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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第二章 ガポル村の天才幼女
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第四十四話 ゲームスタートなのである③




 きっと僕は地獄に落ちるだろう。

 これから僕がしようとしているのはそういうことだ。


 たとえそうだとしても、やらなければいけないことというのは必ずある。やらなければいけないと自分で思ったことを『やる』というのは、とても大切なことだ。



 あるのかもわかりやしない、死後の世界に怯えて、自分の直感や衝動を押さえつけてなんていられない。


 たった数人からどう思われるかなんてことに縛られて、自分の信念を歪めてなんていられない。




 僕は負けず嫌いの完璧主義者だ。



 自分の創ったシナリオを曲げることなんて許さない。




――――――――――――――――――――――――――




 パパの人脈を頼りに騎士団から最適の人材を選ぶことはそう難しくなかった。


 騎士団に入っている人全員が、金や名誉のためなんかではなく、民を守りたいからなんて殊勝な心を持っているわけではないが、今回僕が選んだ人はそういう、立派な騎士だ。

 彼女は、まだ19歳だっていうのに、死ぬことになるかもしれないと伝えても、それで犯人を捕らえられるなら本望だと言ってしまうような、根っからの善人なのである。


 うちの村の『衛兵』たちと『騎士』はやっぱり違う。


 衛兵が守りたいものは、自分の身内だけであり、騎士が守りたいものは、弱き者全てなのだ。


 だがまあそもそもの話、うちの村の衛兵たちの中で、今回の役割を果たせるなんて人は、パパとセドルドさんを含めても1人もいない。

 悔しい話だが、これまでの犯行をもとに犯人の実力を考えると、正攻法では「戦える」人すら存在しないのである。


 本当であれば、僕が真正面からぶつかってねじ伏せるというのが理想だったのだが、パパやセドルドさんと比べてもはるかに弱い僕なんかでは、当然そんなことはできない。



「完全に頼り切りになってしまいますが、どうかよろしくお願いします」


 僕にできるのは、犯人の戦い方や、固有魔術について少しでも考えて、最適の人選を導き出すことだけだった。

 あとは本当に、この20にもなっていない女の子にお願いすることしかできないのである。


「頼り切りなんてそんな。ハレアさんがここまで頑張ってくれたから、直接対決できるチャンスが生まれたんですよ。恥ずかしながら、私たち騎士団では犯人と向き合うことすら出来ませんでしたから」


 彼女の名前はユアラ・デトミトリ。

 高等教育学校卒業後、地元であるナスフォ街に戻ってきて騎士になった、正義感の強い女性だ。

 騎士らしく引き締まった肉体をしているが、顔立ちは幼く、鎧を脱いでいるとまだ中高生くらいに見える。それでも頼りなさそうには見えるなんてことはなく、彼女のことを信じることができるのは、彼女の心が並の大人よりもずっと、気高く立派だからだろう。


「チャンスを作ったなんて言えば聞こえがいいですが、勝手にあれこれ計画を立てておいて、あとは丸投げですから。本当に情けない話です」


 本当に情けないし、卑怯な話だ。

 僕は勝てないからという理由で命をかけないくせに、人には当然のように命をかけてもらう。僕の2度の人生の中で間違いなく1番卑怯なことをしているだろう。


 それなのに、ユアラさんは僕のことを抱きしめて優しく頭を撫でてくれる。


「そんなこと言わないで下さい。私たちは本当にハレアさんに感謝をしているのですから。 ――それに大丈夫ですよ。私、こう見えてとっても強いんですから」


 彼女が強いことは勿論わかっている。

 彼女は僕と同じ音の魔術師でありながら、高等教育学生時代には『五学院合同武闘祭』で準優勝し、『戦奏姫』という異名を与えられた紛れもない天才だ。

 ここ数年は『異名』を与えられるハードルが下がったとは言われているが、それでも17歳で与えられたといえば、国内でも屈指の実力者といえる。普通に考えれば、こんな田舎にいるような人材ではないのだ。


 抱きしめらるだけでも、その強さがひしひしと伝わってくる。

 常に身体中に張り巡らされた魔力、爪の先まで思うままに体をコントロールしているかのような滑らかな動作、脱力した時には下手な脂肪よりも柔らかいしなやかな筋肉。


 彼女を選んだのは間違いないことだ。

 単純な実力だけなら、彼女よりもやや上の人が2人ほどいたが、相手との相性を考えれば彼女が誰よりも適していると断言できる。


「…私、ユアラさんのことを信じて待ってます。頑張ってくださいなんていうのは無責任かもしれませんが、信じて待ってます」


 つくづく思うのは、今の僕が1人でできることなんて何もないということだ。

 自分より強い人に頼って、自分より弱い人にもお願いして、情けないこと、恥ずかしいこと、悔しいことを耐えて、それでもやらなければいけないことがある。


 巻き込んだのはこの街中の人だ。

 僕が何もしなかった場合と比べて、死人の数は減ったかもしれないが、僕のせいで死ぬまでの時間が減った人や、そもそも死んでしまうことになった人、その家族たちは僕のことを恨むだろう。


 今だって、僕たち一家3人とユアラさんは、騎士団の精鋭の人たちに護衛されている。僕の家には、ユアラさんを含めて15人の騎士が備えてくれているのだ。

 15人の騎士全員がいつくるかもわからない犯人のために、何時間も警戒しっぱなしでいてくれているのである。


「これだけの警備を掻い潜って私と戦うことになるんですから。ちょっとくらい格上だとしても私が勝ちますよ」


 犯人が隠れている手段については、騎士団の方々と僕とで考えが一致した。

 音魔術のプロフェッショナルであるユアラさんと、光魔術のプロフェッショナルである2人の騎士の方の力があれば、かなり離れた距離から固有魔術でも使わない限り、ユアラさんに単独接触をすること自体が不可能であると結論が出ている。


 基本的に固有魔術は、どんな人のどんな魔術であれ、魔力消費がとてつもなく激しい。まして今回の犯人のものは、固有魔術の中でも強力であると考えられるため、トゥリー接触後からユアラさんに辿り着くまでに何度も使っていれば、良いコンディションでいられるはずなどはないと断言できる。


「…私は大丈夫ですから。変に責任なんて感じてハレアさんも使い魔を踏む必要なんてないんです。むしろお姉さんは許しませんよ?」


 ユアラさんは抱きしめていた手を僕の肩に回すと、じっと僕を見つめて、もう何度目になるかもわからない忠告をしてくれる。何を言われても、僕の決意が揺らぐことはないのだが、ユアラさんの強い意思を秘めたエメラルドの瞳に見つめられると、少しだけたじろいでしまう。

 僕がカエルを踏むことに反対をしているのは、ユアラさんだけじゃない。パパとママは勿論、騎士団の方々全員からもやめるように言われている。



 それでも僕がやる必要がある。



 ユアラさんで仕留めきれなかった時に、確実に仕留め切れるのは僕だけだ。実力では僕より強い人なんていくらでもいるが、適材適所というものがある。

 僕にしか、犯人を仕留めることなんてできない。



「それこそ大丈夫ですよ。私はユアラさんを信じてますから」



 僕はユアラさんを信じているから必ず大丈夫だ。






――――――――――――――――――――――――――





「アーニャ、最後のカエルはおれによこせ」



 娘が幼馴染のために行動を起こすことを止めはしなかった。我が娘ながら誇らしいと思ったし、アーニャならきっとなんとかしてくれると思っていたからだ。


 だが、それは娘がする『危険な部分』は、自分が変わりにやろうと思っていたからだ。


 確かにアーニャは天才だが、それでもまだおれの方がずっと強い。アーニャに出来ておれに出来ないなんてことは何もない。だから、アーニャがやる危険なことだけを自分が変われば、アーニャもトゥリーも救えるとそう思っていたから止めなかった。



 ――それなのに、娘は俺に代役は務まらないと言う。



「気持ちは嬉しいけど無理だよ。ユアラさんが仕留めきれなかった時に、パパは勿論、副団長さんでも絶対に犯人には勝てないよ」


「っ! …そ、それなら、それならどうしてアーニャが勝てるっていうんだよ!」


 勝てるはずなんかない。

 いくらトゥリーを守るために少しでも何かをしたいとはいっても、間にアーニャが挟まることになんの意味もない。


 力づくでカエルの居場所を吐かせて、無理矢理おれが踏むことが最善の選択かもしれない。

 交渉しても無理となったら、娘のために娘を殴ることになることくらい覚悟はしている。


「えーっと…あんまり詳しくは説明したくないんだけど… まあ、流石に全部黙ったままで納得してもらえるとも思ってないし、パパだけには言っておくよ」


 アーニャが言いたいこと、隠していることはなんとなくはわかっている。わかっているけど…



「私も固有魔術を持ってるの。だから勝てるよ」


「そんなことは関係ないに決まってるだろ!!! どうして、固有魔術を持っているだけで勝てると思う!? どうして、能力も説明できないのに納得してもらえると思う!? ――どうして、おれの気持ちがわからないんだよ!!!!お前が、トゥリー救いたいと思うよりずっっっっっっっと!ずっとだ!おれもトリシアも、お前に危険なことをして欲しくないって思ってるっていうのが、どうしてわからないんだよ!!!!」


 怒鳴って解決するようなことじゃないのは分かってるし、多分アーニャが言っていることが正しいのもなんとなくわかる。

 ユアラ・デトミトリが犯人を殺せなかった時に、1番犯人と渡り合えるのはきっと、おれでもなく、セドルドでもなく、副団長でもなくて、アーニャなのだろう。


 だからといって、娘が殺人鬼と戦うことに賛成なんてできるはずがない。

 そんなことになるならトゥリーにも、これから先殺人鬼の被害者になる人にも悪いとは思うが、大人しく殺されてもらうほうがずっといい。


「パパが心配なのはわかるけど、もしも私まで順番が回ってきたとしたら、戦闘にすらならないで終わるんだよね。ユアラさんが仕留め切るのがベストだけど、本当にもし、私のところまで来たとしたら、確実に仕留め切れるよ」


 アーニャの表情やアーニャの声色から考えて、10年間も彼女を見てきたおれだからわかるが、本気で言っているのだろう。

 本気で、自分なら勝てると、自分にしか勝てないと言っている。


「それでもおれは、たとえ力づくになってでもお前を止める。アーニャに危険が1%でもあるのならおれはそれを許さない」


 だがおれも本気だ。

 ほとんど息子同然のトゥリーや、どこか知らない場所で、大量の人が殺されることを考えても、アーニャに危険は及ばせられない。


「だから0%だってば。100%勝てるの。むしろ私が対応にあたらない方が、あんな殺人鬼を野放しにすることになって、今後の人生どこかで私が殺される危険性があるよ。今回を逃せば、もうこんなに条件を整えられることはないと思うし、チャンスは多分これでラストなの」


「…っ!」


 言い分はわかる。アーニャに行かせない方が、かえってアーニャが危険になるというのも納得できる。

 それなのに、それを受け入れられないのはおれがバカだからなんだろうか。強くて賢い父親なら、ここで『よしわかった。行ってこい』なんて言って娘を送り出せるのだろうか。


 おれは賢くなんてなれない。でも、ここでアーニャを引き止めて自分が出て行ったところで、アーニャのいう通りになるというのもわかってしまう。賢くないくせに、バカにもなりきれないし、何より弱い。


 何が金階級のハンターだ。何が村の護衛責任者だ。



 娘に頼らなければ、友人の息子1人守れやしない。



「パパの気持ちはわかるよ。私もひどいお願いをしている自覚はあるし、反対されることに対して別に変な風に思ってはいないよ」


 おれはもう何も言い返せない。頭がふらふらしてくるし、どうすればいいのか、何が正しいのかもわからなくなってしまった。


「それでも、私はやらなきゃいけないから。誰かのためじゃない、わたし自身の願いのためにってやつ?」


 アーニャの願いだと言っても、それはアーニャが望んでいることじゃないんじゃないだろうか。

 もしも殺人鬼なんて来なければ、アーニャはそんな願いを抱くことはなかったんじゃないだろうか。


 それなら、アーニャの願いじゃないんじゃないだろうか。


「大丈夫だよ、心配しないでなんて言わないから。ママとみんなと心配しながら待っててよ」


 それができるのなら最初から反対なんてしない。

 それができないから。心配しながら待つなんてできないからこんなにもお前に行ってほしくないのに、どうしてそれが伝わらないのか。


 アーニャはどこまでも強い瞳で、しっかりとおれを見てくれているが、きっとアーニャにはおれの1番見て欲しい部分が見えていない。


「まあさ、私って天才だから?難しいと思うけど、他の子達とは違うってことを信じてみてよ」


 それでも、お前はおれの娘だから。

 どんなに天才でも、たとえこれが数年経ったあとで、おれよりずっと強くなっていたとしても、それでもおれはお前に危険なことなんてさせたくない。



 情けなくても、頭が悪くても、強くなくても、おれはお前の『パパ』だから。



「どんなにお願いをされても、やっぱり答えはNOだよ」



 情けなくてもいい。バカだとしても結構。おれの力が及ばないとしても、それでも、おれはお前に危険なことはさせられない。


 アーニャは節目がちにして、少しだけ黙る。


 きっと、時間にすればほんの一瞬。

 ほんの一瞬の沈黙が長く感じる。






「…人を護ることを教えてくれたのはパパだった」




 沈黙が破られ、アーニャは再びおれを見つめてくる。


 表情でわかる。

 いや、答えなんて返ってくる前からわかっていた。


「私はパパの娘だよ。遅かれ早かれ、危険な道を進むことにはなるんだからさ」


 最初から。本当に最初から、この結末は決まっていた。




「――初陣の凱旋に備えて、お酒でも準備しておいてよ。今日くらいママも許してくれるでしょ」




 あぁ。おれにはアーニャを止められない。


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