第六十四話 ポルメイウ市デート①
お姉さんの美味しいご飯を食べ終えると自由時間になった。朝早かっただろうし昼寝が必要だろうということらしいが、元気の有り余る中学生、誰一人として昼寝を選ぶことはなくポルメイウス市内の観光へと向かった。
自由時間は2時間半。勉強は夕方から夜ご飯までの4時間で十分とのことだ。
「トゥリーはどこか行きたいところないの?」
「うーん…とくにはない、かな」
どこがいい?何食べたい?
そんな質問に対して俺は大体なんでもいいと答えてしまう。本当に何でもいいんだけど、言われた側は困るってアーニャはよく言っていた。
「じゃあ私が行きたいところ行こ!まずは防具店を見ます!」
「どうして防具店なの?」
「夏休み明けの遠足と武闘祭に向けてローブを新調しようと思っていたからです!」
「いいね、じゃあ俺も合わせて籠手を見ようかな」
だからリーシャとは相性がいい。リーシャは俺がなんでもいいと言うといつも楽しそうに決めてくれる。
とは言え、いつもなんでもいいばかりでは悪いから俺も出来るだけやりたいこととか食べたいものを考えるようにしている。
「えーとね、こっち!」
「目をつけてた店があるの?」
「ナスフォ街にある店の本店があるの!そこで頼めば完成したのをナスフォ街のほうに届けてくれるから!」
「オーダーメイド?」
「えへへ!今回は資金が潤沢なのです!」
「おおー」
リーシャの家はかなり裕福だ。そしてお父さんがリーシャにめちゃくちゃ甘い。多分だけど今回の遠足にあたり色々な理由もつけてかなりのお小遣いをもらってきたのだろう。
「俺も実は誕生日に現金をもらうようにしてからずっと貯めてたから資金が潤沢なんだよね。籠手だけはいいやつを買いたかったから今日はリッチにいこう」
「うん!リッチにいこう!」
半年間第二魔導を学んできた俺は少しずつ第二魔導を使えるようになってきた。部活の時間に加えてアーニャからも習っているため、部内ではアーニャとアリシア先輩の次に進んでいる。
そんな今の俺に1番必要なものは剣でも鎧でもなくて籠手だ。使いやすい魔鋼製の籠手が何よりも欲しい。
「にしても人が多いな。角の店だけでガポル村の総人口よりもいそう」
あれはなんの店なんだろうか。すごい行列ができてるけどイマイチなんの店なのかがわからない。ピンクベースの飾り付けがされてるし、並んでいるのが若い女の子ばかりだからアクセサリーかなんかの店だろうか。
隣でリーシャが目を凝らして看板を読んでる。獣人のリーシャはとても目がいいから多分読める。
「えーと…あ、お菓子の店なんだ。王都で人気の店なんだってー」
「行ってみる?」
「帰りに時間があれば見てみよ!」
「おっけー」
2時間半というのは長いようで短い。防具をオーダーで作るとなると場合によってはそれだけでギリギリくらいだ。
リーシャの尻尾の動きに合わせて繋いだ手がぶんぶん振られる。基本的にいつも元気だが、今日はいつにも増して機嫌がいい。上機嫌なのはいいけどよく見ておかないとすれ違う人に尻尾がぶつかりそうだ。
そういえば市内には獣人もたくさんいる。服装から見るにハンターだろう。
流石は領の中心というべきだろうか、ハンター達が身につけている装備も高価そうなものばかりだ。近くに強力な魔物の森はないから、買い物などのために来ているのだろう。
「ここです!」
市内は見ていて飽きないから宿から店まで一瞬で着いたように感じる。建物の白い壁がほとんど剥き出しの外観は逆に異彩を放っているが、大通りに面していることからこの防具店も有名店であることがわかる。
「混んではなさそうでよかったね」
「ね!」
教室くらいの広さの店の中にはハンターと思われる人たちが男女合計で5人ほど。店員が3人いることから普段はもっと客が多いことが予想できる。
しかし、はじめてのオーダーメイドということもあってどうしたらいいのかわからない。ただ買うだけなら適当に見繕えばいいのだが、オーダーメイドの場合は最初から店員に話しかけた方がいいのだろうか。それともある程度イメージに近いものを見つけてから呼ぶべきなのだろうか。
「すいませーん!」
「お、かわいい嬢ちゃんだな!何が欲しい?」
「私用のローブとこっちの子用の籠手を作ってもらいたいです!」
「オーダーメイドか。希望の職人は?」
「え、と」
リーシャはカバンの中から手紙を取り出した。
「クシルさん?えとリーシャ・ユティです。これお父様が」
「あ!ちょっと待ってな!おーーい親方!!ロディアさんの娘さんが来たぞ!」
どうやらリーシャのお父さんの知り合いのようだ。部屋の奥の方にいた小柄な男性店員がこちらに向かってくる。クシルさんとやらだろう。
「なんでえリーシャ!ちょっと見ない間に大きくなったと思ったら男連れで来たか!ロディアは彼氏がいること知ってんのか?」
「お久しぶりです?」
最後にあったのは多分リーシャがまだ小さかった頃なのだろう。クシルさんはリーシャのことを覚えているがリーシャはクシルさんのことを覚えていない様子だ。
「覚えてねぇのも無理ねぇわ。最後にあった時はまだルシャさんに抱っこされてたからな。んで、何を作って欲しいんだ?」
「えと、私のローブとトゥリーの籠手を作って欲しいです」
「はじめまして。トゥリー・ボールボルドです」
「また随分ハンサムな彼氏だ!お似合いの美男美女って感じだな!」
「えへへ!」
「よし!それじゃあとっておきのローブと籠手を用意してやろう!大まかなデザインの希望を……って立ち話で決めるようなことじゃあねぇな。おいログド!オーダールーム使うぞ!あと魔鋼の3番から7番のサンプルと適当な魔布何枚か持ってきてくれ!」
「うす!」
「あ、予算はだいたい――」
「なんでえ、金もって来たのか?俺はロディアから娘のお願いをなんでも1つ叶えてやってくれって言われてんだ。金なんてもらえねえよ、あいつには一個でけぇ借りがあんだ」
「で、でも―」
「だが、そんなに金を払いてぇって言うならわかった。受け取ってやるから代わりにお前ら2人に全身装備作ってやるよ。一級品の魔鋼使えば多少体が成長してもちょいちょいといじればすぐ治せるからな!だからその度に顔を出しにくるのが条件だ!」
「え、俺までは流石に…」
「じゃあ坊主、7番魔鋼製フルオーダーメイド全身鎧代金1000万M払えんのか?」
「いや、は、払えませんけど…」
「がははは!なら黙って受け取っときな!一生自慢し続けられるだけのもんだぜ!うちはめちゃくちゃ儲かってんだ、1000万Mくらい半年の俺の稼ぎくらいのもんさ」
『半年で1000万M』金階級のハンターだってそこまで稼げるかわからない。嘘か本当かは別として、流石にクシルさんとなんの関係もないような俺が受け取れるような額ではない。
俺が持ってきたのは60万M。これでも一般的な中学生が持つには多すぎるほどの大金だ。
「だ、大丈夫トゥリー!私500万M持ってきてるから!パパのハンター時代の貯金がすごいの!」
「え、500万Mも持ってきたの!?」
ちょ、人生で1番驚いてる。頭が痛くなってきた。
「うん!だから全身とまではいかなくても上半身くらいは作れるよ!私のローブはただで作ってもらうことになるけど…」
「いや、ちがう、まず聞いて欲しいのはそんな大金を持ち歩くのは危ないからダメだってこと。持ち歩くだけでも危ないのに、馬車に乗ってきて、門の荷物チェックで見られたでしょ?なんで相談してくれなかったの」
「え?えと、ごめんなさい…」
「じゃあリーシャちゃんを守るために坊主が強くなんなきゃな!金持ちジジイの道楽だと思って黙って受け取っとけよ!」
「あ、いや、そういうことじゃなくて…」
違う違う。そういうことじゃない。
「坊主。お前強くなりたいんだろ?」
「もちろん強くはなりたいですが、こういう強くなり方というのは…俺自身の力となんの関係もないですし」
「いいか坊主、俺は何千を超えるハンターを見てきた。バカみてえに才能に溢れたやつもいればなんの才能もないやつだっていたし、親の金でスタートダッシュをきったやつもいれば木の棒担いで魔物の森に行ったやつもいた。 ――坊主、悪いけどお前に才能があるとは言えねえよ。どんなに頑張っても天才にはなれない。だが、天才じゃねえのに結果を出してきたやつも俺は何人も見てきた。そういう奴らがどうやって天才達と並んで一流のハンターになるかわかるか?」
「…鍛錬ですかね。人並み程度にしか剣を振れない人だって、人より10倍も20倍も鍛錬をすれば天才に届く」
ラファを見てきた。人並みのスタートだったラファはいつの間にか天才と呼べるに足る域に達した。
「違うな。一流のハンターってのは剣を振れて当たり前、頭が回って当たり前。天才と凡人の間には鍛錬なんてもんじゃ埋まらない差がある」
「………なら、わかりません」
「いや、お前はわかってるはずだ。だから籠手が欲しかったんだろ?凡人が天才に勝つためにはどうすればいいのか」
俺は、天才に勝つために…第二魔導を身につけようとしている。剣では届かない、魔術は使えない。だから他のものを。
「…差を埋めるだけのものを片っ端から用意する?」
「そうだ。なりふりなんて構ってられねえ。勝つために準備できるものを片っ端から用意するんだ。天才はなんでも持ってる。――なんでもってのは下らねえプライドまで入ってんだ」
天才になくて凡人にあるものじゃなく、凡人にはないからこその強みということ。
「ただ片っ端からいろんな技術を集めるだけじゃねえ、情報を集めて、金を集めて、機会を窺って、たった一回のために全てをかける。そこまでしてやっと天才と並べる。100戦100勝じゃなくて1戦1勝を目指すんだ。どんなにだせえ手段だろうと取らなきゃいけねえ。坊主はここで彼女と金持ちジジイの気まぐれに甘えてでも力を得なきゃいけねえ。『自分の力じゃない』なんてかっこつけてたら天才には絶対に届かねえ」
クシルさんはきっと『凡人』なのだろう。そして凡人でありながら天才を超える成功者となった。彼の言葉には重みがある。
「坊主、お前は誰かに勝つために準備をしているところなんだろ?それが誰かまでは俺にはわからねえけど、俺はリーシャちゃんの彼氏だからってだけじゃなく、坊主に期待してるから鎧をやろうと思ったんだ。坊主は黙って受け取ってどこぞやの誰かをぶっとばしてうちに報告しに来りゃいい。で、いつか有名なハンターになってうちを宣伝すりゃあいい」
「………勝てると思いますか?」
「勝てなかったら1000万M請求してやるよ!!よし、決めた!おいログド!坊主に7番で純白の全身鎧を作ってやれ!泥はよく目立つくらいが丁度いいだろ!」
「泥もですけど俺自身も目立っちゃいそうですね」
「がはは!白じゃなくても目立つさ!ログドは王国で三本指に入る天才鎧鍛冶だからな!」
「王国1を名乗ってるけどな!坊主、鎧の機能性についての大まかな話を教えてくれ!俺様が完璧に仕上げてやるよ!」
ログドさんは自信満々に笑う。
店内のハンター達が信じられないほどに驚いてるのがわかる。多分ログドさんに全身鎧を作ってもらうというのは恐ろしいことなのだろう。王国1の鎧鍛冶なのだとしたら1000万Mでも足りないだろう。
「リーシャちゃんのは今日はいねえけどハインって魔術師用装備の専門のやつに作らせるから、ある程度の希望を書いておいてくれ。2人とも本当は予約が再来年まで埋まってるが、休日を取り上げてでも最優先最速で作らせるから夏休み明けにはナスフォ街の方に届けてやるよ!」
無茶苦茶なクシルさんの発言を聞いてもログドさんは笑って頷く。クシルさんの人望というのはこの数分だけでもよくわかった。
正直、全身鎧を作ってもらうことに抵抗がないわけじゃない。クシルさんとログドさんが『良い』と言ってくれても、簡単に受け取れる額ではないし、本当にお金を貯めてオーダーしている人達に対する罪悪感というのもかなりある。
リーシャから金を貰うみたいなことは絶対にしたくなかったのに、半ばそれに近いことをしてもらうことになってしまうし、本当にこのまま甘えてもいいのかと考えものではある。
『かっこつけてたら天才には絶対に届かねえ』
格好つけるために天才に勝ちたい俺は、絶対的な矛盾を感じてしまう。勝つために準備をする。そのためにプライドを捨てる。そして得られるものは天才に勝ったという自己満足だけ。
だから天秤にかける。どちらの方が俺は欲しいのか。
勝つことだけに全てを注ぐのか、格好つけた生き方を貫くのか。
「ログドさん、動きやすさ重視で必要最低限の箇所に最大の硬度を。魔術耐性は炎に重点を置いて、籠手だけはとにかく頑丈なものをお願いします。――必ず、勝ちます」
「おう任せとけ!今から作り始めてやるよ!そうでもしねえと間に合わないからな!がはは!こりゃ死ぬほど忙しい日々が始まるぜ!」
俺はずっと、天才に並ぶために生きてきた。
「あ!私はトゥリーとお揃いの真っ白がいいです!」
書いとくだけでいいのに…。




