第六十三話 第二魔導部遠征④
「じゃあそのカディさんがコンプレックスを拗らせたのは騎士団長のせいってこと?」
「まあ大体はそんな感じですかね。あとカサディンです」
「騎士団長も嫌な人だね。それだけ優秀な人だったら第二魔導なんてなくてもいいだろうし、わざわざ見せつけるようなことをしなくても」
「ネイスくんは嫌な人じゃありませんよ。それどころか僕の知り合いの中で1番いい人です。ただ、純粋でいい人過ぎたからカサディンのような捻くれ者の気持ちがわからなかったんですよ」
「あ、それなんかわかる気がする。もしかしたら私と騎士団長似たところあるのかも」
「え?いや、似ても似つかな」
「は?」
さっきまで殺伐とした雰囲気で言い争いをしてたとは思えないほど和んだ車内。ヨーグ先生の生徒に対して弱気に出る感じはどうなのだろうとは思ったけど、結果的には良かったように見える。
サリアはいつのまにかヨーグ先生にタメ口を使うようになった。友好の証なのか、一度キレてタメ口を使ってしまった手前戻すのが難しくなったのか。
ヨーグ先生から話を聞く限り、これから会いに行くカサディンさんという人はかなり癖が強そうだ。
「音魔術って不遇な魔術って言われてる割にすごい人が多くない?王都騎士団長のネイス・ケイスさん、うちの街の英雄であるユアラ・デトミトリさん、我らがお姫様アーニャ、それから凶悪犯罪者だけどゼト・アルマデルとかも」
「そのうちの半分は2属性の魔術師ですからなんとも言えませんね。音魔術師にすごい人は沢山いますが、他の魔術師ですごい人も沢山いますよ。天才と呼ばれる人たちからすれば魔術の属性なんて意外となんでもいいもんです」
カサディンさんの宿敵ネイス・ケイス王都騎士団騎士団長は音魔術と風魔術の使い手だ。
敵対視されるようになった原因はカサディンさんとヨーグ先生の高校時代、2人が必死になって研究していた第二魔導の研究資料を少し見ただけでネイスさんがすぐに使いこなしてしまったことらしい。その時の「すごいね、こんな魔導の使い方なんて僕だったら一生思い付かなかったよ」って発言でカサディンさんはトドメを刺されたらしい。
ちなみに、カサディンさんとヨーグ先生が当時のネイスさんと同じ第二魔導を発動できたのはそれから2年後のことらしい。
「私もカディさんに嫌われちゃうかな?」
「正直な話好かれはしないでしょうね。テドルさんシャローナさんローラムさんユティさんはまず歓迎されないと思います。あとカサディンです」
「要するに魔術が使えるくせに第二魔導を学ぼうとするのが気に入らないって話ですか。アーニャが休んだのは良かったことかもしれませんね」
魔術が使える、魔力量が桁違い、第二魔導のセンスも抜群でもうヨーグ先生より使いこなしてる(俺とアーニャしか知らない秘密)、加えてあのルックス、最後のスパイスに適性属性が音ということ。誰がなんと言おうが相性は最悪だ。
せっかく穏やかになったのに、もしアーニャがいたらこれからまた一悶着あったと思うといなくて良かったと思える。
「!そんなことないよ!カディさんが多少不機嫌になろうが、アーニャがいた方が楽しいし!」
「僕も同意見ですね。カサディンとは相性悪いでしょうけど本命はパークス様にお会いすることですし、ハレアさんがいた方が良かったと思います。あとカサディンです」
「ぽっと出のドレッドもどき見たいな名前の貴族にアーニャはあげませんよ」
「…ドルモンド様です。わざとでしょうし、大丈夫だとは信じてますけど、カサディンとは違って洒落にならないんで本当にやめてくださいね…」
ドルモンド・パークス。俺達の住むパークス領の次期領主。アーニャが言うには領主に相応しい素晴らしい方のようだ。将来あの方が治めることになるパークス領に生まれたことを誇りに思うべきだとさえ言っていた。
アーニャがここまで人を褒めるのは珍しい。俺に対して変な嘘はつかないだろうし、本当に素晴らしい超人なんだと思う。世界はやっぱり広い。
「あ!せんせー見て!でっかい壁が見える!これがポルメイウス市だよね!もうほぼついてんじゃん!」
「ええ。ここから門の方まで回ったら到着ですから、あと5分もかかりませんよ。門で身体検査があるので準備しておいてくださいね」
「準備ってなんか悪さでもするの?普通に検査されればいいだけでしょ?」
「え?ああ、いやまあ確かにそうですね。まああれです、髪とか服を整えたり?」
ニヤっと気持ち悪く笑ったサリアがヨーグ先生のメガネを奪う。
「私とせんせーどっちが代表者として話しかけられると思う?」
「先頭の馬車に乗ってるレラーザ先生が手続きしてくださいますよ」
「つまんなー!」
「面白いでしょ。第二魔導部の遠征なのに手続きするのがヨーグ先生じゃなくてレラーザ先生なんだよ?」
まあそもそもサリアは制服だし、手続きをするのがレラーザ先生じゃなくても流石にヨーグ先生の方に話しかけられるはずだ。
「ち、ちがいますよ!?ただ馬車の順番が前だからレラーザ先生が手続きするというだけです!」
「ドミンドあたりが身体検査に引っかかれば面白いのにね」
「引っかかるならエディーのほうじゃない?」
エディーは厨二病だから変な薬品とかを隠し持っててもおかしくない。
まあとはいえ、エディーの馬車にはレラーザ先生が乗ってるし事前にチェックしてあるだろう。それに危険な薬の入手は簡単ではないし俺の話も冗談の範疇だ。
と、そんなこんなで馬車が止まった。正面には窓がないせいでその全貌はまだ見ることができないが、俺達の馬車の左手側の方には大量の馬車が入場待ちの列を作っている。俺達は領主様に呼ばれたということで待たなくていいようだ。
「君たちも降りてこい」
レラーザ先生の声は右手側から聞こえてきた。
降りるのが右手側で良かった。別に悪いことをしてるわけではないけど、列を待っている人達にじろじろ見られるのはちょっと具合が悪い。
「足痺れちゃった。せんせーだっこ」
「え、えぇ…抱っこしたらしたで『足を触らないで!痛い!』とか言いませんか?」
「太ももは無事だからだいじょーぶ」
「おい、早くしろ。教師が生徒を待たせてどうする?」
「あ、はい!すぐ出ます!――ほ、ほら出ますよ!」
「変なこと考えないでね!」
「か、考えませんよ!」
ちなみに先生、足が痛いとかどうとかじゃなくて男教師が女子生徒を抱っこするというそれそのものに問題がありますよ。まあ面白いから言わないけど。
なんか変な感じにサリアがヨーグ先生になついてしまったから大変そうだ。ヨーグ先生はストレスじゃなく、親切な保護者達から変態教師として吊し上げられて辞める可能性が出てきてしまった。
まあこんな見た目だけどサリアの中身は甘えん坊の幼女のままなのだ。アーニャがいない今、ヨーグ先生にべったりになってしまうのは当たり前といえば当たり前のことだ。昔エノーラちゃんに甘えっぱなしだったのが懐かしい。
「………やっと出てきたと思ったら君は何をしてるんだ?この遠征を機に教師を辞めるつもりかい?」
とはいえ、世間の目は厳しい。レラーザ先生の反応が普通だということは言うまでもない。
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――パークス領ポルメイウス市
広さという意味では領内4番目か5番目だが、総合的な観点からすれば領内一の大都市と言って差し支えない。
市内に入ってから目に映る建物は全て四階建て以上。限られた土地の中で出来るだけ多くの人が生活しているということをよく表している。建物の外壁は概ね白で統一されているが、その殆どの一階二階が色とりどりに飾られた店であるため殺風景には感じない。
ナスフォ街1番の通りであるアトリス通りよりも幅の広いポルメイウス市の中心通りは石のタイルで綺麗に舗装されているため、馬車に乗ってても揺れが全く感じられなかった。
目的地であるカサディンさんの個人塾は大通りに面した建物の二階にある。一階が飲食店で三〜五階が宿屋になっているらしい。
建物の前で馬車から降りた俺達は改めてナスフォ街との規模の違いに驚かされているところだ。
アーニャがいたら格好つけて「空が狭いな…」なんて言っていただろう。建物の高さはもちろん、左右の建物から通りを横断するように張られた紐に飾り付けがされているせいもあって、見える空の面積は非常に狭い。
「馬車の窓から見てたよりも大きいし綺麗に感じるね」
「そうですね。ポルメイウス市はここ数年で大幅に建物を改築していますから多くの建物が築3年以内ですよ」
「へー。お金持ちなんだ」
「いえ、なんでもパークス家お抱えの使用人にとんでもない土魔術師がいるらしいです」
「ここ数年で才能が開花したの?」
「ここ数年で魔術が上手く使える年になったという感じです。年齢が確かローラムさんの1個上ですから」
「へー」
これだけの建物を作れる土魔術師なんてほとんどいない。多くの建物は3、4人からなる土魔術師のグループが1週間ほどかけて作る。ただ土を生み出すのではなく、人が住めるほど頑丈で綺麗な建物を作るとなると莫大な魔力と繊細な技術が必要になる。ハンターの道に進んだほとんどの魔術師は建築に要求される繊細な技術は持っていないため、建築にはその専門の魔術師が必要になる。そして、その人口は多いとは言えない。
多くの小さな村では手作業で家を建てる。効率的とは言えないが、専門の魔術師を呼ぶような財布はないので仕方がない。
話がやや脱線したが、五階建ての建物を建てることができる建築グループは王国でも手足の指で数えられる程しかいない。
勿論一流ハンター達の中には1人で建ててしまえるような化け物もいるかもしれないが、そんな化け物に頼むよりかはプロのグループに頼む方が効率的だし費用も安くすむ。
そんな中パークス家は1人でこれだけの建物を建ててしまえるような使用人を抱えているというのだから、他の貴族達に比べて大きなアドバンテージがあると言える。それだけでも王国で有数の大都市になれるポテンシャルがあるというわけだ。
「会って見たいですね」
「ぐふふふふふ」
いつになく得意げにヨーグ先生が笑う。ちょっとだけ気持ち悪い。
「?」
「え、先生にそんなコネがあるんですか?」
「まあ、ドルモンド様から提案してくださったんですがね。同い年くらいならお互いにいい影響があるだろうって」
流石はドルモンド様。こちらが何を考えるかを先に理解して行動してくださる。きっとヨーグ先生ではそんなことまで頭が回らなかっただろう。
「なんだ?せっかく俺が会ってやろうってのに、他の奴の方に興味があるみたいだな。この失礼な赤頭と紫頭はうちには上げねえ。躾がなってないようだなヨーグ」
突如真後ろから低い掠れ声。怠そうに話方ながら嫌な圧迫感がある。
名前を聞くまでもない、この声の主がカサディン・ラストだろう。
俺達の前にいたリーシャ達も声に気がつく。先頭のエディー達は騒いでいるせいでまだ気がついていないようだ。
「…先生、この方は?」
サリアは急に猫をかぶる。みんなのヤンチャな妹枠から知的な女学生枠に早変わりだ。
「久しぶりだねカサディン。建物に驚いてしまうのは無理もないだろ、なにしろうちの街には五階建てなんてないんだから」
「ああ、そういえばお前がいたのはそんなど田舎だったな。どうりで牛臭いガキが多いわけだ」
ヨーグ先生よりも頭1つ以上背の高い大男。コンプレックスからなのか髪は剃られていて、目は黒眼鏡で隠されている。研究者とは信じられないほど体は鍛え上げられていて、上腕の太さが俺の太ももの倍ほどある。想像していたよりさらにとっつきにくい見た目だ。
「この無礼な方が先生の友人の方なのですか?」
「言葉を選べよ紫頭。俺が気に入らないならさっさと牧場に帰れ」
「そうやって威嚇することで自分を守っているわけですか。図体のわりに子犬のよ――っ!?」
いきなり呼吸が止まったサリアが両手を首に当てる。間違いなく、カサディン・ラストが第二魔導でサリアの首を絞めているのだろう。
「今すぐ彼女を離せば許してやる。3秒位内に離さなかった場合貴様の目を潰す。3、2、」
気がつくと真横まで来ていたレラーザ先生がカサディン・ラストに杖を向ける。表情を声音もいつもと変わらないが、なんとなく憤りを感じる。
「…っかはっ!げほっ!は、はぁ。し、信じられ、ません…」
解放されたサリアは膝をついて崩れた。怪我は勿論ないがレラーザ先生は即座に治癒魔術をかける。
「優秀な魔術師様ってのどうも気が早くていけねえ。俺はただ生意気なガキに教育をしてあげようとしただけだぜ?ここはうちの塾だ。どんなやり方だろうが俺の勝手のはずだが?なぁヨーグ、お前は俺のやり方に合わせるって言ったよな?」
「まさか生徒に手を出すとは思ったなかったよ…。次やったら絶対に許さないから」
「かっ!そんなんだからお前はガキに舐められるんだよ。――おら立てよ紫頭。そもそも治癒魔術をかけられるほどのことでもねえだろ。ちょっと息が止まっただけで大袈裟だな魔術師様は」
一連の騒動で騒いでいた先頭の3人も呆然としてしまったし、リーシャやシャローナ先輩は怯え切ってしまっている。そんなリーシャとシャローナ先輩が魔術師だというのがまた良くない。
どうにも馬車の時よりも一段と悪い状況に――
「こらあんた!女の子に手をあげるってどういう神経してんの!?あんた、今日はご飯抜きだからね!」
なるかと思った矢先、一階の店から現れた女性によって空気が一転する。
「!?ま、待ってくれよおばさん!誤解だ!」
「あぁ!?明日のご飯もいらないようだね!」
「ち、ちが、あ、あねさん!勘弁してくれ!」
「まずはその子に謝る!話はそれから!」
「お、俺の話を――」
「話はそれから!!」
「…………わ、悪かったよローラム。お前の話はもともとヨーグから聞いてて、気に入らなかったんだ」
「え、えと、わ、私も生意気な態度とって申し訳ありませんでした」
いつもなら絶対に謝らないサリアも謎のおば…お姉さんの勢いに押し切られて謝った。よくわからないけどとりあえず力関係は『お姉さん>カサディン・ラスト』で間違いない。
「いきなり騒がしくしてしまって大変申し訳ありませんキシルスさん」
レラーザ先生はお姉さんが誰か知っているようだ。と、いうことは多分俺たちが宿泊するところの管理人といった感じだろう。
「謝るのはこっちのほうだよ。レラーザちゃんもローラムちゃん?も、うちの大馬鹿がごめんね本当に。――みんなこれから3日間よろしくね。あたしはロア・キシルス、この建物の管理人だよ」
ロア・キシルスと名乗ったお姉さんは、頭より大きな焦茶髪の大きなお団子が目立つふくよかで優しそうな人だ。アーニャに言わせればザ・小型飲食店の名物母ちゃんって感じだろう。
「あ、あねさん、俺ガキどもの荷物を上に運ぶの手伝おうかなー」
「最初からそういう風に言ってたはずだけど?当たり前のことをするくらいでなに許されると思ってんだい」
「よ、よーしガキども!俺が荷物は全部運んでおいてやるから飯を食え!遠くから来て腹が空いてるだろ!?あねさんの飯はこのポルメイウス市でも1番うまいんだ!なんたって俺がこの建物に塾を開くことにした理由は一階にあねさんの店があるからだからな!」
「1人分あまりがあるからヨーグくんは2人前食いな!あんた細すぎるよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれあねさん!?本気で俺飯抜きなの!?」
「当たり前だよ!!!」
「じゃ、じゃあ荷物なんて運ばねえよ!やってられるかクソババア!!」
「……ふーーん。そう、わかったよ」
「え!?い、いや!嫌だな冗談だよ!よーし!それじゃあ運んできます!世界一美人なお姉さん!!」
カサディン・ラストは両手と空中に持てるだけの荷物を持つと建物の中へと消えていった。あの男のイメージは出会って数分で180度変わってしまった。果たしてカサディンはいつまで飯が抜きになるのか、お姉さんはなんやかんやで優しそうだから昼飯だけ抜きで済む気がする。
とにもかくにも、お姉さんのおかげで楽しい3日間が始まりそうで何よりだ。




