第三十五話 ピンク色なのである②
お久しぶりです
夏休みも終盤、まだまだ強い日差しが俺とラファの肌をジリジリと焼いてくる。
ラファは肌が真っ黒になるだけで済んでいるが、俺は肌が弱いので皮膚がボロボロになっている。最近はお風呂に入るのが痛くし仕方がない。
いかに涼しいトールマリス王国といえど、8月末というのは猛暑真っ只中だ。夏休みが暑さを凌ぐためのものだというのであれば、もう少し期間を伸ばすべきだろう。
そもそもうちの学校全クラスに冷房をつけることができないから登校をなくしているのだろうが、それなら冷房が家にない生徒は夏休み自体の意味がないんじゃないだろうか?
自習室用の大教室を作って、そこだけにでも冷房を設置するような措置をとるべきだと思う。今度アガヨさんに相談してみよう。
「トゥリー大丈夫?今日はまた一段と暑いんだからこまめに水分補給しないとダメだよ」
「ラファこそ朝から一回も水を飲んでないじゃん。2人とも倒れたら大変だし、いったん短い休憩を挟もうか」
ラファはほっとくとずーっと剣を振っている。この前一度あまりにもふらふらになっていたから家に連れて返ったことがある。本人は集中していて気がついていないようだが今日も少しやり過ぎだ。
ラファはプライドが高く、変なところで頑固なので自分のために休憩をとるということをすごく嫌がる。
だから騙しているようで申し訳ないのだが、様子を見て俺が疲れたふりをしてあげるのだ。そうすると優しいラファは必ず休憩を取ろうとしてくれる。
「じゃあ10分休憩にしよっか。まってね、今日は新しいタオルを持ってきたの。普通のタオルだとトゥリーが痛そうだから柔らかい生地のやつ」
「うーん、15分にしてもいい?俺結構疲れちゃった」
「ん。じゃあ15分で」
ラファはよくみんなから姉と比較されて男の子みたいだと言われるが、実はとても気遣いのできる女の子だ。そう言った面ではアーニャよりもずっと女の子らしいと俺は思う。
こういっちゃなんだが、アーニャはみんなが思っているよりもそんなに女の子らしくない。
ドレスとかアクセサリーが好きなのはあくまでも自分が周りから可愛いと言われることが好きなだけだし、剣よりも楽器が好きなのは単純に剣に飽きただけのことだ。食事の量が少ないのは体質の問題だし、甘えん坊なのは子供だからだ。
つまりアーニャはただの好奇心旺盛なナルシストで、子供らしくはあるが女の子らしくはないのだ。周囲の人に対する優しさや気配りなんてものは基本的に存在しない。
そんなアーニャは夏休みが始まって2週間もしない間に公園に来なくなった。日焼けをするのも嫌だし、棒を振るのも面倒くさいと本人は言っていた。
公園に来なくなってからアーニャは、朝からティア様の家に行っている。
俺が思うに、アーニャはラファと一緒にいたくないから来なくなったというのもあると思う。一緒にいたらいただけ喧嘩になっちゃうし、ラファには嫌われてしまうからだ。
アーニャはなんだかんだ言っても妹のことが大好きだから、姉妹喧嘩をしたくないのだ。ラファには伝わっていないが周りの人間はみんな気がついている。
でもアーニャのそんな思いはラファには通じず、ラファはもうアーニャのことを完全に嫌ってしまっている。アーニャが嫌われないために取った距離を置くという選択も逆効果で、ラファには臆病者だとか浮気者だとか散々なことを言われている。
剣から楽器に浮気したことを怒っているのか、自分からティア様に浮気したことを怒っているのかはわからないが、後者ならアーニャにもまだ希望が残っている気がする。
「トゥリー大丈夫?今日は本当にぼーっとしてるけど…体調悪いならもう帰って休んだ方がいいよ?無理をするのと頑張るのはまた別の話だから」
ラファが俺の汗を優しく拭きながら心配そうに見つめてくる。姉に向ける視線とは全く違ったものだ。
「新しいタオルに感動してぼーっとしてただけだよ。すごいねこれ。全く肌が痛くないや、ありがとねラファ」
「!そ、そっか!…えへへ、よかった」
ラファの顔がほんのり赤くなっている。ラファは普段みんなから男の子みたいと言われているせいで、優しいこととかをすることに対して照れがあるのだ。
村のみんなももう少しラファのことをちゃんと見てあげて欲しいと思う。
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「我が弟子トゥリーよ。今日の報告をしなさい」
アーニャはいつも、勉強を終えてティア様の家から村に帰るときに今日のラファの様子を聞いてくる。心配ならちゃんと自分でそうラファに言えばいいと思うのだが、それができるようならそもそも妹とこんな関係にならない。
「別に普段通りだよ。――あ、今日は俺の肌を気遣って新しいタオルを持ってきてくれたよ」
「へー。私にはそんなことしてくれたことないのに」
「そもそもアーニャは肌が荒れるほど日光浴びないじゃん」
「いや、そもそもタオルを持ってきてくれたことすらない。アーニャとママがお風呂場にタオルを持っていくのを忘れても、いつも届けてくれるのはなぜかパパ。そのくらいラファはアーニャにタオルを持ってきてくれない…」
アーニャは下を向いて落ち込んでいるアピールをしてくる。同情を誘っているつもりなのだろうが、ちょっと間抜けな感じがして笑ってしまいそうになる。
…2人してタオルを忘れるのはどうなのかと思うけど、今はそんなこと関係ないのでスルーしておこう。
「なぜかっていうか、素振りをしてるからってだけでしょ。流石に『お姉ちゃんになんてタオルを渡しにいきたくない!』なんて思ってるわけないじゃん」
ラファは真面目な子だから、好き嫌いと必要不必要は分けて考えている。
だから多分、タオルを持っていく必要があるのならちゃんと持っていく。持っていかないのは気がついていないからか、父親がやるから自分がやる必要ないと判断したかの2択だろう。
アーニャは俺の返事に納得をしていないらしく、露骨に大きなため息をつくと視線を俺の方に向け直す。俺はわかっていないとでも言いたげな様子だ。
「やれやれ…トゥリーは家でのラファを知らないからそんなことが言えるのさ…やれやれ…」
やたらと『やれやれ』と言いながら、大袈裟に首を振ってくる。これもやっぱり間抜けな感じがして笑ってしまいそうになる。
振りまわされたアーニャの髪から、ラファからはしないような女の子らしい香りがふわりと風に乗って流れてくる。
普段はそんなに女の子らしくないのに、時々すごく女の子を感じさせてくるのはずるいと思う。ずるいと思うし危ないと思う。
アーニャは自分がどれだけ魅力的なのかをわかっていないのだ。
多少顔が可愛いとか、オシャレだとかそういう話じゃない。1組の男子だけじゃなくて2組の男子も、上級生の男子や、学校に通っていない村や街の男の子達だってみんな、アーニャのことを見ている。見ているというのはただ見ているだけじゃなく、見惚れているのだ。
アーニャは自分が可愛いとは理解しているし、可愛く見せるためにむしろ自分から努力をしているのだろうが、それに対して周りの男からあまりよくない好意を向けられていることには気がついていない。まだ年齢が幼いからというのはあると思うが、あまりにも無防備すぎるのだ。
本人は気がついていないからかいいのだろうが、見ているこっちはいつもハラハラする。教室で普通に着替えるのはやめて欲しいし、クラスの男子に気軽く触れるのもやめて欲しい。
この前なんて布の面積が少ない下着を履いているのに、普通に教室で着替え始めたから心臓が飛び出るかと思った。
「?間抜けな顔をしてどうしたのさトゥリー?」
「…別に。前見て歩かないとまた人にぶつかるよ」
「あれからちゃんと気をつけてるから大丈夫だよ。――私、同じ失敗は二度もしないから」
「じゃあ今度からはちゃんとトイレで着替えろよ」
「…えっち」
アーニャはぷいっと俺から顔を背けて前を向いてしまう。
前を向けと言ったのは俺なのだが、照れて赤くなったアーニャの顔をもう少し見ていたかった。
俺は多分アーニャのことが恋愛的な意味で好きなんだと思う。6歳で恋をするなんて自分でもませていると思うけど、アーニャが可愛すぎるのが悪い。
ただ、そんな想いがアーニャにばれれば今の関係が崩れてしまうだろう。だから俺は何でもないように振る舞うのだ。




