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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第一章 僕爆誕
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第三話 聖剣不在なのである



この世界では6ヶ月というのが本当に大事な区切りであったのだろう。あのピクニックから僕の生活は大幅に変わったのである。



 この世界の赤ちゃんは、生まれてから6ヶ月までは家の中で父と母と兄弟だけにしかあってはいけないらしい。別になにか特別な理由があるとかではなく古くからの風習なのだ。



 とは言っても、1日の始まり方は変わらない。

 毎日愛情のこもったキスを両頬に貰って始まるのだ。最近ではキスされる度、幸せな気持ちになるのである。




――――――――――――――――――――――――――




 第一の変化は、父が仕事に出かけるときに、母と一緒にセドルド家の前まで送るようになったことだ。


 父とセドルドさんの仕事は、村の『衛兵』なのだという。もともとは優秀な『ハンター』であった2人は、この村が魔物に襲われていたところに駆けつけた英雄らしい。

 母とカラさんはもともと村の住人だったらしく、恋に落ちたようだ。


 詳しい話はもう少し大きくなったら教えてくれるのだろうが、現在、父とセドルドさんはこの村の警護責任者であるため、毎日働いているのだ。その分、夜の警備は他の人たちに任せているので釣り合いは取れているらしい。



 父とセドルドさんを見送ったあとは、カラさんとトゥリーと一緒に散歩に行くのである。散歩中、鳥が飛んできただけでトゥリーは泣くので、カラさんは大変そうた。


 そのまま昼はセドルド家で過ごす。


 遊んだり、ご飯を食べたり、昼寝をしたり、本を読んでもらったりして、幸せなのである。


 そういえば、僕もトゥリーも昼ごはんは離乳食になった。


 僕が昼寝から覚めれば家に帰ることになる。

 僕としてはもう一緒に住めば良いではないかとも思うのだが、まあそういうわけにもいかないのだ。



 家に帰ってからも変化があった。



 僕は元気いっぱいなので帰ってからも寝ることなく遊び始めるのだが、母が不思議な水晶玉をおもちゃにくれた。


 これがなかなか衝撃的なもので、動かそうと力を込めると触れることなく動かすことができるのだ。

 きっとこれは魔法の練習なのだろう。僕はまだハイハイもできないので、水晶玉を転がしては母にとってきてもらって、転がしてはとってきてもらってというのを繰り返すのである。


 僕が初めて動かした日の夜、母は父に飛び跳ねて報告していた。父と母の喜びようと、褒めようを見れば僕は天才なのだということがすぐにわかった。

 別に僕が天才なのは当たり前のことなので驚きはしない。


 魔力的なものを使っているのは感じるのだが、これで疲労を感じたことはない。僕の魔力量が多いのか、別にこの程度で疲れる人はいないのかは不明だ。



 そんなこんなで父が帰ってくる。


 父が帰ってくるとご飯になるのだが、ここでも僕は離乳食を食べる。僕の現在の食事は、朝母乳、昼離乳食、おやつ母乳、夜離乳食、夜食母乳なのである。

 夜食というのは夜起きてしまった時に食べる(飲む)ものである。



 お風呂も変わった。これまでの僕はバケツのようなところで洗われていたのだが、母と一緒にお風呂に入るようになった。

 どうやらお風呂は魔法で沸かすものらしく、うちの家では父が毎日お風呂を沸かしてくれている。あまり文明が発達していない世界なのに毎日浴槽に入れるのだ、魔法とは便利なものである。


 母とお風呂に入るのは好きだ。なぜなら僕が入る前に母が体を洗っているところを眺めることができるからである。至福のひと時である。

 僕の聖剣は反応を示さないでくれているので、母に邪な気持ちがバレることはない。


 お風呂から出てきたら、一日もクライマックスである。だがクライマックスも変わった。


 僕は父と母と一緒に寝るようになった。

 父の寝相が心配だったが、意外にも寝相どころかイビキもない人だったので助かった。

 僕は本が好きなので寝る前にも読んでもらっている。本は素晴らしい。言語学習にもなるし、世界観を知ることもできる。




 最後は変わらない。両頬にキスをされて終わるのである。僕は幸せな気持ちで眠ることができる。




 腹が減ったら泣くしかないのである。




――――――――――――――――――――――――――




 あれからまた、3ヶ月程度経ったのだろうか。



 僕には大きな変化が起きていた。



 なんと僕はハイハイをすでにマスターし、手すりさえあれば二足歩行までできるようになったのだ。まあ基本の移動方法はハイハイなのだが…。

 …それでも、二足歩行をするというのは人間として大きな意味があることである。始めて立った日の感動というのはなかなか素晴らしいものであった。


 それから夜泣きすることがなくなったのだ。

 これはとんでもないことであろう。カラさんは母を羨ましがっていた。僕としては意識が芽生えた時点で夜泣きはしたくなかったのだから、やっとという感じなのだが、赤ちゃんにしては優秀な部類なのである。


 トゥリーのやつは泣きまくりらしい。昼も泣いてるし、あいつは泣き虫だ。僕がもう少し大きくなったら教育してやる。


 僕の変化はその程度だろうか。まだ流石に言葉は喋ることはできないが、理解する能力ならかなりのものだ。



 それから、母はもっと大きな変化が起きていた。



 ―どうやら僕に弟か妹ができるようだ―



 僕は前世では1人っ子だった。

 実はずっと兄弟が欲しかったので、すごくすごく嬉しいのである。妹でも弟でも溺愛するだろう。僕はまだ見ぬ妹か弟が産まれてきたときに、母がそっちに専念できるよう、日々鍛えているのである。


 鍛えるといえば勿論、妹か弟も僕は完璧に鍛えてみせる。

 もう最近では僕自身の身長のことなんて気にすることがなかった。僕は幸せで、満ち足りているのである。




 …そう言い聞かせているのである…。




――――――――――――――――――――――――――




「ごめんロンド、アーニャをお風呂に入れてあげて貰える?」


 僕は命の危険を察知した。


 いやまずいだろう。

 父にお風呂に入れてもらうなんてあまりにも危険すぎる。


 ……だが、乗り越えなければいけない壁なのもわかる。まだ目に見えるほどお腹が大きいわけではないが、もう少ししたら母は僕のことをお風呂に入れることが難しくなるだろう。僕はお兄ちゃんなのだから、父とお風呂に入らなければならないのは必然だ。


「えぇ!弱ったな…俺、うまく入れてあげられるだろうか?」


「あうー!(弱るな!男だろロンド!)」


「え!? あ、アーニャ!? ――そ、そうか、励ましてくれてるのか…。 よし、パパ頑張るよ!ママのために一緒に頑張ろうな!」


「あう!」


「大丈夫よー。今日は後ろで見てちゃんと教えるから。まずは先に自分の体を洗っちゃってもらえる?その間アーニャは私が見ておくから」


「わ、わかった!」


 決戦が始まるのである。父の緊張が僕にもひしひしと伝わってくる。僕は母を心配させまいと気丈に振る舞って見せる。


「…ふふっ!2人ともそんなに気張るようなことじゃないでしょ?」


 気張るようなことなのである。父が力を入れすぎて僕は死んでしまうなんて可能性だってあるのだ。

 …いや?父も割と器用な人だった気がするな。


 初めて一緒に寝る前も同じように危険を感じていたが、何も問題なかったことを思い出した。



 なんか、別に大丈夫な気がしてきた。



「あ、アーニャっ!こっちへ来ていいぞっ…!いや、ち、違うか…トリシア!連れてきてくれっ!」




 だめかもしれない。




――――――――――――――――――――――――――




「最初は優しくお湯で洗ってあげて。あんまり熱いお湯はだめよ。少しぬるいくらいでね」「お、おう」



「そしたら一緒に湯船に入って温めてあげて。落とさないように気をつけてね」「お、おう」



「温まってきたら顔から洗ってあげるのよ。柔らかいタオルを使ってそーっとね」「こ、こうか」「あう」



「次は頭、頭を洗ったら体って順番ね」「よ、よし」



「首周りとか脇とか足の付け根とかのしわの間の汚れもしっかりとってあげてね」「お、おう」「うー」



「あう!(おい、脇の下があまい!)」「も、もう少し拭くか!?」「ふふっ!」



「お尻は前から後ろって向きで洗ってあげてね。うんちの時と同じよ」「わ、わ、わかった。前から後ろだな」



「女の子はデリケートだから、指で軽く割れ目を開いてお湯だけで洗ってあげて。タオルも使わないで指でそーっとね」「お、おう」「!? !?!?」




 は?




――――――――――――――――――――――――――




 結論から言おう。僕は女の子だったらしい。


 下半身の感覚なんてよくわからんし、自分の目では見たことないから全く知らなかった。僕は、いや『アーニャ』は女の子だったのだ。

 僕の唯一の男らしさの象徴はトラックにペシャンコにされてしまったのだろうか…。


 衝撃は受けたものの、これ、実は僕にとってめちゃくちゃ良いことじゃないのか?


 いや、だって、僕の前世の身長は158cmだ。そう。つまりそういうことだ。そうなのだ。唯一のコンプレックスで、僕の『傷』だった身長も僕が女の子なら『傷』じゃなくないだろうじゃないか?



 …いかん。頭がバグってきた。



 もしかするとして、妹か弟に頼らなくても、トゥリーなんかに頼らなくても、『僕』が『完璧』を目指せるんじゃないのかだろうか。



 ―目指せるに決まっている―



 そうさ!『アーニャ』なら身長158cmでも、美少女としてやっていけるのだっ!!



 …魔法の才能はすでにあることがわかっている…

 …剣を振りたいなら父に教われば良いっ…

 …勉強やルックスなんて、今更不安などないっ!!!




 ――は、はははっ!は、は、ははははははっ!!!!



 なんだ!僕は祝福されていたのだ!この世界ならもう一度、僕は完璧になれるのだ!!



 あはははっ!ははっ!はーっはっははははっ!!!!





 ――今度こそなるんだ『僕』は!『完璧』に!!――





――――――――――――――――――――――――――




「きゃきゃ!」


「ほらアーニャもご機嫌でしょ?そんなに気を張る必要なかったのよ」


「そ、そうだな!これなら俺でも大丈夫そうだ!」


 アーニャの頭が良いというのはペーパーテストができるというだけで、日常面はむしろアホです。

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