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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第二章 ガポル村の天才幼女
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閑話 姉妹喧嘩




 夏休みは好きだ。私は1人でいることが好きだから。


 けど、夏休みが終わることが嫌なわけでもない。1人の時間は勿論減るが、やること自体は毎日ほとんど変わらない。

 私は変化のない日常が好きだから。


 ただ勉強をする。ただ剣を振る。

 人間関係に悩んでいた時期もあったけど、どうでも良いと思えるようになってからは悩みでもなんでもなくなった。


 季節の変化も関係はない。

 暑ければ汗をかくが、やることは変わらない。

 寒ければ体を動かしにくいが、やることは変わらない。

 人間の過ごしやすい適温だろうがそうでなかろうが、怪我や体調不良を起こさないよう、準備をするということは変わらない。夏や冬に特別な対策が必要なのではなく、春だろうが秋だろうが気を抜いてはいけないということだ。


 同じことを繰り返して、確実に成長をし続ける。

 努力は決して人を裏切らない。

 自分と向き合う中に、不必要な時間なんて存在しない。全てが前へと繋がる。自分の思いが無駄になることはない。



 ――裏切られるのはいつも、他人と関わった時だ。



――――――――――――――――――――――――――




 5回目の夏休みを終えても、1人の時間が減っただけの日常が続くはずだった。


 夏休み明けの武道大会も無事優勝。勝ち負けが全てとは思わないけれど、私にとって去年勝った相手に負けることだけは許されない。3年生4年生で優勝している以上、絶対に負けたくないという気持ちはあった。

 大会が終わって一安心したというのが本音だ。



 だから、私の日常は私によって崩されたわけではない。



 私の日常を崩したのは『武道大会6年生の部』の結果。

 もっといえば、『アーニャ・ハレア』の順位。


「い、いや、まあ私自身もね?まあ、それなりにショックだったし、あちゃーとは思ったけど、まあ、その、なによ。仕方ないと言えば仕方ないし、私が悪いとかそういうのじゃなくて、単純に周りのみんなが思ってたよりも頑張ってたんだなーって話じゃない?…ですかね…?」


 もう私には関係ないと切り捨てたはずの人に、こうも心が乱されるなんて。

 こんなに乱されるくらいなら、少しくらい時間を割いて見に行っておくべきだった。せめて、この結末に納得出来るようなものがあるのかどうかくらいは知っておきたかった。


「あなたは遊び歩いてばっかりだもんね。いつかは周りに抜かれるとは思ってたけど…これ、本当に真面目にやった結果なの?」


 優勝 エディーレ・ウヌキス

 準優勝 タイグド・オニキス

 3位 トゥリー・ボールボルド

 4位 サリア・ローラム


 これが、今年の6年生の結果。

 姉の名前は載ってすらいない。


「!? そんなのもちろん真面目にやったよ!!いや、そのね、ベスト8でタイグドに負けたからそういう結果だけど、実際の実力的には余裕で私が3位なわけよ。エディーとタイグドは確かにびっくりするほど強くなってたけど、トゥリーとサリアよりは圧倒的に私の方が強いよ。これはまじ」


「真面目にやった?びっくりするほど強くなってた?3.4.5と優勝していたあなたが、いきなり6年生になって負けるなんていうのは普通に考えておかしいんだけど」


 何もかも気に入らない。

 普段から努力していたのかどうかわからないし、そもそも試合自体本気でやったのかもわからない。

 少なくとも、放課後や休日遊んでいるだけの人が、平気な顔で「周りが強かった」「仕方なかった」「真面目にやった」だなんて言うこと自体が許せない。


「いやいやいや、それは甘いよラファ。いい?人の成長曲線は一定じゃないんだよ。確かに去年まではベスト4にすら入ってない、眼中になかったタイグドだけど、あれは頭おかしいほど真面目なやつだし、努力はずっと前からしてたはずなわけよ。それがやっと実を結んだってだけのことだよ」


 ある日いきなり強くなる?

 そんないい加減な成長なんて大した話じゃないでしょ。自分が努力をしてなかったせいで周りに抜かれただけなのに、何を偉そうに語ってるの、この人は?


「どんなことでも、天才の才能が開花する瞬間っていうのはいきなり、爆発的に伸びるものなの。徐々に強くなっていく中で、ある日突然、何かを掴んで急に成長する。それがタイグドにとっては5年生と6年生の間だったわけ。ま、まあ、そのタイグドがエディーに負けたときは流石に目が飛び出るほど驚いたけどね。毎日そばにいたのに、エディーがあそこまで強くなってるなんて気が付かなかったよ」


「で、あなたは周りの凡人の努力が実を結んだくらいで負けるような人だったわけ?」


「凡人?タイグドもエディーも天才だよ。凡人が努力をして実を結ぶなんていうのはもっと後の話。生まれてから10年間程度の努力で天才に追いつけるなら、そいつを凡人だなんて呼ばないよ」


「そういうのいいから。タイグドさんだろうが誰だろうが、あなたと比べたら凡人でしょ?普通に成長していたらそんな簡単に抜かれるものじゃないと思うけど」


「別に抜かれてなんていないよ。タイミングの問題ってだけで。私は剣じゃない、自分に合った戦い方のためにリソースを割くことにしたから一時的に負けただけだよ。後衛が前衛の土俵で前衛に負けたからといって、優劣はつけないでしょ?」


「じゃあ、その自分に合った戦い方をすればよかったじゃん」


 そもそも、『剣じゃない自分に合った戦い方』って何?

 誰よりも剣の才能があるくせに何を言ってるの?

 あなたが後衛?まさか、後ろでお人形遊びをしている人にでもなるつもりなの?


 言いたいことはいくらでもでてくるけど、話が追いつかない。とにかく理解ができない。


「まだまだ未完成だから大会で出せるような状態じゃないのよ。だから暫定マシな方の剣で挑んだら、力でも剣技でも勝てなかったし、タイグドの炎魔術に対応しきれなかったしで負けちゃった。だからタイミングよタイミング。丁度私は武器移行期間だったから負けちゃったってだけ」


「だから、そもそもなんで剣を捨てたの?」


「えぇ…?『だから』って、それさっきは聞いてなかったじゃん…」


 あぁぁぁ。もうほんといらいらする。

 私がおかしいの?おかしいのはあなたでしょ?


「…いや剣を捨てるのはそんなにおかしいことじゃないでしょ。前衛として必要な筋肉なんてつけたら可愛くなくなっちゃうし、ハンターで前衛になって大怪我したら痕が残っちゃいそうだし、女の子なら後衛に行きたいって思うのは普通じゃない?」



 は?




「はぁ?」


「!?えぇ!?いや、だって、嫌でしょ!?いくら魔力量が多くて、魔導が上手かったとしても、肉体が弱ければベストパフォーマンスは発揮できないし、だからといって、ムキムキの女の子なんて嫌じゃん!せっかく私はこんなに可愛いのに。傷だって、顔とか見える位置に残っちゃったらどうするのさ!前衛には屈強な人が行って、可愛い女の子は後衛にいればいいっていうのはおかしくないでしょ!!?」


「はぁぁぁぁぁぁぁ??????」


「!?ううぅ…っ!そ、そんなにアーニャが言ってることおかしいかな…?だって、実際、タイグドと打ち合っても力の差がすごかったもん…。私の方が魔力は多いのに、力では全く歯がたたなかったもん…」


 はぁ?


 なにをいってるの、この人は?

 筋肉が可愛くない?傷が残ったら大変?


 理解ができない。



 ――いや、あぁ。理解はできる。


 できるというか、ずっと前にしていたはずだった。

 私とは価値観が違う。私が憧れていた姉はもうとっくの昔にいない。


 姉は剣や魔術といった強さよりも、周りに媚びるための性的な魅力が大切だと思っている人間だった。


「…じゃあ、その自分に合った戦い方ってのが完成したらまた2人に勝てるってわけ?」


 いつそんなものを磨いているのかなんて知らないけど、この人は私に対して全くの嘘というのはつかない。だから多分、本当にそれは用意しているのだろう。私がこの人に残した唯一の信頼だから間違いない。



「うーん、まあどうだろう?これからのタイグドとエディー次第だけど、私は勝てるつもりでいるよ。――完成させる頃には一流の大人にも負けないつもりだからね」





 ……ふーん。



 ……煮え切らない返事だけど、少しだけ姉を誤解してしまっていたことはわかった。


 私の大っ嫌いな情けない媚び顔から、少しだけ、ほんの少しだけだけど、私の憧れていた『お姉ちゃん』の顔に戻った気がする。

 姉の顔つきが変わったというより、私のなかの姉のイメージが変わったのかもしれない。


 可愛いとかそういうことを第一優先に置く彼女のことを好ましく思うことはできないけれど、完全に切り捨ててしまうほど情けない人間ではなかったのかもしれない。


「………じゃあ、まあ、いいよ。あなたが落ちこぼれたら周りから私もなんか言われるんだから、それなりにはちゃんとしておいて。それだけ」


 かといって別に仲良くしようとは思わない。

 私は1人でいることが好きだから。



「ぁ…う、うんっ!えへへ…!ら、ラファは、もう少し女の子らしくしないとね!もとがいいんだから勿体無いよ?」



 それに、この人のことはやっぱり嫌いだし。

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