第三十七話 許せないのである
「この学校って行事的なものはないの?」
テスト返しが終わり、くだらない授業を受けて夏休みが終わった実感は出てきたのだが、こんな退屈な日々がまた続くかと思うと僕としては絶望的なのだ。
そろそろ行事の一つや二つがあってもいい頃じゃないだろうか?
僕の通っていた小学校では夏休みのあとは運動会があった。
まだ暑い9月の日差しの中、馬鹿みたいに全校生徒で並んで式の練習をしたり、体育の時間がダンスに変わったりして、本番以外はつまらなかったことをよく覚えている。
つまらなかったはずなのに今思い返せば良い思い出だし、「出来る子達」だけじゃなくて「出来ない子達」とも協力して何かを作るというような経験は、成長にも繋がっていたのだと思う。
思い出にも残るし、精神的な成長にも繋がる。夏休み明けのだれた雰囲気を引き締めるいい機会にもなるし、クラスだけでなく学年を跨いでの結束も深まる、素晴らしいイベントだったと今になって改めて思うのだ。
なにも学校というのは、座学で知識を身につけることだけが目的ではないのだ。
そういうことを踏まえて、うちの学校は今のところ欠陥のある学校だと僕としては思うのである。
「なんですか、行事的なものって?」
「んーと、特別なイベントの日てきな? なんだろう?改めて聞かれると難しいけどさ」
改めて聞かれるとなんて言えばいいのだろうか?
『運動会』とか『体育祭』って言い方はその概念があるから成立する単語なのだ。この世界にそんな概念がないのだとしたら『運動の祭り』とかいう謎の造語を作り、秘境の部族にでも憧れてしまったのかと勘違いされてしまう。
みんなで踊ったり、競ったりするとか言ったらなおさら秘境の部族感が出てしまうし、日頃の成果を出すとか言ったら「テストはもう終わりましたよ?」とか言われてしまいそうなのである。
「今日テスト返しをしたばかりじゃないですか」
ほれみたことか。結局これだ。このアホおばはんめ。
「テスト返しなんて日常の一環でしょ。ちがくてさ、もっとなんかこう、非日常というか、みんなでまとまれる日みたいな、あー、祭り的な?」
僕が『祭り』という言葉を出すと、やっと納得したというような様子でエノーラちゃんは手を叩いて笑顔になった。
この世界にも『体育祭』とかそういったものがあるということで間違いないようだ。
「ああ、やっとわかりました!意外です!アーニャちゃんはそういうもの嫌いだと思ってました!!むははは!! うちの学校は残念ながら年の初めと終わりの2回しか式典はありませんよー!!私的にはいいことなんですが、アーニャちゃんは毎学期ごとに欲しかったんですね!!!」
アホなのかこいつは?
いや、この場合やっぱりそもそもの概念がないようなので、アホというのは可哀想な気もする。ここは僕が無理な質問をしたということで矛を収めてあげるのである。
「いや、違うよ。式典なんてもう二度と出ないつもりなくらい嫌いだよ…。 そうじゃなくてさ、こうなんか、日頃の成果の発表会とかさ。 ――あ!遠足とか!そういうのはないの?」
『体育祭』が無理なら、遠足ならわかるはずだ。なんてったって、僕は生まれて半年でピクニックをしてるのだ。そういうものがあることを知っているのである。
体育祭がやりたかったといえばそうなのだが、この際遠足でも校外学習でもなんでもいいから、『非日常』が欲しいのである。毎日毎日この退屈な日々の繰り返しをしていたら僕は腐ってしまうのである。
エノーラちゃんはおもむろに手を叩くと、今度こそ理解したという様子で大きく頷く。さっきもそのリアクションを見たのだが、信じても大丈夫なのだろうか?
「ああ、やっとわかりました!意外です!アーニャちゃんはそういうもの嫌いだと思ってました!!むはははは!! よし!わかりました!先生が教えてあげましょう!!」
「ないの?」
「いいえ!ありますよ!ですが、それは3年生になってからです!! 初等教育学校は1.2年生の基礎段階、3.4年生の成長段階、5.6年生の発展段階に分かれているのです!! 基礎段階の間は学校に慣れて、勉強をするという日常を身につけることが目的とされているので、課外授業を行ったり、遠征を行ったり、あるいは生徒同士で競い合うようなことは無いのです!!!むははは!!」
!? 2年!?2年も基礎段階とかいってこの日々が続くの!?普通に異常なんですけど!?子供の2年を舐めてんのか!?社会人が最初の2年は地方に飛ばされるとかそういうのとはわけが違うんだよ!!
「2年間も学校に慣れることに費やすの!?大人と違って子供は柔軟なんだから2ヶ月で慣れるよ!2年間もホップなんてしてないで、アーニャ早くステップしてジャンプしたいよ!」
ホップ!ステップ!ジャンプ!
よいしょ!こらしょ!どっこいしょ!
イオ!イオラ!イオナズン!
びっくりしすぎてイオグランデなのである。
「…じゃあ、アーニャちゃんは今のクラスメイト全員をつれて魔物の森に行けるんですか?ドミンドくんやゴンズくんとトゥリーくんを競わせて何か学びがあると思いますか?」
今のクラスメイトを連れて行けるかといえば、行けるといえば行けるけど、安全に連れて帰れると断言することはできない。
最大の問題は魔物じゃなくてクラスメイト達そのものなのだ。焦ったり怯えたりで、アーニャのいうことを聞かなくなってしまった時に、守り切れるかと聞かれれば自信がないし、守りきれたとしてそれが彼らの成長に悪影響を与える可能性は否定できない。
クラスメイト同士を競わせることもそうだ。敗北から学べることはあるとはいっても、このくらいの年齢では成長に差がありすぎて公平な競争とは言えないだろう。そしてその結果が必ずしもいい方向に繋がるとも言えないのである。
「…正論を言えばいいってものじゃないのよ。アーニャは退屈をしてるわけ」
こうなったら感情論に訴えるしかない。
僕の十八番『顔がいい』の出番である。
「退屈なアーニャちゃんに朗報です!!さっきヨスナイア先生がアーニャちゃんを呼んでいましたよ!ビッグイベントです!!むははは!!!」
「……なんだか強くなったねエノーラちゃん」
「むはははははは!!!!!!!」
効果なしどころか、カウンターをくらったのである。
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僕はマルゴー・ヨスナイアと関わったことなんてほとんどないが、それでもひとつだけ彼についてわかっていることがある。
――それは彼が一年生の担任には向いていないということだ。
まず顔が怖い。
目に影ができてしまう深い堀、男らしさを強調する鷲鼻、不必要な肉を削ぎ落としたシャープな輪郭、極め付けは見るものを威圧する深紅の瞳。
次に髪型も怖い。
白髪混じりの黒髪を、ジェルなのかポマードなのか知らないが、ガッチリとオールバックに固めているせいで鋭い眉毛や目元を完全に露出させてしまっている。さらに、毎日全く崩すことなく同じ髪型にキめているため、人間らしさがないというか、付け入る隙のない完璧超人に見えてしまう。
あとは、体格も怖い。
筋肉ゴリゴリゴリマッチョならまだ親しみが持てるのに、彼は必要な筋肉だけを身に纏ったサイボーグみたいな身体をしているせいで、強そうなのに人間らしさのないこれまた、付け入る隙のないロボットに見えてしまうのだ。
要するに、見た目が怖いのである。
獣のような野蛮な怖さではなく、「こいつ本当に感情とかあんのか?」と疑ってしまうような怖さがある。
例えるなら刃物、例えるならサイボーグ、例えるなら殺人鬼、こちらからの対話を一切受け付けてくれなさそうな佇まいが恐怖を煽るのである。
さらにさらに、マルゴー・ヨスナイアという人物は「見た目に反して優しくてユーモアのある人だ!」なんてこともない。
ただただ淡々と、必要なことだけを生徒に言って、必要な授業だけをする。生徒を褒めることもしないし、かといって怒りもしない。生徒に対して全く興味がないのだろうといった人なのである。
まあ、生徒に対して怒らないということに関しては、彼を前にして怒られるような行動を取る生徒がいないからというのもあるだろう。
だとしても、多少の失敗や勘違いは子供なのだからしてしまうはずだ。それなのに誰も怒られているところを見たことがないのは、やっぱり生徒に興味がないからなのだろう。
先生としてどうなのかとは思うが、今の僕にとってはそれが救いなのである。
呼び出されたとはいえ、怒られるということはないのだから、殺されることはないだろう。
――――
「で、なぜお前はミリア・マキルトンを泣かせた?」
…どうしてこうなったのだろうか?
ヨスナイア先生の元に行くと、そこにはヨスナイア先生だけでなくミリア・マキルトン(アラネーの双子の姉)が一緒にいた。
どうしてこうなったという疑問はおかしいのだろう。ミリアがここにいることについての心当たりは大いにある。
今日の昼休みに、しつこくティアとトゥリーについての話を聞いてきたからちょっと腹が立って強い言葉で追い返してしまったのだ。
だから、どうしてというならば、まあ、なぜそんなことでこのサイボーグが僕を呼び出したのかということだ。僕がその辺の生徒を泣かせるのなんて割と日常茶飯事みたいなところがある。今までだって一度も何も言われたことがなかったのに今更どうしたというのだろうか。
…ここはとりあえず正直に言うしかないのである。嘘をついてもなんか、ばれそうなので意味がなさそうなのである。
「…気分が悪い時に、余計気分が悪くなるようなことをしつこく聞いてこられたのでムカついて追払いました。私はむしろ被害者であって、何も悪いことはしてないと思っています。謝罪する気もありません」
「マキルトンはお前を怒らせるようなことなんてしないはずだが?私はこの件に関してお前が悪いと思ってるから呼び出したんだ、ちゃんと話をしろ」
…ちゃんともなにも…僕はちゃんと言ったのだ。
「あ、あのね。わたしもね、アーニャちゃんをなんで怒らせちゃったのかわからなくて…ごめんね。ごめんなさい」
なんかまた泣きそうになっているのである。多分アラネーから僕の話をいろいろ聞いていたはずだし、これまでも何回か挨拶くらいはしたことがあったから、急に僕のイメージが変わって処理が追いついていないのだろう。
…だんだんなんで呼び出されたかわかってきた。
おそらく、ヨスナイア氏は今まで僕が泣かせてきた相手は、相手にも非があることがわかるから、当人達に任せていたのだろう。
ところがどっこい、今回の件については、ヨスナイア氏の半年間見てきたミリアの様子から考えても、今日のミリアの供述から考えても、なぜミリアが僕にありとあらゆる罵詈雑言を叩きつけられ、泣かされたのかが分からないから呼び出したということなのだろう。
こうなったらまあ、ちゃんと話をするしかない。僕だって可哀想なのだと言う話をするしかないのである。
「なんで機嫌が悪かったかというと、朝からずっとティアとトゥリーについていろんな人に質問されてたからです。私にとって、いつも一緒にいたはずの2人が私を捨てて2人で出かけてたなんていうのは傷つく話なのに、みんなノーデリカシーで聞いてくるからとにかく腹が立ちました。 ミリアも私とそれほど親しいわけでもないのに、貴重な私の昼休みを潰してまで、私の嫌な話をしてきたので怒りが爆発しました」
これでどうだ。僕は悪くないのだ。
話を聞いていたミリアはようやく何かを理解したようで、申し訳なさそうに俯いて、「ごめんね、ごめんなさい…」と呟いている。
対するサイボーグは、俯いて震えている。
もしかすると、デリカシーのない周りの人間に怒り、肩を震わせてくれているのかもしれない。いや、もしかしたら僕に同情してくれているのかもしれない。
「…くくっ…」
え?今笑いました?
明らかに笑ったのである。
こいつ、僕の泣ける話を聞いて笑うとは、明らかに精神に異常がある。わかっていたことだが。
「…くっ…くくく…、ふっ、あははははは!!!!!」
!?こいつ!?
「な、なにがおかしいんですか!!!私だって辛かったのに!!子供だからってバカにしないでください!」
「いや!すまないすまない!まさか、お前にそんな人間らしい一面があるとは!…くっ、あはははは!!お前が、そんな普通の女児みたいなことで怒るとはびっくりだ!あははは!!!すまないすまない!」
な!?こっちに言わせればあんたが爆笑する方がびっくりなのである!!?バカにするのも大概にしてほしい!!
ほらみろ!ミリアが完全に置いていかれているし、僕とあんたを見て心配そうな顔をしてるじゃないか!
「ほ、本当におこりますよ!!…もうっ!なんでそんなに笑うんですかっ!」
「いや、すまないすまない!悪かったな呼び出して、もう帰っていいぞ。マキルトンには私の方から説明しておこう。 しかしなんだ、最近の子供は進んでるな…まだ6歳や7歳でそんな話が出てくるとは…。マキルトンに話を聞いただけじゃなんの話なのか、どうしてお前が怒ったのか分からなかったんだ。 ――まあ、一応注意としては使う言葉は考えろ。差別的な発言さえしなければ何を言っても良いというわけでもない。相手はお前とは違うんだ。理解できないことで、罵詈雑言を吐かれてもただ傷つくだけだ。感情のセーブをするように」
ヨスナイア氏はミリアの頭に手を置くと、僕たちに対して今日はもう帰るように言ってきた。勝手に呼びつけといて勝手なやつなのである。
「マキルトンにはちゃんと話をしておくから、また今度ちゃんと仲直りしろ。説教でもないのに放課後残らせるのは私の流儀に反する。今日は解散だ」
「…なんか、納得しませんけどまあいいですよ。さようなら」
もうなんか、僕としてはプライドがズタズタというか、早く帰ってママに言いつけたい気分だ。ママに膝枕してもらって「可哀想だったねー」ってよしよししてもらうのである。
自分が不憫で仕方ないのである。
「わたしは、ちゃんと今どうしてなのか知りたいです…。ちゃんと、わたしがわるいならあやまりたいから…」
ミリアとしては完全には納得していないようで、まだ帰りたくないようだ。自分が悪いことは理解できても、なぜというのをちゃんと知りたいのだろう。いい子だと思う。
まあ、じゃあ勝手に学んで、今度謝りにこい。
「じゃあヨスナイア先生は残業です。ミリアに教えておいてあげてください。アーニャは帰ります」
僕は帰るのである。




