第四十三話 ゲームスタートなのである②
胸糞悪い回です。
かなりの過激な表現があります。
男が初めて人を殺したのは17歳の夏だった。
殺してしまいたい人がいたわけではない。
男は恵まれた人生を送っていた。
恵まれた生まれ、恵まれた容姿、恵まれた才能。何もかもを持って生まれた男は、高等教育学校に通いながらハンターとして仕事をするという、恵まれた人としてありふれた生き方をしていた。
ハンターとしてもまさに順風満帆であった。
とんとん拍子に銀階級まで登り、闇魔術と音魔術に適性を持っていた男は、都市の治安維持活動なんかにも取り組み、17歳の若さで金階級認定まで受けた。
パーティーメンバーの2人とも良好な関係が築けていた。
中等教育学校からずっと一緒にいたタンクと、高等教育学校で知り合ったファイター。2人の支援担当であった男は、日常生活でも2人の面倒を見ていて、周りからは飼い主なんて呼ばれ方もしていた。
誰かを恨むことはなく、誰かに恨まれることもない。
殺してしまいたいほどに愛した人がいたわけでもない。
だが、何かの過ちで殺してしまったというわけでもない。
人と争った結果、あるいは事故などによって死人が出たという話ではない。
男は明確な殺意のもとで、中等教育学校からの友人であり、ハンターとしての仲間でもある女を殺した。
女性を殺したいという性愛の嗜好があったわけでもない。
女を陵辱はしたが、殺人のついでに性欲の処理をしたのであって、性欲の処理として殺人をしたわけではない
男の初めての殺人は『自分の力を試してみたい』ただそれだけのためのことだった。
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男が犯行前や犯行後に、姿を隠している手段は固有魔術などではなく、姿を消す闇魔術と音を消す音魔術の複合技である。
「君たちは何かを企んでいたようだけど、なんか僕から逃れる手段でも思いついたの?」
男の魔術は自身の周囲で音を遮断するものであり、自身の音が周りに聞こえなくなることの弊害として、自分も周りの音を聞こえなくなってしまう。
音は聞こえなくても、目の前にいる少年と元の世界で彼を待つ少女がなにかを企んでいることはわかった。
そもそも、男の使い魔のうちの2匹が少女に生捕にされている時点で彼女たちが何かを企んでいることは明らかだった。
「すごい特別な手段があるわけではありませんよ。ただ、あなたのことを信じて交渉をしてみようとしていただけです。
それにしても、こういう感じで犯行現場を隠していたんですね。これって知覚だけが切り離されてるんですか?それとも普通に別の空間なんですか?」
男の固有魔術は、時間や場所は『表の世界』と全く同じ『裏の世界』に自身と対象を切り離すものだ。
イメージをしやすいとしたら建物のフロアを変えるといったことだ。二次元の視点からみると、同じ時間に同じ場所にいるのに、三次元の視点からみれば交わることはなくなる。
それを一段階上の次元でやることが男の魔術である。
つまり、通常認識できないような次元の方向で、自身と対象だけを移動させるものである。
三次元の視点からみると、表の世界も裏の世界も、同じ地点なのだから、風景自体は全く変わらない。
だから普通は、その場にいた自分以外の人が消えたと思うはずであり、最初から自分の方が「切り離された」という考えが出る時点で、少年が男についてしっかりと対策していたことがわかる。
「やけに余裕だね。僕は今から君のことを殺すんだけど?それとも使い魔を踏み潰さなきゃ殺されないかどうかを冥土の土産に聞きにでも来たのかい?それなら安心してよ。僕のルールは使い魔を踏み潰した人たちを踏み潰した順番通りに殺して行くことなんだ。生捕にした子を殺しちゃえばルール違反になるからね、君のガールフレンドは殺さないよ。
まあ、僕にとっては残念な話だよ。まったく。まだ幼いとはいってもあんなに可愛い女の子をみすみす逃さないといけないんだからさ。あ、でも勘違いしないでくれよ?僕は別に幼い女の子にしか欲情できないような変態さんじゃないんだ。君の後も4人くらい期待できる美人さんが待っていてね。僕は守備範囲が広いっていうだけで至って普通だと思ってるよ。上にはそんなに広くないんだけどね。あはは。
でも本当に残念なんだよ。昨日殺した初学生は不細工でもなかったけど、君のガールフレンドとは比べるのも失礼なほどに差があったからね。それに黒瞳の能無しだったから壊れるのもはやくてさ。僕としては本当は君の可愛い可愛いガールフレンドちゃんをたっぷり可愛がってあげたかったんだよ。それこそエリカくらい可愛がってあげたかったよ。
あ!ごめんごめん、エリカっていってもわからないよね。あはは。エリカは僕が初めて殺した可愛い女の子でさー。中学生の頃からずっと僕にべったりで可愛かったんだよ。それでいてすっごく強くてさ、だから頑丈なの。可愛かったよ。すーっごく。僕に犯されるのは向こうとしては嬉しかったことみたいでさ、これから殺されるっていうのに、最初はただレイプされてるだけだと思っててね。ちょっと嫌がったり怖がったりするフリをしてたけど、嬉しそうなのが丸わかりだったよね。いくら僕のことが好きだったといっても、犯されて喜ぶなんて変態さんだよね。
で、殺されることがわかったあとどうしたと思う?これがね、一所懸命命乞いしてきたんだよ。『誰にもこのことを言ったりなんてしない!これからも体を求めたれたら喜んで差し出すし、私の全てを貰っていいから!なんでなの!?なんで!?どうして!?』ってさ。僕はね、エリカが本気で抵抗をして本気で僕のことを殺そうとしてきた時に、固有魔術を使いながらでも、勝てるかどうかってのを試したくて殺すことに決めたのに、全く抵抗しないの。泣きながら僕の名前を呼んでさ、酷いと思わない?だからもう、ムカついちゃってめちゃくちゃに犯したよね。女性の体でやってみたかったこと全部やってさ。胸の皮だけ剥いでコップにしてみたり、目玉をくり抜いておもちゃがわりにしたり、無理矢理腕を突っ込んで子宮を突き破ってみたり、それをお腹を開いて確認してみたり。
あ、興奮しちゃったかな?ごめんごめん。初学生には刺激が強すぎたよね。僕もそれから女の子の体で遊ぶのが楽しくなっちゃってさ。ちょっとそこは変態さんかもしれないや。あはは。君は女性とそういうことをしないまま死んでしまうんだね、ちょっとかわいそうだよ。でも、このまま生きてたらあの可愛いガールフレンドとえっちをしてたってことだよね?それは羨ましくて悔しいから殺してあげれてよかったとも思うや。みっともない男の僻みでごめんよ。自覚はあるんだ。あはは」
男はパニックになっていない相手と会話をするのが楽しくて饒舌になってしまう。一方的な会話になってしまうのは久しぶりの『会話』だから仕方ないことだ。
買い物などを除けば、人とまともに話をするのはもう数年ぶりにもなろうか。殺人ゲームの旅をするようになってから初めてのことだ。
「そこで提案なのですが、かわいそうな私のためにちょっとゲームをしてくれませんか?私としては生き残る可能性が少しでもできれば嬉しいですし、あなたにしてみても、特別なイベントだとでも思って楽しんでもらえればwinwinだと思うのですが」
少年は男の期待通りに、ちゃんと返事をしてくれた。
しかも、男の喜ぶような返事をしてくれた。
男は殺人よりも、会話よりも、陵辱よりも、世界中の何よりもゲームが好きだ。
自分を試すのが好きで、相手を試すのが好きだ。自らが作ったゲームにおいても、失敗したら自らペナルティを与えるようにして、スリルを楽しむのが好きだ。
男にしてみれば、乗らない理由もない提案だ。
「ははは!なるほどね!それが僕から生き残る手段なわけだ!僕が楽しんでゲームをしていることがわかったから『あ、こいつゲームにすればなんとかなるかも』って思ったわけだ!いいよ、乗ってあげるよ! ――あ、やっぱり待って、ルールを聞いてから乗るかどうかは決めるよ!」
少年が信じたのは男がゲーム好きであるというその事実だった。
きっと自分からゲームの誘いをすれば乗ってくると、少しでも面白そうなことがあるのなら、すぐに相手を殺したりはしないと。そう信じていたからこんなにも落ち着いていた。
男は辛うじて冷静さを残していた。
ここですぐに『ok』を出してしまっていたら、きっと少年に圧倒的に有利な条件でゲームを始められてしまっていただろう。それでも男はルールを破れないということを信じて。
「ええ、勿論ですよ。ルールはめちゃくちゃ簡単な話で、まず私を殺す順番を最後にしてもらいたいのです」
殺す順番の変更は男があらかじめ設定したルールを変更するものであり、男からすると少しだけ飲み難い話でもある。
「うん、いいよ!それで、最後にしたとしてどういうゲームになるの?」
だがそれでも、久しぶりにする、『自分ではない誰かが作るゲーム』というものへの関心と興奮を止めることはできない。当初のルールの変更をすることなど、それこそ自分で作ったルールなのだから容易い。
ルールの変更を自分本意でしてしまうのならゲーム性を崩壊させてしまい、ポリシーに反してしまうが、自分以外の人間によるものだとしたら話は別だ。
「で、今から明日の日の出までに全員を殺すという期限を設けて、殺しきれなかったら殺しきれなかった人を見逃して欲しいのです」
男は少しがっかりした。少年から出てきた提案は少しばかり楽しそうではあるが、期待をしていたよりかは格段に面白みがない。
男が顔を顰めると少年は、人差し指をつきたてて男が喋るのを静止し、話を続ける。
「まあまってくださいよ。まだ話をしてる途中です。
――いままでの話では、あなたが楽しめる要素って失敗のリスクくらいのものですよね。そこでなんですけど、今私たちの手元にあるあなたの使い魔2匹を、これから私の番が回ってくるまでの間に2人に踏み潰させます。そうすれば私の前にあなたが殺す順番に入りますよね」
少年の言葉を聞くと、すぐに男の顔に笑みが戻る。
長年忘れていた、誕生日プレゼントを待つ子供のような感覚。いったいどんなサプライズが待っているのか、どんなプレゼントをこの少年は自分にしてくれるのか。
「ははは!いいね!人選は今教えてくれるのかい?」
お楽しみは取っておきたいようで、知れるのなら知ってしまいたい。男の心は完全に子供へと戻っている。
「1人は元の世界で私と一緒にいたアーニャ・ハレアです。彼女を私の直前の順番に持ってきます。だから、もし私までたどり着けたら彼女を味わった時の感想でも聞かせてください。
もう1人は秘密です。ここが私たちにとって大きな意味をもつ勝負のポイントですから」
少年は自信満々に笑うと、男を挑発してみせる。
「――まあ、俺のもとへどころかアーニャのもとへも辿り着けないとは思うけど、頑張ってみなよ。首洗って待っとくからさ」
男の瞳に炎が灯る。
「言うじゃないかトゥリー・ボールボルド。明日の4時までにはアーニャの股だけ持ってここにきてあげるよ。童貞くらい卒業してから死にたいだろ?」
――怒りなどではない。これは歓喜だ。
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とてつもなく気持ちの悪いやつだった。
生まれて初めて、頭のいかれたやつに出会ったが徹頭徹尾、奴の言っていることの理解なんて出来なかった。
「あーあ、アーニャはもういっちゃったか」
この胃の底から体を焼き尽くすような不快感をアーニャの顔でもみておさめたかったのだが、そう甘えたことも言ってられない。アーニャにはやることがあるのだから。
「!トゥリー!!!よかった!!、よかったよぉ…よかった…本当に…」
アーニャから話を聞いたであろう母さんは俺が帰ってきたことに気がつくと泣きながら抱きついてくる。心配するようなことは何もないと言っておいたのだが、それでも心配だったのだろう。
「ん、心配かけたね。とりあえず俺にできることはもうやったから、後はアーニャを信じて待ってよう」
母さんの泣いているところなんて初めて見た気がする。
抱きしめる腕はまだ震えているし、少し苦しいくらいに力が強い。
母さんの背中に手を回して抱きしめ返してあげると、『母親』とはいっても、1人の『女性』だということがわかる。
自分よりもずっと華奢でか弱い女性に、こんなに心配をかけて、涙まで流させてしまって、本当に情けない男だと思う。
それに、アーニャがいなかったら、すでに殺されてしまっていて、母さんと父さんをきっと凄く悲しませてしまっただろう。母親を守るのが息子の役目だというのに、本当に情けない話だ。
「…ごめん。もう二度とこんなに不安な思いさせないから」
「…ごめん、ごめんね。こんなに情けないお母さんで。10歳の女の子に酷いお願いをしちゃうようなお母さんでごめん。ごめんなさい…」
母さんはきっと、俺のために命をかけてくれとアーニャに頼んだことを情けなく思っているのだろう。いや、最低な人間だとすら思っているのかもしれない。自分の息子のために下手したら死んでくれと初学生の女の子に頼むなんて、なんて思ってしまっているのかもしれない。
「気にしすぎだよ。アーニャが頼りにしてくれって言ってるんだから、頼りにすればいいんだよ。それに、俺は母さんが俺のこと想ってくれてるっていうのが伝わってきて嬉しかったよ」
アーニャに頼り切りになるのは確かに情けないことかもしれない。でも、俺は生まれた時からアーニャを頼りにしてきた。いつも信じてきた。そして裏切られたことがない。
今は頼り切りだけれど、いつか恩返しをする。いつかアーニャが頼れる男になる。
それまで俺は、アーニャに頼り続ける気しかない。情けないというのなら母さんよりも俺の方だ。
「…あはは。もう、トリシアにもロンドにも、どうやって顔を合わせたらいいかわかんないやぁ…」
多分、これ以上何を言っても母さんの心は傷ついたままなのだろう。下手なことを言ってもから回ってしまうだけだ。
「大丈夫。愛してるよ、母さん」
俺には抱きしめてあげることしかできない。
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「まったく、心躍る提案だし、トゥリーのことは気に入ったけど、なめられてるのは頂けないなぁ」
トゥリーまでに殺さないといけない人数は13人+2人。その中でも殺すのにちょっと時間がかかりそうなのは2/13と1/2。まだ10時前だし明日の日の出までにはかなりの時間がある。
アーニャとトゥリーが他の策を立てていることを前提に、慎重に動いたとしても、アーニャを楽しめるだけの時間は十二分に稼げるはずだ。
「しかし、こんなこと初めてだなぁ。みんなアホみたいにトラップに引っかかって、簡単に殺されて、騎士団も首を傾げてただけなのにまさかあんなちびっ子に見つかるなんて」
僕の使い魔たちは意図的に人に踏まれるような術式が組み込まれてあるし、死ぬまでの間はある程度の認識阻害が働いているのに、どうやって捕獲したのか全くの不明だ。
「アーニャにはその辺も聞かないとね」
僕の犯行は完璧だと思ってた。
そもそも僕の固有魔術も、闇魔術も、音魔術も完璧なはずなんだ。王都でエリカとディートヘルドを殺した時すら見つからなかった。それどころか僕も行方不明なだけで殺されたとみんな思い込んでいたものだ。
「今思い出しても笑えるよね。学校の子達みんなで必死になってさ、せめて僕の遺体だけでも見つけて埋葬してあげたいって泣きながら探してくれてたんだよ。まあ、僕は人気者だったからね。まさかみんな僕が犯人だとは今でも思ってもいないだろうね」
面白くって嬉しくって、存在しない僕の遺体を探すみんなのことをお酒を片手に眺めていたのもいい思い出だ。
「ありゃ、反応がないと思ったらもう壊れちゃったか。心が踊ってるからかな、時間が経つのが早いというか、女の子が壊れちゃうのも早いな」
こんなことをしていたら、本当にトゥリーとアーニャに逃げられてしまう。時間があるとは言っても、そこまでの余裕はないのだから急がなくては。
「まあでもちょっとしんどいよね。ほとんど丸一日魔術を使いっぱなしになっちゃうんだからさ。僕ほどの魔力量の持ち主じゃなかったら死んじゃうよ」
トゥリーとアーニャの狙いは単純にそれなのかもしれない。
甘い餌を最後にぶら下げておいて、時間制限を設けることで僕を消耗させる。消耗したところに、腕利きの騎士を当てることで倒すつもりなのかもしれない。
「だとしたら考えが甘いよね。丸一日魔術を使ったところで、間に何回かハンターや騎士と戦ったところで、こんな田舎にいるような人間では誰も僕には勝てないっていうのに」
僕は補助を専門にしたメイジでありながら、もっと言えば固有魔術を使っている状況でありながら、当時ルーキー最強ファイターと言われたディートヘルド・ポエトニーを真っ向勝負で下した男だ。
自分で言ってしまうのも恥ずかしいが、今も表舞台にいたら僕たちのパーティーは魔石階級になっていた自信がある。エリカだって当時のルーキータンクの中で5本指に入ったし、ディートヘルドは兄である『爆裂卿』を超える天才とも噂されていた。それももう10年以上前の話だが。
「楽しみだなぁ。2人の企みの結末も、アーニャをぐちゃぐちゃに犯すのも、トゥリーが絶望するところも」
みんな甘いんだよね。
そもそも、僕のことをチープな対策で止めようとしてること自体が甘いよ。学校を休校にする?街中に騎士団を配備する?何それって感じ。
僕のことなんて地震とか台風とかそういうのと同じに考えないと。対策なんてしても無駄なんだよ。
「僕は『智帝』ゼト・アルマデルなんだから」
17歳で異名を与えられた天才を舐めないでほしいよね。
あ、みんな僕が犯人だって知らないんだから舐めてるとかじゃないか。ごめんごめん。




