は自分の体と同じように第二魔導を使いこなすことだ。遠くのものを魔力で掴む、殴る、投げる、それらのことを自分の手で行うのとなんら変わりなく実行できる。これが第二魔導を学ぶ上でのスタートラインだ」
「はい!質問いいですか!」
「ドミンド・アンヌ質問を許可しよう」
「カサディン先生はそれができるまでにどれくらいかかりましたか!?」
「覚えているかそんなこと」
「えー!!?」
カサディンの授業は順調なスタートをきった。
ヨーグ先生と比較して、カサディンはものすごく一つずつが丁寧だ。
教室(研究室)は余計なもの一つなく綺麗に片付いているし、授業開始前に授業中のルール説明をしてくれた。第一印象とはがらりと変わって、カサディンはものすごく几帳面な人だ。
教室の面積は一階の店と同じなので、俺たちだけでは持て余すほどの広さがある。
教壇がある方に机と椅子が並べられていて、反対側は物一つない広々としたスペースになっている。今日の授業内容にはないが、ここなら第二魔導の実践練習も安全にできる。
教壇向かって左側の壁には窓が並んでいて、いい感じに日が入ってくる。アーニャがいたら寝ていたかもしれない。
「まあ落ち着け。まず1m先に落ちている自分の剣を拾う時のことを考えてみろ」
1m先に落ちている自分の剣。
走って取りに向かうか、魔導によって手元まで寄せる。
0.1秒でもその場に留まることを嫌うなら走って向かうし、そうでなければ基本的には魔導で引き寄せるはずだ。
「まず最初に思い浮かぶのは魔導によって手元まで持ってくることだろう。剣を落としたと言えば戦闘中が思い浮かぶ。となれば剣に魔導を使っていることまでは確実だ。それならそのまま引き寄せればいいだけの話だ。――そのとき、お前らは深く考え事をするか?魔導で剣を引き寄せることを難しいと思うか?」
魔石や魔鋼製のものを遠隔で動かすなんていうのは初学生でもできる。特に難しい要素なんていうのはない。
「おかしな話だとは思わねえか。魔導によって遠くのものを引き寄せるのは簡単なのに、第二魔導で引き寄せるのは難しいという。これはなんでだレノ・テミル」
「魔導によって引き寄せることができるのは魔石や魔鋼製であり、かつ自分に魔導の優先権があるものです。それ以外のものを動かすのとは訳が違います」
「質問に対する答えになってねえよ。俺はどうして魔導で遠くのものを動かすのは簡単なのに第二魔導になると難しく感じるんだってきいてんだ。トゥリー・ボールボルド答えろ」
「遠くのものであろうと魔導が使えればその時点で自分の体と同じように扱えます。剣を引くのも腕を引くのも、動かすプロセスには大した変わりがありません。ただ、第二魔導によって引き寄せようとした場合、自分の体から体外へ魔力を出す、剣を掴む、こちらに引き寄せることを術式で用意して実行しなければなりません。結果だけ見れば同じことでもその過程があまりにも違いすぎるかと」
「だが魔導を離れたものに使うとき、わざわざお前らは自分の体から外に魔力を送ることなんて意識してるか?第二魔導であろうが普通の魔導であろうが、体外に魔力が出ていることは変わらないのに何がそんなに難しい」
「……それは」
「教えていなかったようだな、ヨーグ。――いいか、ここから言うことが第二魔導の本質だ。第二魔導を行使するにあたり対外へと出している『魔力』というのは、お前らの体に流れていたり、魔導のときに使ったりする『魔力』とは違う」
?どういうことだ。
こんなことアーニャも言っていなかった。
「なぜ疑問に思わなかった?体から離れた物に魔導を使う時、確実に自分の体の外へ『魔力』が出ているはずだ。なぜそれは簡単にできるのに、いざ『魔力』を外に出そうとしたら小難しい術式を構築しないといけないのか。エディーレ・ウヌキスお前はどう思う?」
「……それは、第二魔導の時に体の外へ出そうとしている『魔力』はそれそのものに何かを実行できる力があるからでしょうか。魔導の時に自然と体の外へ出していた『魔力』は、目的地である魔導具などにたどり着いて初めて力を持つ」
「それが、自身には何の力もない『魔力』と自身に力のある『魔力』との差別点だ。そもそも自分の体から出す前に、その『力』を持たせるための術式を経ている時点で別物だなんてことは明らかだがな」
まあ確かに。
俺たちが学んでいたことは魔力を外に出すことではなく、魔力によって外界に影響を与えることだった。
「第二魔導は魔力で物を動かす『魔導』とはまったく違う。それ自身に『力』がある『何か』――いや、その『力』こそが第二魔導そのものだ。であれば、第二魔導なんて呼び方は正しくない。魔力と術式を用いて『力』を生み出すというのであればそれはもう『魔術』と呼ぶべきだ。 ――なあガキども、これからはこの愛すべき劣等者の魔術を『力魔術』と呼ぼうじゃねえか」
――――――――――――――――――――――――――
「トゥリー・ボールボルド、魔術を使うことは自分の肉体を動かすのと比べてどうして難しい?」
「術式を用意する必要があるからです」
「どうして肉体を動かすのには術式が必要ないと断言できる?どんな仕組みで脳みそから指先まで命令が出てるのか説明はできんのか?」
「そう言われるとできませんが…逆に無意識で術式を用意しているということを説明できない限りは、術式を使っていないと考える方が自然ではないでしょうか?」
「大間違いだなあんぽんたん。切り落とした腕が勝手に物を掴んで投げたりしない時点で、何かしらかの命令が頭から出ていることは確定している。それならそれがどういう形かはわからないにしても、頭で考えてから腕を動かすまでの理屈は魔術を使うのとなんら変わりない」
つまり全ての生き物は体を動かす術式を常時使用しているということか。
「つまりだ、俺たちは頭で『手を動かしたい』と考えるだけで手を動かす術式を一瞬で用意しているということだ。もっといえばどのように動かすのか、どのくらいの速さで動かすのか等といった細部に至るまでを、状況に応じて瞬時に考えて用意できる。これは生き物が生きていく中で自然と身につくものだ。――つまりのつまり、その場に応じた魔術を考えただけで瞬時に術式を用意できるようになれば、自分の肉体と同じように魔術を扱えるというわけだ」
「…そんなことが」
「当然そんなことはできない。だがまあ、それに近いだけのことを魔術師どもはすでにやっている」
そういえばレグディティアが魔術師は戦う時に頭を使っていると言っていた。
それはそうだろうとしか思っていなかったが、よく考えれてみれば魔術を使うたびに術式を用意していたのだから、俺が考えているよりずっと激しく頭を使っていたのだろう。
「例えば、だ。1×2はなんだ?ドレッド・ユードリア」
「2です」
「じゃあ3×6は?」
「18です」
「9×8」
「72です」
「11×14」
「えと154です」
「14×14」
「196です」
「28×7」
「あー…あ、196です」
「じゃあ53×49」
「え、えと、あー……2597です」
「今どうやって計算した?」
「えと、53×50をしてそこから53を引きました」
「優等生だな。じゃあ28×7は?」
「ごめんなさい…14×14と同じということくらいすぐに気付くべきでした」
「謝る必要はねえよ。次の質問だ、14×14のほうが11×14よりも回答が早かったのはどうしてだ?53×49と似た考え方をすれば11×14は140+14、これと比べればどうやっても14×14の方が面倒なはずだ」
「14×14が196だということを知っていたからです」
「予想通りの模範回答だ。じゃあ最後の問題963×961は?」
「え、えと、暗算ではできません…」
「アリシア・テドル答えてやれ」
「925443です」
「どうやって計算した?」
「………普通に掛け算しました」
「言いたいことがわかったようだな。――そう、優秀な魔術師様って連中は俺らみたいな凡人とは脳の作りが違う。これだけの脳みそのスペックがあればそりゃ魔術も自分の体みたいに使えるってわけだ」
うすうすはわかっていた。アーニャやレグディティア兄妹は勿論、リーシャやノロも数学のテストはいつも満点だ。アリシア先輩だってそうだろう。
つまり、力魔術ならどんな人間でも使えるとはいっても、優秀な魔術師のように使いこなすことはできないというわけだ。
「が、諦めることはねえ。この問題に対する回答はさっきドレッド・ユードリアが答えてくれている」
「え?俺ですか?」
「お前が14×14を即答できたのが答えだ」
「あ」
「つまりのつまり、これからお前らの頭の中に力魔術に必要な術式を徹底的にぶち込んでやる。術式ってのは掛け算だ。体から魔力を出す、それを力魔術に変える、それを目標地点まで飛ばす、その速度、その強度、目標地点についたら何をするか、全ての要素を掛け算して術式を作らないといけねえ。だが、劣等者の俺たちにはそれを戦いの最中でやるなんてのは無理だ。だからこれからパターンごとに必要なものを全て暗記させる。 ――安心しろ、凡魔術師どもも似たようなことをやっている。お前らの周りの魔術師ども全員が数学できるわけじゃないだろ?」
なんという力技。
理には適っているがあまりにも無茶苦茶。
「魔術に必要なのは『魔力、術式、イメージ』の3点だ。魔力を術式に通して、結果をイメージする。それさえすれば魔術は発動する。魔力は誰もが持っている、術式はこれから暗記する、残りの問題はイメージになるんだが、これがなかなか難しい。今までなかった感覚を身につけるというのは慣れるまでは全くできねえものだ。術式を暗記するくらいで躓いてたら一生魔術なんて使えねえぞ」
カサディンから俺たちに分厚い本が配られる。
「そのプリントは夏休みの間には暗記しろよ。後半のプリントはヨーグに渡しておくから夏休み明けに貰え。一度にもらう量があまりにも多いとやる気が出ねえだろ」
「え!?今プリントっていいました!?この辞典みたいなのを!」
「…ドミンド・アンヌ、質問は挙手をしてからだと言ったはずだが?」
「はい!質問です!後半はこれより多いですか少ないですか!」
「術式の量は同じだが1術式が長くなる。……許可する前に質問をすんな」
「おいレノ!やべえよ!俺こんなん覚えられるわけねえ!」
「ばか!私語厳禁って言われたのもう忘れたのか!?」
「おれバカだから覚えらんねえよ!」
「あはは、大丈夫だよ。夏休み中ってのは難しくてもちゃんと時間をかければ覚えられる。僕も半年くらいかけて覚えたからね」
「えー!ドルモンド様はもう全部覚えてんの!?ずるいっすよ!」
「ば、ばか!何がずるいんだ!もうしわけありませんドルモンド様!!こいつはバカだけど悪いやつではないんです!!」
「おいクソガキども。謝るのは本当にドルモンドに対してなのか?」
「ぎゃぁーーー!!ヨーグ先生助けてぇー!!」
「いてててて!!!ごめんなさい!!!!」
カサディンがドミンドとレノの頭を鷲掴みにする。
なんかまあドミンドとレノがバカなのはともかく、確かにこの量はやばい。夏休み中に覚えるなんてのは100%無理だし、半年で覚えることすら難しい気がする。
「大丈夫だよ!術式ならパターンさえわかっちゃえば簡単に覚えられるから!ほらみて、最初のページなんてほとんど全部同じでしょ?で、次のページはそこから第3式目が変わってるだけ、でこっちは第6式目が変則になってるけどこれもパターンさえ覚えちゃえば…うん大丈夫!これなら1週間で覚えられるよ!」
リーシャは楽しそうに力魔術辞典を読み始めた。
「テタは土魔術とか全部覚えてるの?」
「私。考える。遅い。1個の魔術作る。3日かかる」
「じゃあハンターは向いてないのか」
「私。建築士。ハンター。野蛮」
リーシャとテタ、どちらも違うタイプの天才だ。
どちらが優れているというのはない。テタみたいに細かいところまでをしっかり緻密に作れるのも信じ難い才能だし、リーシャみたいに一瞬でパパッと頭が回るのも理解し難い才能だ。
俺にはどちらの才能もない。
だからとにかく努力をするしかない。
「ドルモンドは今もちゃんと覚えてる?」
「暗記してからも忘れないように毎日復習だよ。でも大丈夫、リーシャが言ってたみたいにパターンがあるから、一度覚えちゃえばそんなに難しくないよ」
「とにかく、まずは全部読まないとな」
「へへへ、そういうことだね」
ドルモンドが天才じゃないのかどうなのかはまだ疑わしいところではあるけど、アーニャも本人も違うと言ってるのだから多分違うのだろう。
だとしたらドルモンドは俺に近いということになる。ドルモンドの話が1番参考になる。疑わしいけど。
「おいヨーグ!どうなってんだてめえの生徒は!!1人ルールを破ったと思ったら全員破り始めたぞ!!!お前は教師じゃなくて飼育員だったのか!!?」
幸い暗記はそこまで苦手じゃない。
実は俺はデスクワーク派なのだ。体を動かすことよりは勉強の方が得意だったりする。
本当にとにかくまずは、1度全部読まないと始まらない。




