第六十話 第二魔導部遠征①
「え、アーニャこないの?」
先生にアーニャの欠席を伝えると、近くにいたサリアが驚いているのか悲しんでいるのかよくわからない感じで聞いてくる。
直接聞いてきたのはサリアだけど部員みんなが俺の答えを待っている。全員アーニャが今回の旅行を楽しみにしていたのを知っているから、欠席するなんて信じられないのだろう。
「時には『今』よりも大切なことがある」
「そうやってアーニャが言ってたの?」
「そう」
よくわかんないけどとりあえず今回の欠席は長期的に見たら仕方がないことらしい。多分そんなに大事じゃない。下らないといえば下らないと理由だと思う。
「本当にただの体調不良?そんなことで休むと思えないけど。なんか企んでて後から来るとかそういう感じはあった?」
「ないね。100%来ない」
ラファから聞いただけでは信じられなかったけど、アーニャの部屋に行って見た感じなんかよくわからない覚悟が決まっている感じだった。とにかくアーニャは来ない。
「じゃあ私もいいや。アーニャの看病に行ってくる」
「!?ダメですよローラムさん!」
先生が明らかに焦る。まあ領主様に呼ばれたのに欠席が多いようではメンツが潰れてしまうし仕方ない。
そういえばレラーザ先生も来るって聞いていたけどまだ来ていない。馬車が来るまでもうそんなに時間がないけど大丈夫なんだろうか。アーニャの一件もあったし、ヨーグ先生だけではちょっと心配だ。
「ラファがつきっきりで看病してくれるらしいからサリアが行ったらむしろ邪魔だよ」
走って校門から出ていきそうになるサリアの腕を掴んで引き留める。
「なにそれ喧嘩売ってんの?」
「同じ立場になって考えて見なよ。アーニャがつきっきりで看病してくれるってなってたのにいきなりドミンドが来たらどう思うよ」
「……………言いたいことはわからなくもなくもなくもない気もない気がするけど……ドミンド扱いはひどくない?」
いきり立っていたサリアが一瞬で凹む。流石にドミンド扱いは酷かったかもしれない。
「まあ、ごめん」
「いや俺にひでぇよ!!」
「「うるさい」」
俺とサリアの意見が合うなんてかなり珍しい。まあそのくらい早朝にドミンドはキツいということだ。
馬車を待つ場所は校門の近くの灯の下。着いたばかりの時はまだ少し薄暗かったけどもうかなり明るくなった。街の人達もそろそろ仕事の支度を始める頃だ。
「あ」
とはいえ、まだ静かなので近づいてくる馬車の音にはすぐ気がつく。音の方に視線を向けると俺達が乗る3台の二頭立て馬車が見えた。
「レラーザ先生まだ来てないけど大丈夫なんですか?」
シャローナ先輩が俺の言いたかったことを代弁してくれた。姉弟いじりされ過ぎていたせいで本当の姉弟みたいに似てきたのかもしれない。
「レラーザ先生は先に馬車に乗っているから大丈夫ですよ」
「そういうことは先に言っておいてください」
姉さんの言う通りだ。姉さんじゃないけど。
ヨーグ先生は必要な連絡が足りていないことがあまりにも多い。必要か不必要かを決めるのは受けて側の方なのだからなんでも伝えておけばいいと何度も言ったのに、先生はいつまで経っても進歩しない。アーニャに言わせれば学生気分が抜けていないと言うやつだ。
俺に言わせれば『ほうれんそう』くらい初学生でもできる。
「そういえばアーニャがいなくなったら馬車の人分けどうするの?」
「別にどうということはないでしょ」
「だって、アーニャがいないと私とサリアとドレッドとかいう地獄みたいなメンバーになるよ。アーニャ抜きでサリアと同じ馬車でやっていく自信マジでないんだけど」
アリシア先輩とサリアの仲は悪い。
アーニャに怪我をさせた時点で微妙になっていたサリアのアリシア先輩に対する好感度は、その後のアリシア先輩からアーニャへの過剰なスキンシップによって地の底まで落ちた。人として嫌いとかの話ではなく、謎のライバル意識でバチバチというわけだ。
「どうでもよすぎるでしょそんなの」
またもや俺の言いたかったことを姉さんが代弁してくれた。
「どうでもよくありません。俺は絶対に嫌です」
珍しくドレッドが先輩に食いかかる。同期に対してもあんまり『NO』とは言わないドレッドが先輩に突っかかるなんてめちゃくちゃ珍しい。
まあドレッドは確かに嫌かもしれない。これが短時間ならまだしも、ポルメイウス市に着くまで個室でアリシア先輩とサリアと一緒に閉じ込められるなんて俺ならまず逃げる。
「無常にも馬車が到着してしまったよ。可哀想だとは思うけど、ドレッドには我慢して貰うしかない、ね」
「メンバーなんて乗る直前まで変えられるだろ!」
エディーがいかにも芝居じみた感じで肩をすくめる。俺は昔から気がついていたが、エディーはめちゃくちゃ性格が悪い。人をバカにしたり、煽ったりするのがとにかく好きなやつだ。
昔はすごい頑張って隠していたからアーニャすらも気がついていなかったけど、最近は隠す気すらないから部活のメンバーは全員わかっている。
「おはよう諸君。予定より少しだけ時間が早いけど全員いるかな?……おや、ハレアがいないね」
「おはようございます。ハレアさんは欠席なのでこれで全員です」
「またなんか企んでるのかな?まあ、これで全員なら出発してしまおうか。時間に余裕がないわけではないが、予定外の事故が起こらないとも限らないからね」
レラーザ先生はまさかの御者としてやってきた。
レラーザ先生の乗る馬車以外1人で運転していることから考えると、もともと御者として行く予定だったわけではなく好きで御者をしているという感じだろう。
「ドレッドもレラーザ先生みたいに前に座らせて貰えば?」
「…それはそれで気まずい」
だめか。妙案だと思ったのに。
「じゃあヨーグ先生あげるよ。俺的にはヨーグ先生がいない方が幸せだからね」
俺とリーシャとシャローナ先輩。まさに両手に花というやつだ。てか、サリアとアリシア先輩は2人とも信じられないくらい美人なんだし男なら喜んでもおかしくないメンバーのはずなのに。
「なら俺がトゥリーの方に行ってもいいかな。シャローナ先輩もカップル2人のところに1人だけってのは気を使いませんか?」
「うん、そうだね。私もそう言おうと思ってた」
「!?ちょ、ちょっと待ってください!そうなったら僕が辛いですよ!!?」
確かに俺達2人と3人きりってのはシャローナ先輩が気まずいか。流石ドレッド、本当に気の利くやつだ――と、昔の俺なら思っていたけど、ドレッドの目的が他にあることを今の俺は知っているからなんとも言えない。
レラーザ先生が御者台から降りて馬車の中に入る。彼女はエディードミンドレノ男子トリオの監視役だから外に出ておくわけにはいかない。
うるさいにはうるさいだろうけど、賑やかだし楽しいには楽しいメンバーだと思う。レラーザ先生に注意されたりしながらっていうのも、それはそれで学校の行事感があって楽しいんじゃないだろうか。
「馬車に乗るとワクワクしてくるね!アーニャが来れなかったのは残念だけど」
「酔いそうだったらドレッドに代わってもらいなよ」
「大丈夫だと思う!」
一方うちの馬車は進行方向左手側の後ろ向きの席に俺、俺の隣にリーシャ、リーシャの向かい側にシャローナ先輩、その横にドレッド。1番落ち着いて平和なメンバーだ。
このメンバーなら密室に6時間いても何の問題もない。平和に楽しくポルメイウス市までいける。
「じゃ、じゃあ僕はここに座りますね。どちらか隣に来ます?」
「私は酔いやすいので後ろに座りまーす」
「…じゃ、じゃあローラムさん隣にきますか?」
「おじさんの匂いがするので嫌です」
「……じゃ、じゃあテドルさんつめてあげて貰えますか?」
「アリシア先輩の横はもっと嫌です。雌臭いので」
「………じゃ、じゃあ僕がテドルさんの横に行くので、つめてもらっていいですか?」
「私も酔いやすいので前側の席は無理です」
「じゃあどうすればいいんですか!?」
…残る1つの馬車は……まあ、まあ、。
アリシア先輩とサリアの仲に問題があるというか、アーニャがいない時のサリア自体に問題がある。あまりにもめんどくさいし、うざいし、だるい。
アーニャは見た目がいいから中身が悪いのが許されてるって言われてるらしいけど、アーニャなんてサリアに比べれば中身も十分にいい子だ。比べるのすらアーニャに失礼だ。
サリアは見た目が悪ければこの世の全ての負の要素を詰め込んだようなやつだと俺は思う。
「……私、アリシアと変わってくるよ」
「ま、待ってください!」
見かねたシャローナ先輩がアリシア先輩と変わろうとするのをドレッドが引き止める。
「どうかした?」
「えーっと、アリシア先輩とサリアが仲直りするいい機会なんじゃないかなって、思ったというか……」
今ここには全く関係ない話だけど、ドレッドには好きな人がいるらしい。年上で大人っぽくて黒髪で優しくて穏やかな人らしい。この前1年生で恋バナをした時にそんなことを言っていた。全く関係ない話だけど。
「でも、このままじゃ出発もできないし」
ただ、そんな想いは言わないと伝わらない。ここで適当なことを言って引き留めてもシャローナ先輩は行ってしまうだろう。関係ない話だけど。
「そう、ですよね…」
ここで諦めるからいつまで経っても『いい後輩』止まりなんだと思う。本当に好きな人と付き合いたいと思うのなら、チャンスを待つだけじゃなくて自分からも積極的に作る必要がある。せっかくの機会を手放して、次を待ってる間に他の人に取られたり、あるいは完全に機会を失ってしまったり。
限られた機会を物にするというのは恋愛に限った話ではなく、どんな物事においても大切だとアーニャが言っていた。アーニャにとって今回の夏風邪はその限られた機会らしい。
まあ、ほとんどの人間がそんなことはわかっている。わかっているのに行動に移せないのは、失敗を恐れているからというのが大きい。今ある関係が壊れるのが怖いとか、そもそもチャンスを物にできなかったことを考えると怖いとか。
「あ、あの!」
――ただ、待ちに徹してしまいがちになるのは失敗を恐れるからだけではない。待っているだけでチャンスが訪れてしまうことがあるから、理論上待つことが正当化されるとアーニャが言っていた。
「ドレッドはシャローナ先輩と一緒の馬車がいいんです!」
往々にして、そういう偶然に生まれたチャンスの方が物にしやすいというのが、それに拍車をかけているらしい。
…今ここには全く関係ない話だけど、俺の彼女はそれなりにアホらしい。
トゥリー・ボールボルド
シャローナ・ボールボルド
いとう並みに多い名字です。




