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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第二章 ガポル村の天才幼女
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第四十二話 ゲームスタートなのである





 『どしゃり』あるいは『ぼちゃり』




 重たい荷物を水溜りに落としたような、そんな音が昼過ぎのアトリス通りに響く。



 日中のアトリス通りは人通りが激しいが、それでも決して、何かが起きたときに人に隠れて見えなくなってしまうほどの人混みなんかではない。

 むしろ、程よく人がいて程よく隙間があり、何かが起きたとしたのなら1番発見しやすい環境だと言える。


 それでも『それ』がどうしてそこに現れたのか、どうしてそんなことになったのか理解できているのは、『それ』を目撃した人の中でもただ1人くらいのものだ。



 『それ』は本当に突然、何もない空間から生まれた。



 目を奪う鮮やかな赤、黒と赤で飾り付けられた人肌色の塊、人々の注意を引きつける『それ』が何なのかを誰も理解できない。




 ――いや、理解を拒む。




 自分の足元にまで広がる血溜まり、辛うじて人の形を保っている肉塊、わざとらしく綺麗に畳まれた初等教育学校の制服。




 いきなり現れた『それ』の正体に辿り着いた人々が次々と悲鳴をあげる。



 意味などない女の絶叫、騎士団を呼ぶ男の怒号、光の魔術師を探す慟哭がアトリス通りにけたたましく響き渡る。







 静かに笑う男の声も、妹を探す少女の声もかき消して。













――――――――――――――――――――――――――





 教室に入ると不愉快な空気が襲いかかってくる。



 あの雨の日から数日間、パッとしない天気が続いていたが、一転して今日はカラッとしたいい天気だし、窓からは心地よい風が入ってきているというのに、そこにいる人たちのせいでどんよりとした空気になってしまっているのだ。


 今日は登校している間ずっと、この教室のような重たい空気を感じていたが、その辺にいる大人たちよりも生徒の方が精神的なダメージを受けているせいで、教室の中の空気は一段と重くなっているのである。


 みんな顔色が悪く今にも泣き出しそうだし、机の下で握られた手は震えている。

 普段だったら賑やかなドミンドも黙り込んでしまっているし、そもそも空席が多いのもこの異様な空気に影響しているのだろう。

 ただの欠席なのか、それとも発見されていないだけで既にということなのか。


 いつもは登校完了時間丁度くらいに教室に来るヨスナイア氏も今日は早めに来ていて、これ以上登校してくる生徒はいないと判断をすると、ゆっくりと話し始める。



「…もう知っているだろうが、昨日ナスフォ街で我が校生徒を含む3名の変死体が見つかった。犯行を目撃したという話はないが、死体の状態から考えて、何かしらかの固有魔術を持った魔術師による犯行と考えてまず間違いないだろう。

 この件を受け、騎士団の方々と話し合った結果、今日から当事件が落ち着くまでの間は休校とすることに決定した。当然、今日もこのまま下校となるが、各地区ごとに分かれて騎士団の方々に送ってもらっての下校となる。それまでこの場で待っておくように」


 いつもよりも一段と暗いヨスナイア氏の声が教室に響く。普段だったら元気な返事が返ってくるはずなのに、今日は誰1人として返事をするものはいない。



 朝からナスフォ街の空気は異様だった。


 この国で殺人事件なんていうのは珍しい話でもないらしいが、こんな田舎で、それに1日に3人も人が殺されるなんていうのは未だかつてなかった話のようだ。

 それに加えて殺され方も、殺された理由も不明。誰だって恐怖に恐れ慄いてしまうものなのである。


 休校になるのも当たり前だ。

 そもそも今日バカみたいに登校してきている生徒っていうのも少ないものだ。

 事件が起きたことを知らないバカか、知っているのに休んじゃダメだと思ってしまうバカ、それか事件解決を目的とし、あえて登校してくる僕のような天才の3択だろう。

 まさにバカと天才は紙一重ってやつだ。



 事件解決に向けて闘志を燃やしていると、僕とは真逆に冷めた目をしたヨスナイア氏と目があってしまった。


「学校に来るのは当然ダメだとして、休校期間中は外出も禁止とする。退屈に感じるかもしれないが自分の命のためだと思い必ず守るように。 …ハレア、余計なことはするなよ」


「勿論ですよ」



 無論。余計なことなどはするはずがない。

 僕がするのは事件の解決なのである。


 事件解決は時間の問題だろう。解決に必要なパーツはもう十分に揃っているし、あとは実行に移すだけだ。


「ね、トゥリー」


 トゥリーは今回の事件解決に必要な大きなパーツの1つだ。パーツの1つだし、解決できなかったとしたら事件の被害者になってしまう1人でもある。

 文字通り僕たちは命がけで事件解決に尽力するのだ。余計なことのはずがない。


「うんまあ、そうだね」





 それに、僕だって面白半分でやるわけじゃない。



 事件の匂いを感じた当初に暇潰し程度と思っていたことは否定できないが、今はもうそんなつもりはない。





 ――昨日殺されたうちの学校の生徒というのはアラネー・マキルトンだ。




 現状の僕の実力では、犯人に苦痛を与えて殺すなんてことは到底できないが、それでもせめて、僕自らの手で殺してやるくらいのことはしないと気が済まない。




――――




 下校を終えると、早速作戦実行に移る。



「まず間違いなく、犯人の固有魔術は自身と対象を隠蔽するものだよ。対象の指定をどうやっているのか、隠蔽の方法はどういうことなのかとか、その辺りはまだ予測が立たないけど、まあ実際に相対してみてから詰めていこう」



 各自の家にいるように言われたが、今日は僕の家の人が留守だと言い訳をしてトゥリーの家に二人で帰宅した。これだけ近所だし、カラさんも話を合わせてくれたのもあって、騎士団の人も納得してくれた。



 カラさんをはじめとした我々の両親4人組には、僕たちが事件解決のために動くことは言ってある。



 当然、この話を出した途端にママに頬を引っ叩かれたが、それでもこのままではトゥリーが殺されることを説明をしたら何とか許可してもらえた。

 いや、正確にはママとセドルドさんからはまだ反対されたままだが、カラさんとパパからは許可がおりたという感じだ。


 カラさんは許可をおろしてくれたというよりも、トゥリーの命を守ってくれと泣きながら頼んできたという感じだった。

 ママとセドルドさんは、トゥリーが殺されることになっても僕が殺されるという危険を冒すことに反対をしていた。



 トゥリーのために命をかけてくれと頼む大人と、自分の命のためにトゥリーを見捨ててくれと頼む大人。

 どちらのことも非情だとは思うまい。



 とにかく、僕たちは全ての想いを背負って犯人と対決することとなる。僕的には9割以上の確率で成功すると思っているが、出来る限りのことをしておいて無駄だということはない。



 さて、犯人の固有魔術についてだが、自分の目で見たわけではないものの、聞いた話や新聞に載ってる情報から考えて、周りと犯行現場を切り離すもので間違いないだろう。


 死体が突如現れたという状況から推測できる可能性は「一時的に別の場所に移動する」か「一時的に他者から認識されなくなる」の2つだが、「別の場所に移動する」については「実際に存在するこの世界のどこかの地点」に移動するのか、「魔術によって作られた別の空間」に移動するのかという2つの可能性がある。


 まあ実はこの『犯人がどうやって周りと犯行現場を切り離しているか』というのは大した問題でもなかったりする。



 重要なのは『固有魔術によって周りと犯行現場を切り離している』というその事実だけなのだ。



「うん、そういうのは俺が持って帰ってくるよ。とりあえず俺が犯人とコンタクトを取るまでは別行動にしよう。アーニャは2匹目を使う相手を上手いこと探しておいて」


 トゥリーが犯人と接敵するまでの猶予がどのくらいあるかというのはわからないが、それまでの時間と、そこから決着までの猶予を合わせればそれなりに時間はあるだろう。

 僕の仕事はそれまでに犯人とある程度には渡り合える騎士を1人見つけてきて、僕たちに協力してもらえるように漕ぎ着けることだ。


「トゥリー大丈夫? …私が作戦を立てておいてこういうこというのはちょっとおかしいと思うけど、それでも…怖くない?」


 トゥリーはいつ殺人鬼に接敵してもおかしくないというのに、驚くほどに落ち着いている。


 トゥリーを作戦に巻き込んだのは僕だ。


 勿論、巻き込まなかったら巻き込まなかったで殺されていたのだから僕がこの状況に追い込んだというわけでもないが、それでも危険な役割を幼馴染に強いているというのはちょっと、いや、かなり心が痛む。


「別に全く怖くないよ。俺はアーニャを信じてるから」


「…大丈夫。絶対にトゥリーは殺されない」


 大丈夫。トゥリーが殺されないところまでは10割の自信がある。


「だから信じてるってば」


 トゥリーはいつまでも心配そうにしている僕を小馬鹿にするようにヘラヘラと笑っているが、こいつは本当に自分の命がかかっていることをわかっているのだろうか。


 いや、僕が殺されないと言っていることを信じているから、自分は殺されないと確信しているのだろう。


「…それでも…まあ、なによ。きをつけてね」


 なんて健気な僕だろうか。これがヒロインポジションというものなのだろう。

 なんだかトゥリーのヘラヘラ笑いに釣られて笑ってしまったせいか、僕の心も少し軽くなった気がする。


 そもそも、よく考えたらこの僕が9割以上の確率で成功すると考えて踏み切った作戦なのだ。

 心配してあげてるのがアホらしくもなってきた気がする。





「気をつけるも何も、しっかり煽り散らし







 トゥリーは決め台詞を言い切る前に姿を消した





 第一章、第二章合わせた導入部のクライマックスです。


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