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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第六十二話 第二魔導部遠征③




 みなさんこんにちは。ヨーグです。

 あれから一言も会話をせずに休憩地点であるアドノス街まできてしまいました。教職に就くにあたり、説教をした後の対応は必須スキルであると心得てはいるのですが、できないものはできないものであり、どうしようもないことなのです。

 赤子にハードルを飛べと命令をするのが理不尽であるのと同じくらい、僕に彼女らの間を取り持つことは不可能だということです。それは状況そのものが悪いのであって、責任の所在が全て僕にあるというのはいささか無理があります、はい。


 …さて、醜悪と言っても過言ではないほどの開き直りを見せた僕ではありますが、取れる手段が何もないわけではありません。


 そう。それがこの休憩のタイミングです。

 初めからわかっていたことですが、彼女たちを別々の馬車に乗せてしまえばいいのです。根本的な解決とは言えませんが、今のテドルさんをローラムさんと一緒にしておくことは1番に避けなければいけないことくらいダメダメ教師の僕でもわかります。


 アドノス街でやることは、予約を取っておいた馬車小屋に馬車をとめ、備え付けのお手洗いで用を済ませるだけ。その限られた時間の中でトゥリーくんに話をつけ、なんとかしてもらうことが必須です。彼はハレアさんがいない今、ローラムさんを監督できる可能性のある唯一の生徒なのです。

 馬車小屋に備え付けられたトイレは男性用便器が2つと、男女兼用の個室が2つ、座りっぱなしの体をほぐすためにストレッチをする時間を考えれば話をつける時間くらいは十分にあるとも言えます。


「先生」


 と、こんなことを考えている間にトゥリーくんがこっちに来てくれました。馬車から降りてきた僕たち3人の様子を見て何かを察してくれていたようです。彼とシャローナさんのボールボルドコンビはうちの部ではめずらしい本物の優等生です。偽物の優等生というのはローラムさんやウヌキスくん、今回は欠席のハレアさんなどを指します。


「よかったです。僕も丁度話をしたいと思っていました」


「俺とサリアと先生でひとつの馬車に、もう片方に先輩方2人とリーシャとドレッドに乗ってもらいます」


「は、話が早くて助かるのですが、僕とローラムさんは分けた方がいいかもしれません…。ちょっと情けない話なのですが、喧嘩をしてしまいまして…」


「わかってますよ、なんとなく。サリアが不貞腐れてますし」


「あ、あはは…そういうことなので…」


「でも、先生はサリアが間違ってると思ったから説教したのでしょう?なら、逃げるべきではありません」


 ぎ、ぎくぅっ!!


 優秀な生徒を持つというのは良いことばかりではありません。このようにダメダメ教師からすると逃げ身を塞がれることに繋がってしまうので辛いことでもあるのです。


 察しが良くて、頭が良くて、真面目な生徒は不良生徒以上にやりづらいと先輩の先生方からよく聞きますが、まさにその通りだと思いました。ハレアさんのような不真面目な生徒なら無関心に放っておいてくれる問題を、トゥリーくんのような真面目な生徒は放っておいてくれません。


「…めんどくさいことになったと思ってるかも知れませんが、先生がしたことは間違ってませんよ。良くも悪くもサリアはまだ、やっていいことと悪いことの区別がついてません。今この段階で先生が教えてあげることが大切だと俺は思いますよ」


 そして、なんだか教師側のほうが生徒になった気分になります。プライドが高い人なんかはそれが1番辛いようです。

 幸い僕に守りたいプライドなんてものはありません。めんどくさいとは感じても、いまこそ学べるチャンスだと思って勇気を出すことはそれほど難しくないのです。


「安心してください、先生に任せきりにするつもりがないから俺が一緒に乗るんですよ。アーニャがいない今日こそが1番のチャンスですし、1度サリアには強く注意しておくべきです」


「そ、それなら最初から一緒に来てくださいよ…」


「説教をするためにはその原因を作る必要があると思いませんか?」


「…君はそのためにわざと2人を一緒の馬車に?」


 …それはちょっと。

 トゥリーくんは気がついていないのでしょうか。わざとローラムさんにテドルさんを傷つけさせたというのなら…それは、


「冗談です。アーニャじゃありませんしそんな非道なことはしませんよ。俺としてもまさかここまで酷いことになるとは想定外でした。自分だけ楽しもうなんて思わずに、最初から2人を分けておくべきだったと反省したからこの提案をしにきたんです」


 よ、よかった。少し困ったように笑うトゥリーくんからは嘘をついているような感じが全くありません。トゥリーくんまで説教の対象にしなくてはいけないのかと思ってハラハラしました。


「じゃ、じゃあ作戦会議でもしましょうか、かな?」


「なんですか作戦会議って。そんなことしなくてもただ先生は思ったことを言えばいいだけですよ。あとは俺がなんとかします」


「うーん、僕が何を言ってもローラムさんには響かない気がして…」


「響いてますよ。サリアが不機嫌なのがその証拠です。サリアは性格が悪いだけで頭は悪くないですから、先生の言っていることはなんとなくわかるのに素直になれないってだけです」


「そうなんですかね…」


 はたしてどうでしょうか。トゥリーくんは同じ馬車にいたわけじゃありませんし、ちょっとばかりローラムさんを過大評価している気がします。

 少なくとも僕にはローラムさんに響いていてるとは思えませんでした。


「話してみればわかりますよ」


 トゥリーくんの真っ青の瞳は秋空のように透き通っていて、一切の迷いもないといった感じです。初学生のときからの付き合いがありますし、僕よりもローラムさんのことを理解しているのでしょう。


 ただ、子供のうちは性格なんて簡単に変わってしまいます。ちょっとした出会いや出来事で優しかった子が意地汚い子になったり、逆に横暴だった子が親切な子になったり。本質的な部分まで変わるのかどうかはわからないとしても、表面はコロコロ変わるものです。



 …まあどちらにしろ、これからの後半戦も地獄は続きそうです。





――――――――――――――――――――――――――





「で、トゥリーに泣きついたわけですか。情けない」



 僕とトゥリーくんが馬車に乗り込むや否や、罵倒が飛んできました。

 赤紫の髪をくるくると遊ばせながら、こっちには目もくれず罵倒する姿はまるで意地の悪い姑のようです。


 いろいろ言いたいことはありますが、1番気になるのは彼女の座る位置。真っ先に馬車に乗り込んだ彼女は後ろ向きの席に座りました。酔いやすい設定はどこにいったのでしょう。


「サリアの挑発をいちいち気にしてたら禿げますよ」


「え、禿げるんですか?」


「ストレスは禿げる原因になるらしいです」


「ど、どこ情報ですか?僕の家は代々ふさふさだから安心していたのですが…」


「アーニャが言ってました。ああ、でも遺伝も関係あるって言ってましたよ」


 あの子はどこでそういうのを調べてくるのでしょう。

 あってるかどうかはともかくとして、僕はまだ結婚相手の目処も立っていないのに髪を失いたくはありません。

 そ、そういえばなんだか教職についてから抜け毛が多い気がします。言われてみればくらいの話ですが…。


 などと考えていると、嫌な笑顔をしたローラムさんと目が合いました。


「辞めるなら早い方がいいと思いますよ?」


「ヨーグ先生がストレスのせいで辞めたら原因になったサリアは間違いなくアーニャに嫌われるね」


「先生は顔がいいからハゲでもかっこいいと思います」


 と、とんでもない変わり身の速さ…!

 禿げさせないように気を遣ってくれるわけではなく、禿げてもいいという方向にフォローを入れてくるとは、ローラムさんはやはりいい性格をしてますね…。


「今度それとなくアゲハ先生に髪型の好みを聞いてみよっか」


「ついでに眼鏡が好きかどうかも聞いてみよう」


「あ、私もヨーグ先生のメガネ似合わないと思ってた!逆にトゥリーがかけてみたら?知的な感じ………は、無理そうだね」


「リーシャはいまの見た目が好きって言ってくれるから変えるつもりはないよ」


「うわ。いきなりのろけられた」


 …これ、僕さえいなければ平和なんではないでしょうか。トゥリーくんとローラムさん2人で話をしているところというのはあまりみたことがありませんでしたけど、とても仲が良さそうです。


 猫をかぶってる時のローラムさんは別として、普段の部活中のいい加減なローラムさん、ハレアさんといる時のローラムさん、さっきまでの姑みたいなローラムさん、今の年相応の女の子みたいなローラムさん、どれが本当のローラムさんなのでしょうか。


「せんせーメガネかしてください」


「え?あ」


「どうですか?正直アゲハ先生より美人ですよね?」


 許可を出す前にひょいと取りあげられました。


 僕の丸眼鏡を掛けたローラムさんはなんだか普段よりも一層大人っぽく見えます。

 もともとローラムさんは中学生とは思えないほど色気のある美人です。こうして眼鏡を掛けて黙っていれば生徒よりも教師に近い年齢に見えます。


「分不相応な色気を出しても気色悪いだけだよ」


 気色悪いって…なかなかの暴言では?


 しかし、ローラムさんが傷ついた様子は全くなく、無言で僕にメガネをかけてきます。まあその辺りは2人なりの距離感があるのでしょう。


「えートゥリーもしかして私に色気感じちゃったの??リーシャに報告しちゃおー」


「気色悪いって言われたって?」


「そうはならないのが偏向報道ってやつだね」


「じゃあ俺も一方的にサリアが言葉責めでアリシア先輩を泣かせたって報告しとく」


 上手くトゥリーくんが例の話の方向に向かわせてくれました。とりあえず僕は黙って様子でも見守るとしましょう。

 ローラムさんは困ったように少しトゥリーくんを睨むと黙り込んでしまいました。すぐに言い返すかと思っていたので意外です。




「………………………いじわる」


「あ、あなたが言いますか…」


 ギロリと、僕の方にローラムさんの視線がきました。


 黙っていれば良かったのに思わず口を出してしまいました。しかしまさか、ローラムさんの口から意地悪なんて言葉が出てくるとは。てっきりその言葉はローラムさんのことを意味すると思ってました。


「…はぁ、私だってちょっとは言い過ぎたことくらいわかってますよ。先生が言いたかったことも全くわからないとは言いません。でも、言葉の暴力がなんだって言うのは何も悪いことをしていない人間に対してだけの話ですよ。人に一生残るような傷をつけた人でなしなんて誰に何を言われようが悲しむ資格なんてありません」


「批判されるべきなのは僕だけです」


「いいえ私はそうは思いません。先生に責任があることも確かですが、冷静に考えると先生でも予期できないほどの致命的なミスをしたあの人の方がよっぽど悪いです。だって普通にしていれば起きないミスなんですから、普通の人にできる当たり前の注意ができてなかったってことなんですよ。最近ではむしろ、先生もあの人のせいで評判の落ちた被害者だと思うほどです」


「そ、それは違います!テドルさんは優秀すぎて僕が教える以上に進んでしまったか――」


「だからそれが悪いんですよ。自分の力量すら判断できずに言われた通りやってたから事故に繋がったというのはなんの言い訳にもなりません。馬だって街中を全力で走ったら危ないことくらいわかります」


「力量がどうとかじゃなくて!誰だって自分が知らない技術に対する認識は甘くなります!」


「ほら『甘くなる』ってあなたもわかってるじゃないですか。その『甘さ』のせいで人が怪我したのなら、それを悪と言わずになんと言うんですか」


「揚げ足をとってないでまともに話をきけ!」


 どこまでもローラムさんは僕の話を聞く気がない。


「…そうやって怒鳴りつければ言うこと聞くと思った?下手に出てればいい気になって。いつからお前が一方的に上の立場になったんだよ」


「っ!な、ぼ、僕は教師で、あなたは生徒でしょう!?」


「金を払ってるのがうちの親で金をもらってるのがお前。私に教わる権利はあるけど義務はない。価値観の押し付けは教師の職務じゃないと思うけど?」


 ………っ!!ほんっっっっっとに!!!


 だ、だから!もう!その!


「だ、だから、だから!だ、だから…っ!」







「ーーだから、なに?」







 だから……だから、僕は…あなたに教えたいのに…


「………だから…」


 …なにも、言い返せません…。






















「…まあ、ヨーグ先生にしてはよく頑張ったと思いますよ。敗因はサリアが自分にとって都合の悪いものからすり替えた論点に付き合ってしまったことです」



「『言葉でも人を傷つけられる。だから口が悪いのは直すべきだ』これだけを言っておけばいいのに、やれ『こういう人なら傷つけてもいい』だとか、やれ『アリシア先輩は悪い』だとかそんなくだらない話に付き合ったせいで言いくるめられて大声出して致命傷になって」


「最初からサリアが間違ってて、先生が正しいんですよ。サリアは法律でもなんでもないんですから、正義ヅラしてアリシア先輩を傷つけたところでやってることはその辺の暴漢と変わりません。サリアが『言い過ぎた』と言った時点で自分がアリシア先輩を傷つけたことは認めたんですから、それをやめろと言うべきだったんです。『どんな相手だろうと人を傷つけてはいけない、それをしたら君が蔑む相手と同じになってしまう。僕は教師として君にそれを伝えたい』これだけの話だったんですよ」


「道徳的な話をしたいなら『報復は報復しか生まない。誰か賢い人がそれを断ち切らないといけない。僕は自分の教え子にはそういう人であってほしいと思う』とか言えばいいし、そもそもサリアのいうところの被害者であるアーニャがアリシア先輩を恨んでないから、サリアの建てた大義名分なんてあってないようなもんですし」


「まあ、かなり上から目線になりましたけど、ヨーグ先生にしては頑張ったと思います。正直もっと早く、あんなに熱くなる前に俺に助けを求めると思ってました」



 …そ、それは、頭がまっ白になってただけで。


「とにかく、サリアもヨーグ先生が言いたいことわかるでしょ?こんなに不器用で説教が苦手なヨーグ先生が熱くなってまでサリアに何を伝えたかったのかもっと考えなよ」


 …い、いえ、熱くなったのは普通に腹が立ったからなんです、本当に情けない話ですが。


「………別に、最初からわかってるし。ただムカつくから言い返してただけ」


「先生が誰のためにストレスを抱えてまで説教をしたのか本当にわかってる?」


 あ、あはは。半分はただのプライドかもです…。自分にプライドなんてないと思ってたんですけど、意外とあったんですよね…これが。

 トゥリーくんからローラムさんへの説教が始まってやっと冷静になれました。僕は頭に血が昇ってしまっていたようです。慣れない説教というのもありましたし、ローラムさんの口がうまいというのもあってどうも熱くなってしまいました。


 対するトゥリーくんは至って冷静です。真っ青の瞳は冬空のように冷ややかです。あのローラムさんが縮こまっています。怒らせると怖いタイプとはまさにトゥリーくんのような人を言うんですね。


「……もう、わかったってば。2度とアリシア先輩を不必要に傷つけるようなことはしません。先生も舐めた態度とってすみませんでした。はい、これでいいんでしょ?」


「…アリシア先輩だけじゃないよ。ムカついたり、気持ち悪いと思う人なんてこれからいくらでもいると思うけど、思ったとしても口とか態度に出すなって話。これはその人たちじゃなくてサリアのために」


 そ、そうです!そういうことが言いたかったんですよ!


「…だからわかったってば、しつこい」


「わかったらしいですけど、先生から補足してなんか言うことありますか?こんな態度ですけど多分本当に反省してますよ」


 こ、ここで僕に振りますか…。


「ま、まずは、楽しい遠征の前にこんな空気にしてしまってすみませんでした。本当に至らぬ教師です…。多分こうやって、生徒の顔色を伺ってしまうからいつまでもダメなんでしょうけど、ローラムさんがわかってくれたというのなら僕はそれでいいんです。だ、だから、な、仲直りしてくれませんか…?」


「…うわぁ」


 え!?トゥリーくんになんかすごい蔑まれた顔をされました!さっき君『態度に出すな』って話してましたよね!?


「…ぷっ!私は寛大だから幼気な少女を屈服させようと怒鳴りつけてきたダメせんせーを許してあげまーす」


「……うっわぁ」



 なんだか僕とローラムさんの距離が縮まった代わりに、トゥリーくんと僕たちの距離が離れた気がしますね…。


 ニヤニヤしながら差し出してきたローラムさんの手をとります。こうして握手をするとハッピーエンドに見えるから不思議です。

 僕に対してのローラムさんが常に裏面というせいで散々痛い目にあいましたが、今回ばかりはそれがいいことに思えます。これ以上の裏はないということですからね。


 これでようやく地獄の馬車編とはおさらばできそうです。もともと僕は人と争うのが大嫌いですから。






「………………だ、だから、せんせーも意地の悪い生徒を許してください、ね…?」





 あら、裏の裏はなんとやら。


*愚痴









恐ろしくストーリーに関係のない長話。難産でした。

更新頻度あげます。

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