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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第三章 ナスフォ街の天才美少女
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第五十話 甘くないさバトルはいつだってなのである




 澄み渡る広い空。

 日本にいた頃と比べればナスフォ街の街中でも広く感じるが、校庭に立つともっとずっと広く感じる。

 初学校の校庭もかなり広かったのだが、中学校はその倍はある。中学生が本気で魔術を使用できるだけの広さを確保しているということなのだろう。あぁ、まさに今僕は風になっている。


 広い校庭の中心にはピンク髷が特徴の大男を囲んで、我らが1年1組が集まっている。他己紹介を経て仲良くなれたというのは一部のみであり、まだ硬い空気、あるいは少し殺伐とした空気が流れている。

 僕はいなかったから詳しくはわからないのだが、初日に生まれたネトト村とケシ村の確執はかなり深いもののようだ。


 だが、そんな確執なんて可愛く思えてしまうほどのヤバい空気を放っている場所が2箇所もある。


「あたしが何を言うまでもなくもうそんな感じの雰囲気は完成しちゃってるわね〜!!でも、いいの!マニュアル通りに学ぶのは初等教育までで十分!中等教育を名乗るのであれば、生徒の自主性を信じて必要に応じた教育をしないとね!」


 ムナーちゃんが止めに入る様子は全くない。このままギスギスした関係が続くくらいならここでぶつけてしまおうという考えなのか、それとも自分の生徒の本気の実力を見ておきたいのか。



「傲慢で性悪で自信過剰なあんたに現実を教えてあげる。あんたが代表に選ばれたのなんて、ナスフォ初学校出身者から代表を選びたいっていう学校側のバカみたいな贔屓のおかげなんだから」


「俺そんなに嫌われるようなことしたかなぁ…?試合をすること自体に反対はないけど、普通の試合をしようよ。カフェトはちょっと怖いよ」



 バチバチ空気1箇所目はツンツンガールのララ・カフェトと我らが学年代表エディーレ・ウヌキス。あの穏やかなエディーがどうしてこんなことになったのかはわからないのだが、多分ララはボスを差し置いて学年代表にいるエディーが気に食わないのだろう。青髪金瞳のエディーと黒髪赤瞳のララはいい感じに敵対勢力感があって男心がくすぐられる。



「おいララ。誰彼構わず喧嘩を売るのはやめろと何度言ったらわかんだよ。お前じゃそいつにはどうやっても勝てねえんだからさっさと頭下げて逃げとけ」


「頭下げるべきなのはお前だから。今頭下げてあっちのかわいらしい女の子の方に行くなら許してあげないこともないけど?」



 バチバチ空気2箇所目はクールビューティーサリア・ローラムと我らがビッグボスタイグド・レグディティア。まあバチバチとは言ってもボスはあんまりサリアのことを気にしていないし、一方的にサリアが絡んでいるだけ感はある。


 僕に言わせれば結果は見えている試合だ。

 ララvsエディーはエディーの圧勝だし、ボスvsサリアはボスの圧勝。組み合わせが変われば面白くなるかもしれないが、このマッチアップを見ても面白くもないし勉強にもならないと思うのである。


 あ、なんか今ボスと目があった。


「サリア・ローラム、俺はお前と戦うつもりはねえし、お前ララの相手をしろよ。お前が潰せばエディーレ・ウヌキスに突っかかるのもやめるだろ」


「はぁ!?私はお前が気に入らないの!!」


「知るか。俺にはちゃんと相手をしてやらないといけない奴が他にいる」


 さすがはボス。サリアvsララならそこそこは楽しくなりそうだ。魔力量だけなら結果は見えているが、ボスの弟子であればどうなるかはわからない。

 …しかしまあ、ボスが相手をしてあげないといけないと言っているのはトゥリーのことだろう。これについてはもう残念ながら僕の一番弟子ではボスには遠く及ばないし、見せしめみたいな感じになってしまいそうでちょっと、僕としてはやめてあげてほしい。


 トゥリーの方をチラリと見ると、自分がこれからボコボコにされるとはつゆ知らず、スーパーかわいい狐娘といちゃいちゃしている。さっきまでは困惑の方が強そうだったトゥリーだが、今の表情を見るに満更でもなさそうだ。

 スーパーかわいい狐娘リーシャ・ユティは本当に獣人として完成された美少女だ。狐っていうのがまずずるいし、純白の毛並みは純粋人にはない美しさだし、黄金みたいなくりっくりのおめめは、世の男全てを虜にする。サリアも前世では見たことがないような美人と表現したが、リーシャはその耳や下半身も相まって、完全にもうファンタジーの美少女天使狐娘だから、やばい。

 リーシャはずっとトゥリーの腕に抱きついて顔をすりすりしてるし、もう隠すつもりすらないのだろうが、2人が交際していることを察することができる。まじで羨ましい。


 ボスはスタスタと歩いてトゥリーの方へ向かう。トゥリーにとっての幸せな時間は終わりを迎えてしまうのだ。


 と、思ったがボスは意外なところで足を止める。


「――おい虎野郎、テメェだよ。俺がテメェに目をつけてたことくらいわかるくせにいつまでメスの後ろに隠れてんだ?」


 ボスが目をつけていたのはノロ・ドゥト、うちのクラス唯一のケシ村出身男子であり、虎系の獣人である。

 そしてそのノロを庇うように前に立つのがベス・ロティ。漆黒の毛並みと鋭い金の瞳が威圧的な豹系の獣人である。初めの印象では大人しそうな感じだったのだが、母性本能なのかなんなのか、今はボスにも引けを取らないほどの威圧感がある。


 ノロは多分ケシ村の4人の中でも1番強い思うのだが、どうにも気が弱そうだ。男のくせにとは思うが、多分ベスがずっと甘やかしてきたからあんな感じなんだろ。今の様子を見ただけで勝手に想像したことだが。


「獣人差別は百歩譲って許してやるが、それを黙って受け止めてる者をなぜ余計に追い詰める?ノロが貴様に迷惑でもかけたか?」


 ベスはボスの目の前まで距離を詰めると、まるで射殺さんばかりの眼光でボスのことを睨み上げる。


「下がってろメス猫、お前に用はねえ」


 しかしそんなことで怯むボスではない。

 ベスを片手で押し退けるとそのままノロの胸ぐらを掴む。見ている僕たちはもうなんだかワクワクしてきた。ネトト村の子達は目をキラキラ輝かせてボスを見てるし、僕やドミンドだってこういう少年漫画みたいな展開にはドキドキする。


「まじで気に入らねえよ。獣人の男に生まれたってだけでも恵まれてるってのに、それに加えてそれだけの魔力を持っておきながらテメェは全くそれを活かす気がねえ。メスの後ろに隠れてウジウジして、仲間が馬鹿にされても俯いて知らんふり。テメェみたいな糞野郎を見てると腹が立つんだよ。 ――ウォームアップしろ、ララとサリア・ローラムの試合が終わったら俺がお前を教育してやる」


 ボスはノロの胸ぐらから手を離すと、集団から離れウォームアップをしに行ってしまう。

 対するノロは、ボスの本気の圧力にやられて怯えきってしまっている。猫背になって震えてる姿を見るとキラキラに燃えていた僕の気持ちも冷め、なんだかもう可哀想になってきた。だって虎ってよりも子猫って感じなんだもん。やめてあげようよボス…。



「ノロ、あんな奴のいうことを気にする必要はない!お前は私が守ってやるから大丈夫だ。 ――おい外道!!貴様の相手は私がしてやる!!!教育というのであれば、貴様のその腐り切った性根をこの私が叩き直してやろうッッッ!!!!」


 ベスがすぐにノロの元に駆けつけて抱きしめる。

 多分ここでベスが守っちゃうからノロが成長しないんだと思うのだが、僕がベスの立場でも守ってあげちゃいそうな気がするし、ちょっとなんとも言えないのである。




――――




「ルールは先生か対戦相手がストップをかけたら止めるってことだけ!武器あり、魔導あり、魔術ありのなんでもありありありガチンコ試合よ!準備ができたら位置について頂戴ッ!!」


 校庭の真ん中にはムナーちゃん。その左右にはサリアとララが立っている。

 見学者たちは15mくらい離れた場所に立っている。ずっと立っているのも疲れるし座りたいのだが、こっちの方に2人が飛んでくる可能性もあるので立っておかなければならないのである。


 サリアが持つのは柄まで入れても50cm程度の片刃剣。短剣と呼ぶには少し長いが、まあちょっと短めの片手剣だ。小学5年生の夏休みに新調したもので、サリアの両親と一緒に僕も武器屋について行ったのはいい思い出だ。

 サリアの戦い方はヒットアンドアウェイ。手足のリーチを活かし、蹴りも使いながら確実に相手を削っていく。相手の攻撃もかわすことがほとんどで、ガードというのは余程のタイミング以外はしない。

 フットワークに重点を置いているサリアにとって、重すぎる剣は邪魔になってしまうのだ。


 対するララが握るのは諸刃の両手剣。長方形の刃は切れ味よりも重さに重点を置いているように見える。ダジャレではない。

 構えもどっしりと両足を地面につけてやや前傾姿勢。サリアとは正反対の戦い方をすると予想される。



 僕が思うに、中学生レベルで同じくらいの実力同士が戦うのであれば、重量武器使いは軽量武器使いにまず勝てない。

 というのは、削りきれない軽量級と当てきれない重量級の決着は魔力が切れた側が負けるという結果になりやすい。であれば戦っている段階で魔力の消費が激しい方が負けるわけである。

 当然、魔力の消費が激しいのは重たい武器を振り回すことを要求される側になるので、軽量級の方が有利なのである。


「…まだ準備は終わらないの?あたし、あんたじゃなくてあっちのクズに用があるんだけど」


 サリアは明らかに準備が終わっているのに、体操服の裾をいじったり、剣の柄を何度もチェックしたりと全く位置に着こうとしない。


「私の方がこの試合に用ないんだけど。仕方なく相手してあげるんだから大人しく待っててよ」


 剣のチェックが終わったと思ったら今度は髪をまとめ直す。サリアの背中の中央くらいまで伸ばした髪はただ結ぶだけでは邪魔になるので、運動する時はいつもお団子にするのである。

 ただでさえ不機嫌なララは相当ストレスが溜まっているようで、全力で両手剣を校庭に突き刺す。


「早く構えてくれない?待たせないで欲しいんだけど」


 そのタイミングに合わせてサリアが位置に着く。

 流石にこの態度は周りから見ても印象が良くなかったのか、見学者であるクラスメイト達はすごい顔でサリアのことを見ている。


 ……ごめんなさい、うちの子性格が悪いんです…。


「―――ッッ!!どいつもこいつも!ナスフォ出身のヤツらはクズばっか!!!!」


 ララは地面から両手剣を引き抜く力を利用して、かなりの速度で突進をする。これをするためにわざと剣を刺したのかどうかはわからないが、「状況を逆手に取ったいい判断ですねぇ」とでもコメントしておこう。


 とは言っても、所詮重量級凡才の速度。サリアが避けられないような速度ではない。


 サリアは突進に対してバックステップで対応する。直線的に向かってくる相手に対しては左右に避けたくなるものだが、初動に魔導で大幅加速をするララのような突進は、ちょっと大きめのバックステップで対応できる。そのまま追撃をしようとすればバランスを崩すのは突進した側の方だからだ。


 ララは停止して、右下から切り上げるがサリアには届かない。サリアは涼しい顔で前髪を整えると、左手でちょいちょいとララを挑発する。

 左右に避けないでバックステップをしたのはここで挑発するためだろう。


「あー!!まだあたし合図してないのに!」


「うるさいっ!ルールは止めるタイミングだけでしょ!?」


 ララは完全にサリアの挑発に乗ってしまっている。というか、このタイミングでわざわざ合図どうこうを言うムナーちゃんもララを煽っているのだろうか。


「試合中に外野を気にするなんて、自分の実力を過信しすぎじゃない?相手がエディーだったら今の一瞬で決着がついてたよ」


 サリアは大きな欠伸を挟むと「まあ私でも殺せてたけどね」と付け加える。それを見て余計頭に血が上ったララは再び同じような突進をする。


 サリアは別に性格が悪いから煽っているわけではない。これはちゃんと勝つために計算された戦術なのだ。


 重量級が軽量級に魔力量レースで勝つための手段はただ1つ、自分から動かないということだ。

 自分からは基本的に仕掛けることなく、相手の攻撃だけに合わせて魔力を使う。相手が動かないのであれば、ジリジリと歩いて圧力をかけ続け、たまに少しだけ動いてみたりするだけでいいのである。

 捕まったら一撃で落とされかねない軽量級に対して、何度攻撃されても致命傷になることなんてほとんどない重量級は、そのメンタルギャップが1番のアドバンテージだ。


 その唯一といっていいほどのアドバンテージを無くすための戦術が挑発。一見すると舐めてかかっているようにも見えるサリアの方が、ララよりもむしろ、試合に勝つための全力を尽くしているのである。


 まあこれを言ってしまうとあれだが、魔力量は比較にならないほどサリアの方が多いので、正直挑発なんてしなくてもサリアの勝利は揺るがない。

 ララがヘビーファイターだった時点で勝敗は決まっていたのである。



「このっ!!にげんな!!!」


 試合展開は最初から変わらない。

 いつまでまで猪のように突っ込むララと、それを適当に避けるサリア。ララはちょくちょく剣を振り回す反動を利用した方向転換や、突進の途中での再加速などテクニカルな技も挟んでいるが、攻撃を捨てて回避だけに専念したサリアには当然当たらない。


 いつぞやトゥリーに指導したことがあったが、この国の技術は対人戦よりも対『魔物』戦に焦点を当てたものが多い。


 ララの剣技はまさにそれだ。突進ひとつとっても、視線でフェイントをいれたり、相手を観客の方に追い込むことで逃げ場を無くしたりすれば、もう少し当てやすくなるだろう。

 だが、そういった技術や考え方をララは持っていないのだ。「初学校でも試合はしていたはずなのになにをバカな」と思うかもしれないが、相手も教師もそういった考え方を持っていなければ身につけるタイミングがない。いかにボスとはいえどそこまでの指導はできていなかったようだ。

 責任があるとしたらボスではなくネトト村の教師だろう。軽視されがちとはいえ、まともな高等教育学校を卒業していれば対人戦の技術も持っているはずなのだから、ある程度は生徒に教えておくべきなのである。




 ーー試合開始から8分程度。そろそろ頃合いだろう。


「…はぁ…っ…はぁ…。いい加減に…しなさいよ…っ…!」


 息は切れ切れ、魔力は生命維持できる程度しか残ってない。ララはもう剣を落とさないように握っているだけで精一杯だろう。

 対するサリアは体力も魔力もほとんど消費がない。勝負アリなのである。


「先生、もう終わりですよね?合図を出してくれないと終われないんですけど」


「ま、まだ!!まだ、おわって…ないっ!!」


 ララは剣をその場に落とすとサリアに向かって殴りかかる。気合だけは評価できるが、もう見てて可哀想になるだけだからやめて欲しいのである。

 パンチは全てふらふら。当たったとしてもポカポカと音でもしそうな可愛らしいパンチだが、それすらもサリアは当たってあげない。結局この試合でのララの攻撃は全て、サリアの剣にすら当たらなかった。


「…はぁ、なんでそんなに頑張るのかわかんないけど、アーニャならその気持ちだけは評価すると思うから、私もちゃんと決めてあげるよ」


 なんだか僕の考えをピタリと当ててきたサリアは、左手をララに向かって突き出す。



「『弱雷波』」



 ララはビクッと体を震わせ、その場に泡を吹いて崩れ落ちる。地面に突っ伏した体が小刻みに震えているのは、まだ動こうという気合いがあるからではなく、ただ体が痙攣しているからである。


 『弱雷波』は魔導を使っている相手に対しては全くダメージを与えることができない、超がつくほどの初級雷魔術である。使用するのはほとんど家畜を気絶させるときであり、対人戦では雷魔術のプロフェッショナルが舐めプをするときくらいしか使わない。


 そんなはなくそ魔術がこんなに綺麗に刺さったのは、ララが魔力切れで魔導をしていなかったからである。魔力で守られていない体は家畜と同程度の耐久性なので失神したというわけだ。


「そこまでぇーーーっ!!! ――勝者ッ!サリア・ローラム〜〜ッ!!!!」


 いや、そんなおおげさなことしなくても誰が見てもわかるよ。


 サリアの手を持って空に突き上げるムナーちゃんを見て、クラスのみんなはパチパチパチと若干引き気味の拍手を送る。これがもっと白熱した試合で、息を呑むような決着ならわかるのだが、ワンサイドゲームの失神KOでこんなことされてもって感じである。


 まあ、この後の試合のことを考えて場を白けないようにしてくれているのかもしれない。ボスとベスはすでにアップを終えて待機しているし、ムナーちゃんの努力が無駄にならないように、サリアとララにはさっさと退いてもらわないといけないのである。












 …って、あ。




「…ムナーちゃんって光魔術師なんですか…?」


「…………………ハレアちゃん!!今すぐカフェトちゃんを保健室に運んで頂戴っ!!!」



 この先生ヤバイやつかもしれないのである。

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