第五十二話 部活動なのである
『魔導』は自身の体の他、魔石や魔鋼といった魔力のよく通るものに使える。だが逆に、それらにしか使えないとも言える。
――と、いうのは少し前までの常識だ。
まだ使える人はごく一部だが、数年前にどこぞやの研究室から「自身の体から魔力を放ち、離れた場所に影響を与える」という魔力の使い方が発表された。
これは、自身の体や魔石、魔鋼を用いた従来の魔導と区別をするために『第二魔導』と呼ばれている。
第二魔導のイメージとしてはかめ◯はめ波やビックバ◯ンアタックが相応しいだろう。自分の『気◯』を外に放ってエネルギー弾にするというものだ。
理屈としては魔力を外に放出する術式が編み出されたというだけであり、属性に変換しないことから『魔導』と呼ばれてはいるが、やっていることはほとんど魔術である。
魔導円環術式や魔力充填術式がぎりぎり『魔導』に分類されるのと同じことだが、まああんまり納得はできない。
だってそれらとは違い、第二魔導は攻撃力を持つのである。炎の弾を出しているか魔力の弾を出しているかの差しかないのに、前者は魔術で後者は魔導だというのは違う気がする。
だがまあそんなことはどうでもいい。
大切なのは、魔術に適正を持たない人や、音魔術師のような直接的な攻撃手段を持たない人のための遠距離攻撃手段が確立されたということなのだ。
そしてそして、もっと大切なのは去年ナスフォ中等教育学校に着任した先生がその第二魔導を研究していた研究室の卒業生だということなのだ。
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中学生にとって1番幸せな時間というのはいつだろか。
朝起きて顔を洗うとき、家族と朝食を食べるとき、友人と登校するとき、クラスのみんなに挨拶をするとき、みんな大好き昼休み、1日の授業が全部終わったとき、放課後の部活動、友人と下校するとき、夜ご飯を食べるとき、お風呂に入るとき、ベッドに入って眠るとき、1日を終えて寝ているとき、エトセトラ。
もしかすると授業中が1番幸せだという変わった人もいるかもしれない。
「それじゃまた明日!サリアはちゃんと掃除してからきなよー!」
そんな様々な選択肢の中、この僕が1番に選ぶのは『放課後の部活動』である。ぱちぱちぱち。
ナスフォ中学には何個か部活がある。
1つ目は陸上競技部。
短距離走、長距離走、障害物走、高跳び、幅跳びエトセトラ…どんな世界であれ、人がいるのであれば陸上競技というのは必ず生まれるものだ。
顧問はガードナー・トレイル。数学担当のベテラン先生である。カラム曰く、『き、厳しいけど僕は好きだよ!』。
2つ目は武術部。
放課後も戦いたい脳筋どもが集まる場所である。武術部とは名ばかりの、体育延長時間部みたいなものだ。
顧問はなんとギシムナード・ガッツォーン。我らが担任様である。ララ曰く、『部活でも適当よ』。
3つ目は芸術部。
音楽や絵画など、ジャンルを問わず芸術が好きな人が集まる場所である。今まではただのインドア系の溜まり場だったのだが、今年から有名な音楽家の先生が顧問になったおかげで、ちゃんと芸術を学べる部活に生まれ変わった。
顧問はアゲハ・デルヌー。今年から先生になった若い女の先生である。ティア曰く、『すっごくすごい人です!』。
4つ目は魔術部。
文字通り魔術を学ぶ部活動である。
顧問はナライア・アルピス。理科担当のおばあちゃん先生である。ボス曰く、『自分の歳を考えて行動して欲しい。見ててハラハラする』。
5つ目が去年から新設の第二魔導部。
文字通り第二魔導を学ぶ部活動であり、僕の属する部活動である。
部員は2年生が2人、1年生が8人。先輩は2人ともナスフォ出身なのでなんとなく顔見知りだ。
顧問はヨーグ・アルパンタ。去年から先生になった若い男の先生である。サリア曰く、『見ようによっては可愛い』。
「失礼しまーす。第二魔導部のアーニャ・ハレアです。部室の鍵を借りにきましたー」
僕の放課後の流れとしては、まず東館2階にある1年1組を出て渡り廊下を渡り、部室の鍵をもらうために西館2階の職員室へ向かう。
「はいどうぞー」
もうかれこれ2ヶ月になるので慣れたものだ。鍵のかかっているところから自分の部室の鍵を取って、ノートに名前と時間とどこの鍵を取ったかを書く。ノートの書き忘れがあると顧問が教頭先生に怒られるらしい。
余談だが、毎日職員室に通っている間に教頭先生に気に入られてしまったため、鍵をもらいにいったときに教頭先生がいると話しかけられ若干タイムロスをしてしまう。今日はいなくて助かったのである。
「失礼しましたー」
鍵を取ったら東館に戻り、1階の部室へ向かう。
第二魔導部の基本的な活動は部室の中での座学+規模の小さい実験のため、校庭で大がかりな活動をすることはない。だから今日のような雨の日も普段と変わらない活動ができる。
陸上部は「雨の日は室内練習になるから嫌だー」なんてのをよく言っているし、武術部も「基礎練ばっかになってつまんねー」ってよく言っている。そういうのがないのはうちの部活のいいところだろう。
ちなみにヨーグ氏の予定では、夏休み頃から少しずつ外での活動を始めていくつもりらしい。
部室の前につくと、早くきた部員が何人か待っている。先輩たちは僕を急がせないようにわざと少し遅く来てくれるが、そういうのを気にしない同級生は暇そうな顔で僕が来るのを待っているのである。
1級生の部員は僕、トゥリー、サリア、エディーといういつもの4人に加えて、正式にトゥリーと交際を始めたリーシャ・ユティ、ボスに学んでくるよう言われたレノ・テミルとその友達ドミンド・アンヌ。1人だけ2組から来た勇敢なドレッド・ユードリアの8人である。
最初のうちは『僕、サリア、エディー』『トゥリー、リーシャ』『レノ、ドミンド』『ドレッド』って感じでグループが別れていた感じがあったが、最近はもうみんな仲良しでそんな感じは全くない。リーシャとドレッドみたいなマジで接点がなかったような2人も仲良く話をしていたりするし、クラスよりも部活の方がみんな仲良しで居心地がいいのである。
2年生の先輩はアリシア・テドルパイセンとシャローナ・ボールボルド先輩。2人ともゆるい感じの女子生徒なので、あんまりガチガチな上下関係はない。
「あらぁ、アーニャさんじゃありませんか〜。こんにちは〜」
…部室まで後もう少しだったというのに、耳にねっとりこびりつくような、それでいて嫌に人を惹きつけるような声に引き止められる。
無視してしまいたいのだが、別にこの人に何をされたわけでもないしそういうわけにもいかない。
「こんにちは。デルヌー先生」
――アゲハ・デルヌー。芸術部の顧問である。
ティアから話を聞いたと言って芸術部に勧誘してきたことから始まり、ことあるごとに何故か絡んでくるようになった。いまだにしつこく勧誘されているわけでもないし、嫌なことをされたわけでもないのだが、なんだかどうしても好きになれないというか、むしろ嫌いなのである。
絡んでくる人は全員嫌いだとか、そういうことではない。会うたびに絡んでくる教頭先生なんかは鬱陶しくはあるが、好きか嫌いかと聞かれれば好きなくらいだ。
しかし、この人に絡まれるととても嫌な気分になる。
声が嫌いなのか、ちょっとエロい感じの雰囲気が嫌いなのか、やたらポエミーなところが嫌いなのかはわからないのだが、『大嫌い』と言えるほど嫌いなのである。
アゲハ・デルヌーは僕の左手を両手で握って自分の胸の前に持ってくると、媚びるような表情で僕に詰め寄ってくる。むせかえるような香水の臭いが押し寄せてきて吐きそうになるのを我慢する。多分、一般的に、いい匂いなのだろうがこの人からするというだけで下水の臭い並に不愉快なのである。
「も〜『アゲハ』って呼んでくださいって言ってるじゃないですか〜。それともぉ…そろそろアーニャさんも『Ageha』って単語に敏感なお年頃ですか〜??」
アゲハ・デルヌーは高校卒業後3年間芸術家として活動をし、そこから教師になったので現在21か22。若くて美人だというのにどうしてこんなにも気持ち悪いのだろうか。
この人といると、もしかしてラファからは僕やママもこんな感じに見えているのだろうかといつも不安になる。それもあって嫌いなのかもしれない。
「そうかも知れませんね。周りにもそういう話がある年齢になりましたし」
『Ageha』とは『愛』という意味。
名前まで女の子女の子した感じなのが気に入らない。そんな自分の名前が好きだと言ってのける感じもまた気に入らない。
握った僕の手を開いて、自分の豊満な胸に押し付ける。生温いヘドロに埋められるような感覚。彼女の心臓の鼓動や、体温が伝わってくると、自分を汚されている気がしてきてたまらなく嫌に感じる。
軽く振り払って手を引こうとするが、思ったよりも強く握られているせいでさせてもらえない。あまり力強く引きすぎると僕が嫌なやつみたいになってしまうのでできない。
「ふふふ! ――ねぇ、アーニャさんは『愛』と『恋』って何が違うと思います?」
何を考えているのかがわからない感じも苦手だ。僕が嫌そうなのは伝わっていると思うのだが、彼女はそれでも僕から離れようとしない。何か呪いでも持っていそうなほど妖しくひかる赤紫の瞳からは、なんの感情も読み取ることができないのである。
直感として近いと感じるのは『ゼト・アルマデル』。
あの殺人鬼と同じ気持ち悪さや、理解のできない危うさがあるように思うのである。
「…愛は真心、恋は下心って誰かが言っていましたね」
夏になるとよく流れるあのグループ。かつての僕の父が一時期ハマっていたのでなんとなく何曲か知っている。なかなかにシャレが効いてて好きな言葉だ。
「あらぁ?どういう意味〜?」
残念なのはこれがこの世界の人には伝わらないということだ。会話するのが嫌すぎて脳死でパッと答えてしまったが、これを説明することなんて無理なのである。
だが、疑問に思ってくれたおかげで彼女の気がそれた。
急いで左手を引き抜いて部室に向かう。
「さぁ?私も聞いた話なのでわからないです。――部活があるので失礼します」
手に残る彼女の胸の感覚が気持ち悪いから、早くトイレに入って手を洗いたい。
タバコの煙を浴びた後のような、自分にも臭いがこびりついている感覚が不快すぎて、今すぐにシャワーを浴びたい。
「あらぁ〜。それじゃあまた今度、続きを2人きりでゆっくり話しましょうね〜」
別れ際までねっとりした彼女の声が絡みついてくる。
さっきまで気にならなかったが、今日は肌がベタつく最悪の気候だ。中途半端に暑い上に湿気がひどくて最悪。どうせ暑いならカンカンに晴れてくれた方が気持ちいいというものである。外に出て雨を浴びれば気分は幾分かマシになるだろうか。
これこそまさに、『今宵こそ濡れたい雨の中』ってやつである。
まだ昼だけど。
――――
「また教頭に捕まった?」
部室の前にはドレッド、ドミンド、レノ、エディーの4人が待っていた。みんな暑そうにうちわで扇いでいるが、これは別に僕の責任ではない。
当たり前だが田舎の中学校では全部屋に冷房をつけるなんてことはできない。職員室と図書室と保健室にしか冷房はついていないので、部室が開いていようが開いてなかろうが気温は変わらないのである。
うちの部活の空調担当はリーシャ。氷魔術師のリーシャがいればどこでも快適に変わる。つまり、今みんなが暑い思いをしているのはリーシャとトゥリーがどっかでいちゃついているせいなのである。
かくいう僕も汗ベタベタで気分チョベリバなので、あのアホ狐には早く来てもらう必要がある。
「ううん、教頭先生じゃなくてデルヌー。私臭くない?なんか臭いうつってそう」
髪や服の匂いを嗅いでみるが、自分ではしないようなするようなでよくわからない。気持ち的にはしているような気がする。
「えー?アゲハ先生の匂いならいい匂いじゃん」
ドレッドに同意するように周りの3人も頷く。これだから男どもは。と片付けてしまうのは簡単だが、別に僕も男なのである。それに女子生徒からもデルヌー先生は人気があるし正直本当によくわからない。
…まあ、いい匂いかどうかに関しては諸説あるが、顔はいいし悪い人でもないし、なんかエロいし男に人気がある理由はいくらでもある。それに優しいといえば優しいし、授業も丁寧だし、お洒落だし、女に人気がある理由もわりとある。
よくわからないとは言ったけど、僕が嫌いな理由の方がよくわからないくらい良い先生な気もしてくるのである。そんなとこも嫌いだが。
「臭いっていうならアーニャが汗臭いんじゃねぇの?なぁ?」
おいお前。
「…俺にふんなよ。サリアに殺されたいなら1人でやってろ」
いやお前も。
直接「汗臭いんじゃねぇの?」って言ってくるドミンドはクソ野郎だが、そこでサリアに怒られるのが怖いからって理由で何も言わないレノもカス野郎である。普通に考えてここはフォローを入れる場面だ。
「大丈夫。アーニャはいい匂いだし可愛いよ」
…エディーは最近サリアに影響されたのか、またなんか拗らせ始めたのかして言動がおかしい。これがイケメンだと思ってるのならマジでキモいから早く治した方がいい。
何はともあれ、部室の鍵を開けて活動の準備を始める必要がある。
第二魔導部の部室は魔術『講義室』なので、隣の魔術実験室から活動に必要なものを運んだり、机を並べ替えて部活用の配置にしたりする必要がある。
贅沢を言えば部室として専用の部屋が欲しいのだが、田舎の学校の予算ではまあ無理なことだ。
「トゥリーとリーシャはまた密会?トゥリーはともかく色ボケ狐には早く来てもらわないと困るんだけど」
…せっかく鍵を開けようと思ったのに、背後から抱きつかれて妨害される。
狐が来るのが遅いのも問題だが、サリアが来るのが早いのも問題だ。この子は本当にちゃんと掃除をしてきたのだろうか。
サリアは今月、トイレ掃除の当番である。
先月の当番が綺麗好きのララだったせいもあると思うが、今月に入ってからトイレが汚く感じる。ゴミ箱の中がパンパンだったり、たまに便器の中に人のブツが残っていたりする。まあ掃除した後に汚されてしまえば仕方ないのだが、1日2日でたまる汚れではなかったりすることもある。
「通りすがったレラーザ先生が手伝ってくれたから今日はピカピカだよ。――あ、私が無理矢理頼んだんじゃないよ?むしろ先生が勝手にやりにきたの」
ぜっっっっっったいに、いつまで経っても汚いトイレに痺れを切らして掃除しにきたのだと思う。サリアに説教をして無理矢理にでもやらせればいいと思うのだが、その方がかえってめんどくさいと思ったのだろう。
レラーザ先生は光魔術師だし、掃除するのは簡単なのだろうが、まあ、なに。それでいいのか?という感じはするのである。
…どうしようもない愛弟子の肩をなんとか持つとしたら、1ヶ月という長期間の当番制にした学校も悪いと思う。1日交代か、せめて1週間にしておくべきだったのである。
「あれれ??まだ開いてない?」
そんなこんなでリーシャとトゥリーがやってきた。これで1年生は全員集合である。
リーシャはバカみたいに口を開けて耳をピクピクさせる。
本気でなんでまだ鍵が開いてないのかを考えているのだろうが、側から見るとただのアホである。かわいい。
「くんのおそーーい!早く冷やしてくれないとアーニャが溶けちゃうじゃん!」
サリアは僕に抱きついたままリーシャに抗議する。
なんでくっついてるのか意味がわからんが、僕が溶けるからはやく離れて欲しいのである。
「少しぼーっとしてるし体調悪い?熱は……ないみたいだけど」
エディーが自分の手のひらを僕のおでこに当ててくる。
やっぱりなんかを拗らせてるようで、明らかに行動がおかしい。ひたすらにキモいのである。
「わ!今度はそこがいいかんじ!?ビーッグスクゥーップ!!みんなに教えてあげないと!いやはやまったく、後輩くんたちは進んでるねぇ!ねぇ!?」
「…あのヤンキー彼氏くんにエディー殺されちゃうよ?」
絶妙にめんどくさいタイミングで先輩方がやってきた。
元気いっぱいな方がアリシアパイセン。パツキンガンヘキのルーギャーである。容姿端麗、明朗闊達、博識多彩、まじ卍。
2年の代表生徒であり、初学校の頃は5、6年どちらも武道大会優勝のサイテンである。短所は一緒にいると疲れること。
お淑やかな方がシャローナ先輩。黒髪蒼瞳の清楚美人である。アリシアパイセンと比べてしまうとインパクトは薄いが、シャローナ先輩もグンバツに優秀な……おっと、間違えた。抜群に優秀な方なのである。
サリアほどではないが大人っぽい美人で、2人きりになったりすると会話が弾まないせいもあって、めちゃくちゃ緊張する。その点ではアリシアパイセンの方が楽だ。
結局、鍵を開けないまま全員揃ってしまった。
流石に先生が来るまでには開けておかないと怒られてしまうので、いい加減サリアには離れて貰いたいのである。




