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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第五十八話 夏休まないのである




「今日は本当にありがとうございました」


「いやいや、こっちこそいろいろ仕事手伝ってもらってありがとな!」


 稽古をつけてくれと頼んできたトゥリーをなんやかんやで一日中こき使ってしまった。稽古をつけてあげたのが3時間くらいなのに対して5時間以上働かせてしまったし、悪いことをしたと思う。


 帰る準備を始めようと机を見ると、今日の夜間警備担当者の水筒が置きっぱなしになっている。


「トゥリー悪いんだけど最後にこれをロガースに届けてきてもらえるか?渡したら帰っちゃっていいから」


「わかりました。では、お先に失礼します」


「わるい、ありがとな!」


 トゥリーは本当に良い男に育った。


 昔から真面目ないい子だったけど、あの事件からは男として頼れるようになってきた。おれとしては人生で1、2を争う苦しい思いでだけど、結果としては悪いことばかりでもない。

 中学生になってガールフレンドができてからは、人としてさらに強くなったと思う。男にとって守りたい人が決まるというのは、どんなことよりも強烈な原動力になる。


「…どうだった?」


「まさに強くなったとしみじみ感じてたところだよ。アーニャのけつだけを追いかけてたときより、ずっといい男になった」


 アーニャに並びたいってのは『男の子』としての憧れから来たものだったんだと思う。きっと、リーシャちゃんを守りたいってのが『男』としての強い意志だ。


「…俺はやっぱり、アーニャちゃんを追いかけ続けて欲しかったけどな」


「まーたそれかよ。いい子じゃないかリーシャちゃん。お前がアーニャを好きなのはいいけど、息子の恋愛に首突っ込んだら取り返しのつかない喧嘩になるぞ?」


 セドルドは昔からアーニャのことを自分の娘みたいに可愛がってくれている。小さい頃、アーニャがセドルドに懐いていたというのが大きい。おれよりもセドルドに懐いていたし。


 でも、いくら自分がアーニャのことを好きだからって、息子も同じように想ってるとは限らない。

 トゥリーにとってのアーニャは『女性』というよりも『師匠』としての側面が大きすぎるから、恋愛対象にはならないんだと思う。


「アーニャちゃんが良いってのは確かにある。でも、それだけじゃない。 ――俺は、あのリーシャ・ユティとかいう子がいい子とは思えない」


「……それは、獣人だからか?」


「……はっきりと違うとは言えないが、それだけが理由じゃない。俺だってもう、獣人にもいい奴と悪い奴がいるなんてことは理解できているつもりだ」


 セドルドはずっと昔、大切な人を獣人に殺された。

 だから、理屈ではわかっていても本能的に獣人を受け入れられないというのはあると思う。


 それでも、そんなのはリーシャちゃんには関係ない。

 『そんなの』なんて言葉で一蹴してしまうには、あまりにも重い過去かもしれない。でも、リーシャちゃんからしてみれば、全く関係ない人のせいで自分の彼氏の父親に認めて貰えないなんてのはあんまりだ。


「リーシャちゃんはいい子だよ。お前はまだ受け入れられないかもしれないけど、獣人も純粋人も同じだ。善人も悪人も、人種は関係ない」


 純粋人にだって信じられないような悪党は数え切れないほどいる。セドルドが初めて会った獣人がたまたま悪人だったってだけなんだ。


「違う、違うんだ。多分、断言は出来ないけど、俺はあの子が獣人だから嫌なんじゃない。あの子自体がわからないんだ。わからないけど、『いい子』ではないとは思う」


「なんだよそれ」


「わからないんだ本当に。人ではない違う生き物でも見てる感じだ。何度会っても、何を考えてるのかがわからない。 ――俺はあの子が少し怖い」



 ……わからない、か。


 リーシャちゃんには2回会ったことがある。

 美人で、上品で、人当たりが良くて、ちょっと抜けてるところなんかも中学生らしくて可愛らしい子だと思った。


 『わからない』なんてことはない、ごく普通の女の子だと思った。



 それこそ、アーニャよりずっと。



「…アーニャはどうだ?お前はアーニャのことをいい子だと思うのか?」


「? 何を言ってるんだお前は。アーニャちゃんは誰よりもいい子に決まっている」


「おれは…」



 いつからだろう。


 大好きなのも大切なのも変わらないのに、いつから俺はアーニャのことを『いい子』だと思えなくなったのだろう。



「おれには…アーニャの方がわからないよ」


 おれにはアーニャがわからない。

 何を考えているのか、おれたちのことをどう思っているのか、アーニャにとって何が大切なのか。


「父親のくせに何を見てきたんだ。ちょっと危なっかしいところは確かにある、俺たち凡人には理解し難い部分も確かにある。でも、あの子は家族思いで、友達思いで、甘えん坊な普通の女の子だ」


 セドルドはリーシャちゃんがわからないという。

 トリシアはラファのことがわからないという。


 おれからすれば、その2人なんてわかりやすい。



 リーシャちゃんは人に好かれたいと思っている。


 初めて会った瞬間に、どんな人からも好かれたいと思って生きてきたことがわかった。自覚があるのかはわからないが、どんな時でも人に嫌われないように気をつけていた。

 そして、今は自分の強い意志でトゥリーに好かれようと努力している。真っ直ぐで女の子らしい女の子だ。



 ラファは強さに憧れている。


 強くなることが目標だから、自分より才能があるのに努力をしないアーニャを受け入れられない。自分の弱さを受け入れて、周りを頼る生き方をする人間が理解できない。

 一般的な『いい子』ではないかもしれないけれど、おれは気高くて強い『いい子』だと思う。



「アーニャは……何になりたいんだろうか。何をしたいんだろうか…」


「それが決まっている子供なんてほとんどいない。今を楽しく精一杯生きているののなにがおかしい?」


 今を楽しく…?精一杯…?


 俺にはそうは思えない。


「…まあなんでもいいが、そんなにわからないなら話をして見ればいいじゃないか。 ――ほら、アーニャちゃん達が待ってる家に帰るぞ」


「………そっくりそのまま返すよ。今度ちゃんとリーシャちゃんと話せよ」


 休憩室の時計は少し遅れている。8時には帰ると言ってあったのに、どうにも間に合いそうにない。


 今日はやることが多くて遅くなってしまった。アーニャは間違いなく怒るだろうが、もしかしたらトリシアも怒るかもしれない。悲しい話だけど、ラファは興味がないから絶対に怒らない。


 アーニャは今日何を考えていたのだろう。


 ラファが天鱗学園に行くと決めて努力をしているのを見て、何を思ったのだろう。少し遅くなった俺を怒るときに、何を考えているのだろう。




 ――本当にアーニャは俺に興味があるのだろうか。







――――――――――――――――――――――――――







 家に帰っていると、明らかに日常生活ではでない音が聞こえてくる。激しい爆発音、甲高い金属音。原因は一つしか考えられない。


「5時から始まって8時で終わってないって…」


 ラファの努力量が普通じゃないのは今に始まった話じゃないが、アーニャとかレグディティア兄妹がそれに付き合っていたというのは信じられない。


 家に近づくにつれて気温が高くなっていく。どう考えても近所迷惑だ。


「はぁっ!!!!」


 脳の奥まで響く剣戟音。公園の大樹が激しく揺れる。



「んがッ!!ぐ、ゲホッ! ――ま、待て!!」


 肉が地面にぶつかる鈍い音。ガポル村ごと揺れる。



「はぁ、はぁ、…これで、3勝41敗。次」


「だ、だがっ、だがらっ!!まて、まてっての!!」


 公園に残っているのは2つの人影。



「こっから私が39連勝させてもらうまで続けます」


「そんな勝ち方しても意味ないでしょ。もう帰るよ」


 公園に残っているのはいつものように汗だくのラファと、見たことないくらいぼろぼろになったレグディティア。アーニャとレグディティア妹は家に帰ったようだ。


「ま、まじで、よく…はぁ、はぁ…来たな」


 レグディティアがどんなにすごいやつだろうと、体力でラファに勝てるはずがない。ラファは誰かが止めない限り1週間でも剣を振り続けるような子だ。

 アーニャは何時まで付き合っていたのだろう。俺の予想だと長くて午前中いっぱい、短ければ開始1時間で遊びに行った可能性もある。


 何はともあれ、2人を止めないと流石にまずい。


「ああ、トゥリーか。疲れてるだろうし早く家に帰れば?」


 だがなぜか俺はラファに嫌われたので、言うことを簡単には聞いて貰えない。


 俺がラファに嫌われた理由にはいろんな説があるけど、アーニャと少しずつ仲直りしたり、レグディティアと仲良くなったせいで俺への好意が減ったというのが俺とアーニャでの有力説だ。

 俺に割り振られていた好意が他の人の方に行ってしまったから嫌われたという説。これを俺とアーニャは『所持好意割振説』と呼んでいる。


 例えば好意所持量が1000の人がいたとする。

 生まれたばかりの頃は母親と父親に500ずつの行為を抱いていたが、6ヶ月になって新しく3人と出会ったときに10ずつ割り振ったとする。そうすると3×10の30が1000から引かれ、母親と父親から均等に減らすと、それぞれ485好意ずつとなる。

 要するに、人との出会いが増えたり好きな人が増えるたびに、今まで好きだった人への好意は減るという説だ。


 俺は自慢じゃないが今までラファの好意の大部分を貰えていたと思う。

 でももうわかりきっていることだが、ラファの所持好意は他の人と比べて明らかに少ない。俺と仲良くなり始めた頃からアーニャとおばさんは嫌われ始めたくらいだ。

 つまり、レグディティアに対してこれだけ熱くなっていたら俺が嫌われるのも当然だということだ。


「おじさんも父さんも帰ってくるから食事の時間だよ。早く帰って準備しないとみんなに迷惑がかかるよ?」


「はいはい。面倒で可愛げのない女で悪かったですね」


 本当にラファは極端だ。

 ちょっと前まではとにかく優しくて可愛かったのに、最近は当たりが強すぎて泣きそうになってくる。アーニャじゃないから泣かないけど。


「…ああ、そういうことか。トゥリー・ボールボルド、お前が悪い」


「え?どちらかと言うとお前じゃない?」


 レグディティアが悪いとは言わないけど、どちらかが悪いとすれば俺よりはレグディティアだ。


「何言ってんだてめぇ。いつか刺されるぞ?」


「ラファはそんな子じゃないよ」


 どんなに嫌われてもそんなことにはならない。

 ラファは今まで好意0だったアーニャやおばさんにも暴力ひとつ振るわなかった。根が優しい子だから、嫌いな相手だろうと傷つけることはない。


 信じてるという意味でラファの方を見ると、なぜか目を逸らされた。もしかしたら大丈夫じゃないかもしれない。


「まぁ刺されたら自業自得か。ほら、さっさと帰るぞ。飯だ飯。お義母様達が待ってるからな」


「タイグドさんの母ではありませんけどね」


 今日は最初からレグディティア兄妹が泊まる予定だったから、我が家を含めた9人でバーベキューをすることになっている。


 最近やっとうちの両親とアーニャの両親の仲が元に戻ったのに、俺とラファが微妙な感じのせいで若干空気が悪い。昔みたいにみんなで仲良くするには何とかしてラファの好意を取り戻さないといけないのだが、どうすればいいのか全く算段が立たない。レグディティアを嫌いになるように仕向けるとか、そういうマイナス方面でのアクセスはしたくないし、かといって他に手段があるとは思えない。



 家に向かう2人の後ろをなんとも言えない気持ちで歩く。



 実は3人で歩くのがちょっとだけ苦手だ。3人で歩いているとどうしても1人だけ仲間外れになってしまうからだ。

 片方と盛り上がっている時はもう片方が、狭い道なんかでは後ろや前にはみ出た1人が余ってしまう。今もやっぱり、俺は少しだけ寂しいんだと思う。


 不意にアーニャとラファと3人でいた時が懐かしくなる。


 狭い世界で完結していて、いつまでもそんな日々が続くと思っていた。家に帰れば母さんがいて、父さんが帰ってきて夕飯を食べる。週に1、2回はアーニャ達と一緒にご飯を食べていた。

 思い出なんていくらでもある。

 夏の暑い日に水を浴びたこととか、冬に母さんがマフラーを編んでくれたこととか、3人で一緒の布団で寝たこととか。


 狭い世界だったけど、それだけで十分に満ち足りていて、暖かくて幸せだった。


 今に不満があるわけじゃない。

 でも、そういう日々はもう二度とないんだと思うと寂しくなる。『寂しくなる』っていうのとはちょっと違う気もする。悲しい、虚しい、どういう表現が正しいかわからないけど、もう二度と味わえない暖かさを思うと……やっぱり寂しいのかもしれない。


 これからもきっと楽しいことや幸せなことがあると思うし、もっと言えばこれからの方が充実した日々になっていく気がする。それでも、思い出の日々はどうしようもなく美しくて、どんなものより恋しい。



 ハレア家に着く。

 思い出の中と全く変わらない。


「おかえりなさい。トゥリーも一緒だったのね」


 変わったのはそこにいる人達だけ。


 庭ではおばさんとアーニャとレグディティア妹がバーベキューの準備をしている。いつの間にかアーニャとおばさんは、同じくらいの背丈になった。


「なんかあったの?またラファにいじめられた?」


 今この瞬間も、いつの日か思い出になるのだろう。

 今この瞬間をどうにかしてとっておきたい。懐かしいと振り返ったときに、もう一度味わえるように残しておきたい。



「まあ、そんな感じかな」



 ちょっとしんみりしちゃったけど、これもまたいい思い出になると思う。

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