第三十三話 夏休みなのである
学校に通うようになってからというもの、時の流れを早く感じる。つい最近入学したと思ったらもう夏休みなのである。
夏休み前のテストの結果が返ってくるのはどうやら夏休み後のようだ。ドミンドとかゴンズみたいなハナクソ野郎どもならテスト期間にもドラマがあったのかもしれないが、僕たちのような優等生にはまったく何もなかった。
普通に登校して、普通にテストを受けて、普通に帰る。そんなことを繰り返していたらテストなんていつのまにか終わっていたし、なんならそのまま1学期も終わっていた。
まあ特質して面白かったことといえば、ティアのパンツを履いて学校に行った時くらいだ。
3年生までのちびっこは更衣室を使わないで着替えるのだが、ティアとかシャイナーみたいな女子力の高いマセガキはトイレで着替える。それ以外の子はみんな普通に教室で着替えるのだ。
そもそも1年生の男児で異性に興味があるやつなんてほとんどないし、いたとしても、僕たちのようなちびっこは下着姿までなら男女間に見た目の差なんてほとどないので、着替え程度は一緒にしても問題ない。
ただそれは『幼児用』の下着をつけている場合に限る。
僕の見た目はとても可愛いが、着替えの時にはヘアアクセサリーを全て外すし、下着ももっさりブリーフなのでほとんど男の子みたいなのである。
だからその日も僕は、まったく躊躇うことなく教室で着替えをしていたのだが、ズボンを脱いでみてびっくり、とっても女性的な下着をつけていたのである。
僕もびっくりしていたが、クラスの男子はもっとびっくりしていた。
僕は痴女になるつもりは全くないのだが、初めて異性に性的な視線を浴びて少しだけ、本当に少しだけだが気分が良かった。自己顕示欲が満たされる感じというか、何かしら汚い気持ちよさがあったのである。
性的に見られることに少しだけ快感を感じたが、症状が進行して痴女になってしまうようなことは無いと思う。
というのも、僕は自分という人間の価値を落とすことが何よりも嫌いなので、僕の裸体を見せるなんて自分の価値を安売りするようなことをしたいとは絶対に思わないのである。
胸の谷間を見せたり、生足を見せたり、パンツをチラ見せしたりすることくらいは、むしろ見えない部分への興味をそそらせるので自分の価値を下げるようなことではない。相手が最も興味を持つ部分だけは絶対に見せたり触らせたりしなければ、価値を最大に保つことができるのである。
だからまあ、露出の多い服装をしたりするくらいのことはあるかもしれない。というかするだろう。
やっぱり可愛いとか、エロいとか思われることは普通に気分がいいものなのである。
過度ではない相手への好意が、相手を不快な気持ちをさせるようなことは基本的にないと思う。
だから世の男子諸君、女の子がエロい格好をしているときには、なんでもないように振る舞うよりもむしろ見てあげることをお勧めするのである。
特質すべき出来事が『ちょっと男にエロい目で見られた』だけのことからわかると思うが、本当に何もないまま夏休みになったのである。
学期ごとに終了式みたいなのがないのは助かった。入学式のことを考えると、式典には恐怖しかないのである。
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夏休みとは言ってもそんなにいいものではない。
週末の課題の量からある程度想像できていたが、夏休み毎日しっかり勉強しなくてはいけないだけの課題がでているし、パパやセドルドさんは普通に仕事があるしで、前世の『夏休み』のような特別な期間ではないのである。
だからちゃんと訳すとしたら、『夏休み』なんかじゃなくて『夏季休校期間』みたいな感じだ。あくまでも学校に行かなくていいというだけの話なのである。
僕たちの夏休みは、本当にくだらない毎日なのである。
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「こうして3人で毎日いるというのも久しぶりだな」
「そうだね。トゥリーたちが入学してからは、毎日私だけ1人置いてけぼりだったからね」
置いてけぼりって……。
別に僕たちが悪いわけじゃないのに、変に罪悪感を煽るのはやめてほしいのである。ただでさえやる気がないのに、余計にやる気がなくなってしまう。
今日もそれほど暑くない日光の下、トゥリーとラファと僕の3人はいつもの公園で素振りをしている。
僕とトゥリーは学校に通うようになってからというもの、訓練のスケジュールみたいなものが全くなくなっていたのでラファのものに合わせている。
ラファは基礎訓練ばかりなので、僕としてはめちゃくちゃつまらないのだが、まあこういうのも良い訓練だと思って嫌々ながら毎日ちゃんとやっているのである。
「でも別にラファはそんなに寂しそうじゃなかったよね」
そこまで暑くはないとはいっても、淡々と素振りをしていたらイライラしてくるので、なんとなくラファに嫌味を言ってみる。性格が悪いのは自覚があるので指摘しないで欲しい。
ラファは僕のことを完全に無視して素振りを続けている。
聞こえてないなんてことはないので、悪意100%なのである。最近妙に生意気だ。許せないのである。
「…課題をやるのは午後からって決めてるけど、別にもうティアの家に行ってもなんの問題もないんだけどねー」
こうなりゃラファが何かしら反応するまでちょっかいを出し続けるのである。これは姉としての意地なので許して欲しい。
ラファは僕の方に視線すら送ることなく、素振りを続けたまま適当に返事をしてくる。
「行けばいいじゃん」
「………かわいくなーい!!!」
一応反応は返ってきたのだが、求めているものとはだいぶ違うのである。そこは「いかないでー!びぇーん!」って泣きつくところだろう。何が『行けばいいじゃん』だ。
全く可愛くない妹なのである。
「可愛さなんてハンターに必要ないでしょ。いいから黙って剣を振ってなよ。…もしかしてもう剣術に飽きたの?」
「…まあそれなりには飽きたよね。ただ棒を振り回してるよりもリートの練習してる方が100倍面白いよ。よくラファはこんなこと毎日してて飽きないよねー」
僕は昔から、ある程度上手くなっちゃったものに対する興味は無くなってしまうのである。だから、趣味として長続きするものはそれほど才能に恵まれていない分野のものなのだ。
勉強はいろんな分野があるからそれなりに継続してずっとできるのだが、剣術みたいな単純に体を動かすものはすぐに極めてしまうので長続きしないのだ。
いくら前の世界にはない魔力ってものがあるとしても、さすがにもう飽きてしまったのである。
「私は剣を愛してるから当たり前だよ。あなたみたいな軽い人間じゃないから」
「あ?」
なんだおまえ?喧嘩売ってんの?
「はぁ…2人とも落ち着けよ。最近は少し暑いしイライラしてくるのは仕方けど、姉妹喧嘩は良くないっていつも言ってるだろ。一旦休憩にするから、飯でも食って仲直りしろよ」
なんかトゥリーにまとめられるのも不本意な感じだが、僕だって妹と喧嘩なんてしたくはない。仕方ないので従ってやるのである。
…でも、ラファにバカにされたことはママに言いつけてやるのである。




