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僕は完璧でありたいのである  作者: いとう
第一章 僕爆誕
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第二話 6shiなのである



 それはまあ退屈な日々を過ごしているせいで日付の感覚なんてなかった。大体3ヶ月程度経っただろうか。



 そもそも僕の意識が芽生えた時点で僕は生後何ヶ月くらいだったのだろうか?

 僕の状態といえば『①あーとかうーしかいえない ②首は座っていて寝返りをうてる ③食事は母乳のみ』こんな感じである。食事の回数は朝昼晩の3食にしてあげたいんだがなかなかそうもいかない。1日4食が限界といったところだ。



 知識面に関してはかなり成長したと言える。僕はもともと頭がいいのだ。


 言葉は大体理解できるようになった。勿論聞いたことない単語が出てきたらわからないが、両親が僕に使う単語なんて限られている。ママ、ご飯、うんち、おむつ、おはよう、おやすみ、パパ、いってきますとかまあそんなもんである。


 父はどうやら外で仕事をしているらしい。


 文化レベルと服装的に農民か何かかと思っていたが、父が出かけて行くときに、母が毎回「気をつけてね」とか「危なくなったら逃げてね」とか言っていることから考えると農民ではないのだろう。そして毎日朝から夜まで働いているのだ。週7である。


 すまない父。僕はあなたに対して、たまにはお前が夜泣きに対応してやれよとか思っていた。そもそもの話をすれば僕が泣かなければいいのだが…。


 母はずっと家にいる。


 僕が起きている時間も増えたから一緒にいることが多いが彼女は僕の前で全く辛そうな顔をしない。いつの間にか少女という認識は無くなっていた。立派な母親である。



 言語を覚えて重大なことがわかった。


『Anya』は挨拶でなく僕の名前であった。僕の名前はアーニャというらしい。なんとも可愛らしい名前だ。まるで女の子みたいだ。泣きたくなる。


 とは言っても前世の名前も(あや)なので、女の子みたいな名前にも慣れたものである。

 名前が似てるのも運命なのであろう。



 僕は起きている時間のほとんどを、この世界がどういう世界なのかを考えることに費やしていた。


 文化レベルからしてファンタジー小説のような世界観なのは間違いないが魔法とかはあるのだろうか?魔物とかはいるのだろうか?父はなんの仕事なのだろうか?


 読書は音楽と並ぶ僕の趣味だったので、その手のライトノベルも、それなりの量を読んだ方である。とても興味があるしせっかく転生したのなら魔法を使いたい。


 とは言ってもベットから動けないし喋ることもできないのであれば僕に出来ることなんてほとんどない。

 体の中で不思議な力があるか試してみようとはしても体すらまともに動かせないのに何かできるはずもなかった。




――――――――――――――――――――――――――




「おはよーアーニャ!」


「ん!おきたか!アーニャ!おはよう!」


「あぅー」


 僕は紳士なので挨拶は返す。

 目下の目標は彼らにおはようと返すことである。


 授乳を終えて、オムツを変えてもらうとなにやら母が聞いたことない単語を使って何かを言ってきた。


「アーニャ、今日はtpma の pta md に 行くの!」


「うー?」


「見て!wiaishoママが作ったのよー」


 母は何やら布でできた何かしらかを見せてきた。

 んー?僕を入れて運ぶやつ的なものか?


「アーニャももう6shiか。早いなあ。パパnoa doshinだよ」


 いま6と言ったな父よ。僕は生まれて6ヶ月つまり半年なのだろう。

 …なるほどそれで今日は半年の記念で何かをするわけだな。


「あう」


「ちょっと待っててねー。ママ、準備しちゃうから」


「あう」


「その間はパパと遊んでようなー!」


「うー」


 仕方ない遊んでやろう。

 父は僕のベットの下からおもちゃを取り出してカラカラやってくる。木製で母の手作りなのだ。母は器用だ。


 あ、おいまて。僕はアヒルのやつが好きなんだ。にわとりのやつはなんなら一番嫌いだ。母はにわとりはとっくの昔に使わないようにしてくれてるぞ。

 おい、貴様やめろ。無駄にガラガラやるな、夢に出てくるんだよそいつ。

 おい!やめろ!


「おまたせ!行きましょっか!」


 母はパンパンに膨れたさっきの袋を父に渡すと僕を抱っこした。


「アーニャも俺が持とうか?」


「いいえ。アーニャは私が抱っこします」


「あう」


 どうやらあの袋は僕を入れるものではなかったらしい。弁当か何かだろうが、量が多すぎる気もするのである。僕は戦力にならないぞ。


 父が仕事に行っていないのは、僕が生まれてから初めてなのである。一緒にお出かけするために休んだのだろう。重要な記念日のようだ。



 家の扉を出て歩いて行く。僕は景色をそこまでよく見ることはできないが、家の周りは山に囲まれているようだ。空気も澄んでいるし、予想はしていたことだが田舎だ。


 きっとこの世界の文化なのだろうが、僕が家の外に出たのは初めてのことだ。つまり今日が僕こと『アーニャ』を世界が知る記念日なのである。



 なかなかどうして抱っこされているだけだと言うのに外出とは気持ちがいいものだ。




――――――――――――――――――――――――――




「わ!本っ当かわいいわね!トリシアそっくり!」


「ほんとだな!これは美人に育つぞ」


 家から出た父と母は少し歩いたところで誰かと合流した。声からして祖父母というわけではないだろう。叔父と叔母か、あるいは父と母の友人か、どちらにしろ父と母と同年代の男女である。


「トゥリー君はセドルドにそっくりだな!こんなに可愛いのにあと20年もしたらこんなnopinになっちゃうのか?」


「しっかりカラが見張っとかないと、もしかしたらセドルドはもうwalonさせてるかもよー?」


「…お前ら俺をなんだと思ってるんだ…?」





 ―瞬間、僕の頭に稲妻が走る―




 閃いたのである。



 …トゥリー!トゥリー!!トゥリー!!!


 お前は僕の救世主だ!チビの呪いが解けなかった可哀想な僕への神さまからのギフトだ!トゥリー!

 よろしくなトゥリー!お前には仕事がある!



「大丈夫よ、トゥリーはとっても穏やかな子なの!セドルドみたいなnopinになんかするもんですか!walonなんか絶対にさせないわよ!」


 walonというのはトレーニングか何かだろう。

 いいや、カラ。トゥリーはwalonをするよ、僕が無理矢理でもやらせるよ。


 僕の身長が伸びないことは確定している。確信がある。だから僕は完璧を目指すことは諦めたのだ。チビがどんなに努力をしても結局どうしようもない話である。


 半ば諦めた人生だった。楽しんでいるようで心の隅にはいつも影があった。

 だがトゥリーはそんな僕に衝撃を与えた。可能性をくれた。生きる意味をくれた。



 僕はトゥリーを完璧にする。僕にはなれなかった完璧にしてみせるのである。



 僕は不敵に笑って魅せる。



「きゃきゃきゃ!」


「なんだ、アーニャ!ご機嫌だな!お出かけは嬉しいか!新しい人との出会いが嬉しいか!お前はおれにも似ているぞやっぱり!」


「…トリシアこそ気をつけておかないと、アーニャちゃんがロンドみたいになっちゃうわよ…?」


「あ、あはは…」



 ……。



「さて、ぼちぼち歩き始めようか。あまり長時間の外出はちびっ子たちに負担をかけるだろう?」


 なんだ。父よりもセドルドさんの方がまともじゃないか。


 どうやら今日のメンバーは僕たち一家3人とセドルド一家3人の6人ということなのだろう。いやこれからまだ増えr「びゃーーーーー!!!」uのか?






 ……おい、トゥリー。男が人前で泣くんじゃない。




――――――――――――――――――――――――――





「「「「アーニャとトゥリー6ヶ月おめでとう!!!」」」」



 どうもありがとうございます。



 目的地についた僕たちは、木陰にレジャーシートか何かを引いて地面に座りパーティーを初めていた。


 雲一つない青空はまるで、僕とトゥリーを祝福してくれているかのようだし、風が吹くたびに心地良い葉擦れの音を鳴らす大木は、暑苦しい日差しをほどよく調整してくれていて、僕とトゥリーを労ってくれているかのようだ。


 しかし別に僕とトゥリーは何をしたわけでもないのである。頑張ったことなんて生まれてくる時くらいのものだろうし、そのことに対する労いはきっと生まれてきた時にもらっている。



 それならば6ヶ月では母を労うべきだ。



 父のおかげで生活ができていることはわかるが、母は毎日毎日、なんの生産性もない僕のような生き物の面倒を、文字通り寝る間も削って見てくれていたのだ。

 セドルド一家はどうなのかわからないが、カラさんだって苦労したはずだ。さっきトゥリーが泣き出したときも慣れた手つきでオムツを変えてあげていた。


 だから今日は僕とトゥリーが母とカラさんに、まぁ父とセドルドさんにも『ありがとうございます』というべき日なのだ。

 今は何もできないけれど、きっとこの恩は返します。



「あぶー」


「んー?どうしたの?」


 カラさんが見つめてくる。

 優しそうな顔立ちに良く似合う蜂蜜色の瞳が優しく僕を見つめてくる。


 ふむー。セドルドさんの顔が見たいな。トゥリーはどんな感じに育つのだろうか。


 カラさんはなんというかすごく女性らしい方だ。


 バターブロンドのふわふわした髪を長く(正確な長さはよく見えないのでわからないが)伸ばしているようで、たまに僕の頬に当たってくすぐったい。丸みを帯びた輪郭はぽっちゃりしているというほどではなく、程よい女性らしさだ。


 母も女性らしい女性だがまだ幼さが残っているため、母親らしさという意味ではカラさんに軍配が上がる。


「あうー」


 セドルドさんの方に手を伸ばしてみる。気付け。


「えー?セドルドの方に行きたいのー?」


「お、来るかアーニャちゃん!かわいいやつだなぁ」


「ふふふ、アーニャは全く人見知りしないのねー」


「トゥリー君!おれと仲良くなろう!男同士!」「びゃーーーーーー!」


 ……父もトゥリーもどうしようもないやつである。

 セドルドさんはトゥリーをカラさんの方へ渡すと僕を抱っこしてくれた。


 なるほど。ゴリラだこれは。手もすごいし胸筋もすごい。

 僕はセドルドさんの顔を見てみる。


 赤茶色の短髪に鋭い眉毛とカッコつけた顎髭、健康的に日に焼けた肌色の中に、今日の空のように綺麗な青い瞳が丁度良いアクセントになっている。



 良い!良いぞトゥリー!合格だ!イケメンだ!ゴリマッチョにならない程度に鍛えればトゥリーはスーパーイケメンになれるぞこれは!?

 いや!これならゴリマッチョでもイケメンだ!


「あう!あう!うあーー!」


「はは!ご機嫌だな!かわいいなあ!おじちゃんのこと好きか!はは!」


「アーニャ!?おれに対してはそんな反応したことないのに!お前セドルドみたいなのが好きなのか!?おれももっと鍛えないと!」


 父よ、あなたはセドルドさんに大負けである。


 父もイケメンだがなんかもう父のことは残念系イケメンとしか思えないのだ。この強さと優しさと信念を兼ね備えたセドルドさんには遠く及ばない。


 そしてトゥリーよ、お前は僕とほぼ全くの同い年なのだろう?いつまでそうしているつもりだ。そんなではセドルドさんにはなれないぞ。なれてロンドクラスまでだ。


 母とカラさんでトゥリーをあやしているようで、すぐに泣き止んだ。


 男4人女性2人という空間でトゥリーが女性二人を独占しているのだ、なかなかどうしてイケメンの素質は芽生え始めているではないか。その調子だ。




――――――――――――――――――――――――――




 4人は楽しそうにお話をしながら母とカラさんが作ってきた弁当を食べている。セドルドさんが大食いなようだ。


 会話の内容を全て理解することなんてできないがなんとなく関係性はわかった。


 父とセドルドさんは職場が同じらしく、昔からの友人のなのだろう。母とカラさんも古くからの友人のようで、どうやら結婚するタイミングも出産のタイミングもほとんど同じであったようだ。

 今回の6ヶ月の祝いは本来なら家族だけでやるもののようだが、友人とは言ってもほとんど家族のような4人は、せっかくだから一緒にやることにしたようだ。



 穏やかな天気と暖かい日差し、みんなの幸せそうな笑い声と、ざわざわ鳴る葉擦れの音。…眠たくなる要素が盛りだくさんである。


 あとは帰るだけだろうし寝てしまっても問題ないだろう。




――――――――――――――――――――――――――




 久しぶりに幸せを噛み締めていた。


 『完璧』を諦めたあの日から、どんなことがあっても『幸せ』を感じたことはなかったのだ。僕にとって、完璧であることは幸せであることに必要な条件だったのだ。


 なぜ僕は今こんなにも幸せなのだろう。トゥリーの存在は勿論大きいが、それだけが理由ではないはずだ。赤ちゃんだからなのか、久しぶりに出た外だからなのか、異世界だからなのか、ただ良い天気だからなのか……。




 ―きっと幸せは理屈ではないのである―







 …ぴちょぴちょ…



 失礼。うんこがでたのである。


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