第四十八話 イエスボスなのである
生まれ持った性格というのはあるのだろうか。
例えば、同じ環境で全く同じように育った見た目も能力も全く同じ2人の人間で比較をしてみたとして、性格に差は生まれるのだろうか。
そんな比較をする手段はないし、答えが出ることはないだろう。だからこそ気になるのである。
ようは『人間の性格は生まれ育った環境で決まるものではないだろうか』ということが言いたいのである。
『環境』とはいっても周囲だけをさしているわけではない。僕が言いたいのは、その人間の身長や体重といったあらかじめ割り振られた能力も含めた『条件』のことである。
身長も低くて顔も不細工、親にも恵まれず、周りからもいじめられたなんの才能もない子供や、容姿も親にも能力にも恵まれ、周りからチヤホヤされて育った子供というのはわかりやすく周りの環境によって性格が左右されるように思う。
しかし、俗にいうところの『普通』に育った子供たちの中の『性悪』や『人格者』というのは、生まれ持った子供の性格なのか、それとも何かしらかのファクターが絡んだ結果そうなったのか判断することができない。
両親も普通で兄弟はみんな普通に育っているのに、1人だけ歪んだ性格になった子がいたとしたら、それはその子のせいなのであり、周りはどうすることもできなかったのであろうか。本当にあの子は生まれながらに変わった子だからなんて言葉で片付けて良いのだろうか。
まあ勿論、生まれ持った障害による性格難というのは除く。除くというよりも、障害もある種の『環境』であるのだからそれを『個人の性格』として処理はしない。
話がややそれるが、「美人やイケメンは性格が悪い」なんて風に言う人は多い。これは「美人やイケメンは人を見下している」という先入観から来ているものだろう。
だが僕はむしろ「ブスの方が性格が悪い」と思っている。
「美人やイケメンは人を見下している」というのは確かにあるかもしれない。正直に言って自分の容姿が優れていると思う以上、周りの人よりも上に立っている気というのはするものだ。だが、だからといってそれが『性格が悪い』ということには繋がらない。
「見下している」という言い方が悪いのかもしれないが、自分よりも劣った人を『劣っている』と思うのは当たり前のことであり、そこに性格どうこうは関係ないだろう。自分の容姿が優れていると思うのは自分の足が速いと思うのと同じくらいのことであり、周りの人間の足が遅いと思うことはあっても馬鹿にしているわけではない。
それだというのに、見た目のことになるとすぐに「私のことをブスだと思ってるんでしょ?性格が悪い!」となるのだろうか。そんなに風に思う方が性格が悪くないだろうか。足が遅い人を遅いと思った人に対して「性格が悪い」と思う人なんて基本的にいないだろう。
つまり、「美人やイケメンは性格が悪い」と思っている人間というのは美人やイケメンに対してコンプレックスを持っているが故に、バイアスがかかっていると思うわけである。いやもしかすると「性格が悪い」と決めつけることで、無理矢理自分よりも下に見るための要素を作り出して、自己肯定感を得ている可能性すらある。
だってそもそも、まわりからかわいいかわいい言われて育ったり、かっこいいかっこいい言われて育った子の性格が歪む可能性の方が、自分の見た目が劣っていると考えている子の性格が歪む可能性よりも低いだろう。愛の足りなかった子供の性格は歪むというあれだ。
美人やイケメンで性格が悪く育つパターンというのは、両親も華やかで金持ちなせいで、家全体で周りを見下して生きてきた場合というのは考えやすい。漫画なんかで出てくる性悪お嬢様とか、もっと身近でいうとティアとかなんかが挙げられる。
だが、それをいうなら不細工だけど金持ちに生まれた子というのを考えてみてほしい。
自分の見た目にコンプレックスがありながら、周りを見下せるだけの地位がある。そういう奴の方が性格が悪くなりそうだとは思わないだろうか。
要するに、見た目以外の他の条件を揃えて実験をしたとすれば、ブスの方が性格が悪く育つと思うわけである。
いろいろ脱線がひどいが、何が言いたかったかというと『コンプレックス』が性格を歪ませる最たるファクターではないかと僕は考えているということだ。
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…やっぱり違う。何が言いたかったというと『性格』は周りに左右されて決まると僕は考えているということだ。
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教室に着くとすでに全員が着席していた。
時刻は8時33分。35分に一限が開始なのでセーフのはずなのだが、なんだかアウトな気がしてくる。いやまあセーフかアウトかを問われればそもそもアウトなのだが。
静まり返った教室で空いている席は2つのみ。1つは右端1番前の席。もう一つは左端後ろから2列めの席。後者の机の上には本が積まれていることから察するに、あそこがサリアの席なのだろう。消去法で最前列が僕の席となる。
教壇に立ち、板書をして授業の準備をしているのは大柄な男性。ド派手なショッキングピンクの髪は髷を結ってあり、純白のスーツに包まれたその姿は、また違う世界に転生してしまったと錯覚するほどの異彩を放っている。
「…ごめんなさい。遅刻をしてしまいました」
この空気であれに話しかけるというのは勇気がいるが、謝らないと何も始まらない。作戦通りいけば怒られることはないと思うのだが、懸念はあれに言葉が通じるかどうかということである。
「体調は大丈夫なの?早く学校に来たかったのかもしれないけど、無理は禁物よ?」
「ぇ?」
え?あ、そういう感じね。
あ、考えてみればそういうことだというのは見た目からすぐにわかることだった。あれ?あ。別にこれなら言い訳も何も必要なさそうなのである。
「アーニャが2日も休んだらクラスに馴染めなくなると言うので…。ご心配をおかけして申し訳ありません。私の方でしっかり見ておきますので大丈夫です」
サリアがなんの悪びれもなく嘘をつく。
さっきまでのぶりっ子は消え去り、そこにはいつものきりっとしたサリア・ローラムが立っている。
もともと大人びていたサリアだが、最近はもう大人にしか見えなくなっている。身長は170cm近く、スタイルはぼんきゅっぼんの抜群。手足はすらりと長く、転生前では見たことのない芸術品のような美しさである。
中学1年で170というのは男子生徒でもなかなかいない。ナスフォ初学校ではエディーの次に身長が高かった。まあ、最近トゥリーの方がサリアよりも身長が高く見えるし、週明けにある測定会が楽しみである。
とはいっても、男の身長170というのは別に高くないし、トゥリーもエディーも顔立ちはまだ幼さが若干残っているから中学生にはちゃんと見える。だが、女の身長170というのは純粋人の大人の中では高い方だし、サリアの尊顔はもう完成された美人さんなので中学生には全く見えない。
対する僕はゴリゴリの中学生である。
身長は多分158cmくらい(前世から推測)。顔はお目めぱっちりほっぺたぷっくりの童顔。メイクなんてしてないのにほんのり色づいた頬が余計に幼さを醸し出している。髪は王道のミドルツインテール。
サリアが『美しい』だとしたら僕は『かわいい』に方向を定めているのである。
周りからはサリアが僕のお姉さんのように見えているだろう。本当は逆なのだが。
「ローラムちゃんが見ててくれるならあたしも安心できるわ〜!それじゃあ今日の一限は自己紹介にしましょう!どうせ今日の一限は初学校の復習みたいなもんだし、別にいらないわよね〜!」
黒板からこっちに振り返った先生を見てびっくりしそうになるところを、ギリギリで止める。わかっててもインパクトはあるのである。
ピンクの髷にどぎつい化粧。紫紺の瞳はギラギラ輝いていて、思わず後退りしてしまいそうになる。
だが中学校では、真面目で体の弱い可憐な美少女で行くと決めたので、ここで露骨な反応をしてはいけない。まあナスフォ初学校の奴らには猫をかぶってることがバレバレなのだが、そんなの関係ねぇ。そもそもの話、初学校でも多少は猫を被っていたのだからやっぱり関係ねぇ。
「い、いえそんな!みんなもう昨日で自己紹介は終わってると思いますし、後でサリアに聞くから大丈夫です!」
猫を被るってか、よく考えなくても僕が言っているのはあたり前のことだ。なんで初日休んだ奴のためにもう一回自己紹介しないといけないんだってみんな思うだろう。
「ううん!ハレアちゃんのためじゃなくてね、実は昨日うちのクラスはまともに自己紹介できてないのよ!!ハレアちゃんが来たらにしようって思ってたのもあるけど、元気な男子2人が喧嘩したせいで昨日は大変だったのよ〜!」
あぁ、そういえばそんな話もあったな。
トゥリーの方をチラリと見ると、顔の右半分がありえないくらい膨れ上がっていた。光魔術でどうにでもなると思うのだが、反省のために治すことを禁止されているのだろう。
相方を探すために教室をくるりと見回すと、僕の隣の席に同じような顔をした少年がいた。
トゥリーと似たような赤い短髪。瞳が髪と揃って真っ赤な純粋人。瞳の色が違うだけでトゥリーとは全く印象が違い、明らかに危険そうなオーラを放っている。あれの隣だということに身の危険を感じるが、僕に見られて罰の悪そうな顔をしていることから考えると、見た目よりもかわいい奴なのかもしれない。
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「自己紹介を普通にやってもつまらないし、『他己紹介』をやりましょう!!自分じゃなくて隣の席の子を紹介するのよ〜!!大丈夫!先に話し合う時間を15分あげるから、その間にお互いどんどん質問しあって頂戴!!」
うちのクラスは18人。そのうちナスフォ初学校出身は6人。知らない純粋人が8人。獣人が4人。まさかまさかの多かったのはネトト村の方だったらしい。
ちなむと、ナスフォ出身は僕、トゥリー、エディーレ・ウヌキス、サリア・ローラム、カラム・トレバー、ドミンド・アンヌである。昨日は僕が欠席、エディーは新入生代表としての挨拶でいろいろ周り、トゥリーは先生にビンタされて失神。大人しいカラムとやんちゃなドミンドは特別仲が良いわけではなかったし、そりゃアウェー感は出るはずなのである。
これは大体の雰囲気からなのだが、ネトト村は僕の隣のやつをボスにした、仲良しグループだというのがわかる。僕の隣のボスもかなり強そうだし、それ以外の子達もなかなかに鍛え上げられている。よほどいい教師がいたのだろう。
ケシ村の子達はなんだか萎縮しきっていてよくわからない。男の子1人女の子3人なのだが、みんな大人しそうな感じであまり強そうではない。
「なあお前、俺らを見てどう思う?」
と、完全に自分の世界に入ってたらボスに話しかけられてしまった。顔が腫れていることを除けば、腕を組んで座るその姿には圧倒的な迫力がある。エディーやタイグドにはなかった強さをひしひしと感じるのである。
さて、これは何かのテストなのだろうか?ここで回答を間違えると僕は3年間いじめられるのだろうか?
「ど、どうって…痛そうだね?」
「ちげぇよブス。ネトト村の奴らを見てどう思うか聞いてんだよ」
あ、そっちね!
あぶないあぶない!いや、でもその顔見たらトゥリーとボスのことだと思っちゃっても仕方ないじゃないっすか!?
「えと…すごくいい先生がいたのかなーって思う?みんな才能があるって感じじゃなくて、いい育ち方してるなーって?」
ボスは僕の回答を聞くと満足そうに頷く。どうやら僕は正解したらしい。ご褒美に焼きそばパンでも買ってもらえそうなくらいだ。
「うん。お前はやっぱ見所があるな。あいつら全員、俺が初学校に入る前から鍛えてやったんだよ。学校にいい先生がいたんじゃなくて、俺があいつらの先生つーこと」
おおーまじか。ボスは思ったよりもボスらしい。
「うちの卒業生は全員このクラスにいる。…だがよぉケシ村の連中は2人も向こうのクラスにいる。獣人ってのは純粋人より強えんじゃねえのか?だから昨日言ってやったんだよ『獣の癖に弱えのな』って。そしたらお前のとこのカスが喧嘩売ってきやがった。で、オカマにブチギレられてこのザマよ」
「…それはボスが悪いんじゃない…?」
トゥリーが喧嘩をするなんて何事かと思ったが、だんだんわかってきたぞ。トゥリーの隣の獣人の女の子の態度、ボスのこの態度、トゥリーの性格。答えはつまりそういうことだろう。
「あのカスはボスって名前なのか」
「え!?あ、ま、まぁそんな感じかな…?じ、自己紹介しよっか!私はアーニャ・ハレアっていいます!えと、よろしくね?」
他己紹介も何も名前すら聞いてなかった。
危ない危ない。聞いていたあとだったらぶん殴られていたかもしれない。
「ん?あぁ、俺はタイグド・レグディティアだ。太陽の子って意味のタイグドだ忘れんな。使える魔術は炎、魔力量は102360。得意武器は剣。好きな食べ物はステーキ、嫌いなもんは何もない。後ろの方にいる同じ髪色のやつは双子の妹だ。あいつは風の魔術が使える俺の一番弟子だ」
タイグドか。まあ似合ってはいるのだが、どうしてもあっちのピカピカな方を思い出してしまう。ティアとかタイグドはありきたりな名前だとは思っていたが、まさかこんなに早くだぶるとは。タイグドが違う学校に行ってくれてて助かったのである。
にしても、魔力量まで教えてくれるとはかなりの太っ腹だ。勿論自信があるから隠す必要がないということなのだろう。
参考までに、エディーの魔力量が5389、タイグド・オニキスが98439、トゥリーは2007だ。トゥリーも平均的な男性よりは少し高いのだが、他の3人が天才なので遥かに霞む。
「男の子で10万超えってすごいねほんとに。なんで地元に残ったの?」
これは純粋な疑問だ。ボスなら多分、天鱗学園だろうがどこだろうが入れたことだろう。
「あぁ?そんなもん、まだ弟子どもを置いて行けねえからに決まってんだろ」
まあ、そんなことだろうと思った。
ボスは全く考える素振りすらなく即答する。本心で自分の進路なんかよりも、同じ村の子達の面倒を見ることの方が大切だと思っているのだろう。僕の質問の意味がわからず、疑問に思っているような感じすらある。
「で、お前は?まだ名前しか知らねえんだけど」
あ。ボスに興味津々で色々と疎かになっているのである。
「あ、えと、名前はアーニャ・ハレアで、音魔術が使えます。好きな食べ物はチョコレートで嫌いなのはピーマン。ずっとピーマンは好きだったんだけど去年パパが作ったやつ食べたら中に虫が入ってたからトラウマで食べられなくなっちゃった」
実話である。僕が好きだからって理由で、パパが家の庭で育て始めたのだが、生で齧ってみろと初積みのものを渡されたから仕方なく齧ってあげたら中に虫が入ってた。こんなこと思い出したくもないが、しっかり虫ごと噛みちぎってしまった。
二度とピーマンは食べられないし、二度とパパが作ったものも食べられない。
「虫食ったくらいで大袈裟な。今度うまい虫料理作ってやろうか?それ食ったらトラウマ克服できるだろ」
「!? おいしいまずいじゃなくて気持ち悪くて食べられないの!!私、さわるのもむりなんだから!!」
ボス!むりでっせ!!!
てか、ボス料理とかできるんすね!!
「…ぷっ!冗談だよ!これでも妹がいるんだから女のほとんどが虫嫌いだってことくらい知ってるっつーの!お前まじでかわいいのな!」
「!?さっきブスって言ったくせに!」
男だってほとんどが虫嫌いですよ、ボス!
虫嫌いじゃないってやつでも、ほとんどのやつは虫食うのは無理っすよ、ボス!
「お前別にブスって言われても傷つかねえだろ?ブスじゃねえって自分でわかってるやつにブスって言っても冗談だってわかるからいいんだよ」
ボスは今日イチのキメ顔でとんでもないことを言ってくる。僕も似たようなことを考えたことがあるし、まあいいといえばいいのだが、ブスだとかデブだとか言われていい気分はしない。ここは可愛くほっぺたでも膨らまして『ぷんぷん私怒ってるんだからねっアピール』でもしておくのである。
まあちょっと話をしてみた感じ、ボスは思っていたよりもだいぶ良いやつそうなのである。
「まあ、ブスにもブスっていうんだけどな!!」
前言撤回、ボスはカスなのである。
――――
まあ、15分というのは短いようで長い。
僕とボスのように仲良くワイワイしていたらあっという間に過ぎてしまう程度の時間だが、会話が弾まないペアからすれば長すぎるほどの時間だろう。
『どのくらいの感覚かと言われると難しい』と、いつも言っている僕だが、これについてはいい体感のしてもらい方がある。
まず手元に時間を測るための道具を用意して欲しい。そして、自分が初めての相手に会ったつもりになり、自分の考える『普通』の自己紹介を実際に口に出して、その時間を測ってみて欲しいのである。
いかがだろうか?
かなり手応えを感じた人だとしても2分そこそこくらいだろう。逆に、5分できましたとかいう奴は語りたがりの可能性があるので気をつけて欲しい。
会話が弾まないペアであれば、その倍の時間で必要なことは終わってしまうわけである。最初のどっちから始める?みたいな何ともいえない間や、交代の時間、質問コーナーみたいなものを設けたところで10分ももたないだろう。
うちのクラスの人数は18人なので、ペア数は9。
そのうちの4ペアは退屈そうに教科書を読んでいる。まあ概ねそんなもんだろうという割合だ。
「は〜い!みんな、隣の席の子のことはよくわかったかしら〜?これから自分じゃなくて、隣の席の子を紹介するのよ〜!」
ピンク先生が15分間、教室を回ってみんなに声をかけてくれていたのだが、ピンク先生も4人もいるわけじゃないしピンク先生がいる間しか会話はもたなかったのだろう。もしかすると、ピンク先生がいなかったら教科書を読んでいるペアは4つで済まなかったかもしれないし、今のところピンク先生の評価はgoodだ。
「私の紹介も本当は誰かにして欲しいのだけれど…ペアがいないから自分でやるしかないわね…悲しいわ…」
ピンク先生は両手を目元に当て、よよよとでも言わんばかりの昭和臭い泣き真似をすると、黒板に字を書き始める。
…ギッシムナードとな。なかなかに漢臭い名前である。
「はい!ハレアちゃん以外のみんなには昨日も言ったんだけど、あたしはギシムナード・ガッツォーンよ〜。長いからムナー先生って呼んでちょうだいね!性別、年齢、身長、体重は全部ヒミツ。好きな食べ物はヒミツで、嫌いな食べ物はヒミツよ〜。趣味はヒミツ。特技もヒミツ。ミステリアスな女ってそそるでしょ?――あ!性別を言っちゃったわ〜!なーんて!みんな1年間よろしくね〜」
ぱちぱちぱちぱち〜と暖かな拍手が自然と起こるのはムナーちゃんの人柄だろう。ヨスナイア氏の自己紹介では拍手なんてひとつも起きなかった。
先生の自己紹介で拍手が起こるというのはすごくいいことだ。先生が慕われればクラスがまとまりやすいからみたいな意味ではなく、単純に最初の紹介で拍手が起これば、続く紹介も拍手が起きやすいからである。つまり、誰かが紹介を失敗してしまったときに、白けた空気になる可能性を低くしてくれるということだ。
「はいはい!じゃあ次は俺がこいつを紹介するぜ!」
それに、こうやってバカが続きやすい空気にもなる。
ドミンドのかつての相方であるゴンズ・ウヌキスは、ドミンドに置いていかれ、落ちこぼれてグレてしまったが、ドミンドは出会った時から変わらずに永遠のバカである。いい意味で。
「なんでお前1人で勝手に決めるんだよバカ…」
ドミンドの隣の席の子は少しだけ大人しそうな子なのだが、どうやら波長がうまくあったのか、ドミンドとはかなり仲良さそうになっている。
まあドミンドは『良いバカ』だ。
うるさいし、鬱陶しいが、ドミンドを嫌いだなんていう人は少ない。初日こそアウェームードに飲まれていたようだったが、自分のペースさえ取り戻せば一気にムードメーカーとしての地位を確立する。
他己紹介をするときは2人とも立ち上がる。
立ち上がってみるとわかるが、ドミンドの隣の子はかなり背が高くて手足が長い。すでに175くらいはありそうだ。
「こいつはレノ!魔術は使えないけど、槍がすげぇうまいらしい!槍だけなら村で1番だって言ってたぜ!」
ボスを差し置いて村1番とは。ボスの得意武器が剣とはいえ、なかなかのやり手なのだろう。
槍を勧めたのはやはりボスなのだろうか。これだけの手足の長さを活かそうとなると、僕が武器を見繕ってあげたとしても槍だろう。
「言ってねえよ!」
言ってないらしい。
「アーニャの隣の席のタイグドが憧れで、いつか一緒にハンターになりたいって言ってた!でも村のみんなで取り合いになってるから、周りに負けないように頑張ってるらしい!大人しそうな顔して男だと俺は思うぜ!食べ物の好き嫌いとかそういうのもいろいろ聞いたけど忘れちまった。とりあえず!槍が上手くて、強い意思のある俺の見込んだ男だ!最初はあんま喋んねえやつだけど、みんな仲良くしてあげてくれ!」
流石は良いバカ。
得られた情報は少ないが、なんとなく仲良くしたいと思えるいい他己紹介だ。紹介された側であるレノはドミンドに文句を言っているが、誰が見ても照れ隠しだということがわかる。
「レノ君かわいいね。先生としても自慢の生徒?」
槍については否定のツッコミをしたのに、後半については否定しなかったあたり、本気でボスのことを慕っているのだろう。あれほど真面目そうな子に懐かれれば、僕なら可愛くて仕方ないと思ってしまう。
「唯一の取り柄の槍もまだまだだし、どこにも自慢はできねえよ。俺とパーティーを組みたいだなんて100年はええ」
ボスは厳しいことを言っているが、その横顔は明らかに嬉しそうだ。自分が慕われてるのがわかって嬉しいのか、生徒が褒められて嬉しいのか。
いずれにしても、誰が見ても照れ隠しだということがわかるのである。
――――
8組16人の紹介が終わり、トリであるボスと僕の番が回ってきた。どうでも良いが『ボスと僕』って語呂がいいのである。
なぜかボスが先に僕の紹介をするって言って聞かなかったので、譲ってあげることにした。つまり僕が大トリである。
「俺はネトト村のタイグド・レグディティアだ。必要以上の紹介をする気はないが、とりあえず俺は『弱いヤツ』が気に入らないことだけは覚えておけ。言葉通りの意味に取るなよ。ただ『喧嘩が弱いヤツ』が嫌いってなら俺はもうこの学校にもネトト村にもいねえからな」
!? ボス!?何で自己紹介してるんすか!?僕の紹介をしてくれるってのは嘘だったんすか?
僕もレノのようにツッコミを入れるべきなのか悩むが、ボスは超真面目な顔で超真面目に自己紹介をしてるからしてはいけない気がする。さて、困ってしまったのである。
「で、こいつの名前はアーニャ。お前らがこいつのことについて知っておく必要があるのは一つだけだから、耳の穴かっぽじってよく聞いとけ」
!? ボス!?もう意味がわかりません!!
意味がわかっていないのは僕だけじゃなく、教室にいる全員のようだ。ボスの次の言葉を待って教室全体が静まり返っている。
ボスは一息つくと、僕の肩に手を回して自分の胸に抱き寄せる。あまりにもスムーズすぎて、この僕がなす術なく男の胸に収められてしまった。我一生の不覚なり。
「――いいか、こいつは俺の女だ。男とオスは指一本触るんじゃねえ。手を出したらまじで殺すぞ。だからこいつに俺の紹介はさせねえ、声を聞いただけで惚れるやつがいるかもしれねえからな」
!? ボス!?いつのまにわたしはボスの女に!?
ど、どうしよう!?いきなりそんなこといわれてもこまっちゃうよ…!わたしってば大ピンチ!?
「…一線超えたなクソガキ。殺してやるからこっちきなよ」
あ、やばいやばい。ふざけている場合じゃなかった。サリアがボスのおちゃめを本気にしてブチギレちゃってる。
サリアは僕に対する愛が過剰なところがあるから危険だ。多分、幼くて周りに馴染めなかったよちよちの頃から面倒を見てあげてたせいで、サリアにとって僕は第二の母親みたいな感じになってしまっていて、かなりの独占欲があるのだと思う。
てか、それをいうならトゥリーの方がブチギレそうなもんなのだが、トゥリーは若干複雑そうな表情で僕の方をチラチラみてくるだけで、怒りそうな感じはない。昨日喧嘩した相手に僕が取られたというのに、それで良いのかトゥリー。
…隣の席の狐娘、確かリーシャ(?)との距離がやけに近いし、まあなんかそういう感じなのかもしれない。
…いいのよトゥリー。お母さんはあなたが好きな人を選べば良いと思うの。嫁いびりなんてしないから安心して頂戴。でもちゃんと、孫の顔は見せにくるのよ…。




