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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第六十一話 第二魔導部遠征②

地獄の馬車編

読み飛ばしてもそんなに問題ありません。




 みなさんこんにちは。ナスフォ中等教育学校第二魔導部顧問のヨーグ・アルパンタです。

 教師歴2年にして、生徒に大怪我をさせてしまったどうしようもない若者としてナスフォ街に名を轟かせることになってしまった僕ではありますが、ちょっと前までは王都でそこそこ名の知れた研究者でした。

 

 そもそも第二魔導というのは歴史の浅い研究ですが、実践レベルとして発展したのは本当にここ2、3年の話です。

 そうです。何を隠そう、この僕と相棒のカサディンで発展させたのです。本当に僕はちょっとした研究者なのです。


 まあしかしながら、優秀な研究者が優秀な指導者になれるというわけではありませんでした。僕たちの研究の成果である第二魔導に深く興味を抱いてくださったパークス家様の領地に赴き、カサディンはポルメイウス市で、僕はナスフォ街で教職に着きましたが、概ねどちらもうまくいっていません。


 カサディンはもともと正確に難があるやつです。

 なんの魔術適性を持っていないことに酷くコンプレックスを持っていて、周りの才能がある人間を僻んでいます。さらに、第二魔導を取得したことによって魔術を使えない他の人間を見下しています。ようするに、自分と僕以外の人間全てに対して敵意やら悪意やらがあります。当然教職なんてまともにつとまらず、1ヶ月で教師を辞めて個別塾を開きました。塾なら熱意のある人間しか来ないからまだいいらしいです。


 僕は正直、教師を上手くできると思っていました。

 昔からクラスメイトに勉強を教えたりは良くしていましたし、人と争うことなんて生まれてこの方一度もありませんでしたし、子供も好きですし。


 それなのに、蓋を開けてみたら全然ダメダメでした。


 女の子に大怪我をさせてしまうし、生徒たちからは完全に舐められてバカにされるし、なんて、色々言い出したらキリがありません。


 …まあとにかく僕はダメダメです。こんなことを言ってしまってはアレですが、正直研究者に戻りたいです。











――――――――――――――――――――――――――








 一定に刻まれる馬の蹄の音、それに轢かれる車輪の音、変化といえばたまに小石に車輪がぶつかるくらいのものだ。



 窓からの景色は緑一色から変わることがない。


 かといって景色を見る以外にやることもない。

 変化がほとんどないにしても、馬車の内装を見るよりかは景色の方がまだいい。もしかしたら何か変化が起こる可能性だってある。



 暇な時間というのは普段の授業で慣れているし、高級馬車なだけあって冷房もついているから暑くもない。


 退屈なら寝てしまっても構わないのだろう。

 斜め向かい側に座る後輩は馬車に乗って15分もしない内に眠りに落ちた。


 黙っていると本当に綺麗な顔をしている。

 寝ていれば可愛いのにと思う一方で、彼女の1番の美しさである琥珀色の瞳が見えないのは残念に思う。


 美しいものは好きだ。

 馬車の内装だって最初の30分は魅入っていた。座席や天井は勿論、窓枠だって細部まで丁寧に銀細工が施されている。


 金細工じゃなくて銀細工なところがまたいいと思う。金色は長くみていると諄く、五月蝿く、暑苦しく感じてくる。



「……いまどのあたりですか…?」


 瞳は閉じたまま、彼女が目を覚ます。


「んー、まだ学校を出てから2時間46分だから半分も来てないんじゃない?」 


「あなたには聞いてません」


「…」


「……そ、そうですね、えーと、ん、あそこの森がカチーニの森でしょうから、もう折り返しは過ぎてますね。ちょっと予定より早く着きそうですね」


「そうですか、ありがとうございます。ところでお手洗い休憩ってできますか?」


「ええと、アドノス街で休憩の予定ですから、後30分くらいですかね」


「………わかりました」


 後輩の顔色が変わる。

 多分、寝ている間に便意を催したのだろう。


 私が彼女に嫌われているのには、それなりに正当な理由がある。だから、私は彼女に直接喧嘩をふっかけるようなことはできない。どこまでいっても立場では私の方が下なのだ。


 でも、流石に今日はちょっとだけストレスが溜まってきたから少しだけやり返す。


「サリアちゃん漏らしちゃメッ!だからねー」


「はぁ!?別にそういうことじゃありませんよ!?」


「じゃあどういうことなのー??」


「先生、先輩から強烈なセクハラを受けています!この人のことを強制退部させてください!」


「えぇー?私、なんかセクハラみたいなことしたかなぁ?」


「じゃあ頭の悪いバカ女にも教えてあげましょうか??寝ている間にナプキンが汚れてしまって気持ち悪いので取り替えたいと思っていたんですよ。女のくせにそんなことも察せないんですか? ――あぁ、あなたみたいな下品な人間は常に股間が汚れているから、経血なんて気になったことありませんか。なんであなたが常日頃から生臭いのか気になっていましたが、やっとわかりましたよ。まったく、思春期の少女に男性の前で月経のことを言わせるなんて、とんでもないセクハラですよ。まあでも、一概にあなただけが悪いとも言えませんね。あなたに清潔を保つように教えてくれなかったあなたの母親も悪いですから。 ――あぁ、もしかして母親も不潔だったりしますか?蛙の子は蛙っていうなら、蛙の親も蛙ってことです()()。あ、いまの『しね』はダブルミーニングです。アーニャ風の駄洒落ってやつです」


 1言ったら100返ってくるとはまさにこのこと。よくこんなに酷い罵倒がすらすら出てくると感心する。


 感心するけど…



「…ママは関係なくない?」


「は?」


 関係のない母親まで馬鹿にされるのはどうしても許せない。つっかかったらまた言い返されるとわかっていても黙っているわけにはいかない。


「…あのさあ、言っていいことと言っちゃダメなことの区別くらいつけてよ。私とサリアのことにママは関係ないじゃん」


「関係ないわけないじゃないですか。あなたの両親のせいであなたが生まれたんですから、あなたの行動全てに対してあなたの両親には責任がありますよ。そんなことも言われなきゃわかりませんか?それとも、大好きなママが馬鹿にされてカッとなって口が滑りましたか?そんなに大好きならさっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸っててくださいよ。下品な女同士楽()()()ください」


「だから!私を産んだことが悪かったとしても、別に下品だとかそういうのは関係ないじゃん!ママに対して不当な悪口を言ったのは取り消して謝ってよ!」


「あなたの母がまともな子供も産めないくせに性欲に任せて行動した結果が、アーニャの背中の」



「っ、ローラムさん!!!!!!!」



 ーーちょっとした静寂。


 やっぱり言い返さなければよかった。私のせいで母が馬鹿にされた。私のせいで自慢の母が貶された。


 いや、貶されたのではない。私のせいで母の評価に傷がついた。彼女の言い分はめちゃくちゃだけど、全くの的外れってわけではないのだから。


 あの事件を起こすまでは、母は毎日のように自慢の娘だと言ってくれていた。



 悲しくて、悔しくて、涙が溢れ出てくる。

 それを彼女に見られたくなくて窓の外に視線を戻す。


 泣いてるところを見られたくなくて、暇を耐えて起きていたのに。


 あれから、寝るたびに泣いてしまうから。



「………なんですか?」


「テドルさんも言っていましたが…い、言っていいことと言ってはいけないことの区別はつけてください!ハレアさんのことは完全に僕のせいで、テドルさんは悪くありません。それに、それを抜きにしても人の両親を貶すような発言は絶対にしてはいけません。あなたは少し……い、いや、かなり口が悪すぎます!もう少し相手のことを考えてくだすいっ!」



 再び静寂。


 何も言えなくて、泣くことしか出来なかったら私の代わりに先生が勇気を出して言ってくれた。


 この人の評価も私のせいで地に落ちた。王都からやってきた優秀な研究者から、生徒に大怪我をさせた愚かな若手教師に。



「…言っていいか悪いかなんて、先生や先輩が決めることじゃありませんよ。私、暴言は吐きますけど人に怪我はさせないので」


「怪我させていなければ人を傷つけていないなんて間違っています。あなたの心無い言葉のせいでどれほどまでにテドルさんが傷ついたのかを考えてください」


「人に悪口を言われて傷つくのは自覚があるからですよ。全くの不当な悪口なら腹こそ立つでしょうけど傷なんてつきません」


「いいえ、そんなことはありません。周りの人に繰り返し言われることでまるで自分が本当に悪いと感じてしまう人がほとんどです。」


「じゃあ勝手に傷ついてればいいじゃないですか。私、何か悪いことしましたか?何か法的に咎められるようなことでもしましたか?それとも先生は殴り合いの喧嘩の方が健康的だとか言いますか?」


「…殴り合いの喧嘩を肯定はしませんけど、心を痛めつける暴力よりは健全だと思います」


「やっぱり価値観が合いませんね。私は形に残る傷をつける方がよっぽど悪いと思います」



「テドルさんは!あなたに消えないほどの傷をつけられています!僕がハレアさんにしてしまったことと同じほどに残酷なことです!目に見える傷が全てじゃないと僕は言ってるんです!」



 2人の視線がこちらに向くのがわかる。

 ばれたくないのに、肩の震えが止まらない。



「平行線ですね。休憩まで寝ます」



「……あなたは…あなたが間違っています。今は分からなくてもいつか絶対にわかる日が来ます。今はまだ分からないとしても、人を傷つけるような暴言は止めるべきです」








――――――――――――――――――――――――――







 …みなさんこんにちは。ヨーグ・アルパンタです。


 勇気をだして生徒に説教をした結果、なんの成果も得られないどころか、最悪の空気にしただけで終わってしまいました。肝心なところで噛んだし。


 でも、自分が間違っていたとは思いません。


 人を傷つけるような悪口は絶対に言ってはいけませんし、それを子供に教えるのが教師の仕事だと思います。

 賢い子ほど教育をするのが難しいと言いますが、まさにその通りだと思います。暴力を振るうことよりも、暴言を吐くことを注意する方が理由の説明が難しいですし、賢い子たちはみんなしっかりと理論武装してきます。


 そんな子たちに、間違ってなければ何をしてもいいわけではないと教えるのが1番難しいです。

 法律で決まってないから、怪我をさせてないから、実害を加えてないから、なんてのは賢い子供の常套句です。


 そういえば、欠席している1番賢い子はなんだかんだ言いつつ人に対してやっていいこととダメなことのラインはしっかり見えています。

 内心でどう思っているのかは知りませんが、人が本当に言われて嫌なことは言いませんし、本当にやってはいけないこともやりません。


 その『ライン』というのは、元から持っているものではなく、生きていく中で見えてくるものです。

 どうして彼女と一緒に育ってきたはずのローラムさんには見えないのでしょうか…。



 なんでもいいですけど、あと2時間30分くらい地獄が続きそうです。

書いててもイライラする回でした。久しぶりの更新、地獄で申し訳ありません。

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