第五十三話 きたねえ花火なのである
本当にお久しぶりです
「…今日は術式の第三過程をやっていくわけなのですが……まずは、準備をしましょうか…」
当然ヨーグ氏が部室に来るまでに準備は間に合わなかった。
第二魔導術式の第三過程は自分の肉体と外界を繋ぐ術式であり、ひどい失敗をすると接続点で魔力が暴発する。暴発とは言ってもそこまで大規模な事故にはならないので、わざわざ校庭に出ずとも教室で足りる。
だが普段通りの教室では流石に手狭であり、多少はスペースを広くするために、机を全て教室の後ろに寄せておくようにヨーグ氏からは言われていたのである。
我らが顧問であるヨーグ・アルパンタは黒髪灰瞳の優男だ。天然パーマに丸縁眼鏡のザ・研究者って感じの若者なので、正直に言ってしまえば怒っても全く怖くない。
しかし、怖くないからと言って怒られても良いというわけではない。
普段は友達のような感覚で話せるヨーグ氏だが、怒られた直後は流石にそうもいかないし、和気藹々としているのが好きな僕的には怒られないのがベストなのである。
「…私は準備しようとしてたのにサリアが邪魔したんです」
――なので、澄ました顔で横に突っ立っているサリアを売る。
いや、売るっていうか、事実を言っただけなのである。売るなんていう人聞きの悪い言い方はよして貰いたい。
「私は男子にイジメられてかわいそうなアーニャを慰めてあげただけです。悪いのはドミンドとレノです。あとエディー」
僕に売られたサリアは驚く素振り一切なく、髪を靡かせながら平然とした顔で嘘をつく。
右耳の上から斜め後ろに向かって、しゃらんと髪を靡かせるのがサリアのブームだ。トリートメントのCMかのように洗練された美しさと、流れてくる香りで近くにいる人を魅了する。
サリアにとって都合が悪い時に、雰囲気で誤魔化すためにやる仕草なのである。
「…もとを辿ればトゥリーとリーシャがイチャイチャしてて遅かったのが悪いんじゃね?なぁ?」
「ま、まあ、準備があるのはわかってるんだからもっと早く来るべきだよな」
おばかコンビはサリアが嘘をついているって言えばいいのに、サリアには怖くて逆らえないからもっと叩きやすい場所を探す。弱いものたちが夕暮れなんとやらってやつだ。
トゥリーはともかく、リーシャはうちの部で最も叩きやすい場所なので火が飛んだというわけなのである。
なんだか社会の縮図を見た気分である。
「!?ムナー先生に頼まれたプリントを運んでたから遅くなっただけです! ……ちょっとは2人でお話してたかもだけど…」
リーシャは耳と尻尾を逆立てて抗議をしたが、段々と萎んでいく。隠しておいても問題ないことを全部言ってしまうのがアホ狐と呼ばれる所以である。
アホ狐と呼んでいると聞かれると語弊を生むかも知れないが、別に差別的意味はない。狐だろうが猿だろうが、それは獣人としての個性の話であり『人』と『狐』という分類で話をしているわけではないのである。あくまでも分類として、リーシャは『狐』であるというだけの話なのだ。
まあ、もしかすると言われている方は嫌だと感じているという可能性はあったりもする。何気ないからかいが、受け手からすると耐え難い苦痛というのは稀によくある話だ。
「やっぱり、アーニャを引き止めたアゲハ先生が悪いんじゃないですかね?先生の方から文句を言っておいてください」
お!そうだそうだ!デルヌーが悪い!
エディーは基本的に賢い。厨二病を拗らせてはいるが、必要な時に必要なことを言える男だ。このままではヨーグ氏から僕たちが怒られることを察して、先手を打ったのである。
――何を隠そう、ヨーグ氏の弱点はデルヌーなのである。
「!?え、えぇ!?ぼ、僕には無理ですよ!!ほ、ほら!もう言い訳も責任転嫁もいりません!僕も手伝いますからみんなで早く準備をしちゃいましょう!!――あたっ!!」
ヨーグ氏はわかりやすすぎるほどに顔を真っ赤にして話を逸らす。
まあ同年代の男からしたら、デルヌーなんてのには惚れて当然みたいなところがあるのだろう。僕には全くデルヌーの魅力がわからないが。
うぶなヨーグ氏はこの手の話にめっぽう弱いので話の逸らし方もわざとらしくて下手くそだ。動揺しすぎて腰を机にぶつけちゃってるし、こんな様子から察するにデルヌーにはきっとバレバレだろう。
大人の男ならもっと余裕を持っておくべきなのだ。話を逸らすにしても逸らしたことがバレないほど自然に。
そもそもの話をすれば『話を逸らす』こと自体男らしくない。正々堂々と向き合うべきなのである。
あ、そもそもの話をするというのであれば、話を逸らしたのは僕たちの方だったのである。
―――
部活動とは言ってもやっていることは普通の授業と基本的に変わらない。先生の用意したプリントを見ながらいろいろ試してやってみて、先生が言っていることをメモにとる。
完全に余談だが僕はあまりメモを取らない。正確にいうと取らなくなった。
メモを取る=見返す必要があるということであり、メモを取らなければいけない内容というのはもう一度その話を聞きたくなったけど、もう聞けないという状況だけなのだ。
聞きに行くことができるのであれば勿論、直接聞きに行った方が良い。自分が忘れないように書いただけのメモよりも、話をしてくれた当人に聞く方が情報の量も質も格段に良いし、なんなら追加情報まで得られる可能性がある。
わざわざもう一度聞きに行くのは相手に失礼だという意見もあるかもしれないが、もう一度聞きに行っては失礼な程度の内容であればメモなど取らずとも一度聞いただけで覚える話だろう。一度で覚えることが難しい内容をもう一度聞きに行ったくらいで、失礼だとか、怠惰だとか思われるようなら、その教師がおかしいのでさっさと関わりを切るべきなのである。
だから僕はある時からメモを取らないようになった。
メモを取るのは大量の数字の羅列くらいだが、メモを取らなければならないほどの大量の数字に出くわすことなんてほとんどない。なんなら口頭で覚えろと言ってくる人間なんてまずいない。
メモを取らないようにしてから困ったことはとくにないし、もう一度聞きに行ったことも思い出せる限りでは一度もない。
これは自論だが、メモを取る時に使うリソースを、先生の話を聞くことに費やした方がよっぽど効率的だと思っている。
注意点としてはメモを持っていないと話を真面目に聞いていないんじゃないか、と疑ってくるような奴が世の中には一定数いるということだ。なのでメモを取らないにしてもメモを持ち歩くことはお勧めする。
「…ハレアさん聞いてますか?」
「『皆さん暴発を恐れずに、まずは接続点の穴を広げるイメージをもっと強く持ちましょう。魔力暴発に恐れていては最初の感覚が掴めませんよ。んーと、そうですね、イメージは喉の奥を開ける感じです。掌を口と同じように考えて、あくびをする感じでゆーっくりと……ハレアさん聞いてますか?』」
「…」
ぼがんっ!!!!
「『ぼがんっ!!!!』」
「!?ちょ!ユティさん大丈夫ですか!?!?」
人にコツを教えるということは大変だったりもする。
例えば逆上がりをするコツを教えてと聞かれたときに『思い切って地面を蹴ることだ!』と答えるのはまあ正解だろう。少し力技な気もするが、回ることに恐れて回れていなかった人なんかはたったそれだけの助言で簡単に回れるようになったりする。
だが、逆上がりをできない人たちによくあるもう一つの原因が『下半身を回すことに集中しすぎて上半身が棒から離れている』ということだ。こういう人たちに地面を蹴れ!なんて言ったら、むしろさらに回れなくなってしまうだろう。
コツを教えるというのであればその人が躓いているポイントを正確に理解して、そのポイントの突破口を教えるべきなのである。
そして、もう一つ大切なのがコツを教える時に誇張をしすぎないということだ。
確かに、教えられる側は無意識に自分がセーブしていることに気がついていないので、普通に言われたところで、「そんなのもうやってるわ!」となってしまうだろうし、多少誇張をすることは大切だろう。
だが、誇張をしすぎても良くない。さっきの例だと『思い切って地面を蹴ることだ!』を『地面を砕く勢いで踏み抜け!』みたいな感じで行ってしまうと、変に力が入って怪我につながってしまったりもする。
今回のリーシャはまさにそれだろう。
恐れずに、あくびをするイメージで思いっきりと言われ、そのまま思いっきり穴を開けてしまったリーシャは本当に暴発させてしまった。哀れなアホ狐は人の言葉を信じすぎる傾向にあるのである。
ばふんっ!!
「『ばふんっ!!』」
「!?ウヌキスくんも!?――あ、レノ!ストッ」
どかんっ!!
「『どかんっ!!』」
どうにもヨーグ氏のコツは伝わりすぎてしまったようで各地で爆発が起きている。
夏にこうも爆発音が連続でなると花火大会を思い出す。トールマリス王国に花火という文化はないので、気が向いたら開発してみるのも悪くないかもしれない。金儲け的な意味ではなく、僕が個人的に花火を見るが好きなのである。
手持ち花火くらいなら簡単に作れそうだが、打ち上げ花火となると少し難しそうだ。だが、手持ち花火だけでは盛り上がりに欠けるし、打ち上げ花火を開発できないのであれば作る意味などないだろう。
僕はかつて家族と手持ち花火をしていた時に右手に火傷をしてしまったことがある。それ以来友達と花火をする時なんかは隅っこの方でクールに「綺麗だね」って言いながら自分は線香花火以外やらなかったりしたという事実はあるが、別にそれは手持ち花火の開発に乗り気じゃないことに関係はない。
ぱふっ!
「『ぱふっ!』」
「!?ふざけてないで、ちょっと手伝って下さい!!」
エディー、レノ、リーシャだけならともかく、シャローナ先輩まで可愛く爆発してしまったので、ヨーグ氏をちょっと手伝ってあげることにするのである。
爆発とは言っても別に大怪我するようなものではない。1番ひどい怪我をしてそうなリーシャでも、魔術のあるこの世界ならすぐに治る程度のものなのである。
とは言っても爆発すればびっくりするし、怪我すれば痛い。1番軽傷そうなシャローナ先輩とて半泣きである。急いで駆けつけてあげるのが後輩ってもんなのである。
「シャローナ先輩大丈夫ですか?片付けは後でいいのでまずは保健室に行きま」
バギューーーーーーーンッッッ!!!!!!
――爆発の大きさは失敗してしまった時に使っていた魔力の量で決まる。
リーシャはアホみたいに魔力を使っていたから右手の肩まで怪我しているが、エディーとレノは手首までで済んでいるし、シャローナ先輩は掌の皮が少し飛んだだけだ。
……僕とシャローナ先輩の真横で暴発した方は一体どれほどの魔力を使っていたのだろうか。シャローナ先輩を守った僕の背中の肉まで軽く吹き飛んだ。
魔導で守ってもこれである。まさかとは思うが一度に使えるだけの全ての魔力でも使ったんじゃないだろうか。ボスの魔術並みの破壊力があったと言っても過言ではない。
「っあ!!アーニャマジごめん!大丈夫!?!?」
と、思ったら犯人パイセンはピンピンしてらっしゃる。
なるほど。暴発じゃなくて第二魔導が完璧に成功したというわけだ。僕はアリシアニンハンのビッグバン◯アタックをもろに食らったからこうなってしまったというわけなのである。
まったく、やっぱり花火だなんだは遠くから見るに限るのである。




