第二十六話 身体測定なのである②
「それじゃあ魔力測定と健康診断にいきまーす!皆さん一列に並んで先生の後ろについてきてくださーい!」
「「「「はーーい!!」」」」
魔力測定と健康診断は自由に行うのではなく、ちゃんとクラスごとに順番が決められています!
第二体育館(武道場)でやるので一度集まって移動するのです!1年生の担任は、こういうタイミングで全員ちゃんといるのかを確認する必要があるのですよ!むははは!!
移動とは言っても、体育館同士は渡り廊下で繋がっていますから大した距離じゃありません!
「はーい!それじゃあ、アーニャちゃんから順番にカーテンの中に入っていってくださいーい!最初はアーニャちゃんとアラネーちゃんが入って、アラネーちゃんは中で待っていてくださいね!アーニャちゃんが出てきたらシャイナーちゃんが入るって流れでやります!外にいる人は楽にしてて良いですよ!中に入ったら静かに行儀良くお願いします!」
「「「「はーーい!!」」」」
みんな楽しみにしていましたし、元気いっぱいです!
…実はそんなに期待しているほど良い結果が出ない子がほとんどなんですけど、生徒たちはそんなことを考えてもいません。――だから、先生としては魔力測定が一年で一番気が重いんです。それに、魔力測定は1年生だけのイベントですので、この苦労が他の先生に共感して貰えないというのも嫌なポイントです…とほほ…。
だ、だって!1年生の担任は毎年片方は私ですし、もう片方は大体ヨスナイア先生みたいな、ベテラン鉄人先生なんですよ!!?そりゃ誰も共感なんてしてくれません!!
うちの学校は私を酷使しすぎですよ!!だからといって、高学年の担任もできる気はしません!!あれ!?もしかして私が悪いだけ!?
あ!唯一心配していなかった子が出てきました!
このあとはずっと心が重いと思うと、先生つらいです!なんであなたが一番なんですかー!!先生の息抜きのために真ん中くらいにいてくださいよーー!!むははは!!!
「終わったんで健康診断行ってきますね」
「はい!皆さんも終わったらそのまま隣で健康診断を受けてくださいねーー!」
「アーニャ出てきたからもうわたし入っていい!?」
「はい!中に入ったら測定師の先生に呼ばれるまで待っていてくださいねー!」
「はーい!」
おませなシャイナーちゃんもるんるんです!きっと明るい結果を期待しているのでしょう!とほほほ!!
『自分は天才のばずだ!』『自分は人よりも魔力量が多いはずだ!』私だって初めて測る前はそう思ってました!!でも別に大したことはありませんでした!!本当の天才というのはごく一握りの選ばれた人間だけなのです!!
先生が昔、ハンターをしていたときの仲間にとんでもない奴がいましたが、もうそういう化け物は見るからにオーラが違いました!!生まれた時から違うんですよ、そういう奴らは!
ある程度魔術を学べば、大体の魔力量は雰囲気だけでわかりますが、きっとこのクラスではそれなりの魔力量があるのすら、サリアちゃんとタイグドくんだけでしょう!!その他の子は残念ながら私よりも魔力量がありません!!――あ、うそです!とんでもない化け物が1人普通にいました!もう測定が終わって健康診断に行っちゃったので完全に抜けてましたが、あの子はきっと奴と並ぶほどの化け物でしょう!!むははは!!
お、アラネーちゃんが出てきましたね。アラネーちゃんは自分に期待をしていなかったようでしたし、出てくる前と出てきた後でテンションに差がありません!よかったのか、よくないのか難しいところではありますが、気にしないようにメンタルのケアしてあげるのは大切なことです!後でちゃんと話を聞いてあげましょう!!
「せんせーー!!!ついにおれの番だ!!!期待しててくれ!!おれの世界一の魔力を見せてくる!!」
「中では静かにですよー!」
ふえぇぇん!!今日ばっかりはドレッド君の元気が私の心を痛めつけます!!!!やめて!!もうやめて!!!その白いカーテンに包まれた地獄にどうか入らないで!!!自分に期待をしないでくださいーーー!!!!!
!! ああっ!シャイナーちゃんが見るからに落ち込んで出てきました!!!綺麗な灰色の瞳には涙が溜まっています!!…うぅ!なんて声をかけたら!!
「あ!でてきた!!シャイナーどうだった!?」
「いいから早く行けよ!!」
うわーん!!ドミンドくんもゴンズくんもノーデリカシーです!!!明らかに声をかけて良い雰囲気じゃないじゃないですか!!ほ、ほら!泣いちゃいますよ!!?
「…ぅ…っ!ばかぁ!ほ、ほっといてよぅ…っ!!!」
! ほ、ほらーー!!!!
「うへへ!だめだったのか!おれがかたきとってくるぜ!」
!? 仇なんてありませんよ!?
「皆さん!落ち着いてちゃんと受けてきて下さーい!ほら!ドミンドくんも早く行かないと順番が来ちゃいますよー?」
「はやくいけよーー!」
「よっしゃ!伝説を作ってくるぜ!」
作れません!なんならもう多分伝説は作られたあとです!
そういえばあの子の結果は非常に気になりますね!どのくらいあったのでしょう!?い、いや!現実逃避している場合じゃありません!!
はわわわわー!!そんなこんなしてる間にドレッドくんが出てきちゃいましたー!!!――って、あれ?そんなに落ち込んでない!!??
「せんせー!おれ魔力量は大したことないらしいな!だからおれ剣術をもっと頑張ることにするよ!!!よーし!!健康診断受けてきまーす!!ほら、泣いてないでいくぞシャイナー!!」
「ドレッドくんはやっぱりスーパー元気ですねー!!シャイナーちゃんは無理に元気を出そうとしなくてもいいんですよー。先生も魔力測定を受けた後は一日中泣いたものですから」
ドレッドくんは偉大なスーパー優等生です!!
本当に6歳なんですか!?天才すぎます!!魔力量なんてあなたには大した問題じゃありませんよ!きっと偉大な大人になります!!
そうです!ドミンドくんもゴンズくんもきっと気になんてしません!!愛する生徒たちをもっと信じてどしっと構えていましょう!!!
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…まあそうなるよねー。
健康診断から帰ってきてみたら、大惨事なのである。
すでにオッティーまで出てきているが、健康診断にはまだドレッドまでしか行ってないし、どいつもこいつも鼻水垂らして泣いているのである。
まあ自分の将来に期待をしていた6歳児に対して、はっきりと才能がないということを伝えてしまうのだから、こうなって当然なのである。だからといって魔力を測らないなんてわけにも行かないしこればっかりは仕方がないのである。
幸いエノーラちゃんがこういう状況の対応に慣れているようなのでなんとかなっているが、まあまあな地獄絵図だ。
出てきた奴らはみんな泣いているし、それを見て不安になって入る前なのに泣いている奴もいる。
怖くなって魔力測定をなかなか受けに行かないから完全に魔力測定の列が止まっているし、受け終えた奴らも泣いているから健康診断の列も止まっている。
僕はこういう状況を見るとイライラしてくるのだが、流石に泣いている6歳児に対して文句を言うつもりはない。ちゃんと慰めてあげるのである。
「別に魔力量の多少なんて大した問題じゃないよ。うちのパパはもともと金階級のハンターだった炎の魔術師だけど、魔力量はみんなと大して変わらないよ。大切なのは魔力量じゃなくて、限られた魔力をどうやって使うかってこと。――うずくまって泣いてる暇あるなら特訓でもしたら?」
優しくするのはエノーラちゃんがやってくれているし、僕はけつを引っ叩いて立ち直らせてやろう。そのくらいの優しさがある人間なのだ僕は。
「…ぅっ……うぐっ…ほ、ほんとに…魔力が少なくても…強くなれる…?おれ…おれ、強くなれる…?」
ドミンドがいつになくしおらしい態度で僕に縋り付いてくる。周りを見ればドミンド以外の連中も僕のことを情けない瞳で見つめているのである。なんだおまえら?
「いくらでもなれるから早く健康診断受けてきなよ。それから、サリアも泣いてないで早く魔力測定受けてきちゃいな。別にサリアは怖がる必要なんてないよ。君、かなり魔力量あるから」
「ふぇ?」
サリアはまあ一目見た時からわかってたけど魔力量だけなら相当なもんだ。大体美人とかイケメンはすごいのである。
いや、逆に魔力量が多いと見た目が整うって法則なのかもしれない。サリアと並んでなかなかに才能のありそうなタイグドもイケメンだし、かなり説得力があるのである。
トゥリーはイケメンではあるが、魔力量は多くないし、魔力量の少ないイケメンという例外はあるだろう。だが魔力量が多くてブスという方の例外は見たことがない。
つまり、魔力量が多いことはイケメンであることの十分条件ではあるが、必要条件ではないということになる。まあ暫定的な話ではあるのだが。
…お、やっと出席番号2番のアラネーが出てきたのである。
健康診断自体にもそれなりに時間がかかるし、この調子では全員が終わるまでにまだまだ相当な時間がかかるだろう。
あーあ。暇だなー。
早く教室に帰りたいのだが、そういうわけにもいかないのが1年生というものだ。全員の健康診断が終わってから、先生と一緒に帰らないといけない。
測定会が午前中丸ごと使ってしまうのも納得なのである。
2組が終わるのは昼を過ぎるだろうし、2組は午後の授業が無しになるかもしれない。羨ましいのである。
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「それじゃあ皆さんお疲れ様でしたーーー!!これで測定会は終わりですので教室に帰りますが、先生が魔力測定と健康診断の結果を受け取ってくるまであと少しだけ待っててくださいねー!!」
「はーい」
いつもは、大きな声で返事をしているクラスメイトたちは萎れてしまっている。ドレッドなんかはそんなに気にしていないように振る舞ってはいたが、内心はかなりきているようだ。
普段と変わらない態度なのは僕とアラネーとトゥリーくらいのものだろう。アラネーはもともと期待していなかったから問題ないようだし、トゥリーは既に明確な魔力量を知っていたので全くの無感情である。
ティアは結果に割とショックを受けたようだ。まあ、ヨモンドよりも優れてはいるがティアの魔力量は平均レベルなのである。つまり、家の中では褒められていただけの井の中の蛙というやつだったのだ。
ティアはプライドが高い子だし、変に慰めるのもよくないだろう。今はそっとしておいてあげるのである。
「…みんな…つらそうだね…」
「…そうだねぇ」
「アーニャちゃんは?」
「アーニャはもともと自分で測ってあったから無感情だよ」
「へー。やっぱりアーニャちゃんはすごいね」
子供が魔力を測るなんていうのは異常なことであり、言ったらめちゃくちゃ驚かれるようなことなのだが、アラネーは僕が自分で魔力を測っていたと聞いてもそれほど驚かない。
6歳だからそんな常識を知らないのというのもあるだろうが、アラネーが僕のことをやけに高く評価しているせいというのもあるのだろう。
アラネーは、エノーラちゃんよりも僕のことの方がすごいとまで思っているのである。
当然ポテンシャルなら僕の方が高いが、現段階では比べ物にならないほどエノーラちゃんの方がすごい魔術師である。
エノーラちゃんの魔術師としての腕前はパパよりも遥かに優れているし、剣術や知恵などを考慮しても、エノーラちゃんの方がパパより強いと言えるだろう。
力関係はエノーラちゃん>パパ>>>僕>>>>ラファくらいのものだ。エノーラちゃんと僕の間には僕とラファくらいの明確な差が存在するのである。
参考までに現在の僕がどの程度の強さかというと、銅階級のハンターにも負けてしまう程度だ。いくら天才とは言っても、体に流せる魔力の量が大人と子供では違うので流石にまだまだハナクソである。
それに魔術だって攻撃的なものは全く使えないので、パパと戦おうものなら近づくことすらできず一方的に焼き殺されるだろう。
まあ、卒業までにはエノーラちゃんを超える予定だ。
「まあね。アラネーは大丈夫?」
「だいじょうぶだよー。健康診断で健康って言ってもらったからそれだけでだいじょうぶ!」
ほう、今朝のエノーラちゃんの言葉はちゃんとアラネーの胸に響いていたようだ。また少し見直したのである。
しかし、みんなに黒瞳と陰で馬鹿にされているアラネーが、僕とトゥリー以外の12人の中で1番しっかりしているのである。全く大したものだ。
もともと魔力量が平均よりも少ないことを自分でわかっていた彼女は、他のクラスメイトよりも何倍も真面目に授業を受けていた。少しでも周りに追いつくために頑張っているのだそうだ。
ティアにもこういう強さが魔力量よりも大切だということを教えてあげないといけないのだが、いま説教をするわけにはいかないのでまた今度だ。
「そか。悩みがあったらちゃんと相談してね?」
「うん!ありがとう!」
アラネーはそんなに弱い子ではないけれど、みんなから陰で馬鹿にされていると知っても笑っていられるほど強くもない。
今は僕が上手いこと隠しているが、いずれアラネーだって自分の状況に気がつくだろう。そうなった時にアラネー1人で抱え込むことなく、ちゃんと誰かに相談できるように、今のうちから準備しておいてあげるのである。
アラネーが努力を続ける限り僕は彼女の見方なのである。
逆にこれからの生活を見て、完全に切り捨てることになるクラスメイトも出てくるだろう。
ドミンドやゴンズは自分を磨くことなく、自分より低い者を見て自尊心を満たすような人間になる可能性が高いし、リヒトやウェスパーは人よりも劣った自分に絶望して、負け犬根性の染み付いた人間になる可能性が高い。この辺りは僕が見捨てる可能性の高いクラスメイト筆頭だ。
マサやオッティーは真面目な子だから大丈夫だと信じているが、真面目な子ほど周りに流させる可能性が高い。流されないようにしてあげるのが僕の仕事でもあるのだが、大体そういう年頃は高学年になってからだし、その時に僕がそばにいる確証はない。
シャイナーはいじめっ子になりそうな子筆頭だけど、僕はいじめ自体にどうこう言うつもりはないので、今のところなんとも言えない。
シャイナーみたいな子は成績や実力よりも『地位』を重視しているのである。かわいくありたいとか、流行に敏感でいたいとか、いずれにしろ自分を磨くことを怠ることはないので、あとは僕の価値観との差がどの程度あるかという話だ。現状ハロルドがいじめられても切り捨てることはないが、アラネーの尊厳を奪うようなことをしてきたら切り捨てるのである。
サリアは未知数すぎて何ともいえない。とりあえず才能はあるし、顔も可愛いから見捨てることはないと思うのだが、こっから性格がひどく歪んで、僕の嫌いな人間になる可能性は一応ある。まあほぼないと思うけど。
100%安心できるのは、ドレッドとタイグドくらいだ。
ドレッドは出来すぎているほど出来た人間だ。裏ではひどい人間だったとしてもあそこまで皮を被れるのなら尊敬に値するし、僕から敵対することはまずない。名前がドルモンド様と似ているだけのことはあるのである。
タイグドはまあ気持ち悪くはあるけれど善人だ。いや気持ち悪いほど善人だともいう。どういう教育を受けてきたらあれが完成するのかわからないが、僕が切り捨てるなんて以前に、面倒を見てあげる必要すらない。あれはあれとして、完成した異常者になるだろう。
先の話なんてしても意味はないのだが、かわいいクラスメイトたちが僕の嫌いなタイプの人間になることを想像すると、やっぱり少しだけ悲しいのである。
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放課後、僕はエノーラちゃんの元へ突撃した。
「クラスメイトの魔力測定の結果を見せて」
「え!?だ、ダメに決まってますよ!」
「どうせ測ろうと思ったら測れるんだから隠すだけ無駄だよ。そんなこと気にするよりもアーニャに見せた方がいろいろうまくいくよ」
「…い、いろいろというと…?」
いつもなら『!?測れるってなんですか!?』って言うところなのだが、エノーラちゃんも僕に慣れてきたのである。
あたふたエノーラちゃんがもう見えないと思うと寂しくもあるけれど、こっちの方が会話がすんなり進むのでまあよしとするのである。それに、僕に慣れてきたということの恩恵はそれだけじゃないはずだ。
「まあ、端的に言ったらクラスメイトのメンタルケアとイジメの予防かな」
「…うーん…ほ、他の先生達には内緒ですよ?」
ほら。僕に慣れてきたということは、融通も効くようになったということなのである。こうなればこっからの生活はだいぶ楽になるだろう。クソつまらない日々にもおさらばかもしれない。
「当たり前だよ」
「他の生徒たちにももちろん内緒ですからね?」
エノーラちゃんは周囲をチラチラ確認しながら、僕に魔力量の測定結果が記された紙を渡してくれる。
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♀〈アーニャ・ハレア〉 9385023
♀〈アラネー・マキルトン〉 26
♀〈シャイナー・ミリキス〉 5842
♂〈ドレッド・ユードリア〉 1406
♂〈ドミンド・アンヌ〉 1919
♂〈ゴンズ・ウヌキス〉 1473
♂〈リヒト・ボールボルド〉 523
♀〈マサ・アルパンタ〉 6734
♂〈オッティー・ミシス〉 1696
♀〈サリア・ローラム〉 219068
♀〈ティア・ナシアール〉 5591
♂〈タイグド・オニキス〉 98439
♂〈トゥリー・ボールボルド〉 2007
♀〈ウェスパー・カシア〉 1051
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まあ概ね僕の予想通りといった感じだ。
アラネーが26で、ハロルドが31なのでその辺りが人間の魔力量の最低ラインなのかもしれない。
「まあ大体こんなもんか。タイグドは男の子で10万近いのはすごいね」
「そうですねー。そういえばアーニャちゃんのお父様はどのくらいなんですか?元金階級ハンターの炎の魔術師と言っていましたが…」
「ああ、さっきみんなの前で言ったの信じちゃった?パパの魔力量は11910だよ。エノーラちゃんの半分くらい?」
「やっぱり嘘ですよね。私も元ハンターなのでそのくらいは分かりますよー。私は20081なので半分くらいですね」
ど、どうしましょ!?エノーラちゃんがつまらない!?
僕が思わずエノーラちゃんみたいになっちゃう程度にはエノーラちゃんがつまらないのである。
やっぱり僕に慣れるというのも、良いことばかりではないのである。
エノーラちゃんの元仲間の化け物は『ガトルヘルド・ポエトニー』という人物で、今は高等教育学校の教師をやっています。エノーラちゃんとはいろいろありました。




