第四十七話 プロローグなのである
「いっけな〜い!ちこくちこくっ!!」
わたしの名前はアーニャ・ハレア!
地元の中学校に通うごく普通の女の子!
入学式を諸事情により欠席した私は今日が初めての登校!
中学校は小学校よりも少し広い地域の人が集まるから、新しい出会いが待ってるていうのに、わたしってば初日から寝坊しちゃった!さいあく!わたしのばかばかばかぁ!
中学校は小学校よりも少し家から遠いし、もう絶対間に合わないよ〜!
もうっ!みんなにだらしない子だと思われちゃうっ!
ママがもっと早く起こしてくれないのが悪いんだもん!私の準備が長いのなんて知ってるはずなのに!
「あーもうっ!この靴走りにくいし!さいあく!」
ここを曲がれば私のよく使う近道!もしかしてギリギリまにあう!?
!?ってなんでこんなとこに人がいるのっ!?!?
ぶ、ぶつかるーっ!!
☆*☆*☆*☆
「いっっったぁ!!もぅ!どこ見て歩いてんのよ!!」
ほんとに今日はさいあくー!!
がつんと文句言ってやるんだから!!
「おはよアーニャ。こんな狭い道を走ってたら危ないよ?私じゃなかったら大変だったんだから。それに、せっかく制服も髪も綺麗にセットしてあったのに乱れちゃってるじゃん。学校に着いたら直してあげるね」
……。
「……どうしてここにいるのさ」
サリアの家から中学校に行くのにここを通る必要はないし、そもそも、学校に向かう僕と正面衝突するっていうのは明らかにおかしい。
おかしい点はそこだけじゃない。僕はぶつかった時にお互い尻もちをつく程度の速さで走っていたから、ぶつかった時はそれなりに痛いはずなのに全く痛くなかった。というのはサリアが衝撃を流して優しく抱きしめてくれたからである。
ようするに、サリアは僕を待ち伏せしていたと考えてしまうのが普通なのである。
「あ、伝えるのが遅くなってごめんね。中学校の制服もよく似合っててかわいいよ。初学校のときと違って男女で分かれてる分、女の子らしくてアーニャにぴったり。色もアーニャの髪の色とあってるし、アーニャのための制服って言っても信じる人は信じちゃいそう。昨日みんなの制服姿見たけどアーニャが1番似合ってるよ」
そう。中学校は男女の制服が分かれているのである。
女子生徒の制服は白のノースリーブワンピースにセーラー服のようなデザインをした紺のジャケット。春用のものは薄手の長袖なので、中にカーディガンを着ないと今の季節では少し肌寒い。
ワンピースの方の差し色は紺、ジャケットの方は白と、とてもシンプルなカラーリングになっている。
靴下は自由、靴は学校指定のローファー。これが走りにくいし歩きにくいしで個人的に気にいっていない。
まあ、制服全体を見て言えることはかわいいということだ。見た目で気に食わないのは鞄くらいだろう。
指定の鞄は教材や着替えが入るように、丈夫な布で作られた灰色のボストンバッグみたいな感じだ。旅行に行く男子小中学が持つような感じでとてもダサい。
男子生徒は指定の学帽を被ることが決められているが女子生徒は特にない。ただ、好きな帽子を被っていいことになっているので、僕はセーラー服みたいなデザインに合わせて水兵帽を被っている。
「…どうもありがと。サリアも似合ってるよ。で、いつからここで待ち構えてたの?」
僕の家を知っているサリアが僕の登校ルートを当てるのは難しくはないだろう。問題なのは一体いつから待っていたのかということだ。
大体の時間を考えて待っていたのであれば、今の時間まで来なかったらもう行ってしまったと考えるはずなのだ。それなのに今の今まで待っていたということは、先に行ったという線はないと断言できるほど前から待っていたということではないのだろうか?
「えへへ、ありがと!あ、クラス分け知らないと思うけど、私とアーニャは同じクラスだからそこは安心して大丈夫だよ。入学2日目から一緒に先生に怒られることになっちゃったけどね!」
中学校のクラス分けは最初から成績ごとで決まっている。
入学時にある筆記試験と実技試験によって2つののクラスに分けられるため、サリアと同じクラスだということは最初からわかりきっていたことなのである。
つまり僕のクラスは、6年生のときのクラスと、違う小学校から来た上位層が混ざったクラスということだ。
上位層とは言ったが、受験をして地域の学校以外に行ってしまった人を除いたメンバーとなる。
うちの学校からはタイグド・オニキスとレムルド・カルルがいなくなった。
タイグドは『カルア天鱗学園』『アダモクシア学院』『カトリア学園』の3校を受験した。残念ながら第一志望の天鱗学園は落ちてしまったので、第二志望のアダモクシア学院に進学した。
レムルドはなんか王都の風魔術を中心に教えてる学校に行った。別れ際にラブレターを渡されたが、…渡されたが、まあ、その、なに。渡されたのである。
ちなみに、ナスフォ中等教育学校にはナスフォ初等教育学校の他に2つの初等教育学校の卒業生がやってくる。どちらも小さな初等教育学校なので、単体で隣に中等教育学校をつけるとあまりにも生徒数が少なくなってしまうため、ナスフォ中等教育学校に集められる。
ナスフォ初学校卒業生が24人、その他が14人の計38人がナスフォ中等教育学校の生徒となる。1クラスの人数が5、6人増えると考えると、少しだけワクワクしたりもする。
「人数の割合はどんな感じだった?うちの学校と他のとこで」
まあ、結局重要なのは自分のクラスである。
隣のクラスにお初の人が沢山いてもあんまり面白くない。それに、3年間クラスメンバーはほとんど変わらないだろうし、中学校3年間の運命が決まると言っても過言ではない。
「うーん、半分くらい知らない人だったかなぁ?それにすごい身内のノリ感があったから、どっちかの学校の人に偏ってるのかも。アウェーだよアウェー」
優秀なのはナスフォ街南東に位置するケシ村の方だ。だから多分、うちのクラスに多いのはケシ村の方の人なのだろう。
これはもう片方のネトト村にも言えることだが、どちらも人口の割に学校に通っている子供が多い裕福な村である。ケシ村の方は元ハンターが沢山いるおかげで、ネトト村の方はブランドきのこ産業のおかげで裕福なのである。
ケシ村に元ハンターが多い理由は『獣人』の村だからである。
トールマリス王国ではもうずっと昔に獣人に対する人種差別は禁止されているのだが、差別されていた頃の名残で獣人は地域に集まっていることが多い。
余談だが、この世界には3つの人種がある。
1つ目が僕たち『純粋人』。
純粋人というのは差別的な言い方だとも言われているが、現状これが正式名称である。純粋人の中にも肌が白いとか黒いとかそういうのはあるが、まあ対した差ではない。
純粋人の特徴は他の人種と比較して身体能力も魔力も低いことである。
2つ目が『獣人』。
獣のような耳と下半身を持つ人たちのことを言う。上半身で獣らしいのは耳と牙くらいのものだが、腰から下は2足歩行をしている獣そのもののような形である。もとを辿ると獣と人の混血から生まれた人種と言われているが、実際のところ定かではない。僕的には、進化の過程がそもそも違うものであり、純粋人と獣との間くらいに位置する種族だと考えている。
獣人の特徴はその身体能力の高さである。魔力は純粋人より若干高いくらいだが、身体能力は三つ目の種族とも比較にならないほど高い。鼻も耳も良いことからハンターになる人の割合が1番多い人種である。
3つ目が『魔人』。
魔人はもとを辿ると魔物との混血から生まれたなんて言われているが、僕としてはこれも違うと思っている。魔人の見た目の特徴はさまざまであり、特徴の薄いエルフは他の魔人とは区別され『精霊人』と呼ばれている。エルフというのは意訳だ。
『人族』と呼ばれるのは純粋人、獣人、エルフまでであり、その他の魔人は『魔族』と呼ばれ、今の時代でも差別が続いている。
魔人の特徴はやはりその魔力にある。魔人の中では最弱と言われるエルフすらも平均で人族の5倍もの魔力量を持ち、他の2つの人種よりも圧倒的に強いと言える。
僕たち純粋人が1番弱いというのに、こんなに大きな顔をしている理由は『量』にある。
もともと絶対数の少なかった他の人種を侵略し、制圧したことによって今もその数的有利で地位を築けているのだ。つまり『質』を『量』で押しつぶしているってことなのである。
しかし、トールマリス王国の隣の大陸にある魔族の王国がここ数十年でかなり人口を伸ばし、トールマリス王国に匹敵するだけの国力をつけてきているようである。もしかするとの話だが、戦争になってしまうなんてこともあるかもしれない。
余談の余談だが、人種差別を無くそうという動きをしている割に、この国では奴隷制度が認められている。
王国指定の首輪をつけられ、刻印を押された人は、完全に人権を失い『物』という扱いになる。そのため奴隷を無賃で働かせることは勿論、性処理用の玩具として使うことも、狩のための贄として使うことも認められている。
奴隷に権利なんてものは全くないのである。
さてさて、これでやっと話が戻る。余談とは言ったが、全く関係のない話でもなかったのである。
「多分ケシ村の子達だろうね。獣人の子が多かったんじゃない?」
サリアはどっちの学校の子かはわからないと言っていたが、それは人種でわかる話なのだ。そしておそらく、獣人の子が多かったはずだ。
「うーん…あんまり興味なかったしそこまで見てなかったなー。勿論獣人の子はいたけど、その子達が身内のノリを出してたかった言われるとびみょい」
さっきみんなの制服を見たけどどうたらこうたらって言ってたじゃないか。なんで人種もわかんないのさ。
…まあいいように考えれば、サリアは全く人種とかを気にしない子だということだ。
いくら獣人に対する差別が禁止されているとはいえ、『差別禁止』を国が掲げていると言うこと自体が、人々の意識に差別感情があることを表している。
勿論、獣人を見てもなんとも思わないで、純粋人を見かけたのとなんら変わりないという世の中になることがベストだが、今の現実では「獣人だ」くらいの認識はしてしまうものである。そこから「珍しい」とか「変なの」とか思うかどうかが個人差になってくる。
そんな時代に「獣人の子はいた」というだけの認識で終わるサリアというのは、差別意識をあまり持たないいい子なんだと思う。僕ならばきっと「獣人の子が多いなぁ」とかそのくらいは思っていたはずだ。
何はともあれ、そんなことは結局教室につけば全部わかることだ。今大切なのは、せめて一限までには間に合うように急ぐことなのである。
「…てかさ、担任の先生はどんな感じだった…?」
いや、1番大切なのはやっぱりこっちだ。
だって怒られることは確定してるんだもん。
僕の質問を受け、横を走っていたサリアが足を止めて下を向く。
「…その、ね…。ショックを受けないで欲しいんだけど…」
「あ、大丈夫そうだね。てか、やばそうな先生なら曲がり角でぶつかった時点でもっと急かしてくるか」
こんな小芝居を挟んでくるということは、エノーラちゃん並みに大したことない先生なのだろう。初学校の頃は4人の担任を経験したが、ヨスナイア氏以外はあまり怖くなかったし、この国の教師はもしかしたら基本イージーなのかもしれない。
「え?いや、かなりやばい人だよ。昨日トゥリーと知らない男の子が喧嘩して2人ともけちょんけちょんにされてた」
……まじすか?
……………
…………
…ふむ。
「……どうしても生理痛がひどくて起きられなくて、心配してくれたサリアが家まで迎えに来てくれたから2人とも遅刻したってストーリーはどう思う?男の先生ならそれ以上何も言えないと思うんだけど」
昨日休んだ言い訳もひどい体調不良ってことになってるし、説得力はあるだろう。
「でもここでその言い訳使うと、本当にひどくて辛い日どうするの?私の子を妊娠したから周期がずれましたとかいう?」
サリアは本気で悩んでいるような感じで馬鹿げたことを言ってくる。頬を人差し指で刺す『ふぇぇ私悩んでますぅアピール』は基本的に腹立つが、サリアほどの美人がやれば可愛くもある。
まあ可愛いかうざいかはさておき、サリアの言いたいこと自体はわかる。
だが、たとえ明らかにおかしいタイミングでもう一度生理痛がひどいという話をしたところで、男性教師が「お前の周期を教えてみろ」なんて言えるはずがないのだから、実はそのことは気にする必要がないのである。
「私の生理痛がひどいことなんてないから大丈夫だよ」
それにそもそも僕のは軽いのだ。経血も少ないし、生活に支障をきたすほどの体調不良も勿論ない。
逆に今日生理痛を言い訳にしてしまえば、今後架空の周期でズル休みが出来るようになるともいえる。僕の本当の周期は僕のみぞ知るってことなのである。
「じゃ、いっか。いい言い訳も思いついたし歩いていこうよ。走って汗かいてたら逆におかしいし。校門の前の木のところで髪と制服直してあげるね」
僕は天才なのでどんな問題にもすぐに良い解決策が思いついてしまうのである。サリアから担任がやばいと聞いた時は一瞬終わったかと思ったが、なんとかなってしまうのが僕なのである。
「それもそうだね。嘘ついたなんてばれたら大変なことになっちゃうかもだし」
喧嘩したくらいでけちょんけちょんにされるなら、遅刻した上に悪質な嘘をついたらぎたんぎたんにされしまうのである。
あれ?てか、これから1年僕の担任はやばいやつなの?
今日の遅刻の問題が解決したところで、根本的な問題の解決はできていなかったのである。
僕が今後1年何の問題も起こさない真面目な生徒でいることなんてまずないし、たとえ問題を起こさないにしても、怖い担任がいつも見張っているということ自体がストレスになる。
「…あーあ。意味なく走ったせいで暑いし、カーディガン脱いで行ったら怪しまれちゃうし、なんかもうさいあくだぁ…」
遅刻の解決策を見出したはずの僕が再び落ち込んだことの理由がわからないサリアが、可愛らしく小首を傾げて僕を見てくる。
サリアはどんな教師に怒られようが、なんとも思わない性格なのであまり気にならないのだろう。というよりもサリアは誰からも愛されるタイプの人間なので、人からこっぴどく怒られるということがないのだろう。
残念ながら僕はサリアとは違い、一部の人間にはかなり嫌われる。
僕のことを嫌うのは『熱い』人間である。
どんなことにも全力を尽くすことが大切だとか考える連中からすると、僕のように冷めている子供は気に食わないのだろう。ラファの担任だった若い男の教師からは、ラファに入れ知恵されていたせいもあるだろうが露骨に嫌われていた。
ヨスナイア氏は怖かったが、嫌われてはいなかったのでまだなんとかなった。彼はどちらかと言うと『冷めた』人間なので僕のことを好ましく思っていた節もあったくらいだ。
サリアの一言だけしか情報がないが、喧嘩した生徒をけちょんけちょんにしたというだけで、今回の担任は『熱い』人間だというのがわかる。『怖い』し『熱い』なんてやつは相性最悪だ。
口論するなりなんなりで対等に戦えば、やっつけるのはヨスナイア氏のようなタイプよりもむしろ簡単だと言えるが、向こうに戦うつもりがないとなると、一方的にやっつけられてしまう。
これは難しい話なのだが、要するに僕のような『取り繕う』タイプの人間にとって、『聞く耳を持たない』というのは厄介なことなのだ。屁理屈を捏ねて自分を正当化しようとしても、「うるせえ、お前がルールを破ったのは変わらないだろ馬鹿野郎!ゴツンッ!!」と言われてしまうとどうしようもないって話だ。とほほ、気が重いのである…。
――澄み切った空に輝く太陽が、僕の罪を咎めるかのように目と肌をチリチリと焼いてくる。
日本と違って4月はまだまだ肌寒いくらいだというのに、空に輝く熱血漢は相も変わらず僕の敵のようだ。




