閑話 ひとでなし
「ねねね、今日の新聞読んだ!!??」
いつもより少し遅く登校してきたカレンが、教室に入るや否や大声で詰め寄ってきます。普段は席についてから新聞を読み始めるのに、今日は既に読み終えてしまっているということから、よほど気になる見出しがあったことがわかります。
興味がないといえばないのですが、聞いてあげないと一日中うるさいので、適当に聞いてあげることにします。
「先に言っておきますが、私は何も知りませんよ」
そもそも、私が新聞なんて絶対に読まないことくらい知っているのに、なんで少しでも読んだ可能性を疑ったのでしょうか?
普通に「今日の新聞にこんなことが書いてあったよ」という報告で済む話なのに、あえてそれで済ませないというのは、また何か面倒なことを考えているような気がします。
「今日の話はね、王都の話じゃないの!!あ、いや、王都も関係あるけど、今の私達には関係ないって感じ?てかね!ゆきぴょんも興味あるはなしだと思うよ!!いっっつも本読んでるし!!」
本?私が興味ありそう?
「何か歴史に残る大事件でも解決したんですか?」
「あったりーー!!さすが名探偵だねぇ! ゆきぴょんは『神隠し』っていう連続殺人事件は知ってる?」
カレンは私のことを茶化してほっぺたをぐりぐりしてきます。別に、ヒントがわかりやすすぎましたし誰でもこんなの当てられますよ。
「…そこまで正確な知識はありませんが、被害者が何もないところから急に出てくるっていう不気味なことで有名な事件ですよね。あれが解決したんですか」
本で知った知識なので確かなものではありませんが、私たちが生まれる前に王都で起こってから、今日まで各地で起きている事件のはずです。こう言っては悪いですが、ここまで長い間解決できなかったものをいまさら解決できるとは思っていませんでした。
「それそれ!その『神隠し』の犯人が先週ついに『パークス領ナスフォ街』で捕まったらしいの!でねでね、捕まったことが驚きなんじゃなくて、その犯人の正体がびっくりなの!事件の最初の被害者が誰かって知ってる?」
『神隠し』の最初の被害者ですか。
「当時の有名な若手ハンターのパーティーでしたよね。3人ほぼ同時に殺されたと予想されることから、犯人は王国内でも指折りの実力者だと考えられるって話だったと思うのですが、そんな田舎で捕まえられるものなんですね。まあ、別の本には1人は死体が見つかっていないし、残りの2人も死体の状態が酷かったから同時かどうかはわからないって書いてありましたけど」
「さっすが、よく知っておりますなー!そこまで知っているなら話は早い。なんとね、その犯人の正体は…『神隠し』の犯人の正体は……!!!」
「死体の見つかっていなかったゼト・アルマデルってとこですか。普段小説でこういう結末だとありきたりすぎてがっかりするのですが、現実であるとなかなか綺麗な落ちですね」
王道っていうのはやっぱり美しいから王道なんですね。
チープなミステリー小説のようなストーリーでも現実で起こるとなかなか感動するものです。
…まあ、まだカレンから答えを聞いたわけではありませんし、間違っている可能性もあるのですが、カレンの表情を見るに正解なのでしょう。
「ねえつまんなーい!最後まで言わせてよー!!ゆきぴょんのばか!あほ!ひとでなし!!」
「つまんないなんてそんな。カレンの話の中で過去1番面白かったですよ。私も今度から新聞を読もうかなって思うくらいです」
私としては本当に面白かったのですが、カレンはなんだか不満なようです。私が楽しめる話題だったからこそ、最後まで自分で話をして驚かしたかったのかも知れません。
初めて見るくらいカレンは萎れてしまいました。いつもより2回りくらい小さく見えますし、トレンドマークのアホ毛も枯れてしまっています。
……な、なんだか、ちょっと具合が悪いですね…!
面白かったからこそ、私も少し興奮してカレンを傷つけてしまったような気がします。自分が致命的にコミュニケーションが下手だということを忘れていました…!
「ま、まだ肝心なところが聞けてませんし、教えてくれませんか…?」
「?」
「ゼト・アルマデルは王国の長い歴史の中でも最高の音魔術師と言われていますし、何かしらかの隠し球だって持っていたはずです。そんな簡単に捕まえられるような人間じゃないと思うのですが、一体どんな人が捕まえたのですか?」
私は音魔術を学ぶ際に彼が残した本を何冊も読みましたが、『天才』という言葉で片付けてしまうことができないほどの天才のはずです。彼のような常識人を装える異常者が下らないミスもするとは思えませんし、ナスフォ街のような田舎に、真っ向勝負で彼を捕まえることができる人材がいるとも考えられません。
通りすがりのハンターでもいたのでしょうか?
「!あ!そうそうそう!おぼえてる!?3年前くらいにあった『せんそうき』!!」
せんそうき?
なんだか物騒な感じの人ですね。『戦争鬼』なら『智帝』を倒したと言っても納得できそうですけど、お会いした記憶がありませんね。私、書物で出てきた人を覚えるのは得意なのですが、実際に出会った人を覚えるのは苦手なんです。
「どこでお会いしましたっけ?」
「合同祭だよ!私がかっこいい人だねーって言ったら、ゆきぴょんが『そうですかぁ???軽薄そうで私は苦手ですわ』って言ってたあの人!! ――そう、それも言おうと思ってたの!戦奏姫が命をかけて討ち取ったんだってよー!全然軽薄じゃなかったし、私の勝ちだね!」
あ、思い出しました。
『戦奏姫』男に釣られて騎士になった人ですね。
カレンの勝ちも何も、彼女の歴史を見た限りでは、周りに甘やかされて育った我儘お嬢様が、惚れた男に近づくために騎士ごっこをしてるようにしか思えなかったんですもん。まさか、命をかけて人を守るなんて思いもしませんでした。
思えば当時、特別観客席にいた私たちに上位3名の方が挨拶に来てくれたのに、彼女にだけ冷たい対応をとってしまったような気がします。…だって、当時の私には私の嫌いなタイプの『外面だけ良い軽薄女』に見えてしまったのです。仕方ないじゃありませんか。
人を記録だけで推し量ることのダメな例ですね。スタートはどうであれ、彼女は騎士として立派な志を持っていたのでしょう。
「今日は反省の多い日です。いつかナスフォ街に行く時があったら花を添えて謝罪させて頂きましょう」
死人に謝罪をするなんて自己満足に過ぎないのですが、誰かを傷つけるわけでもないですし、ダメなことでもないでしょう。
まあでも彼女の親族の方から、彼女の死を賞賛するかのような墓参はやめてくれと言われる可能性はありますね。そうなったら大人しくやめることにしましょう。
「ほんとだよまったく。他人を救うために命をかけることなんて、19歳の女の子には普通できないよ。偉大な英雄に対してゆきぴょんはすっごくひどいことしたんだからー」
他人のために命をかけられるか否かに年齢はそれほど関係ない気もしますけどね。
どんなに歳をとっていても、赤の他人よりも自分の方が大切だという人もいますし、たとえ子供であったとしても、人の命を守ることに自分の命をかけられる人もいると思います。アンケートを取ったところで、実際にそういう場面に直面してみないと本当に命をかけられるかなんてわかりませんし、考えても無駄なことです。
確かなことは、私は『かけられない側の人間』であり、戦奏姫は『かけられる側の人間』であったということです。どちらの方が人として優れているかという話ではないですが、救われるのはいつも『かけられない側』で、救うのがいつも『かけられる側』だというのであれば、救われる方が救う方を批判することはできません。
「…私は一度、人に命を『かけさせた』人間ですしね。どの口が彼女を悪く言っていたんだって話です…。楽しかった話が一転して、耳が痛い話になってしまいましたね」
馬鹿な私は、過去に一度人を殺してしまっています。
本当にごめんなさい。
生まれ変わってからずっと謝罪を続けています。いつかこの謝罪が彼に届くことを信じて、自己満足の謝罪ではないことを信じて。
「…いつかちゃんと2人で、ありがとうとごめんねを言えるといいよね」
私たちがこうして出会えたのだから、きっと彼とも出会うことができると、今はそう信じています。神を信じているというわけでもありませんが、世界の法則か何かで、あの時の3人は巡り会えると信じています。
結局、私にはただ信じることしかできません。何が稀代の天才だって感じですよね。周りからの評価と現実との差が酷すぎて、我ながら呆れてしまいます。
「…もうっ!ゆきぴょん露骨にしんみりしすぎ!そういう話じゃなかったじゃん!」
「!?ひゃっ!?」
いきなり頭を叩かれました!
下を向いていて全く予測ができなかったので、心臓が止まるかと思うくらいびっくりしました!許せません!
カレンの方を見てみると普段通り、私には眩しすぎる瞳を輝かせて笑っています。アホ毛も元気を取り戻したようです。
「…あなたの間抜けな顔を見て元気が出ましたよ。ありがとうございます。彼もあなたみたいに毎日が幸せだといいですね」
「あ!またでた嫌味!私は元気付けてあげようと思ったのにー!ゆきぴょんってまじで性格悪いよね!」
…腹が立ったのでカレンの頬をつねってやります。
「あら、また少し太ったんじゃありませんか?幸せだからって能天気に食べすぎていたら、あっという間にまんまるになっちゃいますよ?せっかく綺麗な顔に産んでもらえたんですから、台無しにするような親不孝はいけませんよ?」
私の性格が醜いことなんて自分でも分かっていますけど、面と向かって人から言われると腹が立つものです。それに、元気付けるためだというなら、別に叩く必要なんてないじゃありませんか。
「!いひゃい!いひゃい!ひよいよゆひひょん!!いひゃいひ、ひよい!!」
「遺灰?位牌?全く、不謹慎なこと言わないでください」
「!? ゆっへひゃい!!」
カレンが少し涙目になってきましたし、そろそろやめておきますか。そんなに痛くしたつもりはないのですが、この子は弱っちいのですぐに泣いてしまいます。
「うぅ―…ひどいよゆきぴょん…。私の顔に傷が残ったらゆきぴょんがお嫁に貰ってくれるの…?」
カレンは赤くなった頬をさすりながら、若干上目遣いでこちらを見てきます。そういうのは意中の男性にやってくださいよ。私にやられてもイラッとくるだけです。
カレンはこの手のあざとい所作をよくやります。いずれ下手な男性よりも背が高くなりますし、今のうちに小さい女の子を楽しんでいるというのもあるのでしょう。
「私は王家に嫁いでしまいますから、他を当たってください」
「でた、すぐにナチュラルに暗い話を出すやつ。それ反応しづらいから禁止だって何回言えばわかるのさー」
「困ってるカレンを見るのが好きだからわざとやっているんですよ」
「ふーんだ!ゆきぴょんのひとでなし!」
困っているのが好きなのであって、そのわざとらしく頬を膨らませた怒ってるアピールは嫌いなのでやめてください。
あ、でもアホ毛を尖らせる怒ってるアピールは嫌いじゃありませんよ。どうやってやっているのかは知りませんが、感情に合わせて動くアホ毛はかわいいと思います。




